3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

第3号被保険者は廃止すべきである

2011-09-30 14:38:28 | 現代社会論
専業主婦保護政策の第3号保険者制度は廃止すべきである。

夫が払ったことにして、その恩恵に浴することは、専業主婦のプライドを傷つけるものである。また、保険料を身銭を切って払っている母子世帯の母親にしたら、許せない制度と思う。夫がはらったことにするというのはうそで、夫もはいっている厚生年金制度の保険料で専業主婦の保険料を払ったことにしてやるというこの制度、だれも、専業主婦の保険料をはらってやるなんておもっていないのにね。
制度疲労も甚だしいのでやめよう。

こういうことは専業主婦自身が立ち上がって、いわないと。
私たちは自力で保険料ぐらい払えますって言おう。

いつまでも夫の傘下のもと発言権もないような存在はやめたほうがいいですもの。

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第3号被保険者の問題―払ったとみなす?なんてありえない

2011-09-29 17:55:48 | 現代社会論
「厚生労働省は29日、サラリーマンや公務員世帯の専業主婦が、夫が支払う厚生年金などの保険料の半分を払ったとみなし、夫が受け取る厚生年金などの受給額の半分を妻の基礎年金に上乗せする仕組みに改める方向で検討に入った。」とのこと。

夫が支払う厚生年金などの保険料の半分を払ったとみなし、夫が受け取る厚生年金受給額の半分を妻の基礎年金に上乗せ?!だって。絶対反対。

貧しい母子世帯の母親はその恩恵を受けることはできない。
自らの年金は自らで払おう。

専業主婦優遇は高度経済成長時代の遺物である。
よって、3.11以後の日本にはふさわしくない。

震災不況で、夫婦ともに働かなければ生活が成り立たない、あるいは、夫失業、妻就労で家計を支えるという世帯も増大しているはずだ。
サラリーマンや公務員という安定した職をもつ世帯の専業主婦になぜ優遇措置をとるのか、政府はなにを考えているのか?
これを考えている人たちは、専業主婦をもつ男どもか?

払ったとみなす?そういう不透明なことはしてはならない。
専業主婦は地域貢献してボランティア切符でも発行して、それを保険料にするなどし、なんらかの形できちんと保険料を払うべきである!
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辺見庸:「国難」の言葉の危うさー内面の決壊

2011-09-28 13:42:28 | 東日本大震災
辺見庸が毎日新聞(2011.9.2)の特集ワイドで、次のように述べている。
「僕は記者として、海外の戦場に立ったし、阪神大震災も取材しました。でもね。こうして馬齢を重ねて、今の日本の空気が一番不快だな。テレビ、新聞、そして、それらに影響された社会。飛び交う言葉がリアリティー(現実味)を失ってしまっている。・・・復興に向けて、被災地は一丸となっている、被災者は前向きに頑張っている・・・そんな美談まがいの情報が、あまりに多い。・・・現実はメディアが描くより、はるかに悲惨だし、一般の人たちの方が絶望している。」

「国難って言葉、僕は大嫌いだ」

「国難に対処することが最優先となり、個人の行動や内心の自由が、どんどん束縛されていないか。『手に手をとって頑張ろう』という空気は、それ自体は善意だとしても、社会全体を変な方向へと向かわせるのではないか」そしてこう続ける。「我々自身の内面が決壊しつつある。生きていく足場を失ったという思いは、3.11の前からあった。」

少し長い引用になったが、辺見庸のジャーナリスト、作家、そして、詩人の鋭い目はさすがである。

まさに、「地獄への道は善意という石でしきつめられている」ということか。3.11以前から、言葉はリアリティを失い、メディアはどうしょもないものとなっていた。軽い、の一言。この軽さはどこからくるのか。


「内面の決壊」、これは、辺見庸の『しのびよる破局ー生体の悲鳴が聞こえるか』大月書店、2009年、pp.79-99 で、述べている「無意識の荒み」に共通する感覚と思える。
彼は、「人間を部品化してお金儲けする少数の人間たちと、それができない絶対多数の人間たちの間に、途方もない開きがでてくることを当たり前とする社会のなかで起きてきた、社会の全域に進んだ、あるいは、我々の体内に広がってしまった無意識の荒み」と表現している。

途方もない開きを当たり前とする社会で起きた東日本大震災であり、フクシマなのだ。そこでかかわるメディア、それに影響される社会は、震災は所詮他人事であり、TVは広告代理店と大企業が資金提供する番組であり、ジャーナリズムも同様なのだ。そこで扱われる言葉は、リアリティをもって、我々の胸に響くものではなくなっているのだ。ただ、ただ、軽い言葉の羅列にすぎない。「国難」もまたしかり。


メディアがやっていること、それは「荒み」の増幅以外のなにものでもないのだろう。
軽い善意、軽い震災支援、やらないよりはいいけど、社会のきしみ、は、どうすることもできなくなっていて、当事者からみれば、上っ面の善意なんて拒否したくなるのだろう。

言葉に重みをもたせたい。
歴史性を抱いた絞り出すだれも発することがない言葉で、「書く」こと、それこそ今、我々がやらねばならないことだ。

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フクシマ50を応援したいーFukushima Fifty

2011-09-25 12:23:56 | 福島原子力発電所事故
フクシマは一時より、ずいぶん安定してきたという報告もあり、少し安堵感が広がっているように思う。
とはいえ、こうしている今もフクシマでは、事故収束のため危険と背中合わせに作業をしている人々がいる。

敵前逃亡することなく、地道に粘り強く寡黙に作業を続ける人々に感謝したい。少ない情報にもかかわらず、また、通常なら実験にかなりの時間を要するはずの機器でも短期間に仕上げ、それなりの効果をもたらしているときく。これらのフクシマで働く人々の努力を心から応援したいと思っている。

東京電力福島第一原子力発電所の事故で事態の収拾に当たった作業員や消防隊員、それに自衛隊員たちが、「勇気と使命感の模範を世界に示した」として、ヨーロッパで権威ある賞として知られる「スペイン皇太子賞」を受賞したとのこと。
3月のUKのtelegraphでもフクシマ50と称し、黙々と作業にあたる作業員たちへのインタビューを紹介しながら、称賛していた。
世界からみれば、英雄にみえるのだろう。

そうはいっても国内的には、フクシマ産の野菜や果物不買の雰囲気は消費者のなかで、深く広がっていると思え、心を痛める。フクシマへの差別や偏見の報道は発電所近くに住むトウデン社員をはじめ関連企業の人々とその家族を苦しませているに違いない。その苦悩を思うと気の毒でならない。
日々、直接フクシマと深くかかわり、事故収束のために働くトウデン社員や協力会社、関連する企業の作業員のみなさんはさぞや肩身が狭いだろうと想像する。
フクシマの子ども達や農民や酪農家の人々に対して多くの人が同情している。しかし、ドウデン社員やその家族へのまなざしは、どうかというと、厳しいものと想像する。
原子力政策をゆがんだ形で推進してきた政府、保安院やトウデンの執行部の罪はあるとしても、そこで働く労働者たちとその家族にもし、批判の矛先が向けられているとすればやりすぎだ。

原子力産業はいつの間にか日本の基幹産業となっていた。関連する企業の数は、トウデンをはじめ、数えきれないほどあると思う。ねじ一本まで考えれば、ある意味、日本の企業すべてが関連しているといえるかもしれない。我々は、原子力発電所の事故を起こした国、加害者として、世界に対して、フクシマを引き受けなければならない。

事故半年を経て、それぞれの持ち場で、フクシマをどう受け止め、過去を検証し、次の10年の日本を構想できるか、議論を重ねる時である。


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ゼロリスクを追求するのか?

2011-09-24 10:59:05 | 現代社会論
武田徹が、「学習しない日本人、ハンセン病隔離と同じ迂回の暴力」で述べているように、フクシマへの差別は一層増しているように思える。

武田氏によれば、「福岡市内で開店予定だった「ふくしま応援ショップ」に「地域の汚染が広がる」と書かれたメールや非難の電話が殺到し、出店取りやめに追い込まれる。やや旧聞に属するが、8月には京都・五山の送り火で、陸前高田市の松の木を燃やそうとしたが、二転三転した末に見送りになったこともあった。ツイッターなどでは徐染後の残土や放射性を帯びた瓦礫の受け入れを断固拒否しろという書き込みが、それこそうんざりするほど溢れている。」

フクシマ産の花火も中止になったという記事も何日か前にあった。

いったい日本人はどこまで○○なのか?
外国から見れば、日本全体放射能に汚染されているとおもわれている。バイエルン国立歌劇場の団員が来日を拒否したという記事を読み、偏った情報にせよ、欧州からみれば、日本全体が汚染地域とおもわれている。世界から特別な地域とレッテルを張られ差別されているかと思うと悲しい気持ちになる。同時にフクシマの人々の心境を思うと、我々は国内で差別をし続けることがいかに馬鹿げたことであるかを悟らなければならないと思うのだ。

差別し、隔離し、自己中心的に安心を獲得するという習性があるのだろうか。
ハンセン病の隔離のみならず、過去、関東大震災後の朝鮮人虐殺・・・無知以外のなにものでもない。無知が不安を増幅させ、それが差別偏見、排除につながる。

フクシマについていえば、われわれは被害者であると当時に加害者でもある。3.11以前にはもどれないのだから、すべてフクシマの苦悩をともに引き受けなければならないのだ。
東京の電力を長きにわたって供給してくれたフクシマ、感謝をこめてフクシマ産の桃、ブドウを今日は食べよう。

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