3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

2020東京五輪ロゴは

2015-07-31 17:54:17 | 日記


なんといっても、2020のロゴは、これでなくちゃ。

これなら私は大賛成なのである。
実は、東京五輪の招致はどうでもよかった。
が、このロゴだけは高く評価していたのである。
商店街の旗、美しい江戸紫。
いいよね!

若い女性の美大の学生、無名の人の作品だった。
そこがなんともいい。

博報堂のプロのデザイナーの作品よりはるかにいいのである。

東京駅のスイカも意外な反響である。
若い日本の女性の能力の高さ。
世界に通用する力を持っている人たちがいるのである。

頑張ってほしい。
応援しているのである。


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東京オリンピック2020のロゴの審査過程を明らかにせよー招致用の桜のロゴのほうがいいでしょ!

2015-07-31 10:39:58 | 日記
エンブレムが発表になった。
さあ、みなさん、発表です!
幕があがり、歓声ではなく、どよめきだった。
ちっともよくないのだ、そのデザイン。
みんながふーん。
招致のロゴのほうがずっとよかった。あれじゃあだめなのか?
と思った。

で、ベルギーの劇場から酷似しているということで盗用疑惑。
スペインのデザイン事務所からも似ているとの情報。



東京2020のデザイナーは博報堂の人らしい。

別に大したデザインではないのに、博報堂だから審査を通過したのか?
この審査の過程を公表してほしい。
こんな盗用疑惑のあるデザイン、しかも大してよくないデザイン。やめたらどうか。
招致用の用がよっぽどよいのである。
明るくて桜をイメージしたとても上品なイメージで、おもてなし、が伝わるデザイン。
桜のロゴにしてほしいものである。



こんなにマッチした素敵なロゴをやめてしまって、どうでもよい日の丸飛行隊みたいなセンスないロゴにするなんて。

審査員の顔を出して説明してほしいものである。
審査の過程を明らかにせよ。
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母を看取って: 命日の夢の話

2015-07-28 10:25:55 | 日記
7月27日は母の命日。
明け方の夢に母が出てきた。
黒い四角い鞄のようなもののなかに母がいるらしく、
お母さん!お母さん!と何度も呼ぶのに、反応がない。
返事がない、どうしよう、これはだめだと言っているうちに目が覚めた。
命日に母の夢を見るなんて、あまりにタイムリーである。
私の潜在意識のなかに母がいて夢になって出てきたのだろうか。
母の冥福をあらためて祈りたい。
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いじめられている君に―その場から逃げよう、休もう、訴えよう!

2015-07-28 10:08:45 | 現代社会論
岩手の中学2年の男子学生がいじめられて、自死、という事件。
胸が痛む。暴力を受けていたとのこと。

先生とやりとりするノートがあり、そこにSOSが書かれていたのに、担任は深刻さを理解することができなかった。
担任の中学2年の男子の心理への無理解。表向きには元気そうに見えて実は深刻な問題を抱えていることがある、という子どもと接する職業としての常識がなかったといえる。
この担任の先生は大変なことをしてしまったと思っていることだろうが、退職するしかない状況だろう。

とにかく、いやなことをされたら、逃げよう。
休もう。訴えよう。
学校なんて休んだって大丈夫なんだから。
いくらでも支援してくれるところがあるし。
ネットで調べれば逃げ場もいろいろあるもんだよ。

親に心配かけるからということも考えなくていいよ。
親は子どもに死なれるほうがずっとしんどいんだから。
おなじようにいじめにあって不登校の子どもたち、何万人っているんだ。
いじめにあうのは、偶然であって、あなたが悪いからじゃないんだ。

とにかく、逃げるが勝ちである。学校なんか休もう。ほとぼりが冷めるまで逃げよう。

担任の先生が頼りにならなければ、ほかのクラスの先生に言ったっていいんだ。
学校が頼りにならないんなら、児童相談所に電話したっていいんだ。

大人の種類もいろいろあって、訴えても無視する大人もいるだろう。
でも、親身になって相談にのって、親や学校を巻き込んで解決のために力を尽くしてくれる人もいるんだ。
だから、安心してね。





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母の思い出 日々の暮らしを詠む

2015-07-26 13:37:42 | 日記
2013年の7月27日が母の命日である。
その日の夕方、母を見舞い、その後電車にのって帰宅しようとした。
しかし、激しい雷雨、電車はストップし、帰宅困難。
徐行運転の電車でやっと駅に着いたが、途中で、母の容体が急変したとの連絡がはいり、
トンボ返り。

大雨、徐行運転で、なかなか進まない。
その途中で、母の死を知らされた。
電車の窓に打ち付ける雨粒の向こうに悲しみに沈む自分の顔を見ていた。

結局、駅から斎場へ直行することに。

余命いくばくもないことは知っていたし、その日が近い将来くることはわかっていた。
が、いざ、その日が来ると心が沈み、これで最後なのかと思うと悲しみがこみあげてくる。

そんなことを思い出すが、3年目に入ると少しずつ、母が思い出になって、気が付けば、すっかり記憶の中の人になっている。

母を思い出すとき、親しんだ詩歌とともに思い出すことが多い。

母が子育てや家事の合間に作った作品を思い出す。
子どもの成長や家事のいくつかの場面を歌っているものを思い出すとき、そのきめ細かな心の風景を理解することができてとても懐かしく近い存在に感じる。

若い日に母が子どもをどのように見ていたのか、母の作品のから知ることができる。
母の日記を読むことはないが、作品を並べるだけで母の人生の様々な局面と心の動きが、日々の季節の移り変わり、時代の移り変わりとともに、手に取るようにわかる。
長男が雨の日に曇ったガラスに書いた絵、長女が歩き始めたころ、かまきりにおどろき泣いたことなど。

文学というのは、すばらしい。時空を超えていつでも母の作品を読むだけで近くに感じることができる。
いつも、その深い愛にふれることができる。
母はもういないが、その作品から生きた心が伝わってくる。

だから、さびしくなんかない。
こうやって人は逝ってしまった人を懐かしむのだろう。

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