Nonsection Radical

撮影と本の空間

クラカメからミラーレスに

2013年02月21日 | Weblog
少し前にフィルム使用のクラシックカメラを斜めがけにして街を闊歩するのが流行ったけれど、今はミラーレスカメラ(レンズは交換出来るけどファインダーがないか液晶ファインダーのカメラ)が人気で、新製品も続々と出ている。
単純に考えると”写真”を撮るという楽しさは同じなのだが、フィルムカメラだと撮影後の処理に時間とお金がかかり、プリントするにもテクニックがいる。
そういう部分は現在ではマニアック化しており、口うるさい 失礼、訂正(苦笑) 一家言ある人がシロート相手に敷居の高いものにしている事もあり、あっさりプリンターで印刷出来るデジカメに移行してしまったのは残念な事である。
まあ世の中には、カメラを所持したり操作したりすることが好きな人だけではないので、イメージを”カタチ”に出来ればイイのだと割り切るデジカメユーザーも多いといえるのだ。
その”需要”に合せて各社がデジカメを次々に発売しているのだけど、中でもミラーレスカメラが人気なのはカッコいいからだろう。
また色々な事が出来る”かも”と思わせるのだろう。
satoboのような自称”ベテラン=下手の横好き”だと、どんなカメラで撮っても決して上手く写らない事がわかっているので(涙)、軽くて邪魔にならないコンデジ(コンパクトデジカメ)で十分なんだけど、これからの人は夢や可能性を感じて、かつオシャレなグッズとしてミラーレスカメラが魅力なのだろう。
この辺は有名カメラマンの影響というものがあって、現在ではカッコいいと思うカメラマンのスタイルがないこともあるのだろう。
昔なら、ベトナム戦争従軍カメラマンのように、ニコンの一眼レフ(もちろんフィルムカメラ)に望遠をつけ、広角レンズはライカで、2台を縦に首からぶら下げるスタイルに憧れたり、アンリ・カルティエ=ブレッソンのようにライカをさりげなく持つのを好しとしたりしたものだ。
そうやって有名カメラマンのスタイルから入り、スタイルで終わる事を繰り返してきたのだが、現在は写真というものの位置づけが変わってしまい、そういうヒーロー(ヒロイン)が不在の中でカメラを持つ意味が曖昧になってしまった結果の流行としてのミラーレスカメラになってしまったわけだ。
なにしろデジカメが普及するまで、一番売れていたカメラは「写るんです」だったんだから。
それを忘れては日本の写真文化は語れないと思うのだ。




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