ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




田口理髪店。中央区日本橋蛎殻町2-8。1987(昭和62)年2月22日

写真左端に有馬小学校の旧校舎が写っている。天龍・佃田豆腐店の向かいになる。
1990年に現在の田口ビルに変わった。



村越医院の並び。日本橋蛎殻町2-7。1990(平成2)年3月

新大橋通りから現蛎殻町公園のほうへ入った道路の西側。4軒長屋のようだ。
現在は写真左の村越医院の建物が「一久」という焼鳥で飲む店になって残っている。長屋の左2軒は取り壊されて駐車場に、右の2軒は2棟の小さいビルになった。

左:千里軒。日本橋蛎殻町2-5。1988(昭和63)年5月5日
右:味一。日本橋蛎殻町2-2。1990(平成2)年3月

千里軒は新大橋通りの水天宮の一つ東のブロックにあった。現在はビルが立ち並んでいるが、昭和60年頃ではまだ小さい店が大通りに向いて並んでいた。ネット検索すると千里軒は裏通りに移って今も営業しているようだ。

右の写真は水天宮のすぐ裏。写真の右手へいくと水天宮の裏の入口を見て新大橋通りに出る。写真中央の青地に白字の看板は反射光でややこしいが「中ソ味一」だと思う。中ソは中華そばのことで、つまりラーメン屋だ。しかし、普通は中ソといったら中国ソ連だろう。
写真左端の白石タバコ店と写真右の鉢植えの棚を置いた家とが今も残っている。その間の家は取り壊されて駐車所になっているようだ。味一とその隣の家は割と最近まであったのかもしれない。

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