3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

原発ゼロはなぜトーンダウンしたのか

2012-09-21 07:59:06 | 現代社会論
政府のエネルギー政策はぶれまくっている。

フクシマを経験すればみな、ゼロ、と考える。
しかしだ。世界はそれを許さない、という外交上のしばりがでてきた。
ゼロにしますとは言えないのだ。

風力にしようが太陽光にしようが、それがたとえ安定的に供給できるような体制になったとしても、日本は原発をやめるわけにはいかない。

安全保障と産業構造上、それはできないということが明らかになったのだ。

中国の強大化で、日本は抑止として、核を持つしかなくなっていると思われる。
原発を止めてしまったら、どうだ。抑止が効かなくなる。対中国として、どうしてもそれは避けなければならない。
いつでも核武装できるという体制を見せつける、ということだ。
よって原発をやめるわけにはいかないのだ。

エネルギーや経済的な問題だけでなく、安全保障として必要。
世界の安定を維持するために、日本には核をもつ用意を常にしておいてほしい、というのがアメリカをはじめとする世界の大国の願い。

そういう構造をふまえるとこれはゼロにするわけにはいかない、というのが多方の見方になる。
だから、一端ゼロにしますなど行ってしまったが、後悔しているはずで、アメリカからのプレッシャーもあるのだろう。

討論型だかなんだか、よくわからない「ふつう」の人の話をきく、というような人気取りのパフォーマンスをしてみたものの、外交、安全保障など、やはり、複雑に入り組んでいて、今の安定はちょっと気を緩めれば、あっというまにたいへんなことが起きるかもしれないという一触即発。

世界は常に不安定要因に満ちている。
平和ボケしているのは日本人だけだ。




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