3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

2019.3.29 バルコニー便り 花冷えの東京

2019-03-29 16:30:41 | 日記
今日はとても寒いのである。
きのう東京は桜の満開宣言がでたのだが、この寒さでは桜も凍えてしまいそう。
来週、友人とお花見に行く予定なので来週まで散らないようにと願っている。

お花見といえば、徒然草
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花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向かひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け探し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ。」とも、「さはることありて、まからで。」なども書けるは、「花を見て。」と言へるに劣れることかは。花の散り、月の傾くを慕ふならひはさることなれど、ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝、散りにけり。今は見どころなし。」などは言ふめる。

よろづのことも、初め終はりこそをかしけれ。男・女の情けも、ひとへにあひ見るをば言ふものかは。あはでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。

望月のくまなきを千里のほかまで眺めたるよりも、暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、うちしぐれたるむら雲隠れのほど、またなくあはれなり。椎柴・白樫などの、ぬれたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身にしみて、心あらん友もがなと、都恋しうおぼゆれ。

すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨の内ながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ。よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまもなほざりなり。片田舎の人こそ、色濃くよろづはもて興ずれ。花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、果ては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手・足さしひたして、雪には下り立ちて跡つけなど、よろづのもの、よそながら見ることなし。
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花は散りぎわがよいのである。男女の中も成就しなかった恋のほうがずっと思い出に残るものである。
無粋な人は花のもとに、にじり寄り近寄って、わき目もふらず見つめて、酒を飲み、連歌をして、しまいには、大きな枝を、考えなしに折り取ってしったりするようだが、吉田兼好はそれは良くないといっている。すべてのものを、遠くからそれとなく見ることこそ趣があるものなのだ。

来週のお花見はどうだろうか。少し散ってしまって、遠くから春のなごりを味わうことができればと思うのである。

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内閣府の調査で、中高年のひきこもりが61万3千人という推計がでた

2019-03-29 16:05:52 | 現代社会論
ひきこもりは若者だけでなく中高年にも広がっていることが明らかになった。
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2019/3/29 10:26日本経済新聞 電子版
中高年ひきこもり61万人 内閣府が初調査

 内閣府は29日、自宅に半年以上閉じこもっている「ひきこもり」の40~64歳が、全国で推計61万3千人いるとの調査結果を発表した。7割以上が男性で、ひきこもりの期間は7年以上が半数を占めた。15~39歳の推計54万1千人を上回り、ひきこもりの高齢化、長期化が鮮明になった。中高年層を対象にしたひきこもりの調査は初めて。
 内閣府はひきこもりを、自室や家からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合と定義。専業主婦・主夫は過去の同種調査では含めなかったが、今回は家族以外との接触が少ない人はひきこもりに含めた。
 調査は2018年12月、全国で無作為抽出した40~64歳の男女5千人に訪問で実施。3248人から回答を得た。人口データを掛け合わせて全体の人数を推計した。
 ひきこもりに該当したのは回答者の1.45%。ひきこもりになった年齢は60~64歳が17%で最も多かったが、20~24歳も13%と大きな偏りはみられない。きっかけは「退職」が最多で「人間関係」「病気」が続いた。
 40~44歳の層では就職活動の時期にひきこもりが始まった人が目立つ。内閣府の担当者は、いわゆる就職氷河期だったことが影響した可能性もあるとの見方を示した。
 ひきこもり期間は「3~5年」が21%で最多。7年以上となる人が合計で約5割を占め、「30年以上」も6%いた。
 子供の頃からひきこもりの状態が続く人のほか、定年退職により社会との接点を失うケースがあることがうかがえる。
 暮らし向きを上・中・下の3段階で聞いたところ、3人に1人が下を選択。家の生計を立てているのは父母が34%、自身が30%、配偶者が17%で、生活保護は9%だった。悩み事に関して「誰にも相談しない」という回答が4割を超えた。
 調査時期の違いなどはあるものの、内閣府では15~39歳も合わせた引きこもりの総数は100万人を超えるとみている。
 今回初めて中高年層を調査したことについて内閣府の担当者は「40歳以上のひきこもりの人もいると国が公認することで、支援が必要なのは若者だけでないという認識を広げたい」と説明。「若者とは違った支援策が必要だ」と話している。

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ひきこもりは若者の「特権」だと思われていたが、そうではなく、長期化し、中年高年にいたってもその状態が続くということなのであろう。
元気な親がいて年金を糧にひきこもりの息子や娘を養っているということである。しかし、いつまでも親が元気であるわけもなく、親の片方が要介護になるとか死亡するとか認知症になるとか、両親ともに死んで、きょうだいもいないとなったら、ひとりごみ屋敷で餓死寸前というような状況に陥りそうである。
若者と中高年あわせて100万人というのは衝撃的である。
高齢者のための地域包括支援センターはこういう子どもを抱えている世帯を掘り起こし親亡き後に残されるであろうひきこもりで社会性の失われた子どもたちの生活の安定を図るための支援の具体的なあり方を打ち出さなければとんでもないことになるだろう。
介護予防や認知症予防ではなく、ひきこもりの子どもの親亡き後の生活全般をどう保障するか、精神医療や生活保護や日常生活の身の回りの世話や税や財産管理などに至るまでものすごくやるべきことが多いと思われる。
これって、ソーシャルワーカーや保健師がやるべき仕事なのだろうが、そういう意識をもっている自治体関係者がどれだけいるか?
地域包括も介護や虐待、認知症などへの対応で手一杯だから、本当に深刻なのである。

ひきこもりへの対応は、簡単なボランティアのような人が対応できるような問題ではない。
専門的知識と技術をもっている医療や保健福祉の専門家でなければ対応が無理な世界である。大量の専門家を養成し、各戸の全数調査でもして一人ひとり掘り起こし、それこそ個別のケアプランを作成するくらいやらなければ到底この問題をクリヤすることはできない。
新元号やオリンピックに沸く日本だが、それよりなによりこういう問題に真正面にむきあわなければ手遅れになる。高齢の親の悲鳴がきこえてきそうである。







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萩原健一さんが亡くなった

2019-03-29 15:53:35 | 日記
ショーケンが死んでしまった。
ショック。
萩原健一さんというよりショーケンです私の世代では。
それに俳優の萩原さんというよりテンプターズのショーケン。かわいいよね。アイドルの典型みたいなショーケン


森永っていい会社だなあ、っていう棒読みのショーケンが俳優で大成するとは想像がつかなかった。けれど、青春の蹉跌なんかで結構いい味をだしていた。だから、それからきっといろいろなことがあって今に至って俳優萩原健一さんとして成功したのかと思うと感慨無量である。

私の中ではいつまでも人気をジュリーと二分していたころのショーケン、その歌う姿が記憶に残っている。
もうはるか昔、子どものころの薄れていく記憶のなかのショーケン。
冥福を祈りたい。
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人は短歌することで救われるのだろうか 加藤英彦氏のすばらしいエッセイ

2019-03-25 15:43:03 | 文学ノート
毎日新聞2019年3月25日 東京朝刊
歌人 加藤英彦氏のエッセイに感動してしまいました。

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生きづらさの内景=加藤英彦

 最近、生きづらさを耳にすることが多い。陰湿ないじめや構造的な雇用の不均衡、性差への偏見や出口の見えない生活不安など、ただ普通に生きたいだけなのに幾つもの壁に阻まれる。


・非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている 萩原慎一郎

 メディアで大きく報じられて話題となった一首である。作者もまた過酷な労働を強いられる非正規雇用であった。中高生のころ執拗(しつよう)ないじめに遭って精神の不調を囲い、社会ではひたすら頭をさげ続ける日々のなかで非正規の友に「負けるな」と呼びかける。それは自らにむけた痛切な声でもあったろう。

 制度の抑圧や社会との軋轢(あつれき)はいつの時代にもあったし、生きづらさなど今に始まった話ではないと人はいうだろうか。そうではない。昔と較(くら)べてどちらが苦しかろうが、当事者には今の絶望的な生きづらさが全てなのだ。圧(お)し潰されそうな咽喉(のど)からもれた吐息はだれにも聞かれてはならない。出口を塞がれて彼はひたすら短歌の創作に救いを求めた。しかし一昨年、歌集の入稿を了(お)えた直後に萩原は自殺する。三十二歳であった。『滑走路』が彼の遺歌集となった。

・螺旋階段ひとりだけ逆方向に駆け下りていくあやまりながら 虫武一俊

 虫武は極度なまでに内向的な青年である。周囲との関係性をむすぶ以前に、数歩後ずさりして背をみせて螺旋階段を駆けおりてしまう。その心の闇は量(はか)りがたい。彼も非正規雇用だが、それは社会の不合理以上に自身の内部深くに棲(す)みついた生きがたさと私には映る。歌集『羽虫群』はそんな苦悩に満ちているが、彼はいま伴侶を得てゆっくりとその淵から脱しつつある。

 自らの内部に芽ぶいた生きがたさや、社会という外界が強いてくる生きづらさの前に文学は非力である。それでも外気に触れるわずかな気孔程度にはなるだろう。むしろ、萩原や虫武の短歌に救われた人は多い。病んでいたのは彼らではない。社会が私たちが病んでいるのだ。(かとう・ひでひこ=歌人)

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萩原慎一郎氏の「滑走路」という歌集、手元にある。
御三家の一つの私立中学にみごと合格したところまでは良かったのに、入学してからいじめにあって精神を病み、人生が傾いていく。
その中で歌う事が彼のよりどころであった。それは確かだ。傾いた人生を歌い、すばらしい作品を次々と生み出した。初の歌集が出版されることとなる。しかし、歌集の原稿を入稿したあと、自死するのである。なんともやるせない結末なのである。彼の成功を祈っていたのに自死だなんて、それはないだろう。なぜなんだ、とみな思っている。自死という選択に納得がいかない。

彼の場合、歌うことで救われたとも言えず、歌は自死へのひたすらな歩みだったとしたらどうなのだろう。歌うことは生きることにつなぐものでなければならないというわけでもない。だから、歌のその先に自死があってもそれは仕方のないことなのだろうか。
それでも、歌うことは生きることである、今の私を表現する手段と思いたい。
「自らの内部に芽ぶいた生きがたさや、社会という外界が強いてくる生きづらさの前に文学は非力である。」
だけど、わずかな気孔程度であっても、文学は最後までその息苦しさから逃れるための最後の手段であってほしいと思うのである。

追記
中学入学時のいじめ、なんとかならなかったのだろうか。
無策のこの中学の対応は本当に問題である。いじめた連中はしゃーしゃーと出世をして生きているのだろうね。















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2019.3.21 お彼岸です 

2019-03-21 16:55:50 | 日記
今日はお彼岸ということで墓参り。
配偶者のほうのお墓と自分のほうのと二箇所なのでちょっと疲れる。
二つとも都内なので楽といえば楽なのだが。

実家の墓は都内のさらに中心にあり、私の本籍もそこにあるのである。

ああ、このあたりにご先祖様がすんでいらしたのね、父の生まれたのもここで・・、と思うとただの家が並んでいるだけなのに妙に親しみがわいてくる。
父から山の手の空襲(5月の25から26日にかけて)にあって家が焼けてしまって田舎に疎開したりして大変な苦労をしたと聞いている。
今はもうそんなことがあったことすら思い出せないくらい閑静な住宅街である。

線香は焚くな、が父の遺言である。空襲で焼かれそこらじゅう火の海だったので、線香は厳禁で水のほうがありがたい、といっていた。
なので、供花と水と祈りのみである。

お墓の近くに大きな椿の木があり真っ赤な椿が咲いていた。
いつも今頃はこの椿が咲いていてお墓参りの人々をもてなしてくれる。
都会のど真ん中のお墓なので家が迫っていて、昔はこんなに寺の近くに家はせまっていなかったのだろう。少し息苦しい。

祖父がなくなったのは昭和の中ごろ~後半で、祖母はかなり長生きで平成にはいって亡くなった。
幾度となくことあるごとにここにやってきて祈る。
自分の行く末を考える。
私が去った後、どのように弔われ、どのように葬られるのか。
所詮宇宙のちりにすぎないのだから、海に流すかそうするしかないように思えてくる。

河がいい。どこの河?
利根川か神田川でしょうね。
江戸っ子なのだから。



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