3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

社会保障と税の一体改革「ニュースにだまされるな」2011.11.5

2011-11-06 11:06:55 | 福祉政策
11月5日の「ニュースにだまされるな」で、社会保障と税の一体改革についてやっていた。

年金の話で、結城という准教授が、うちは専業主婦なんですが・・・、保育園に預けずにやっていて、税金つかわないし、専業主婦はりっぱな家事労働です・・・というような間が抜けた発言をして、大沢先生をはじめ、他の先生から失笑されていた。結局この程度の「学者?」ともいえないような人間がやっている社会保障だからどうしようもないのである。

消費税を上げ、消費税増税は国際公約だからやるしかない。所得税の逆進性を是正し、専業主婦から国民年金料他、社会保険料をきちんと徴収すること。そうやって、専業主婦を雇用労働者化するような刺激策をうつ。そして、正規、非正規労働者、つまり雇用スタイル、労働時間にかかわらず、社会保険の枠組みにいれること。雇用労働者の4割近くが非正規化している現状では、そうするしかないだろう。

消費税を上げることは反対しない。が、所得税の逆進性を同時にやらないとダメだ。今は金持ち優遇税制なので、非正規などの多くの労働者とその家族は、貧乏になってしまう、という構造があるので、それをやめなければならない。



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縮む中間層ー日経「経済教室」白波瀬氏の論文を考える

2011-11-01 07:40:22 | 福祉政策
2011年10月24日の日経「経済教室」に白波瀬佐和子氏が縮む中間層「現役世代の再分配強化を」という論文を載せている。

ざっと読んで、この人はいつからこんなに体制的になったのかと思う。
東大教授になったとたんに体制的になったのか?いや、もとから?

「・・・野田政権は、貧困ではなく中間層をキーワードに掲げ、成長路線の復活を手探りしている。・・分厚い中間層の復活・・・政策対象を貧困層に代表される少数派から中間層という多数派の切り替えるなど、政治のかじ取りに若干の変化がみられる。・・・」

貧困層は少数派なのか?
中間層が縮みだれもが貧困層に転落しやすくなっているのが、最近の現象である。その結果、中間層が縮んだのである。むしろ、だれもが貧困層に転落しやすくなっているのである。そこに、中間層の危うさがあり、分厚い中間層など復活できない構造があるということを知るべきである。

「現政権が手本のひとつとするスウエーデンは、現役層の再配分効果率が全般に高い。米国も程度は低いが、日本に比べると現役層の再分配効果率は高い。日本は、現役層の比較的高い就業率を背景にそこでの再分配効果が抑えられ、社会保障給付の恩恵にあずかる層が高齢者に偏っていた。」

ここで、白波瀬氏は、現政権がスウエーデンを手本にしていると述べているが、少なくとも野田政権は北欧をモデルとしているとは到底いえない。これは、事実誤認である。ずっと規制緩和し、「小さい政府」をめざしてきたのが現政権である。さらに、「再分配効果は高齢者に偏っていた」と述べているが、公的年金という形でのみ再分配効果を図ってきただけで、偏っていたというのは間違いである。つまり、社会保障は老齢年金という形で、所得の再分配がなされるだけで、そのほかの部分では無策であっただけである、というのが正しい分析だと思う。さらに、白波瀬氏の掲げた図「世帯主年齢階層別にみた再分配効果」は世帯主(24-)を中心にした図であり、子ども世代への再分配効果をみることはできない。

結論として、白波瀬氏は
「同じ中間層でも再分配効果の恩恵を受けるものと受けないものが混在する。これから中間層の拡大を目指すのであれば、再分配効果を受けていない現役層への対応を重点的に考える必要がある。所得税の累進性を強化して、再分配効果を高めることと、雇用創出という意味で経済成長対策が必要」と述べる。

所得税の累進性を強化することは賛成、すぐにやるべきである。
しかし、経済成長対策に結局帰結するというのはどうなのか。

経済成長ではない枠組みをつくることこそ3.11以後の日本に必要な発想なのではないか?
経済成長→原子力発電の維持という野田政権の思惑をなぞる論文を日経「経済教室」に書いてしまう白波瀬氏の変説に憂うしかない。



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公的年金制度の意義を考えよう

2011-10-28 13:33:49 | 福祉政策
年金について、たとえば、年金制度破綻の元凶は役人、特殊法人、特別会計にある、とする意見がある。

「何のことはない。サラリーマンらがせっせと積み立てた年金原資は役人の天下り先の特殊法人や「官のサイフ」と呼ばれた特会に流れ、浪費され、枯渇しただけなのだ。これじゃあ、どんなに保険料を納めても、穴の開いたバケツで水をくんでいるのと同じ。役人の怠慢のツケをなぜ国民が負担するのか
厚労省は09年、年金にかかる財政検証結果を発表。年金積立金の運用利回りを「名目4.1%」と設定していたが、昨年度の実績はマイナス0.3%と惨憺(さんたん)たるものだった。その責任も取らず、ツケをすべて国民に押し付けようとしているのだ。
 こんな厚労省の暴走に加担している野田政権は国民を不幸にするばかりだ。」


なるほど、確かに年金積立金運用に問題はあるだろう。しかし、だからといって年金制度そのものを崩壊させていいものだろうか。

今は、年金制度を良い形で持続可能な制度にする方法を考えるしかないのだ。

老齢年金だけではなく、障害年金や遺族年金などを考えると、年金制度はなくてはならない社会システムである。すくなくとも先進国ではそういうことになっている。運用上の問題があるからといって年金制度そのものを否定するのはいかがなものか?

公的年金制度を否定して、私的な保険や貯金でやっていけると思ったら大間違いだと思う。それが無理だから、皆で保険料をだしあう制度をつくったのだから。イギリスがどのようにして無拠出の老齢年金制度をつくったか、そのプロセスをみればわかる。ドイツもしかり。労働者の老後や疾病障害に対応するためである。


公的年金制度はだれが政権をとろうとも必要な制度である。崩壊させてはならない。

公的年金制度を否定するのは、財務省の役人がひどいから、税金納めない、ってごねている税金逃れがいるが、そういうのと基本的に同じ構造をもつと思う。

もちろん原資の運用については透明性をはかることは前提であり、これまでのむちゃくちゃな運用の責任は当然、きちんととらせなければならない。

国民と政府の間の信頼関係を確立しつつこの制度を育てていかなければならない。
老後の生活資金の不安や若くして交通事故などで障がいをもったときにどんなに公的年金制度があることで救われることか。

人間は人生のいつのときでも強者でいられるわけではないのだ。









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年金の話 社会保障制度をきちんと学生に教えよう

2011-10-22 09:23:16 | 福祉政策
昨日の朝日ニュースターで駒村教授が年金の話をしていた。
100年といってもマイナーチェンジしながらどこの国もやっているということだ。
確かにそうだろう。高齢化の進度や少子化率によって、年金の構造は異なるので、5年おきに国勢調査をもとに年金改革をやらなければならない。

どの世代にとっても得をするような制度はない。
若い世代は支払っても支給されないのではないかと疑心暗鬼におちいる。
一方、中高年世代はあれだけ支払ったのだから、老後支給される年金が楽しみだ、と考えている。

いずれにしても、年金制度(厚生年金&国民年金)というものをきちんと理解していないことによる不安や期待もあるのではないか。

NHKの夜のニュース番組(news Watch 9)でも、野田総理にいろいろな面から迫っていた。なかなかよいインタビューであったが、それはそれとして、そのなかで年金改革について話が及んだ時、視聴者からのメールが紹介された。

「・・・私は自分の年金がどうなるのか、見定めて年金を払うか決めたいと思います・・(40歳男性だったと思う)」

厚生年金は、強制年金である。事業主と被保険者折半で保険料を支払うことになっている。ということを知らないのか?40歳にもなって・・・???な奴だなあ。

ただの無知としかいいようがない。
日本の学校教育における社会保障の教育はどんなことがなされているのだろう。
社会保険、生活保護、その理念、しくみ、制度の重要性と問題点などきちんと教えてほしい。

ともあれ、保険料の支払いが個人の選択に任されているわけではないことぐらいは学校教育できちんと教えてほしい。

年金改革は、専業主婦などとの絡みで厚生年金と国民年金はかぶるところもあるので、まずその整理が必要だ。

支給年齢の延期はやめたほうがいい。だれも受け入れないだろう。現実の問題として、68歳まで実際、どれだけの人が病気にもならず、働いているのだろう?


若者の保険料支払いのインセンティブをあげるには、モラルだけをいってもはじまらない。
就職活動のおり、国民年金に加入し保険料を支払っているかどうかぐらい、調査したらどうだろう。みんなこぞって年金に加入すると思うよ。


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年金はどうあるべきなのか

2011-10-20 06:09:26 | 福祉政策
年金支給年齢を68歳に伸ばすという案が示された。50代以上は猛反対だろう。

ずっと保険料を支払ってきた世代にとって、どうなのか。仮に60歳で定年を迎え、退職金を少しもらって、それを糧に年金支給年齢の65歳まで持ちこたえようと考えているはずだ。
60歳というと、まだ、妻は50代で、娘や息子はもしかすると、大学を卒業しておらず、学費がかかるかもしれない。80代後半の両親、妻の両親も健在で介護などで手がかかっているかもしれない。68歳まで8年間どうやってもたせるのか。退職金を取り崩す、貯金を取り崩す、子どもから仕送りを期待するも無理。貯金もなく、退職金の多くは住宅ローンに返済に消えてしまったらどうするのか。高齢の両親へ、少しは仕送りをせねばならない、ということも考えられる。

老後の不安は募るばかりである。だいたい68歳支給だなんて、年金支給される前に死んじゃうかもしれないと思うと払う気持ちが失せるかもしれない。
支払ったものに少しでも還元されるべきとおもうので、やはり、65歳を越えての支給はやめるべきかと思う。

税と社会保障の一体改革、新車に乗り換える案が民主党からだされている。
でも、年金制度の枠組みは政治体制が180度転換するくらいの変化がないと変えてはいけないのが鉄則である。
国民に老後の生活を保障するという約束で始めた以上、支給年齢をどんどん先送りするなんてのは、まやかしである。
年金は古民家を保全するように修復していくことが必要である。

老後は生活の糧を失う。それが老後だ。年金の役割は若い世代とちがってものすごく重い。
60過ぎれば病気や怪我で働けなくなる人たちが多数でるのが常である。
定年年齢と切れ目なく、ある程度の年金が、生活保護ぐらいの年金額が支払われなければ、高齢者が多く生活する国全体に不安が蔓延することは必至である。

みんな元気で68歳まで仕事があって働けて、貯金もあって、住宅も持ち家であって、ローンの心配もなければいいが、果たしてそんな人が、この震災を経て、一体何人いるのか。
支給年齢の延長は慎重にすべきである。

若者は裸一貫、一から始められるが、高齢者はそういうわけにはいかないのだから。

老後の心配なく生涯を終えることができる、それが、産業革命後に生まれた社会保障システムの真髄である。定年制をひかなければならない産業社会、そのシステムが編み出した相互扶助のしくみが労働者全員参加型の社会保険である。


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