3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

ニッポン再興のために科学者はなにをすべきかー 吉川弘之氏の提言 

2011-08-18 08:50:27 | 福島原子力発電所事故
日経の経済教室(8月18日付)吉川弘之先生が「科学、統合的知性の創造を」で、科学コミュニティが社会と向き合いかたについて、示唆に富む論を展開している。

科学者はそれぞれの領域を超え大所高所から広い視野にたって、協力作業を通じて、「独立、不偏、学派なし」の中立的助言を構成し、政策提言を行うべきである、と具体的な科学者が政策へコミットする際のフローを具体的に提示しながら説いている。

吉川先生は元東大学長であるが、学術会議会長、そして産総研の理事長をなさっていたこともあり、工学部の先生だが広い教養に裏打ちされたその文明論は強い説得力を持つもので、いつも先生が何をどう考え発言されるか個人的に注目している。さらに、先生はフェミニストでもあると私は思っている。

科学者の原発への助言は社会的助言が必要で、学会内での学説を戦わせるようなものではなく、中立的な助言をつくるための固有の場の必要性を説く。

平時はいいが、今回の福島第一の事故というような非常時においては、学者は専門バカであってはならないのであり、専門領域に埋没する日常的な研究とは異質のものを追求する姿勢が必要なのだ。自己の専門領域から一歩踏み出し、科学的知識の全体状況を俯瞰し、集合的知性を作り出すことが求められている。学術会議のそれぞれの専門委員会がどう今回、叡智を結集し協力し、科学者の立場から政策提言を行うことができるのか、3.11からこれまでどのような知の結集体として社会発信してきたのかというとかなり弱弱しいものであるように思う。

日本の科学者の真価が問われている。まさに学際的な見地から、それぞれのアカデミズムの「村」から脱出し、フクシマに向かう科学者の決意と総合力が今こそ問われているときはないだろう。
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Gareth Malone Goes to Glyndebourne

2011-08-16 16:43:57 | 日記
残暑が厳しい。
今日は木曜からの仕事の準備のために机に向かっている。お盆も年末年始もない仕事ゆえ、いつも忙しく追われている生活だ。
合間にブランデルのベートーベンのピアノソナタ31を聴いている。

先日はバイロイトのローエングリンのライブを見ていて夜更かししてしまった。
昨日は、イギリスBBC放送が2010年に制作したドキュメンタリ(原題は、Gareth Malone Goes to Glyndebourne)の再放送をみた 。ギャレス・マローンが、まったく素人の若者たちを、わずか数ヶ月の指導で、名門オペラハウス・グラインドボーンの舞台に立たせる話だそうで、「ちょっと大丈夫か?」と思われる若者がどんどん歌で成長していく様子が描かれている。昨晩は第1回、今晩は第2回、明日が第3回、楽しみだ。歌の威力とはすごいものだ。

日本にも同じようなプロジェクトがあるのだろうか。
社会資本崩壊と嘆くばかりではなく、若者をコミュニティで包摂する新しい取組が必要なんだろう。
狭義の福祉ではなく、生活力がつく生活支援、それも手当や保障だけてなく、芸術を含めた本当の豊かな生活支援という発想が福祉関係者には必要だ。

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ロンドンの暴動ー新自由主義、格差拡大の結果の内部崩壊なのか

2011-08-13 08:00:15 | 現代社会論
ロンドンの暴動がイギリス国内に飛び火している。
イギリス社会は病んでいる。

WW2中にベバリッジ報告がだされそこから護送船団方式の巨大な福祉国家を形成したが、その後、イギリス経済は不況にみまわれ、英国病といわれ、国営企業の行きづまりが社会問題となった。

サッチャー政権では、「大きな政府」を返上し、いわゆるベバリッジ体制としての福祉国家に大ナタが振るわれた。自己責任の強調、公営から民営化の転換という大ナタが振るわれた。その結果、国民の間に経済格差、生活格差、教育格差、文化的な格差が拡大してしまったといわれている。

その後、労働党ブレア政権が誕生。そのゆがみを是正しようと、大きな政府でもなく、小さな政府でもない「第三の道」を模索すべく、増えるニート対策、移民との融合政策で、教育教育教育、社会的排除対策を進めたことは記憶に新しい。

経済グローバリーションの流れは早く、当然ながら、一国の経済政策、労働政策、教育政策で済む問題ではない。しかも、イギリスはEUにもかかわらずユーロにははいっていないという微妙な立場である。さらに、高齢化の進行は激しく、人口構造の変化は労働市場にも影を落とし、若者は職にありつけず、若者の失業率はことに高く、不満はたまる一方であったといえる。

浜先生流にいえば、がつがつ稼がないで過去の遺産や観光で食べる「老楽大国」をむしろめざすべき、もっとゆるい生活を楽しむべきなのかもしれない。

が、しかし、キャメロン政権はかなりきびしい財政の引き締めをおこない、社会保障削減をおこなった。結果、明日の生活の見通しが立たない、若者は職業訓練もままならず、の状況だった。精神的に荒廃した若者の社会への怨恨にも似たエネルギーがたまっていけば、このような暴徒と化すことは想像に難くない。

若年労働者が希望をもてる政策、それにはとりもなおさず、社会保障であり、教育保障による下支えが必要だとおもうが、それを根幹にすえた社会政策の見直しが必要なのであろう。

コミュニティのなかで移民の人々が単なる安価な労働力としてではなく、社会の一員としてその尊厳を守られ大切にされているという感覚をもてるような支援の在り方が必要だと思う。りっぱな融合政策があっても、それが社会成員ひとりひとりの内面まで浸透し、国家やコミュニティから大切に扱われているという感覚をもてなければ意味がない。3kの仕事は移民にお願いするが、コミュニティの一員としては認めないなんていうことがあれば、それはとても不幸なことだろう。

我が国は、震災津波発電所事故で疲弊している。未来を語るほど長生きできないのではないかという不安と諦念が蔓延していて、イギリスをはじめとする欧米諸外国とはポジションが違うかもしれないが、それでも、3.11以前のアキバ事件や最近のネット・ツイッター中傷、東海放送テロップ事件、児童ポルノの氾濫・・・をみると、別の形でやはり若者のみならずすべての人々に鬱憤は鬱積していると思える。3.11以後、世界の新秩序をどうつくるか、世界規模でかんがえなければならない。




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原子力発電所の従業員の被爆を考えよ

2011-08-11 08:52:45 | 福島原子力発電所事故
先にあげた世界8月号で伊東光晴先生が従業員の被爆の問題を取り上げていた。私もこの問題はとても重要だと思う。これまで原子力事業に携わってきた人々、東電社員、関連企業の従業員、研究者を含め、配慮する必要があるのではないかと思う。仕事として従事する人々は生活のために働いている。フクシマの大事故で多くの被災者を生み、それは大問題だが、現場レベルでは、フクシマの従業員は加害者側ではあるものの、同時に被爆という視点にたてば被害者でもあるわけで、徹頭徹尾、善玉悪玉が分かれているわけではないところがある。

被害者も加害者も被爆するということを我々は見落としてはいないか。

単純な人々は、特にマスメディア、すぐに善悪を分けたがる。それが簡単だからだろう。しかし、この問題はそういうわけ方ではすまされない。

これはまさしく労働問題である。多層的な労働者の構造を踏まえつつ、労働衛生の問題としてきちんと対応すべきである。被爆という視点からこの問題の掘り下げがなされるべきである。働く人々はほとんどすべて健康不安を抱えながら働いているはずだ。


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児玉龍彦教授の7/27参考人説明-ぶれない学者

2011-08-09 07:59:10 | 福島原子力発電所事故
近年まれにみる素晴らしい大演説だった。
政府はいったいなにをやってるんだ!怒りの参考人説明。
すでに多くの人がyoutubeでみただろう。

http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo

8月8日の毎日(朝刊)にも児玉教授が掲載されている。
児玉教授「測定・除染を急げ」
進言4つ
1.食品の汚染検査(日本の最先端技術を使って、たくさんの食品汚染を一度に画像判定できるから、測定装置を開発し検知せよ)
2.測定すぐやる課とコールセンター(被災地すべての自治体に測定すぐやる課とコールセンターを設置し、電話を受けたら20分から30分でとんでいって線量をはかり高いところは除染する)
3.緊急の除染(とにかくすぐに除染しろ)
4.恒久的な汚染(根本的に除染するために「除染研究センター」を作り、日本の総力をあげて、最高の除染技術を福島に結集すること、除染の方法については住民の意見をとりいれること)
こういうことがやれるように法整備をすぐにやれ、ということである。

権力闘争にしか興味のない人の集まりの国会、そういう無能な集団に除染や画像判定装置の開発なんて言っても、理解できないとは思うが、児玉教授の参考人説明を聞いて少しでも問題の緊急性を感じた政治家がいたら、すぐに行動を起こしてほしいと思う。


聞けば、児玉先生は経済学者の金子勝先生と中学校時代からの同級生だそうだ。ツクコマから東大、というツクコマだったら当たり前のコース、医学部と経済学部と学部は違うが。児玉先生の熱さ、すばらしい。ツクコマですくすくと育った感じがよい。ツクコマのリベラルアーツを基盤としたエリート教育の神髄を見たような気がする。

今回の福島の事故で話題の人、京大の助教小出先生は開成高校から東北大学とか。これもまたカイセイのリベラルアーツを基盤とした質実剛健、権力におもねることのない不屈のエリート教育の真髄を見たような気がする。最近は開成も軟弱になっているようだが(だって騎馬戦でプロテクトつけるんだって、お坊ちゃんじゃああるまいし)。

ついでにいうと、市民科学者の高木仁三郎は前橋高校から東大だ。マエタカもまた地方県立の骨太男子校として有名。地元のトップクラスの中学生がいく高校だ。タカタカ、キリタカ・・という。

マエタカ出身の知人が言っていた。入学式のとき、担任から「お前ら、そこいらの中学では秀才でとおってきただろうが、もうそういうわけにはいかない。マエタカの卒業式で、まだもし、自分が頭がいいなんて思っているようなやつがいたら、俺が校門のところで蹴飛ばしてやる。」っていわれたとか。少しぐらい勉強ができても、図にのるな、謙虚であれってことなんだろう。

昔から、よい高校ほどがり勉なんかさせない。センター対策なんてやぼなことは学校ではしない。東大何人合格なんてまったく興味ない。

リベラルアーツを徹底的に学ばせ、世の中のぶれない見方、社会正義、闘い方を叩き込まれるものだ。

それが個性あふれる本当のエリート、よき人材をつくるのである。



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