まりあ戦記・048
カルデラの天辺まで5メートルという岩場のテラスまで上がった。
「天辺までは上がらないの?」
「天辺だと、夕日が強すぎて石英の輝きが鈍くなるの、ここらへんが一番きれい。ほら、あそこ」
ナユタが指差した谷底には、谷底の筋に沿ってキラキラ光る石英の群落が見える。
「ああ……」
ビックリマークが出るほどには驚かない。
期待が大きすぎたのか、夕陽を含んで茜色に輝く石英群を、それほどきれいだとは思わない。手をかざしながら西の地平線に迫りつつある夕陽が雲を染めているほうがきれいに思える。
「あ、もう十二月だっけ……?」
「うん、えと……」
とっさに日付までは出てこないので、スマホを出して確認する。
「あ、もう六日」
「そっか……日差しの入射角とかが影響するらしくって、冬の間は輝きが弱いんだよ。また、こんどかな」
「そうなんだ」
「先輩『もう六日』ってゆったけど、知らないうちに日付が進んだって感じ?」
「うん、いろいろ忙しかったしね」
「いっしょだね、所属は違うけど、ヨミのためにこき使われてるってのは同じだもんね」
「あんたは、どこの所属なの?」
「ヨツビシだよ」
「民間なの?」
「まあね、特務旅団でもやりにくいような開発とか実験とかをやるセクション。開発室って呼んでる」
「あんた……」
「ああ、その『あんた』ってのは止してほしいかな」
「あ、じゃあ、ナユタ」
「それもコードネームなんだけどね、ま、いいや」
「本名じゃなかった?」
「えと……本名はカンベンってことで」
「うん、いいよ」
「ここに来るまでは、京都に住んでてね、鞍馬の麓んとこ」
「京都にしては、訛ってないんだ」
「うん、あんまり人と付き合いなかったし。あ、今度、メールとかしていいっすか?」
「うん、いいよ、番号交換しとこうか」
「うん」
「あれ?」
ホルダーを開いてみると、すでに『ナユタ』の名前で番号が入っている。
「てへ、ちょっとフライングしちゃった」
「ハッキングの能力とか?」
「ちょっと、嬉しくなっちゃったりするとね(n*´ω`*n)。あ、先輩のは送ってくれないと登録できないし」
「そう、じゃ……スマホは?」
「ナユタのはウェアラブルみたいなもんだから、送ってくれるだけでいい」
「そう、じゃ、送るよ……」
「はい、受け取りました」
用事がすんだスマホを戻そうとしたら、バッグがパンパンで入らない。
「キツキツなんだ」
「仕方がない……」
ポケットの過去帳と入れ替えにすることにする。
「え、それ、なんですか?」
「あ、過去帳」
「過去帳? 先輩の黒歴史とかっすか!?」
「違うわよ。うち浄土真宗だから、亡くなった身内は、ここに書いておくのよ」
「見せてもらっていいっすか?」
「え、あ、うん、いいわよ」
手をパンツの脇で拭くと、気を付けして両手で受け取った。
「なんか、月別になってるんですね……え、先輩って中国の人だったんすか?」
「え、なんで?」
「釋 善実……読み方分かんないけど、こういうのって中国とか半島とか?」
「アハハ、法名って言ってね、死んだらお坊さんが付けてくれる、まあ、戒名みたいなもの」
「そうなんだ……で、なんて読むんですか?」
「シャクゼンジツ、あたしのお兄ちゃん」
「お兄ちゃんっすか!?」
「うん、生きてたらいっこ歳上なんだけどね」
ナユタは顔を近づけ、指で愛しむように俺の法名を撫でやがる(n*´ω`*n)。間近で見ると、まだまだ幼さの残る顔立ちをしていやがる……か、かわいいぜ!
「ありがとう」
過去帳の俺はスマホと交代にバッグの中に押し込まれてしまう。
「そうだ、この辺にも石英の欠片があって……ほら、あそこ!」
見上げると、二メートルちょっとのところに光るものがある。
「あれ?」
「うん、ヨミのパルスショックで出来たものだから、飛び散ったのがね…手に取ってかざしてみると、とてもきれいで、ちょっと取って来る!」
「あ、大丈夫?」
「へいきへいき!」
猿のように岩肌をよじ登るナユタ。
カットソーがめくれ上がって、下から見守っているとブラまで見えそう……石英を取ろうとして体を捻ると笑いそうになる。なにのお呪いか、おへその所が絆創膏が✖の形に張り付けてあった。