「わかったわ、あたしがなんとかする」
大尉は、そう言ってやるしかなかった。
「ありがとうございます、やっと本務に戻れます」
中原光子少尉は、せいいっぱい微笑んで礼を言ったつもりだが、くぼんだ目は、その疲れたクマに縁どられ痛々しいばかりである。
まりあの御守りと尾行を頼まれてひと月になるが、毎度振り回されてばかり。かと言って責任感の強い少尉は、いいかげんなこともできず憔悴していくばかりであったのだ。
ドタン!
デスクに向き直ったところで、ドアの外で倒れる音がした。
「中原少尉?」
廊下に出ると中原少尉が気絶している。まりあの任務から解放された安堵から気を失ってしまったのだ。
「急を要するなあ……」
軍用スマホを取り出すと、大きなため息をついて、あの男を呼び出した。
「おう、みなみ、嫁になる決心がついたか」
士官用サロンに入ってくると、ガムを噛みながら大尉の横に腰を掛ける男。
軍服を着ていなければ、このニヤケタおっさんは、とっくに保安隊に身柄を拘束されていたであろう。
「肩に手を回すの止めてもらえます」
「やれやれ、プロポーズの返事じゃないようだ」
「横じゃなくて、前に座ってください」
「気乗りはしないが、仕事の話だな」
「少佐、まりあの監督をお願いします」
「未成年には興味はないんだが」
「任務です。なんなら司令の命令書を用意しますが」
「そういうシャッチョコバッタことは御免だね。高安みなみの頼みでなきゃいやだ」
「だったら、高安みなみとしてお願いします。まりあの面倒みてやってください」
「まあ……いいだろ。でもな、結婚の約束をしろとは言わないけども、一度、その軍服を脱いで付き合ってもらえないかなあ」
「考えときます」
「そりゃないよ、半日でいいから付き合えよ」
「半年先まで任務で埋まってますから」
「空きができればいいんだね」
「だから、半年先まで……」
「大丈夫」
少佐は軍用スマホを取り出すと、軽くタッチをして、画面を大尉に見せた。
「四日後、みなみ君は一日休暇だ」
「あーーーダメじゃないですか、師団のCPに侵入なんかしちゃーーーー!」
「僕は、ベースのCPの保守点検を任されているんだ」
「それって公私混同!」
「任務の目的は、旅団全体の任務処理の円滑化だ。君の休暇は、その円滑化に無くてはならないものなんだよ。この金剛武特務少佐のやることに無駄は無いぜ。なんなら正式な命令書にするけど」
「もーー、じゃ、二時間だけ付き合います」
「え、休暇は丸一日なんだぜ」
「久々の休みなら、美容院にも行きたいし、その、だいいち着ていく服もないから買いに行かないと」
「なら、この服を着ればいい」
少佐は、シートの横から紙袋を取り出した。
「え、えーーー!」
「この流れは想定していたから用意しておいた。美容院はこれ……」
なんと美容院のメンバーズカードを出した。
「みなみ君の名前になってる。サロンマツコ、当たり前なら三か月待ちだよ。時間は三日後の三時、その日の演習プログラムの確認はもうやっておいたから、六時までは時間が空くはずだ」
みなみ大尉は歯ぎしりした。
「でも、半日、三時間が限度です!」
「どーして? 丸一日休暇なんだぜ」
「あたしの心の限界なんです!」
「そっか……ま、それでいいよ」
少佐は、しょんぼりと肩を落とした。
「あ、いや、その間はきっちりお付き合いします。高安みなみに二言はありません」
「それはよかった! 三時間あれば子どもを作るのには十分だ!」
「しょ、少佐あーーーーヽ(`#Д#´)ノ!」
「じゃ楽しみにしている、お互い任務に戻ろう!」
金剛武特務少佐はスキップしながらサロンを出て行った。