まりあ戦記・047
自転車の腕は、わたしよりも上のようだ。
追いついてくるとニコニコしながら、ピッタリとわたしのオレンジの横に付けてきた。
コノヤローと思って、グッとペダルを踏み込むと、ナユタも同時に加速して、十センチも引き離せない。
ギュンとブレーキをかけても、ほんの五センチほど飛び出すだけで、一秒もかからずに横に並ぶ。
「アハハ、意地悪だなあ先輩!」
先輩になった覚えは無いので、グイッと左に寄せてから急激に右に戻して右側の路側に寄せる。路側は崖っぷちになっていて、寄せすぎると落ちそうになる。
「おっと」
さすがに後退……したかと思うと、グイッと加速してクイっとハンドルを操作して、わたしの左側にせり上がって並走。その勢いのままにわたしを路側に追い詰めてくる。
「フン」
させてたまるか……ポーカーフェイスで減速してナユタのケツに回って、再びやつの左側に迫る。
「アハハ、二人で編隊組んだら、無敵になると思わないっすか!?」
「なんで四菱のソメティなんかと!」
「だって、ピッタリ呼吸合ってるしぃ!」
「もう、向こう行けよ! 今日は散歩で走ってるだけなんだから!」
「先輩、切り欠きの石英観に行くんでしょ?」
「だったら、どうなの!?」
「案内するしぃ! 初めてだと本命のは見つけられないっすよ!」
「なんでだ?」
「まあ、あたしに付いて来て!」
言うと、グッとペダルを踏み込んで、あたしの前に出る。
これをチャンスにオサラバしてもいいんだけど、ここでブレーキをかけては負けたことになるような気がした。
え、谷底じゃないのか?
谷底で自転車のスタンドを立てると、ナユタは、左側の岩場をヒョイヒョイと登っていく。
「物は谷底にあるんだけど、きれいに見えるのは、この上なんだ。あ、崖がきびしかったら、下からオケツ押すけど?」
「どうってことないわよ!」
「じゃ、この上五十メートルほど登ったとこだから、ほら、あの木が茂った岩のテラス!」
目的地点を指さすと、おまえは猿か!? という素早さで登っていく。
こいつ、ただのモテカワじゃないなあ、クソ!
ナユタの尻を見ながら登っていくのは忌々しいけど、ここまで来たんだ、目的の石英、いや、石英の輝きは見て行こうと思う。
頭上の岩を掴もうと手を伸ばすと胸に圧迫感を感じる。
そうだ、お兄ちゃん(過去帳)を胸ポケットに入れてきたんだ。
むむ……ここからだとテラスに着くまでナユタのオケツばかり見ることになる。
「せんぱーい! 早くう!」
「すぐに追いつく!」
お兄ちゃんをボディバッグに入れ直して、テラスに着くころにはナユタと並ぶあたしだった。