ちょっとマンネリですが・・・

ダラダラ過ごしている毎日のことあれこれ・・・・

制限されることで、思考は進む・・・

2010年02月28日 | Weblog
「考える力」齋藤孝著より。

つまりこれが、「考える」力を集中させる秘訣だと齋藤氏はいう。もし作文でも、なんでもいいから書いてみなさいと言われたら、逆にいったい何を書いたらいいか迷ってしまうもの。

これは小中学生のころの作文や読書感想文を書いたときにも感じたものだった。ところが、具体的に課題を出されれば、それに向かってなら書きやすかったものだ。

筆者はよくできたゲームは制限がしっかりしているという。その一例として野球のルールを上げていた。タッチアップというプレーは、野手がボールを捕ってからでないと、ランナーは塁を離れてはいけないと細かく決められている。だからこそ、ゲームはスリリングでより面白くなっている。

アイデアを考える場合も、自分で事前にしっかりと課題を考えておけば集中して考えられる。漠然としたテーマだと考えも拡散してしまう。いきなり川柳を作ってみなさい、といわれるよりも「社内コミュニケーションについて」などとテーマがあれば、それに向けてなら考えられよう。

ということは、、アイデアを出すためには、いかに自分で課題を設定できるかどうかがちょっとしたポイントになることが分かってくるな。「制限される」とは、課題設定ということでもあったのだろう。

もし時代というバスが東に向かうならば、私は西に向かうつもり・・・

2010年02月27日 | Weblog
「朝日新聞」2010.2.21付けより。

“仕事力”というインタビュー記事のなかで、新井満さんが語っていたことだった。4回連載のうちの3回目だったが、それまでの2回は実に深刻な顔写真が掲載されていた。むしろ恐い印象を与えていた。しかし、今回満面の笑みを浮かべている写真を見てなんだかほっとした気もした。

これは新井さんの基本的な生き方、考え方を表したものだろう。一般的な比喩で「バスに乗り遅れるな」ということは、人と同じよう生きることを意味していた。むしろ人とは違った生き方をするからこそ、オリジナルなことで成功できると思っていたようだ。

実際、そうすることで成功を実感したからこそ言えることなのだろう。たとえ人と同じようにして、うまくいったとしても満足感はイマイチということだ。できれば、自分らしいやり方でうまくいったほうが喜びも大きいことだろう。

そのためには人のやらないことにいつも着眼するということがまず必要だ。しかもそれを貫き通すには、“オリジナルへの勇気”というものがなければならなかった。むしろ、人と同じ発想で生きていく方がた易い。オリジナルへの勇気とは、人のやらないことへのチャレンジとも受け取れる。

新井さんは、30年ほど前に会社の仲間と「環境映像」という商品を作ったものの、当初はまったく売れなかったという。しかし、30年後の今ではすっかり私たちの暮らしの中に溶け込んできていることを実感している。

ウケるかどうかは、その時代にも左右されることが多いのだろう。何が正解で何が不正解かは即判断できないことが多い。それでもなおかつ、自分独自の視点を持つことは意味があるのだろうな。

自分は他人とどう違って、どんなオンリーワンな価値を持っているか。

2010年02月26日 | Weblog
「メトロミニッツ」2010.3月号より。

この号の特集は東京のワークショップだった。そもそもワークショップという言葉はよく聞くが、しっかりと意味を考えたことはなかった。ここには、次のようなことが書かれている。半世紀以上前、アメリカで発祥したと言われている。「参加体験型グループ学習」の意味として、日本で広がり始め十数年とあった。

国内では比較的新しい概念のようだ。ここでのサブタイトルには「すべきことより、好きなこと」とあった。実にわかりやすい。またその下には次のようなコピーもある。「学校の授業でもなく、セミナーでもなく、義務でもなく。楽しく学ぶ楽習(がくしゅう)の場、ワークショップ」と。

要するに自分が興味あることに参加して学ぼうということだ。趣味をもっと究めたいという人にはいいかもしれない。またその体験を通して学べることも多そうだ。ここには実際に、靴づくり、デザイン、農業体験、音楽、ダンスなどさまざまなものが紹介されていた

上記フレーズは、その中で、「自分の本を考える」というワークショップについて書かれているなかで目にしたものだった。そこでの講義のテーマには「自分の書きたいことをどうやって見つけるか」などというものもあるようだ。自分にはオンリーワンな価値といえるようなものなど持っているのだろうかなどと、ふと考えてしまった・・・

それで商品が売れるわけではないが、「たとえ30年後でも・・・思い出してくれれば」

2010年02月25日 | Weblog
「朝日新聞」土曜版2010.2.20付けより。

連載の“フロントランナー”というインタビュー記事で、TOTO社長の張本邦雄さんが語っているなかにあったフレーズだった。この会社は衛生陶器で国内シェア6割、年商約5千億円という最大手だ。

張本氏が社長になって真っ先に始めたのが工場訪問だった。つまり、売り上げが低迷して不況を一番感じているのは工場の人たちだと感じたからだという。

各地で懇親会を繰り返し、元気づけようと始めたものの、元気をもらったのは自分の方だと感じたようだ。企業のトップが進んで全国を回ってコミュニケーションをとろうというのは実に素晴らしい。

そんな中で、工場を休日に開放して地域住民を招く催しまでしていた。そこではいろいろなイベントを行っているが、それで商品が売れるわけではないことはわかっている。

しかし、30年後でも、家をリフォームする人が、まずTOTOを思い出してくれればと思ってやっているという。社員とユーザーとの触れ合いを大切に考えているのは営業一筋36年という現場意識があるからだろうな。

ハナシはコトバの材料で建てる建築。

2010年02月24日 | Weblog
「朝日新聞」土曜版2010.2.20付けより。

“磯田道史のこの人、その言葉”というコラムを読んでいたら、上記の面白い表現に出会った。こう言っていたのは、「話術の神様」と言われた徳川夢声(1894年4月13日 - 1971年8月1日)だった。子どものころテレビで何度も見たことはあったが、今ではほとんど記憶にはない人物だった。

彼についてウィキペディアでは次のように解説されていた。弁士、漫談家、作家、俳優。ラジオ・テレビ番組などをはじめ、多方面で活動した日本の元祖マルチタレントとも言える人物である。「彼氏」「恐妻家」の造語でも知られる。

夢声はまた、上手に話すには、「豊富なるコトバの整然たる倉庫」になれ、とか「ハナシも最後はその人の人格に行きつく」、というようにも語っている。そして、話上手の極意は、良い心と強い個性を養うことだそうだ。

そんなことから、良い話をするには、別に雄弁である必要はなかった。むしろ心が通じるように話せるかどうかのほうが大事なのだ。話術という考えよりも、気持ちを伝えようとする心構えを持つべきなんだろうなぁ。

楽観的に構想を練り、悲観的に計画し、楽観的に実行する。

2010年02月23日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

これは、一昨日の記事と関連している。筆者は、新製品や市場開拓など新しいことをすすめて、成功させて行く人は、楽観的に構想できる人だという。

まず、新しいことに取り組むためには、何としてもやり遂げたいという夢と情熱を持つことが大切だ。いわば超楽観的に目標設定することが必要だった。

しかし、いったん計画の段階に進んだら今度は悲観的になれという。慎重に構想を見つめ直すためだ。もしもの時に備えて、あらゆる対策を施しておくという意味だった。

その対策さえ立ててしまえば、あとは楽観的に行動するだけだった。楽観、悲観(慎重)、楽観へと頭を切り換えられるかどうかが重要なことだったのだ。常に柔軟な頭を持っていることが、ものごとを成功させられるかどうかのポイントのようだ。

否定的なものの見方は、人を成長させることもなく、問題の解決ももたらさない。

2010年02月22日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

ここでのタイトルは“善に見る習慣をつける”となっていた。同じ事実も、人の感じ方で善にも悪にも解釈されるものだという。

たとえば、全力で一生懸命働いている人は、懸命に生きようとしている真面目な人と見れば、善になる。しかし、家族や自分の健康も顧みず、ただがむしゃらに働く仕事中毒とみれば、悪だともとれる。

物事が単純にいいか悪いかの判断は難しいことがある。できれば、善意で見ていく方がいいという。同僚の中には、常に批判的な意見、後ろ向きの考え方の人がいるが、楽しい話題はほとんど出てこない。

またそんな人には同類の人が寄ってくるようだ。どうして楽しい発想ができないのだろうかとむしろかわいそうに思えてくる。世の中は善に見た方がよほど楽しいと思うのだが。

夢に酔っていればこそ、それを実現させる情熱が湧いてくる。

2010年02月21日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

これはビジネスを成功させるためには必要なことだという。とはいっても、いつまでも夢に酔ってばかりいたら決してものごとはうまく運ばないだろう。

稲盛氏はまずは、事業を始め、困難にぶつかってもあきらめずにそれを成功させるには、夢、強い情熱が絶対に必要だと主張する。

かつて、独占企業であったNTTに対して、第二電電をスタートできたのもチャレンジするという夢を持っていたからだと振り返る。常識なら無謀ということになる。

しかし、事業に着手したらすぐに「しらふ」の状態に戻らねばならなかった。無用な危険をさけるためにも、冷静に仕事をすすめていくことが重要なことだったのだ。

「複雑な現象というのは、単純な事実の投影に過ぎない」

2010年02月20日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

これは広中平祐先生の言葉だった。氏は数学の難問を次元を一つ高くすることで簡単に解いて、フィールズ賞を受賞していた。稲盛氏は信号のない交差点に四方から車が入ってくることを例にあげていた。当然ながらその状態では多重衝突は避けられない。

そこで、一つ次元を高めて立体交差にすれば、滞りなく車は通過できるということだった。交差点の真上から見下ろせば、二次元の平面に見え交差点で衝突するように見えるが、実際は問題なく通過していく。

人との関係も複雑に見えるが、単純な事実の投影に過ぎないものだという。つまり、かなり面倒に見えても別の角度から見れば、意外に大したことでもなかったりもするのだろう。

たとえば岡目八目というような言葉があるが、当事者よりもその後ろで見ている人間のほうがよく理解している場合もあるかもしれない。

時には、もし有能なあの人だったら、どうするだろうかと立場を変えて考えてみるのも有効だったりするのだろう。稲盛氏はひと言「心の次元を高める」と述べている。

好きなものをさらに大好きなものにしていく。

2010年02月19日 | Weblog
「朝日新聞」2010.2.14付けより。

朝日求人「仕事力」というインタビュー記事のなかで、作家、作詞作曲家の新井満さんが語っていたこと。かつて会社員としての現役時代、得意先にプレゼンをする際、氏は説明の途中で「イメージソングを作ってきました」と自分で作曲した曲を流したという。

その結果、得意先は喜び、競合には勝つことができたらしい。人がやらない、できないことで勝負をかけることは自分の強みになることがわかる。ここではいかに相手にわかりやすいかがポイントなのだろう。そのために努力は惜しまなかったという。

いい仕事をしたいと工夫する中で、いい曲を作る努力もして、それが作詞作曲家への道につながったと語る。それが、タイトルにあげた「好きなものをさらに大好きなものにしていく」ということだった。そのあとには「それが生きがいにもなっていく。同時に役割を果たすことにもなった」と述懐している。

会社員でありながら、小説を書き芥川賞を受賞したり、作詞作曲家として活動をしたりとすごいマルチの才能を発揮していた。いろいろな道でプロとして通用するのは並みの好きではできないことだな。

人生を改良するのはアイデアだ。

2010年02月18日 | Weblog
「朝日新聞」土曜版2010.2.13付けより。

これも前日と同じコラムからのものだが、筆者の磯田氏が語っていた部分にあったフレーズ。これは一体どこから来たかといえば、本多静六の考えからだった。

本多は勤倹貯蓄とは関係ないが、手帳の利用を勧めていた。そして次のように言っている。「知識は小鳥のようなもので飛んできた時に捕えて籠に入れなければ自分のものにできない」と。

そして、寝床にまで手帳を持ち込み、生涯、メモを取り続けたらしい。そういえば、ウィキペディアには、「日々1ページ原稿を書くことを常としたため、370冊を超える著作がある」ともあった。そんな膨大な著書も日々のメモが元になって完成したに違いない。

凡人の我われは「あとで」とか「そのうちに」など言っていることの方が多いかも。だから何も残すことはできないか。ちょっと気になって取り上げたタイトルのフレーズだが、アイデアを集めれば人生を改良できるのだろうか・・・

「職業の道楽化」

2010年02月17日 | Weblog
「朝日新聞」土曜版2010.2.13付けより。

これは“磯田道史のこの人、その言葉”という連載コラムのなかで目にしたフレーズだった。この日は本多静六(1866-1952)の言葉だったが、この人については何も知らなかった。そこでウィキペディアでざっと調べてみると、そこには次のように書かれていた。

日本の林学博士(東大教授)、造園家。日比谷公園を皮切りに、明治期以降の日本の大規模公園の開設・修正に携わり日本の「公園の父」といわれ、人物像は次のようにあった。 幼少時に父親を亡くした経験とドイツ留学でのブレンターノ教授の教えから、勤倹貯蓄を処世訓とした。資産家として巨万の富を築いたが、退官を機に匿名でほぼすべてを教育、公共の関係機関に寄付したことでも知られる。

とくに巨万の富を築き、公共に寄付し、奨学金制度を作ったということからも立派な人物だと感じられる。本多氏が語るところでは、経済的に自立すると、仕事がお金のためでなくなり、いよいよ面白く、人一倍働けるそうだ。

実際それを実践してきたからこそ自然と出る言葉なのだろう。つまりそれが「職業の道楽化」だったのだ。しかも、家庭円満なら人生は幸福だという。まさにその通りだろうと納得できた次第。仕事も家庭もそこそこで健康であれば“よし”とせねばな。欲を言えば切りがないし。

信じていないもののために努力することはできない。

2010年02月16日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

これは逆説的な表現になっている。つまり、なにかをなそうと思ったら、“できると思い込むこと”が大事だということだったのだ。

ここでは「強烈な願望を描き、心からその実現を信じること」、という言葉が使われていた。そうすることで、はじめて困難な状況を打開し、物事を成就できるのだった。

これは経営の神様といわれる松下幸之助氏の講演会を聞いた際に、稲盛氏が感じたことだった。講演のテーマは「ダム式経営」だった。つまりダムがいつも一定の水量で満たされているように、蓄えを持って事業を経営すべきというものだった。

質疑応答のなかで、聴衆の一人が「自分には余分な資金がない、どうやってダム(蓄え)をつくればよいのか」と質問したという。松下氏は、自分もその答えは知らないが、「しかし、まず蓄えが要ると思わなあきまへんな」と答えたそうだ。

稲盛氏はその言葉に強い感銘を受けたという。はじめに書いたことと重複するが、やはり何かを起こそうと思ったなら、まず思い込むことがスタートでもあったのだ。(どうせダメだろうと思えばなおさらやる気もでないし・・・)

組み合わせると「PASSION(情熱)」という言葉になるイニシャルを使った経営七箇条・・・

2010年02月15日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

会社が成長するにつれて、主だった部下たちを何千人もの従業員に対して責任のある立場へと昇進させる必要がでてきたと述懐する。

そして、稲盛氏自身の経営思想をいくつかの重要な項目にまとめて、どんな時にでもそれに基づいて行動できるようにしたいと思ったのだ。

そして重要と考えている項目は7つあって、その頭文字を組み合わせると、たまたまPASSIONになったようだ。それらは次のものだった。

Profit:利益、Ambition:願望、Sincerity:誠実さ、Strength:真の強さ、Innnovation:創意工夫、Optimism:積極思考、Never Give Up:決してあきらめない、の7つだった。

言われてみれば、実にシンプルなものになってしまうが、これらを本当に必要だと感じ身にしみこませつつ経営してきたからこそ稲盛氏は会社を大きく発展させられたのだろうな。

経営哲学を持ったことにより、会社は発展・・・

2010年02月14日 | Weblog
「成功への情熱ーPASSION」稲盛和夫著より。

先般日本航空の再建のため、会長に就任した稲盛氏はどういう考えをお持ちなのかということをこの一冊から感じ取ることができそうだ。

創業した京セラ、第二電電でも大きな成功をおさめてきたのは、その哲学、考え方にあったようだ。そして、それを教えてほしいとのことから『心を高める、経営を延ばす』という本を1989年に出版したのだった。

その後、従業員が1万人近くいる米国の有力な電子部品メーカーAVXを買収していた。その際京セラの考えを出来るだけ早く先方と共有できるよう幹部社員との勉強会を始めたのだった。

『心を高める、経営を延ばす』を英訳したものを読んでもらい、感想を求めても反応は否定的なものだったという。しかし、誠意をもって話をすれば通じるはずだと思って勉強会を続けると、彼らは素晴らしい経営哲学であることを理解してくれたのだった。

その結果、AVX社は6年間の間に、売り上げは約3倍、利益は約6倍に増えてニューヨーク証券取引所に再上場するまでになったという。その時使用した先ほどの著書と質疑応答を編集したものが、『PASSION FOR SUCCESS』としてまとめられた。

その日本語版が今回読んだ一冊だった。序文を読んだだけでも、過去の実績からもやはり会社更生法の適用を受けたJALの再離陸も稲盛氏に期待してしまうのもわかる気もした次第。