とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 440 南野陽子/はいからさんが通る ①

2018-10-06 05:04:22 | 日記
女優、歌手としての風格がありました。アイドルの域を超えて存在感のある芸域を広げていき、広く愛される演技者としての位置を確立したと思います。ナンノ。私はこういう呼び方が好きでした。


南野陽子/はいからさんが通る ①



南野 陽子(みなみの ようこ、1967年6月23日 - )は、日本の女優、歌手。80年代アイドル。愛称はナンノ。兵庫県出身。所属事務所はケイダッシュ。

略歴

上京・芸能界入り

松蔭高等学校在学中、高校2年生の夏に上京し、堀越高等学校に3学期から編入した。1984年秋、ドラマ『名門私立女子高校』で芸能界デビュー。

1985年-1989年

18歳の誕生日である1985年6月23日に「純だね、陽子」「可憐だね、陽子」のキャッチフレーズのもと、「恥ずかしすぎて」でアイドル歌手デビュー。同年8月、日生劇場「リトルウィミン-若草物語」で舞台デビュー。同年11月スタートのフジテレビ系ドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で主人公の2代目・麻宮サキ役を演じ、一躍トップアイドルの座を獲得。

デビュー時からニッポン放送でラジオ番組「南野陽子 落書きだらけのクロッキー・ブック」でパーソナリティを務めていたが、引き続き、1986年10月2日からニッポン放送の『南野陽子 ナンノこれしきっ!』が開始。1990年6月24日に終了し、伝説の番組となった。ラジオが素の魅力を最大限に引き出すことを証明した。

1987年2月公開の映画『スケバン刑事』に主演。主題歌の「楽園のDoor」で初のオリコンチャート第1位を獲得する。その後も「話しかけたかった」「はいからさんが通る」「吐息でネット。」「あなたを愛したい」「秋からも、そばにいて」などヒット曲を連発。8曲連続オリコン1位を記録(間をおいて「フィルムの向こう側」でも1位を獲得している。計9曲オリコン1位)。またフジカラー、グリコ、JR西日本など多数の企業のイメージキャラクターに起用されCMに出演。

1988年、NHK大河ドラマ『武田信玄』に出演。1人2役を演じる。ブロマイド年間売上成績で第1位を獲得。同年、グレナダで発行された切手の題材になる。この頃体調を崩し3ヶ月程度入院した。仕事は続けていたため病院からテレビ局に通い、当時のヒット曲「吐息でネット」を歌っていた。

1989年、1990年と、2年連続、日本テレビ系列『24時間テレビ』のチャリティー・パーソナリティを務める。カンボジアリポートやドラマ、また自身の曲「思いのままに」が番組のメインテーマ曲として使われた。8月、「恥ずかしすぎて」から「はいからさんが通る」まで、CD化されていなかったシングル10タイトルがCDシングルとして再発。内9タイトルがオリコンシングルチャートにランクインした。また同年、当時の所属事務所のエスワン・カンパニーから独立した。

80年代後半に最も活躍した女性アイドル四人(中山美穂、工藤静香、南野陽子、浅香唯)は当時アイドル四天王と呼ばれていた。別冊宝島の調査によると、1980年代のシングル総売上げは年間ベスト50位以内のものに限っても232.2万枚と当時の女性アイドル中6位であった。年間ベスト50位以内ランクイン曲数も10曲と当時の女性アイドル中3位であった。

1990年代

1990年、ウィーン・オーパンバルでデビュタントとして、社交界デビュー。1992年に歌手活動を休止。その後は女優業に専念する。
映画『寒椿』、映画『私を抱いてそしてキスして』主演。同年、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞。
1995年3月に帝国劇場で公演された舞台『ゆずり葉の井戸』に出演。これ以後、舞台出演は年一本ペースで、女優としての活動の幅を広げていく。1999年、現在所属のケイダッシュへ移籍する。(「Wikipedia」より)