3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

ペンタゴンペーパーズ +大統領の陰謀

2018-05-02 17:32:55 | DVDノート
GWの合間、日比谷に映画を見に行った。すごく込んでいた。
ペンダゴンペパーズ、監督はスピルバーグ。
やめられないベトナム戦争、ニクソン大統領の時代の話。

ワシントンポスト、ニューヨークタイムズ、アメリカの70年代のジャーナリズムがかっこいい。
新聞記者になりたくなる。

防衛省の日報問題も同じ構造である。
戦闘地域には自衛隊を派遣しないはずなので、戦闘状態と書いてある日報は表に出せない。野党に突っ込まれるから。破棄しましたとかいっていて、ほとぼりがさめた今頃になって、出てくる。

日本のジャーナリズムは弱い。ジャーナリズム魂が試されている。


さて、映画の話にもどるが、最後、ウオーターゲート事件を想像させるシーンでおわる。ニクソン大統領は盗聴でその座を追われるのである。

ペンタゴンペーパーズを見る前に、あるいは見たあとでよいので、「大統領の陰謀」を必ず見ることをお勧めする。
で、ベトナム戦争について知りたい場合は、プラトーン、7月4日に生まれて、ランボーもある意味ベトナム戦争の傷跡を想起させる作品、などがお勧めである。

沢田教一の写真なんかもインパクトがあるので、見ておく必要があるよね。

朝鮮戦争が休戦し、そのあとベトナム戦争を20年もやるアメリカってどういう国なんだろうか。
やめられないとまらない戦争。戦争をやることによって潤う人々が、戦争を支持し、若者を戦場に送る。
以来、アメリカはやんでしまった。ベトナム帰りの若者が精神を病み、仕事につけずに犯罪に手をそめるものもいた。

いまだに完全に回復していないように思える。

それにしてもこの映画、監督は男性だが、主演、原作、脚本、プロデューサーなど女性陣で固めている。
アメリカの映画界も女性パワーが席巻しているのだ。

ジャーナリズムは常に反権力、権力の犯罪的行為を暴くのが仕事であり、それに命をかけるのがジャーナリズムの本質であることを思い出させてくれる映画である。政府のポチみたいな、広告塔のようなのはジャーナリズムとは言わないのである。



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100分de名著 高慢と偏見

2017-07-07 11:04:33 | DVDノート
今週の100分で名著は、ジェイン・オースティンの高慢と偏見!
BBCのコリンファース版が出てきてすごく楽しめるのである。
2013年の夏、遅ればせながら、BBC版にはまり、以来、コリンファースのファンになったのである。

2013年の本ブログの内容を再掲しておこう。

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高慢と偏見 (BBC) コリン・ファース 版

2013-07-13 17:35:32 | DVDノート


高慢と偏見 コリン・ファース (出演)について、メモしておきたい。
さすがにBBCの作品なので、とても楽しめるDVDである。
日本語版は高いので、アマゾンUKでイギリス版を買った。英語の字幕をつければよくわかる。英語の勉強になるなあ。

コリンの声はとてもいい声でほれぼれするし、池に飛び込むシーンはワイルドでとてもよろしい。
放映されていたとき、日本でいうところのいわゆる「銭湯に人がいない状態」になったらしい。国民的小説のテレビドラマ化だから、みな楽しみにしていたのだろう。

コリンが飛び込んだ池には多くのファンが訪れるらしい。
イギリス人にもミーハーはいるのだ。

コリンのダーシーも結構素敵だ。いや結構どころではない。すごく素敵。
だんだん感情移入してしまう。
小説に準拠しているので、そこが大変よい。
だんだん、ダーシーとエリザベスの心が近づいていくのが見えるし、微妙な言い回しなどによって、小説をまるでよんでいるような気分になれる。

それにしても、内気で寡黙なダーシー、かわいくって、笑わせてあげたくなるのは私だけか?



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ファンが多いだけにこの解説をするというのは至難の業である。
第一回、朗読がとてもよかった。
BBC版を使用しながらも朗読を取り入れているところがよい。
廣野先生の解説はまあなんとかギリギリな感じではあるが、次回からが楽しみである。

ところで、ジェイン・オースティンは生涯独身であった。
そこには秘められた恋があったのである。
ジェイン・オースティン 秘められた恋 [DVD] アン・ハサウェイ (出演), ジェームズ・マカヴォイ (出演), ジュリアン・ジャロルド (監督)
それについても、本ブログで取り上げたので再掲しておくと、

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2013-09-13 20:36:59 | DVDノート


高慢と偏見のファンなのだが、ジェイン・オースティンの生涯を描いた映画があるというので、見てみた。
本当のところはわからない。
悲恋を経験したらしい。

関連文献を読むと、実際、ある男性と恋に落ちたらしい。が、その男性は財産がなく、ジェインも貧しい牧師館の娘だったから、その恋は成就することがなかったようである。
一生その人の思い出を胸に小説をかき続けていたのだろうか。

彼女の作品の中の男性のどれかがその人なのだろう。
ミスター・ダーシーかウイッカムか。
ハンサムな軍人にほれ込んで駆け落ちをしてしまう女性・・これもどこかで自分を描いているのかもしれない。

彼女が恋するルフロイ、ハンサムである。
ジェインは本当にルフロイのような男性と出会ったのかもしれない。そして、駆け落ちをしかけたか、不発に終わったか、どちらにしてもしたかったのだろう。
しかし、それはできなかった。その情熱を作家活動に傾けたのだろう。


何十年後、彼女は一流の作家として名を上げる。皆が「みて、あれがジェインオースティンよ!」と噂している。文壇で上り詰めたジェイン。
彼女の朗読を皆が望むが拒絶、そこへ、別れた彼、ルフロイが「娘」をつれてやってくる。その娘の名はジェイン。泣ける。娘の名がジェインと聞いて、特別に朗読をする。だって小説は誰のためでもないルフロイに向けて書いていたから。思い出し泣きしちゃう。


ルフロイの母は情熱的な恋をして、財産のない男と結婚し、子だくさんで貧乏である。
ルフロイは叔父に頼っている。自由に結婚相手を選ぶことはできない立場。
ルフロイは叔父にジェインとの結婚を許してもらおうとするが、貧乏な行きおくれの作家志望の娘など!と、叔父の逆鱗に触れ、撃沈。

なら、駆け落ちと計画するが、不成功に終わる。

結局、ルフロイは叔父の言うとおりに故郷の資産家の娘と結婚し、豊かな暮らしを手に入れるのだった。

駆け落ちを途中であきらめ、ジェインがハンプシャーに帰っていくシーン。馬車の中からルフロイの姿を探すジェイン。ルフロイが追いかけてくるのではという小さな期待。しかし、彼は追いかけてはこなかった。馬車の小さな窓のなかにどんどん小さくなっていくルフロイの姿。彼との最後の別れのシーン。これが一番泣ける。
誰でも一度くらいは、恋人と悲しい別れを経験するものであろうから、万人がこのシーンに共感するのだろう。

女はたぶん待っていたのである。ルフロイが猛烈に追いかけてくることを。そうしたら、馬車から降りて、駆け寄り、今度こそ二人でやっていこうとおもったかもしれない。
しかし、男はそうはしなかった。ずるい奴。ここに男の狡さがみえてくる。

ジェインはルフロイと一緒になっていたら、作家として大成できなかったかもしれない。
いや、逆に、別の作品を残すことができたかもしれず、それなりに成功し、結局、財産を築けたかもしれないのだ。
ルフロイも真面目に勉強して優秀な弁護士になったかもしれない。

人生はいくつもの岐路に立たされるシーンがある。
最善の選択とおもっても最悪の人生になることもある。

生涯独身だったジェインオースティンにも、一生ものの情熱的な恋があったのだと思うと、なんだかうれしくなる。
それにしても、時代をこえて、いつの時代も恋に泣き苦しむのは女、ずるいのは男、なのかなあと思うのである。

20年ぶりに再会するシーンで歌われているのは、フィガロのアリア
Le nozze di Figaro (The Marriage of Figaro), opera, K. 492: Act lV. Recitativo & Aria: "Giunse alfin il momento...Deh vieni"
「とうとう嬉しい時が来た~恋人よここに」

ほんと、イギリス人って(BBC)、フィガロがすきなのね。高慢と偏見もフィガロだったし。

さっそく、モーツアルトアリア集を広げて歌ってみたりしている。
もう一曲、ルフロイとの舞踏会シーン、パーセルのAbdelazer, Z. T683: Hornpipe 、とても美しいバロック。
あれほど効果的に音楽がつかわれているのをみたことがないほどである。フルロイが踊りの列に突然割り込んでくるシーン、かっこいいったらありゃしない。


ジェイン役の女優はアメリカ人らしい。彼女の英語の発音がきれいではなく、ミャーミャーした英語で、不人気。また、雰囲気も見かけも決してジェインらしさからは程遠く興ざめであったが、それ以外は実によかった。

私だったら、ウイリー氏を選ぶが・・・。ルフロイよりずっと誠実そうだから。恋愛は一瞬、結婚は一生、生活だからね。

それでは、ハンサムなルフロイの画像を!


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というわけで、我ながら日本人なのにイギリス人の国民的作家の作品に入れ込んでいるのが理解できないが、それはそれとして、日本の人にも読んでほしいジェイン・オースティンなのである。
高慢と偏見のDVDで一番素敵なシーンは、エリザベスがダーシーの妹と一緒にPfを弾くシーンだろうね。
互いに愛情に満ちた瞳を交わすあのシーンに、恋のすべてがあるというものである。ダーシーの飼っている犬さえロマンチックにみえてくる。




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舞踏会の手帳を観て

2016-09-12 16:29:54 | DVDノート
舞踏会の手帳、古い映画 1937年、フランス映画。

16歳の時の初めての舞踏会、そこで踊った男のその後をたどる話である。
主人公の女性は、夫に先立たれた。ふと、結婚前に出会った男の消息を知りたくなって、舞踏会の手帳を頼りに訪ねる。

失恋を苦に自殺をした男。
悪党になった男
司祭、理髪師、アルピニスト、あやしい産婦人科医、町長・・。

だれも幸せとは言えないその後の人生。
最後に会いに行った男は会う直前に死んでいた。
生き写しの息子。
その息子を引き取る主人公、というシーンでFIN

青春の美しい日々は短い。短いからこそ美しいのか。
少女のころ、若くてはつらつとしていて、まだ、本当の恋も知らず、人生を知らず。
それでも愛の言葉は覚えているものである。
いくつかの美しいフランス詩とともに。
あるいは、いくつかの美しい万葉集や古今和歌集とともに。

この映画ではヴェルレーヌの「感傷的な会話」が引用されていた。
http://baudelai.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-ccb4.html

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感傷的な会話
           ヴェルレーヌ

人気もなく凍った廃園の中
二つの影がたったいま通り過ぎた。

その目は死んで唇はゆるみ、
話す言葉はほとんど聞こえない。

人気もなく凍った廃園の中
二つの亡霊が過去を呼び起こした。

―きみは思いだすかい、昔の陶酔を?
―なぜあなたは私に思いださせたいの?

―ぼくの名前を聞くだけで今でも胸がときめくかな?
今でもぼくの魂を夢にみるかい? ―いや。

―ああ! えもいわれぬ幸福なあの美しい日々、
ぼくらの唇を合わせた頃! ―そうだったかもしれない。

―あんなに青い空、あんなに大きな希望が!
―希望は打ち負かされて、黒い空に逃げ去った。

こうして二人はからす麦の中を歩いていった、
ただ夜だけが二人の言葉を聞いた。

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今でもぼくの魂を夢にみるかい?

このフレーズは、中島みゆきの歌にもありそうである。
中島みゆきアルバム「臨月」の最後の歌、夜曲のなかに

♪今でもあなたは私の夢をみてくれることがあるかしら♪

もし、今でも私の夢をみてくれることがあるとしたら、うれしいかもしれない。

ずっと昔に別れた恋人が今でも私の夢をみてくれているとしたら、女冥利に尽きるというもの。

舞踏会の手帳、という戦前の映画、全く偶然みたのだが、古い恋をしばし思い出し、消息をひとりひとり訪ねてみたくなるのである。

死んでしまっていたり、落ちぶれていたりする人ばかりでなく、
声もかけられないようなまぶしい人もいるかもしれない。

今ではFBで何気なく近況がわかるもので、
容貌から仕事の内容から業績の一つ一つまで知ることができるから、戦前のこの白黒の映画のように訪ねていく必要もないけれど。

それでもあったら、泣いてしまいそう。
それは悲しい恋の思い出、成就しなかった恋のため、というより、若い青春の一つ一つの場面、無垢な自分の人生とその後の人生を知っているからかもしれない。
一つ一つの恋の結末を知っているから、とにかく、懐かしさと自らの未熟さに泣けてくるのだと思うのである。

ベルレーヌやアポリネールの詩とともに、懐かしさがこみあげてくる秋の夕暮れである。







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マリア・カラスの真実:それほどまでにオナシスを愛していたのか。

2015-06-16 15:01:48 | DVDノート
DVDを観た。マリア・カラスの真実。
53歳で亡くなった20世紀最高の美貌のソプラノ歌手。
ギリシャ系アメリカ人。オナシスとの恋。
激しい気性。

どれをとっても伝説。

なぜか惹かれるのはなぜか。
実力があり美貌であり、努力家でもあった。

パリでオナシスを待ち続た。
オナシスが亡くなると後を追うように彼女も一生を終えたのだった。

世紀のオペラ歌手として生きるより、敗れたとはいえ、一つの恋に生き、一途な女としての人生を選択したように思える。
オペラ歌手としてすべてを手に入れたのちにもほしかったのは、たった一つオナシスの愛だったのだろうか。

オナシスの浮気男にはへどがでる。
ジャックリーンもまたその餌食になったのだろう。

成り上がりの男は、名声と家柄がほしかった。
カラスのようなおなじ成り上がりのギリシャ女ではなく、ケネディアメリカ大統領夫の人というステイタスを手に入れたかった。

オペラの楽譜の表紙にカラスの言葉が載せてある。
「歌に関して、私たちは死ぬまで学生である」
死ぬまで勉強し続けることの重要性を説いている。

たぐいまれな天性の才能も謙虚に学び続ける努力のたまものだったということを心に刻みたい。




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シューマンの女の愛と生涯 2

2014-07-16 18:42:37 | DVDノート
シューマンの「女の愛、そして人生」とでも訳したくなるのだが、
この歌曲の詩は、アデルベルト・フォン・シャミッソーだが、藤井宏行さんのサイトで詳しく書いてあるのを読むと、シューマンの歌曲は、最後の詩が省略されているとのこと。
クララとの結婚で有頂天になっているシューマンにとって、主人公の女性が年を取ったときの話など興味がなかったのだろうが、女の人生は少女から女へ変貌し、そして、老いてゆくのであり、そこをちゃんとシャミッソーは入れているのである。リアリズムである。年をとり、孫娘が恋をして嫁いでいく。その孫娘に向けたはなむけの言葉。女がその人生を静かにふりかえり、もっとも美しかった恋する日々を大切に思っているのがよくわかる。

シャミッソーは男なのである。男が女の立場になって女の愛と人生について語っているといわけであるから、だから、男目線の女の人生になるのである。女の愛と人生だから女が歌うのであるが、男が描く理想の女像、女からこんな風に見られたいとか、女が結婚してくれっていったときにすごく喜んでほしいとか、結婚指輪をあげたときにも、すごくうれしそうにしてくれる、なんていうのをイメージして書いているんだろう。だから、ジェンダーバイアスの歌詞になるのである。音楽が美しいのでとりあえず、許すけど。

シューマンが省略した最後の歌については
藤井さんのサイトからhttp://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/L/Loewe/S2026.htm
引用させていただく。ちょっと修正しています。

祖母から花嫁になる孫への人生訓示。愛こそすべて、くじけそうになることもあるけれど、強く生きよと伝えている。今は老いて美しくないけれど、青春の日々があったのだよと。時はどんどん過ぎ去って老いはすぐやってくる。でも、愛の日々は大切にね。ということか。
女の愛、そして人生、最後の人生のステージまで描き歌わなければ。

シューマンは老いたクララをイメージできなかった。だからのこの歌詞には曲をつけなかった。
美しいクララ、年取ったクララではなく、いつまでも美しいクララをイメージし、老いたクララを知ることなく精神を病み早くなくなったシューマンの男の愛、そして人生についてあらためて考えると男の悲哀も感じる。歌の年1840年の作品だったか。

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かけがえのない日々の夢も
今は遥か昔のこと
私の娘の娘
かわいい私の孫や

お受けなさい、この年取った私が
棺を布で包まれる前に
お受けなさい お前の若い人生に
私の祝福の言葉を

髪は白くなり
やつれて蒼白く見えるけれど
私にも、お前のように
若くて生き生きしていた頃があったのだよ
お前と同じように恋をして
お前と同じように花嫁となったのさ
そしてお前も同じように歳を取るのだよ
私が白髪になったように

時は過ぎ去るに任せなさい
どんどん過ぎ去って行くから
ただ 変わらない真実だけを
お前の胸の中に持っておきなさい
いつか言ったように
私は今も思っているよ
幸せは愛すること。
愛することこそが幸せなのさ

私が、愛する夫を
お墓に埋葬したあとも
私は愛する心を
ずっと私の中に秘めてきた
私の心が張り裂けても
私は勇気をしっかり持ち続けたのさ
そして年老いて灰になっても
この神聖な焔は燃え続けてるんだよ

お受けなさい、この年取った私が
棺を布で包まれる前に
お受けなさい お前の若い人生に
私の祝福の言葉を
もしお前の心が砕けそうになっても
勇気をしっかり持ち続けるんだよ
愛することの痛みは
その時お前の最高の宝物になるのだから


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