千早 零式勧請戦闘姫 2040 

29『千早とウズメ お洒落して街を歩く』
「ねえ、実体化できるんなら戦闘だって自分でやったらぁ」
酒井さくらのお下がりを身につけて岐阜の街を練り歩く千早とウズメ。
芸能の神さまだけあって、ウズメはめちゃくちゃ似合って、通りを行く人たちの大方が目を止める。信号待ちをしていると、横断歩道の向こう側ではハンス(ハンドスマホ)を構えて写真を撮っている者もチラホラ。千早もそれなりに似合ってはいるのだが、ウズメと並ぶと分が悪い。たった今すれ違ったアベックも男が見とれて彼女に張り倒され、その彼女は千早に――ごめんね――的な笑顔を残していった。
「もう、気分わるいぃ」
面白くない千早はウズメと距離をとって信号機のポールの横に移動。
ハンスを構えていた者たちが戸惑う。画面からウズメの姿が消えてしまうのだ。
「もう、勝手に動かないでよね、憑依せずに実体化できるのは5メートルが限度なんだからね」
「だってぇ」
「まあ、慣れだからぁ。ウズメのそばに付いていれば感化されて千早も変わっていくからさ」
「それって、今はぜんぜんだってことでしょーが」
「ハア……もう、仕方ないなあ」
「あれ?」
一瞬でウズメが消えてしまって、それはそれでビックリする千早。
『ここよ、ここ』
脇で声がすると思ったら、ウズメはポシェットにぶら下げたマスコットに変わっている。
「まあ、いいか。人が居ないとこに来たら実体化していいからね」
『千早の機嫌が直るまでよ、人が居ないところで実体化しても仕方ないでしょ』
「もう、我がままなんだから」
そうやって歩いていると、通行人たちがハンスを向けてくることも少なく、ショーウィンドウに映る自分の姿に「わたしだって……」と呟いてみる千早だ。
「う~~ん、キュロットも良かったけど、スカートの方が良かったかなぁ……フワフワのワンピも可愛かったしぃ……いっそジーパンとかも……あれ!? え!?」
シュ……シュ……シュ……シュ……シュ……シュ……
「ええ!?」
ショーウィンドウの自分がリアルに衣装を替えていく。
『もう、ダメでしょ! エイ!』
ウズメが一喝すると、やっと元のキュロットに戻った。
『千早も、それなりに力が付き始めてるのよ、気を付けなさい』
「う、うん……ねえ、入学式のあれ……あのきれいな女子」
『ああ、入学式の……』
「あれ、黒ウサギ?」
『憶えていたの?』
「うん、勧請が解けた時、余熱みたいなのが残っていて、それがバブルの森の時と似ていたからさ」
『心配ないわよ、自分から結界を張った学校に飛び込んでいったから、魔法とか妖の術は使えない』
「でも、なんで結界の中に飛び込めたの? 妖ならはじき返されてしまうでしょ?」
『穴が開いていたのよ……大丈夫よ。それよりも、やっぱ、ウズメも歩いてみたいよ、せっかくお洒落してんだから』
「もぉ」
『あ、このポシェットの中にマスクが入ってるでしょ。それかけるから、ねえ、いいでしょ?』
「あ、ちょっと!」
『これで、どうよ!』
ウズメは千早が止めるのも聞かずにマスクをかけて現れた。
たしかに、目から下を隠すとハンスを構えて動画や写真を撮る者は少なくなった。しかし、元来人の目を引き付けるようにできている神さまなので、顔を露出しない分、鼻歌交じりにステップを踏む。ついには岐阜駅前では黄金の織田信長像までが、ウズメに合わせてステップを踏み出した。
「もう帰る!」
プリプリしてウズメを見限る千早だが、駅前を通り二つ行き過ぎるまでウズメの姿は消えることが無かった。
ウズメも千早の力を離れ始めているのかもしれない。
☆・主な登場人物
- 八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
- 八乙女挿(かざし) 千早の姉
- 八乙女介麻呂 千早の祖父
- 神産巣日神 カミムスビノカミ
- 天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
- 来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
- 天野明里 日本で最年少の九尾市市長
- 天野太郎 明里の兄
- 田中 農協の営業マン
- 先生たち 宮本(図書館司書)
- 千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
- 神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
- 妖たち 道三(金波)
- 敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)