昨日の朝日新聞夕刊のトップ記事・・・配達地域によっては内容が異なると思いますが、何か世論操作の匂いがしました。かつての私なら「なるほど、そうなのか」と記事の活字を信じて憤慨したかも知れませんが、今は活字の裏を読む変な癖がついてしまっているのです。記事そのものは真実のことだと思いますが、書き方一つで、読者の受取り方が異なるから、表現の仕方はマスコミ人は特に留意する必要があります。が、これはマスコミの特質だから、やはり受取る読者が賢明にならねばいけません。
その記事というのは、大きな活字で「生活保護費削減へ」という見出しで、サブタイトルが「公共事業は温存」というものです。普通に読めば、「弱い者は切り捨てて、ゼネコンの仕事は残しますよ」という内容で、世論は「これはけしからん政策だ」という方向へ誘導される形になっています。
今の私はそうは思えないのです。健康で働けるのにろくに働かないで生活保護で暮らしている人と一生懸命働いて生活保護費より安い賃金しかもらえない人が居るようですが、もし暮しの要領が悪いから後者になってしまうのだとおっしゃるならこの方が問題、という問題が「生活保護費削減へ」の活字の中に埋没しています。私は、額に汗して働いた人の方が働かないで生活保護費をもらっている人よりも少しは楽な暮らしができるという社会的価値観を維持乃至は増進すべきだと思っています。
「公共事業は温存」ですが、この中には雇用の維持が見落とされ、「政治家はゼネコンを保護する」という暗黙の悪意がトップ記事と併せて書くことによって強調されています。そもそもゼネコンで問題なのは、多重下請け制度です。労働者が多いから大きな票田になっているということは事実で、票田の規模は、昔、農協、今、ゼネコンなのです。トンネル・高速道路・鉄橋・新幹線・空港・ショッピングセンター・公民館・ホール・ホテル等は皆この票田の作品で、これはそれなりに社会に役立っています。私は、工事現場で額に汗して働いて暮しを立てている人は大事にしたいと思います。問題の多重下請けは中間搾取の連続ですから「無駄なお金の塊」で記事はここに切り込みたかったのだと思います。この多重下請けをなくし無駄をなくすのが「政治家の務め」だったはずなのですが・・・・「何もできていない」と皮肉った内容には合点して上げます。
いよいよお盆休みも終わり来週からまた気合を入れて働くことになります。