3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

母を看取って12:遺品 硯

2013-12-30 13:01:27 | 日記
日頃、パソコン文化にどっぷりつかっているが、母の遺品を整理していて、硯と筆をみていて、書をやるのもいいなあと思っている。

母を看取ってから少し時間的に余裕ができたので、書道をやってみたくなり、教室に通っている。ただ、今は仕事が忙しくて休んでいるのだが。
書というのはとてもよい。

会社帰りのOLやサラリーマンが黙々と書いている。
あるものは、床に広げた紙の上で格闘している。
最近は筆の運びのコツがわかってきて、手本を見ながらだがけっこう美しいバランスのよい字が書けるようになった。とても不思議。とても書けるようになると思わなかったが、がんがん書いているうちにどんどん書くということが楽しくなってくるものだ。

ドイツ歌曲やイタリアオペラといった歌の世界とずいぶん違った雰囲気であるが、書道という世界も奥が深く結構面白いと思う。

書く字が下手なので、いつも直筆の手紙などを書くときコンプレックスを持っていたが、最近はそれがなくなり、万年筆で手紙でも書いてみようという気になる。

先生、これがまた相当偉いそうで、私のような新参者など通常相手をしてくれるような人ではない。
いつもは助教のような若い女性が指導してくれる。
マエストロのような先生が結構面白いキャラクターで、それが不思議とよく目がよく合う。
近寄ってきて、ふーん、バランスがわるいな、とか、これ提出して、次に移っていいよ、とか、ちょっとしたアドバイスをしてくれる。
筆の運びなども、恐れ多いことに先生が一緒にやってくれるのだが、不思議と面白いようにうまくなる。
で、ずいぶん我ながら上達したような気になる。さすがにマエストロだ。

上には上がいる。書道というのは、芸術だから、作品展なんかがいろいろあって、競争もあるらしい。お金もかかるらしい。

歌もやって書道もやってというと家計費上の教養娯楽費がかさんでしまうので、困るのだが。

母の硯と筆をもらってきて、少し書いてみようと思う今日この頃。
お正月は静かに書でもたしなもうか。

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