とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

エンディングノート

2012-04-17 23:25:21 | 日記
エンディングノート





「オレンジ集め」(1890年作) ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849年-1917年イギリスラファエル前派)



 ウオーターハウスの絵の中でもこういう生活感溢れる作品は珍しいと私は思っているがどうであろうか。オレンジを食べながら座っている女の子のあどけない表情が心を捉える。母たちは今収穫に余念がない。だから、相手をして貰えない。しかし、オレンジを食べていると安心感がこの少女を支えるのであろう。「永遠なる母子」。その姿をこの絵にも私はしかと見る。
 「した、した、した・・・」。洞窟の中に水がしたたる音である。この擬音語を私は心の奥で聞いている。折口信夫の「死者の書」に出てくる言葉である。無念の死を遂げ、古墳の中の深い眠りから覚めた大津皇子。その目覚めに感応した貴族の娘藤原郎女(いらつめ)は、大津皇子の幻影を見つつ、次第にその存在に惹かれていく‥・。いずれ死を迎え、そしてこの絵の中の母娘も次の次の世に甦るのであろうか。・・・極端に飛躍しているが、私は人物画を見る度にそういうことを考えてしまう。ごめんなさい、あなたたち。
 今、私は「二人展」の案内状を書いている。百枚ばかり引き受けた。そして、だれに出そうか迷っている。そして、どういうメッセージを添えるのか、そういうことにも迷っている。家族、親戚、知人・友人、かつての同僚、お世話になった方々、かつての生徒たち。百人に絞るのは難しい。しかも、会場は東京である。出しても行ってくれるであろうか・・・。まるで私の遺言をいかに伝えるかという気分になっているのである。もうこれが最後の私のイベント。これからこういう興奮は二度と訪れることはないだろう。よくぞここまで漕ぎ着けた。若い世代へのバトンタッチ。そのときにどんなメッセージを届けたいのか。

 
 もしもし、長柄さんですか。・・・私は心を落ち着けるために電話しました。夜中でした。

 畝本さんですか、びっくりしました。・・・どうしました。何かあったんですか。

 いや、何にも・・・、ただ、長柄さんの声が急に聞きたくなって・・・。

 そうですか・・・、成功しますよ。そう考えるしかありません。

 そうですね。ごめんなさい。

 いや、いいですよ。実は私も興奮してて・・・。

 ああ、そうですか。・・・今、私、葉書書こうと思って。

 明日になさったら・・・。

 そうですね。

 ええ、年を取るといけませんね。

 ええ、ええ・・・。


 私は長柄さんの声を聞いて、少しは落ち着きました。


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