ちょっとマンネリですが・・・

ダラダラ過ごしている毎日のことあれこれ・・・・

アメリカで熱い注目を集めているキーワードが“ステイケーション”・・・

2009年11月30日 | Weblog
「メトロミニッツ」2009.12月号より。

つまり、ステイ(とどまる、滞在する)とバケーション(休暇)の造語で、長距離旅行に出かける代わりに“自宅滞在型のバケーション”のことだった。

で、どんなふうに過ごせば、近場でバケーションができるのだろうか。ただの休日の過ごし方とは異なっていなければならないのだろう。そのコツのようなものが記されていた。

1、日常的な“なすべきこと”は一切やらない。(=掃除、洗濯、洗車など、家事は事前に済ませておく)
2、開始日と終了日を設け、計画を立てる。(=スケジュールとプランをしっかりと立てることで、日常からの脱却に専心できる。)
3、あくまでもバケーションとして過ごす。(=留守電やメールのチェック、会社への電話もしない)

どれだけ印象的な休暇を過ごせるかは、クリエイティブなアイデア次第ということになる。具体的にどんなものが考えられるかは、明日また続きをじっくりと書いてみたい。

変わらなくてもいい変化、不必要な新しさ・・・

2009年11月29日 | Weblog
「阿久悠展」パンフより。

これは「時代の風」と題して、阿久氏が1998年3月26日、武道館での卒業式で語っていた内容を掲載した詩の一部分だった。その詩のタイトルは“時代遅れの新しさ”となっている。

いかにも“アナログの鬼”と自ら称しているだけあって、表現も面白い。氏自身の現役時代の仕事は三十数年間、時代というものを常に追いかけながら仕事をしてきたと述懐している。

しかし、時代はどんどんと進んでいくが、それらすべてを信用していいのか、という疑問が阿久さんにこの詩を書かせたのだろう。

詩の中には次のようなフレーズもあった。『人間を馬鹿にした進歩、それらを正確により分け、すぐに腐る種類の新しさや単なる焦りからの変化には「パス」と叫んでも悪くない・・・』

ここでは人が追いついてゆけないほどのハイテク化やIT、また流行に遅れまいとする愚かさを連想させるな。

そして、最後の部分には『新しがるよりもっと正確に、時代の知識が必要になる…』ともあった。実に深い意味合いの言葉だ。こんな詩が読まれたことをまだ覚えているこの年の卒業生はいるのだろうか。

横書きは「NO」、縦書きは「YES」・・・

2009年11月28日 | Weblog
「阿久悠展」パンフより。

ちょうど1週間前に、ようやく「阿久悠展」(10月15日~2010年1月31日)を見に行くとこができた。場所は氏の母校明治大学中央図書館のギャラリーだった。数年前から眺めたことはあったが、立派なビル(リバティタワー)にその日初めて入った。

上記フレーズは、阿久氏の御子息、深田太郎氏よる寄稿文からのものだった。阿久さんは自らを“アナログの鬼”と呼んでいたそうだ。生涯、手書き・縦書きにこだわり続けたという。

そして、持論は「ワープロ打ちの横書きの文章は首を横に振りながら読むが、縦書きは上から下へウンウンと頷きながら読む」だった。

実に面白い理屈になっている。「イエス」と「ノー」・・・、それが上記フレーズの中身だった。思わずナルホドと首を縦に振ってしまいそうだ。

蛇足
また原稿執筆時は高価な万年筆ではなく、一本105円の水性サインペンを使用していたというのも親しみがわく。この見開きの左ページにはその手書きの原稿『また逢う日まで』が掲載されている。会場にも展示されていたが、実に読みやすく味のある文字で書かれていた。

「乗り越えるのが楽しい不幸」

2009年11月27日 | Weblog
「朝日新聞土曜版」2009.11.21付けより。

“悩みのるつぼ”という質問コーナーで評論家の岡田斗司夫氏が回答しているなかでの上記ワンフレーズが気になった次第。その部分は次のような表現になっていた。“幸せとは「不幸の回避」ではなく、「乗り越えるのが楽しい不幸」だと思います。”と。

これは、ある主婦(34歳)からの「結婚して7年になり夫は子供が欲しいというが、自分は子供が欲しくない。そして、夫の希望には答えたいが抵抗がある」という悩みに答えたものだった。

つまり願望は、「子供が欲しくない」と「夫の望みをかなえてあげたい」という2つが矛盾したものだったのだ。岡田氏はどちらかをあきらめるしかないというが、それは当然だろう。

ここでの不幸とは、「育児ストレス」「夫の論争や口論」「自分はこのままでいいんだろうか」などを想定している。いろいろ考えられるなかで、夫と二人で乗り越えるのが楽しそうなものを考えるべきと提案している。

一見自分には不幸と思えることも、楽しく困難を乗り越えられればそれに越したことはないだろう。それは可能だろうか。簡単ではなさそうだ。結局、夫婦どちらもある程度の妥協をしなければ無理だろうなぁ。

壁と同様に、地面もとても気になる存在。

2009年11月26日 | Weblog
「壁の本」杉浦貴美子著より。

昨日もちょっと触れたが、私は数年前から地面に関心を持っていた。そのきっかけは、春の桜の花びらが道路に散り積り、その小道全体がピンク色に染まっているのを目にしたからだった。

その時思わず、手元のケータイで写真を撮りたくなってしまった。それを見られるのはほんの数日間だけでまた元の味気ない灰色のアスファルトに戻ってしまう。また桜の花びらの吹き溜まりを眺めるのも楽しい。

数年前、地元の空き地に車の轍(わだち)が数本あって、その線に沿って桜の花びらが降り積もっていたのは感動的だった。その翌年にはその場所には家が建てられ、もう二度とその場所ではそんな風景を見ることはできない。

また最近では、アスファルトの亀裂から草花が勢いよく目を出しているのが気になっている。夏頃、ほんのわずかなアスファルトの隙間から空に向かって枝葉を伸ばし、鮮やかな紫色の花を咲かせているアザミには生命力を感じたものだった。

雨上がりの道路では残った水溜りの模様もおもしろい。天候によって白、灰色、黒っぽく見えたり、また光ったりする地面の表情も一つのテーマとして興味深いものがあるな。

壁のなかにはときどき、地図が、ミクロの街が見える。

2009年11月25日 | Weblog
「壁の本」杉浦貴美子著より。

つまりそれは素材が古くなって亀裂が入った状態のときに見えるものだった。壁に数本の亀裂が入ると、その隙間に雨が浸み込み、風が吹き付け亀裂はどんどんと広がっていく。

白い壁なら黒っぽい不規則な線が現れる。それはまるで地図のようにも見えてくるから不思議だ。そういえば、田んぼのひび割れも同じようなものだろう。

また、よく似たものを地元のバスターミナルで見かける。それはコンクリートの広い地面に、たくさんのひび割れができたらしく、そこに新たに白っぽいコンクリートが埋め込まれているのだ。それらの線はバスの路線図にさえ見えてくる。

ただの亀裂さえも見かたによってはおもしろい。また微妙に色がついた状態の不連続の亀裂は抽象絵画の名画のようでもあるな。そして、それらは時間の経過とともに地図の形を変え、ある日突然上塗りがされまったく別のものになってしまったり。

蛇足
私が購入した時にはこの本はセロファンで封をされていたが、たまたまウェブでこの本を見てみたら、腰巻がついていた。そこには“街中に絵があるれている。ヒビ、錆び、剝がれ、痕跡・・・。ありふれた壁に潜んでいる、偶発的な美しさとドラマ。”とあった。実にそそるコピーでもあるな。もちろんこれがなくても買ったが。

人は垂直面を見つけると、貼りたくなるのかもしれない。

2009年11月24日 | Weblog
「壁の本」杉浦貴美子著より。

この自宅の二階の窓からは、隣の家のコンクリートの壁が見え、その上のフェンスの部分にはある政党の顔写真つきのポスターが貼られている。そこではフェンスも壁の一部だと考えられる。またそのすぐ横のコンクリート製の電信柱には不動産の張り紙がしてある。

家の中の壁を見渡せば、そこにはカレンダー、ポスター、小さな額、ちょっとしたチラシのほかにクローゼットのドア横の柱には色とりどりのシールが数十枚も貼られている。離れてみればカラフルな1本の線になっている。

つまり、それがフレーズにあげた垂直面だったのだ。それらは1センチ×2センチほどで、青、緑、黄色、白、オレンジ、紫色をしたクリーニング屋から引き取った衣類に付けられているものだった。なぜか意味もなく剥がしたら捨てずに貼りたくなってしまうのだった。

また食パンなどを買うと透明な袋に応募券のようなシールが付いていることがある。それらも、同様に食卓横の木の壁の部分に張り付けたままだ。シールを剥がしたところで、応募したことなどないまま数年が経っている。「とりあえず」、がそのままになっているだけなのだが。

壁に張り付いている生物はたくましい。

2009年11月23日 | Weblog
「壁の本」杉浦貴美子著より。

これは著作と言うよりもむしろ、壁をテーマにした写真集だがちょっとしたコラムも掲載されている。まず、壁ばかり撮影した写真に興味を持って買ったのだが、それらはまるで抽象絵画のようでもあった。

いつもどこかで眺めてはいるが、ただ通り過ぎていくだけでじっくりと壁など眺めたことはなかった。しかし、写真として切り取られた作品をみると実におもしろい。ほとんどは接写の状態で撮られている。

元々は新しかった壁に塗られたペンキも時間の経過とともに剥げ落ち、あるいは部分的にめくれあがり、微妙な色の変化を覗くことができる。風化して亀裂が入った海岸沿いの建物の壁も味わいがある。

またフレーズで取り上げたように、家の塀や外壁には蔦性の植物がからみついていることがある。それらは、実にスローペースで吸着根を伸ばして這い上がってくる。

かつて、自宅の壁の一面も蔦で覆われていた時期があった。甲子園の夏蔦と同じ紙しれない。だからこそ、このフレーズが共感できたのだ。一度張り付いてしまうと人の力ではとても剥がすことは不可能だった。

ちょうと壁の塗り替え時に職人さん取ってもらうことができた。実に恐ろしいほどの吸着力だった。それ以来家に蔦を這わすのはこりごり。遠くから見ている分にはきれいかもしれないが、家にはよくなさそうだな。

壁の写真は下記サイトでご覧になれます。
http://www.heuit.com/

モーツアルトの音楽は、健康を回復する“聴く薬”・・・

2009年11月22日 | Weblog
「JAF Mate」2009.12月号より。

“未病にきくワザ!”というコーナーで目にしたもの。要するに音楽療法というやつだ。これを提唱するのは埼玉医科大学保健医療学部教授の和合治久先生だった。珍しい免疫音楽医療学というのがあるらしい。

モーツアルトの音楽には、3500~5000Hz以上の高周波音が豊富だという。それが健康に効くようだ。高周波音は自律神経などをコントロールしている視床下部を中心とした、脳の中枢神経を効果的に刺激するのだった。

「2週間程度で、高血圧・冷え性・不整脈・不眠症など、さまざまな不快症状が改善に向かうでしょう」、と語っている。聴き方もあった。BGMとして聞き流すのではなく、病気の予防改善という目的意識をもって、音に聴き入ることが重要らしい。

できれば1日3回、朝、昼、夜に30分ほど聴くのがいいらしいが、朝食前と寝る前に各10~15分ずつでもいいという。ということで、さっそくいまモーツアルトのCDをかけながらこれを書いている次第。でも“ながら”は駄目かな・・・

「飯を食べるスピード」という尺度。

2009年11月21日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

ここにはちょっとユニークな事例があった。日本電産の永守重信氏が社長をしていたときの採用試験ではなんと「早飯試験」が行われていたのだ。

というのも、永野氏は学校の成績が優秀だという理由で採用した人物は、育っていず、途中でギブアップして辞めた者も多かったからだ。

ところが、20年前に「早飯試験」で採用した者が会社の中心人物になっていたという。入社して20年ともなれば中堅だろう。最もパワーを発揮する時期にそれなりの仕事をしている者が多かったのだ。

その年の応募者は170名で、面接で約70名に絞り、彼らに昼食を食べてもらい早く食べ終わった順に33名を無条件で採用したのだった。食べるのが遅い私など初めから脱落だな。

永野氏は、飯を早く食べる人間は何をやっても早い、好き嫌い何でも食べられるのは健康な証拠だという仮説をもって採用していた。たまたまその時空腹でがつがつ早く食べた学生は合格したかも。

また一方、落とされた学生の側からみれば、成績も面接も問題ないのになぜ落とされたかのかは理解できないだろうなぁ。各社採用人数が減って厳しい現状だが、就活の学生さんには、とにかく根性でがんばってほしいものだな。

信頼していない人のアドバイスなどきかないという徹底ぶり・・・

2009年11月20日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

これも、前日の内容とも関連している。イチロー選手の例があった。あのイチローでさえ、1軍入と2軍を行ったり来たりさせられている時期があったことは知られている。

しかし、イチローはたとえ2軍に落とされても、落とした監督やコーチは信頼していなかったのだ。下手にフォームをいじられるより、2軍で実績を残すことを選んでいた。

そして2軍の時出会った新井宏昌コーチとの相性はよく、イチローは彼を信頼してアドバイスを受けとめることができたのだった。それで本来の能力を伸ばすことができたのだろう。

プロではフォームをいじられることで能力を発揮しきれなかった選手も多いと言われる。野茂投手もあのユニークなトルネード投法を貫いたからこそメジャーで100勝以上を達成できたのだろう。

仕事でのスタイルも人それぞれだろうが、それで成果を確認できたならそれを徹底していくことも必要かもしれない。その際、職場や環境がそれを認めてくれるかどうか・・・も問題かも。

素直であることは一つの才能だ。

2009年11月19日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

素直というのは、伸びる可能性を見極めるときに重要な着眼点になるという。性格が素直なら、人のいうことを捻じ曲げずにストレートに受け入れる。あとはその指導が良ければ伸びていくということだった。2人のスポーツ選手の例があった。

かつてのオランダの柔道王、ヘーシンクを育てた道上伯(みちがみはく)はヨーロッパに柔道を根付かせた人物だった。ヘーシンクは東京オリンピックで優勝したことは50代以上の人ならきっと覚えていることだろう。

当時のヘーシンクは顔色の悪い建設労働者の青年だったという。しかし、道上は指導次第では柔道では伸びると直感したらしい。それは、飛びぬけて性格が素直だったからだった。格闘技なら強気の選手がいいということも考えられるが、素直さのほうを買ったのだ。性格が従順だったために、ハードな練習に耐えられたのだろう。

もう一人は、マラソンランナーとして有名な高橋尚子選手だった。高校、大学時代は有名な選手ではなかった。当時、小出監督の率いるリクルートには入社できなかった。しかし、押しかけていって選手として指導を受けている。

小出監督を信頼しきっていたからこそ、アドバイスを受け入れ全力で答えたのだ。結果、記録を伸ばしオリンピックでも優勝できたといえる。教わるべき監督を選んだという高橋の眼力もまたすごいもの。世界トップの選手になるためには、素直さということもかなり重要なポイントのようだな。

自分なりの試し方を作り上げていくところが眼力のおもしろさ・・・

2009年11月18日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

誰を自分のパートナーとして選ぶかという際には、その人独自の基準があるようだ。コメディアンの志村けんは実にユニークな方法で選んでいたのだ。

自分とコントでからむ女性タレントを発掘する際の判断材料は、例えば顔やスタイル、演技力などがあるが、志村の場合はリアクションを見ていたのだ。

ここでユニークなのは、彼はゲストでコントの好きな人を選ぶとき、アイドルの前でおならをしてみせるそうだ。そこで腹を抱えて笑うような子はオーケーだという。嫌な顔をする子はダメらしい。

よく笑うということで、お笑いが好きだと判断しているようだ。志村らしい自分なりのシンプルな試し方だ。自分の選んだタレントだからこそ息のあったコントが可能なのかも知れないな。

リアクションで思い出したが就職などの面接で、わざと難しい質問をして、その答えの内容よりもむしろその時どういうリアクションしたかを見るというのも聞いたことがあるな。そこにはけっこう個人の“素”が出ているのかも。

仲間と肩を組んで「がんばろう」と言っているような人間はプロではダメだ・・・

2009年11月17日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

これもスカウトマンの木庭氏の言うことだった。かつて広島カープで活躍した長嶋清幸選手をとった時も、その理由のなかには高校時代「札付きのワル」だったということも入っているようだ。眼力があるからこそ、ドラフト外でも口説けたのだ。

「品行方正、協調性があって真面目でおとなしい」などという若者はプロでのし上がっていくのはむずかしいらしい。ここ一番の勝負どころで仕事をするのはそういう人間ではないようだ。

そして、「ワルほどまた、どこか純なものを宿しているものだ」という考え方もあるようだ。実に深い!プロは常に弱肉強食の世界だといえそうだな。

とくにスポーツの世界では和気あいあいではなく、プロとしての気質を持っているものが長年にわたって活躍できるのだろう。またより高いレベルで勝負したいからこそメジャーにも挑戦するのだろうな。

さらに別の面で木庭スカウトは、プロで成功するかどうかの基準に素質、努力のほかに「頭」を挙げていた。今月初旬に亡くなったが、広島で活躍した三村敏之氏に目をつけたのは「頭がいい」という理由からでもあった。

広島カープの黄金時代の陰にはこのような、優れた眼力をもったスカウトマンのオリジナルな考え方があったのだなぁ。

将来プロの世界でメシを食っていける気質を持った人間かどうか・・・

2009年11月16日 | Weblog
「眼力」齋藤孝著より。

これもプロ野球スカウトマンの話だが、広島カープの木庭教(さとし)氏は有名らしい。野球の才能を見るばかりではなく、人間としてもどうなのかを見ているという。

技術だけならもっと上の選手はいくらでもいるということもあるらしい。しかし、プロの厳しい世界で、生き抜いていけるかどうかはまた別問題のようだ。

つまり、まんべんなく何でもできるタイプよりも、何かがとんでもなく飛びぬけている選手の方が生き残るという。もともと評判の高い選手は、お金のある球団に引き抜かれてしまうから、木庭氏は自分の眼力を磨いて徹底的に選手を探していた。

ある程度のプロとして通用するほどの技術のほかに、たとえば図太い、図々しさがあるなどもスカウトは見ているのだろう。そういう意味では、かつて一匹狼といわれ活躍した江夏(投手)オレ流で有名な落合(現中日監督)などはプロ中のプロだった。

素材さえよければ、ピッチャーで入団しても、後に守備力や打撃センスのよさで打者に転向する選手もかなり多い。高校時代に投手で活躍した選手もプロでは一流の野手になっている。本塁打王の王貞治氏などはそのいい例だろう。