老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

異様な風景  ~スマホ考~ 

2020年02月01日 20時24分25秒 | その他
 バスや地下鉄などに乗って最近物凄く違和感を覚えるのは、ざっと7~8割方の人が、スマホをいじっていることです。

 田舎などの昼間は高齢者しか利用しない交通機関を除けば、このような風景は日本中どこでも同じなのでしょうね。
諸外国のスマホ利用状況については知識がありませんが、果して日本と同じような状況なのでしょうか?
 

 私も、曲りなりにも簡単スマホというのを持っていますが、これはガラ系の携帯電話を紛失し、その代わりにコストの一番安い通信手段として購入したもので、前にも触れたと思いますが、電話/地図機能以外は全く使っていない立場からすれば、上述のように多くの人が公共交通手段の中でもスマホを手放せない状態は極めて異様にしか思えません。


◆最初は、“多くの人が仕事に追われ、移動中でも上司や得意先との打合せや調べものが必要なのか、それほどまでに仕事に追われて、お気の毒に!”という認識だったのですが、どうやらそうではなさそうなことに気付きました。

◆チラッと横を見ると、ゲームらしいものに熱中している姿もありますが、仕事に関係のない学生らしい人や、そこそこ年配の人たち(特に女性)も、熱心にスマホを覗きこんでニコニコしたり、覆いかぶさるようにして脇目も振らずに手を動かしておられます。

◆どうやら、ラインとか各種のSNSの普及で、スマホは単なる通話や情報入手だけでなく、仲間の人との意思交流の最重要の手段で、一時も手放せない大切なものになっているようです。


 それにしてもこのような方法での意思交流については、大きな疑問を持たざるを得ません。

★人との意思疎通には他にも色々な方法があるでしょうが、移動期間中の僅かな時間さえも繋がりを断つと、取り残される様な不安に襲われる様なものだとすれば、それは正常な人間関係ではないでしょう。

★また、頻繁な意思交流は大事なことかもしれませんが、相手の顔も見ずに、短い文章のある意味では一方的な意見発信のような手段で、本当に自分の意見を相手に伝えられるのでしょうか?
私などは、自分の意見を纏めるのが下手なのかも知れませんが、自分の意見を述べる場合には、やはりある程度内容を纏めて整理しなければ、自分の発言には責任が持てませんし、出来れば向い合ってお互いの表情を見ながらの会話を好みます。

★更に、情報入手については、ネットでの情報入手も非常に有効でしょうが、それ以外に色々な人が精魂を込めて書かれた書籍やデータなどに直接触れる事も非常に大切で、自分で時間を捻出してこれらの機会を増やすことも大切なことだと思います。

★更に、心配なのはSNSによる意思交流(?)に慣れてしまった若い人達が、文書を書くことだけでなく向かい合っての対話や、電話による意思交流ができなくなったり、酷い場合は電話応対に対して恐怖を覚えるような事例が数多く発生している事も先日のTVで知りました。


 やはり、SNSによる断片的な意思発信だけでなく、文書や会話に拠る意思交流の大切さを見直して、もっともっと大切にするべきでしょう。(まさ)