3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

樋口一葉が通った伊勢屋質店が解体の危機 なんとかしたい

2014-12-28 18:51:10 | 現代社会論


http://ichiyotodai.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
写真は東大モト明シ(東京大学のある文京区本郷で、本郷のまちを考える大学院生たちのブログ)より


文京区は鴎外、漱石、子規、啄木、そして一葉と名だたる近代文学を開いた文人が住んだ場所がいくつもあり、非常に趣のある地域である。
一葉が貧しい生活のなかで、菊坂に住んでいた事はよく知られた話だ。使った井戸もある。
彼女が通った伊勢屋という質店が菊坂に現存していてこの建物そのものも歴史的建造物として価値あるものであるが、一葉が通ったというだけでもう一葉ファンならドキドキするだろう。が、この質屋が解体の危機にあるという。

一葉ファンの筆者は夜も眠れないくらい心配である。

所有者が維持管理できなくなり、区に買い取ってほしいとお願いしているらしい。
文京区がどうでるか、見ものである。

文京区は東大をはじめとして多くの大学がひしめいている地域であるから、さぞや見識のある方々がお住まいであろうと想像するのだが、意外にだめな文京区なのである。

文京区は、この質屋の近くの春日地域で、バカみたいな再開発をやろうとしていて、150メートル近い馬鹿でかいビルを建てようとしているらしい。見識を疑う。
この地域に六本木ヒルズのようなビルはいらない。そんなものがなくても近代文学発祥の地として十分価値があるのだからビルなどいらないのである。

とにかく、歴史的建造物や町並みを大切に保存して、下品な高層ビルを建てる開発なんていうのは即刻やめてもらいたい。

行政に訴えるのも必要だし、質屋の存続のためにみなでお金を集めることもしなければならないだろう。全国に募金を訴えればよいと思う。
わたしも一葉ファンとして何口か募金に参加したいと思っている。


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新人議員のお粗末 なんちゃって議員なんかやめてほしい

2014-12-25 15:23:03 | 現代社会論
今回の意味なき選挙というか、ひどい選挙結果のおかげでなんちゃって議員が生まれてしまっているらしい。
40歳ぐらいの女性議員。
若くて女ならだれでもいいのか?と思うんだが、バカじゃないかしら。

KO大学卒だから大丈夫と思ったのが大間違い。
全然勉強しなくても卒業できるのがKO大学なんだからさもありなんである。

しかし、こんなのが国会議員?町会の役員だってもっとまともである。
これじゃあ、ますます政治不信がつのるばかり。

ネットで、そこいらの大学生つれてきたほうがまし、とあった。
俺にやらせろと書いているのもあった。

だれでもできる国会議員。
なんちゃって議員。

以前から思っているのだが、国会議員には、とりあえずセンター入試ぐらいの学力テストをさせる必要があるだろう。

坂の上の雲の時代から幾星霜。ここまで落ちたか。
私がやったほうがまし、とだれもが思っているのに違いない。


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忙しい年末

2014-12-24 14:31:11 | 日記
秋以降、出張が多くてとても忙しかった。
最近、ブログの更新が滞っていて心苦しい。
何か書こうと思うのだが、どういうわけか書きたいようなことが少なく、意欲が低下しているのだろうか。

今年はGWに引っ越しをしたのでとにかく忙しかった。
よくもまあ、仕事をしながら、引っ越し作業を無事に済ませたと我ながら偉いと思う。

新しい家のバルコニーの草花もだいぶ増えた。
季節の草花をそろえて楽しんでいる。

ルーフバルコニーは気持ちがいいのである。
空が広い。
雲の色が刻一刻と変わっていくのを見ているとあっという間に時間が経ってしまう。
雨の日もいいのである。
秋の銀杏が金色に輝くのもすばらしい。
このところ寒い日が続くが、ダウンを着こんで熱いコーヒーをバルコニーで飲んでいる。
寒くても熱いコーヒーがあれば大丈夫。
すっかり葉が落ちた銀杏はさびしい冬景色だが、それでもそれはそれで趣がある。

四季折々の美しさを改めて知ったような気がする。
東京にも空はあるのである。

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埼玉・祖父母強殺:居所不明児 学校は何をしていたのだろう

2014-12-24 14:23:00 | 現代社会論
子どもの犯罪や車で暮らす子どもなど最近多発しているように思う。
子どもの貧困といってもその形は様々である。
児童相談所も大変である。
が、児童相談所の前に子どもとかかわる学校は何をやっているのだろうと思うのである。
子どもが転校していったらそれで終わりなのか。
路上で暮らしていると知っていても知らんぷりなのだろうか。
子どもを放置した学校の行為は犯罪である。

車で暮らす子どもについて取り上げたNHKの番組で学校の校長らしきものが、何かをしなければならなかったかもしれない、などとのんきなことを言っていたが、学校の先生は忙しいとはいえ、だからといって放置していいはずはない。
児童相談所につなげるとか、とにかく、学校という枠から出て社会的な問題としなければならなかったのに。
本当に教育委員会や学校の文化というものに辟易するのである。


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