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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・51〔てーへんだ!〕

2022-01-24 06:00:19 | 小説6

51〔てーへんだ!〕 

        

 

 好きなフレーズに『てーへんだ!』がある。

 しゃくばあ(石神井のお祖母ちゃん)が時代劇が好きで、行くと、たいてい『銭形平次』とか『暴れん坊将軍』とかを観ていた。『銭形平次』だったと思うんだけど、手下の岡っ引きが「てーへんだ親分!」とやってくる。あれが好きだった。真似すると、みんな「明日香はひょうきんだねえ(^▽^)」と喜んでくれたしね。


 今日は、公式と非公式の「てーへんだ!」があった。

 高校二年にもなると、世間の手前「てーへんだ!」と言わなくちゃならないことと、心では、そう思っていも口に出して「てーへんだ!」と言ってはいけないことの区別ぐらいはつく。

 それが、一日に二つとも起こってしまった。珍しい一日だ。

 世間の手前は、新しい校長先生が来たこと。

 世間には、一回聞いたら忘れられない名前がある。例えば剛力 彩芽。苗字と名前のギャップが大きいんで、この人はテレビで一発で覚えた。これが、特別であるのは、たいていの人の名前は一発では覚えられないという常識的な話。

 新しい校長先生は、都教委の指導主事やってた人。

 指導主事と言うだけで、うちはガックリ。何度か触れたけど、うちの両親は元学校の先生。だから、よその子よりは、学校のことに詳しい。

 指導主事というのは、学校現場では使いもんにはならない先生がなるもんらしい。で、校長先生の半分は、教師として生徒やら保護者と協調できない人がなってる。新しい校長先生は、その両方が被ってる。だから、着任の挨拶もろくに聞いていない。もっとも、本人が前の校長さん以上に話し下手いうこともあるけど。

「どうですか、新しい校長先生がこられて?」

 学校の帰りに、テレビ局のオネエチャンに掴まってしまった。

「(溜め息)……今度のことは、生徒には大変ショックです。だから新しい校長先生に指導力を発揮してもらって、一日も早く学校を正常化してもらいたいと期待してます」

 と、毒にも薬にもならない、いいかげんな答をしておいた。なんせ、その時には、新校長の名前も忘れて、顔の印象もおぼろ。だから、最初の溜め息は――どうしよう(;'∀')?――というだけの間。

 それが、テレビ局には「傷ついた女子高生の苦悩」みたいに写ったみたいで、他の生徒にもインタビューしてたけど、ニュースで流れたのはあたしへのインタビュー。なんと云っても、こないだまでは演劇部だったから、悩める女子高生一般なんかチョロイ。

『学校の主人公であるべき生徒たちは、このように傷つき混乱しています。民間人校長のありようが問われ、なによりも一日も早い正常な学校生活の復活が望まれます』

 と、レポーターのオネエチャンは締めくくってた。

 どーでもいいニュースだったけど、学校の主人公が生徒だというのには引っかかった。主人公だなんて感じたことないしね。

 学校いうところは上意下達。下々の生徒風情が主人公だなんて、日本の平和は憲法9条のおかげだというくらいに非現実的。マスとしての『生徒』は主人公なのかもしれないけど、一人一人の生徒は主人公としては扱われない。演劇日時代のあたしとか、ほら……佐渡くんとかね。

 

 もう一個の「てーへんだ!」は、関根先輩からメールがきたことーーーー(# ゚Д゚#)!!

 

 だって、あたし、先輩の番号知らないし、先輩もあたしの番号は知らないはず……それが、どうして!?

 犯人は……さつきらしい。

 こないだ、さつきのタクラミで、関根先輩に告白させられてしまった。だけど、さつきは、スマホなんちゃらいうもんは知らないから、番号の交換はしなかった。しかし、あたしに覚えがないいうことは、あたしの中に居るさつきしか考えられない。

「やっぱり、さつき?」
「ああ、日々学習してるからな。明日香が寝てる間に、チョイチョイとやっといた。三人ほど電話したら、すぐに番号分かったぞ」
「さ、三人て、だれ!? なに言ったの!?」
「人の名前って、すぐ忘れからね。最後の一人だけ覚えてるかな」
「だ、誰やのん!!?」
「田辺美保。こいつは明日香の恋敵でもあるみたいだから。牽制の意味もこめて電話しといたぞ」
「で、なに喋ったの……いや、なに喋らせたのよ、あたしに!?」
「忘れてしまったあ。まあ、いいではないか。これで二三歩は関根君に近づいたぞ。アハハハ……」

 豪快な笑いだけ残してさつきは、あたしの奥に潜ってしまいやがった。

 そして。

 怖いから、なかなか関根先輩のメールは開けなかった……。

 

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明神男坂のぼりたい・50〔お祖母ちゃんをカバンに入れて〕

2022-01-23 06:40:55 | 小説6

50〔お祖母ちゃんをカバンに入れて〕 

    


 お祖母ちゃんをカバンに入れて多摩の山中に出かけた……。

 と言っても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケではない(^_^;)。

 だれでもそうだけど、あたしには二人のお祖母ちゃんが居る。

 お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。

 お母さんのお母さんの方は、石神井で、足腰不自由しながらも健在。

 カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。

 このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるところで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、あたしのカバンの中に入っている。

 うちのお墓は、多摩にあるロッカー式のお墓。3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。

 お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズだったけど、三段に分けた棚には収まらなかった。しかたないんで、一段外して、なんとか収めた。

 これで、うちの家族は学習した。

「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言ったら単身者用の1K」

「このセコさは、ほとんど詐欺だなあ」

 お父さんは怒っていた。

「そのうちに、なんとかしよう」と、言ってるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。

 で、しかたないので、分骨用の小さい骨壺に入れてもらった。容量は500CCあるかないか。
 ほんのちょっとしかお骨拾えなくって、可哀想な気になった。

 そのペットボトルほどの骨壺が、あたしのカバンの中でカチャカチャ音を立てている。

 べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて、文句言うてるわけではない。フタが微妙に合わなくて、音がするんだ。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。

 あたしは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。

 小学校に入ったころには、認知症で特養に入っていたしね。要介護の5で、喋ることもできなくて、頭の線切れてるから、あたしのこともお父さんのことも分からない。

 ただね、保育所に行ってたころ、親類の家で熱出して、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。
 正確には、お父さんが、あたしを背負って、お祖母ちゃんが先をトットと歩いた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の半分くらいの速さでしか歩けない。それが、そのときは、お父さんより速かった。

 だから、記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけ。

 その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音だというのは分かってるけど、あたしにはお祖母ちゃんの囁きに思えた。

 その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足りない。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれないなあ。

 だけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえないのは……あたしの記憶が幼いときのものだから……そう思っておく。

 多摩の駅に着くと、初めて見る女の子が来ていた。

「あ、未来(みく)ちゃんじゃないか。大きくなったなあ!」

 お父さんが、昔の営業用の声で言った。それで分かった。あたしの従兄弟の娘だ。

 うちは、お父さんもお母さんも晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したので、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。
 だから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子どもの方が歳が近い。

 だけど、この子には見覚えが無い。

 あ……思い出した。このオッサン従兄は離婚して、親権がない。それが、こうして連れてこれたというのは……お父さんは、一瞬戸惑ったような顔になってから声かけてた。身内だから分かる微妙な間。なんか事情があるんだろ。

 納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。

「腹が痛いって、待合いで座ってる」

 オッサン従兄は、気まずそうに言う。

 待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸くなった未来ちゃんが居た。

「大丈夫、未来ちゃん?」

 声をかけると、ビクっとして、でも顔は上げない。

 ちょっと意地悪かもしれないけど、しゃがんで顔を覗き込んだ。

「う、うん……大丈夫」

 どこが大丈夫なんだと思った。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。未来ちゃんは人慣れしてない。おそらく学校にもまともに行ってないんだろうね。それ以上声をかけるのははばかられたよ。佐渡君と違って、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。

 

「なんか、この時代の人間はひ弱だねえ」

 家に帰ると、さつきが心の中で呟いた……。

 

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明神男坂のぼりたい・49〔ちょっとシビア〕

2022-01-22 05:47:09 | 小説6

49〔ちょっとシビア〕 

     


「おーい、明日香の学校、校長クビになったぞ!」

 お父さんのシビアな声で目が覚めた。

 パジャマ代わりのジャージで二階に下りると、お父さんが新聞を広げている。

「この校長さん、たいがいだなあ……」

―― またも民間人校長の不祥事! ――

 見出しが三面で踊っていた。

 読んでみると、人事差別と人事権の恣意的な乱用。事故死した生徒・保護者への心ない対応。
 そんな副題のあとに、実名は伏せながら、関係者が読んだら、事細かに分かるようなことが書いてあった。

 再任用教諭の理由無き任用停止。元教諭、校長を提訴。

 あ、これは光元先生のことだ。

 始業式で、光元先生は一身上の都合で退職したと聞いた。

 光元先生は、TGH高校の前身都立瓦町高校の時代からの先生。学校の生き字引みたいな先生で、卒業生やら保護者からの信任の厚い先生だった。佐渡君が亡くなったときも校長室で、なにか話してる様子だったけど、中身までは分からなかった。

 新聞には「校長先生は、うちの子が亡くなったことを真剣に受け止めてもらえなかった」と、母親の言葉が書いてあった。

 佐渡君は交通事故で、あたしが救急車の中で見守ってるうちに死んでしまった。純然たる事故死。

 佐渡君は遺書を残していた。

 交通事故で遺書いうのは、なんか変……読み進んでいくと分かった。

 佐渡君は、生きる気力を無くしていた。で、なにが原因かは分からないけど死を予感して、遺書めいたものを書いていたらしい。
 お母さんは、それを生徒に公開して欲しいと頼んだらしいけど。校長は断った。で、全校集会で、ありきたりの「命の大切さ」「交通事故には気を付けよう」で、お茶を濁しよったのは記憶にも新しい。

 で、肝心の遺書は、新聞にも載っていなかった。教育委員会も内容を精査した上で、公開を検討……あほくさ。個人名が書いてあったら、そこ伏せて公表したらいいだけのこと。

 それから、佐渡君が死んで間もない日に、音楽鑑賞でオーケストラの演奏を聞きにいくはずだったのが、急に取りやめになった。「生徒が命を落として間もない日に、かかる行事はいかがなものかと思った」と校長は言ってるらしい。

 お母さんは、あとになって、そのことを知った。

「あの子は音楽の好きな子でした。実施されていたら、遺影を持って、わたしが参加するところでした。なんで、相談してもらえなかったんでしょう」

 こんなことは、何にも知らなかった。火葬場で会った佐渡君の幻も、そういうことは言わなかった。佐渡君は気の優しい子だから、たとえ校長先生でも、人が傷つくことは言いたくなかったんだろうと思った。

 で、光元先生は再任用の先生で、契約は一年。

「だけど、65歳までは現場に置いておくのが常識だ」

 お父さんは、そう言う。

 新聞には3月29日の最終発表で「次年度の採用はありません」と言われたらしい。

 29日って、どこの学校でも人事は決まってしまって、TGHで再任用されなかったら、事実上のクビといっしょなのは、あたしの頭でも分かる。

 校内でも、恣意的な人事が……ここを読んでピンときた。

 ガンダムが急に生活指導部長降りて、うちらの担任になったこと。

「ガンダム先生って、どこの分掌?」

 お父さんが聞いてきた。

「どこって、平の生指の先生」
「担任しながら生指か、そらムチャだ」
「なんで?」
「担任だったら大目に見られることでも、生指だったら見逃せないことがいっぱいある。まして、前の生指部長だろ。ダブルスタンダードでしんどいだろうなあ」

 お父さんは、ため息をついて新聞をたたんだ。

 気がついたら、お父さんと頭くっつけるみたいにして新聞読んでいた。

 お父さんと30センチ以内に近寄ったのは、保育所以来。ちょっと気恥ずかしいような、落ち着かないような気持ちになった。

 校長先生は、教育研究センターいうところに転勤いうことになっていたけど、これは事実上の退職勧告だろうなと思った。

 こんなことが自分の学校でおこるなんて、ちょっと意外。

 それと、佐渡君のお母さんが佐渡君のこと思っていたのも意外。

 切ないなあ……。

 

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明神男坂のぼりたい・48〔ガンダムの怒り〕

2022-01-21 06:07:27 | 小説6

48〔ガンダムの怒り〕 

 

    


 新学年の始まりにはいろいろある。

 一年のときに書いた健康調査とか住所・電話とか、変更があってもなくても、全員に配られる書類。

 たいていの者は変更がないから、新しいクラスと出席番号。あと、簡単な健康上のアンケートをチェックしておしまい。

 一年のとき、佐渡君が、この健康アンケートのとこに「ビタミン不足」と書いたのを思い出した。一応健康問題なので、佐渡君は、保健室に呼び出されて詳しく聞かれた。

「佐渡君、君は、なにのビタミンが足りないのかな?」

 保健室の先生に聞かれて、佐渡君は、こう答えた。

「はい、ビタミンIです……」

 頭の回転の鈍い藤田先生(一年のときの担任)は「ビタミンIって……?」やったけど、保健の先生はすぐに分かった。

「アハハ、佐渡くんは、オチャメな子ねえ(^▽^)」

 Iは愛にひっかけていた。気が付いた藤田先生はクラスで言って、みんな明るく笑った。

 佐渡君も笑ってたけど、ほんとうは切実だったんだ。

 

 あんなに寂しい死に方をして……。

 

 それから、進路に関する説明会と、早手回しの修学旅行の説明が一時間。「二年は、一番ダレル学年だから、締めてかかれ」と、まだ生活指導部長の名残が消えないガンダムの長話。その間に一年生が発育測定。

 で、今日は、あたしたち二年が発育測定。

 身長、体重、座高、胸囲、聴力、視力と計る。

 クラス毎に最初に計る項目が決まっていて、あとは空いたところを適当に見つけて周っていく。ここで暫定委員長、副委員長の力が試される。空いたとこを要領よく回るのは、この二人の目端にかかっている。

 南ララアも安室並平も目端が利くとみえて、わがガンダムクラスは、いちばん早く終わったぞ。

 当たり前だったら、教室に戻って、担任が待っていて視力検査やっておしまい。で、チャッチャとやったクラスから早く帰れる。

 ところが、教室に戻ると肝心のガンダムが居ない。

 まあ、先生も測定係りやってるから、仕方がない。

 で、教室のあっちこっちで、スマホをいじりだした。

 仲よくなった者同士が番号の交換やったり写真を撮ったり、動画を見たり。

 あたしは、ネットで『はるか 真田山学院高校演劇部物語』を読む。この本は、この5月には改訂されて、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』で出版される。799円と女子高生の心をくすぐるような値段。買って読もうと思てるんで、比較のためにチョビチョビ読み直してる。

「鈴木さん、あなたラインしないの?」
「え……あれって、ヤギさんの手紙みたいにキリ無くなるから、ちょっとね(^_^;)」
「えらいね!」

 ララアが誉めてくれた。

 ほんとうは、やりたい相手は居てる……関根先輩。

 こないだは、さつきに告白させられてしまったけど、さつきはスマホを知らないから、先輩の番号は聞き損ねた。ララアに誉められるほどイイ子ではないよ。

 だけどさ、人の特徴を美点から見ていこいうララアの自然な対応には好感が持てたよ。

 それから5分ほどして、校内放送が入った。

 ピンポンパ~ン

「ただ今より、臨時の全校集会をやります。生徒は、至急体育館に集合しなさい」

 体育館にいくと、明日は3年の発育測定だいうのに、測定機材は隅に片づけられていた。

「黙って、チャチャッと座れ!」

 まだ生活指導部長の名残が抜けないガンダムが仕切りはじめた。新しい生指部長は黙ってる。ガンダムはなんか怖い顔してるぞ。

 みんなが静まったとこで、教頭先生がマイクの前に立った。

「ちょっと事情があって、校長先生がしばらくお休みになられます。その間は、わたしが校長の代理を務めます。いま君たちに言えるのは、そこまでです。なんだか、よく分からんかもしれませんが、先生たちも、いっしょです。で……」

 あとは、事務的な話。奨学金やら、各種証明書の発行が今日明日はできないような……。

 ガンダムの顔が、いよいよ厳しく、大魔神のようになってきた……。

 

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明神男坂のぼりたい・47〔新学年の始業式〕

2022-01-20 07:19:17 | 小説6

47〔新学年の始業式〕 

       

 


 ゲ、ガンダム!!

 同じような声が、あたしの列からわき起こった。

 今日は一学期の始業式。朝、学校に行くと昇降口のガラス戸に新しいクラス表が貼りだしてあった。一年で同じクラスだった子が五人いるけど、あまり付き合いのない子らなので、特に感慨はない。ただ学年一のイケメンとモテカワが居るのが気になったぐらい。

 ま、その話はあとにして、始業式での担任発表。

 あたしらは、3組なので三番目の発表。ガンダムが前に立っているのは不思議ではない。生活指導部長なので、全校集会ではいつも前でにらみをきかしてる。

「三組担任、岩田武先生」

 司会の先生が言ったとたんに、「ゲ、ガンダム!!」になってしまった。

「三組を鍛え上げることは、もちろん。二年生をTGHで最高の学年に鍛え上げてやるから、そのつもりでいろ」

 それだけ言うと、ニヤリと方頬で笑って、担任団の席に戻っていった。

 クラスのみんなは、怖気をふるった。

 なんで岩田武がガンダムなのかは、字を見たら分かると思う。音読みしたら「ガンダム」。それに、その名にふさわしい程の頑丈さと、しつこさ。

 校門前で、朝の立ち番してるときに、あの美咲先輩がスカートの中を盗撮されたことがあった。二百メートルほど離れてたけど、「コラー!」の一声と共に駆け出して追跡。なんと一キロ追いかけて犯人を捕まえた。ついでに途中で喫煙していたS高校の男子生徒の写真も撮って、S高校の生活指導に送り、ありがた迷惑にも思われた。

 で、これだけの大立ち回りしながら息一つ乱れずポーカーフェイス……いかにもガンダム。だから、さっきの挨拶で方頬で笑たのは極めて異例で、クラスのみんなが怖気をふるったのも無理はない。

 演劇部辞めてから、学校にアイデンテティーを感じなくなったあたしでも、この展開は興味津々だよ。

 で、クラスのイケメンとモテカワ。

 イケメンが安室並平。なんかアンバランスな名前だけど、趣味じゃないんで、よくもてるという以上のことは、よく分からない。

 モテカワは南ララァ。カナダからの帰国子女。日本人のお父さんとカナダ人のお母さんに生まれたハーフらしい。水泳部らしく張りのある煎餅みたいに日焼けしてるけど。地は色白だと、同じ水泳部の女子の弁。髪は水泳部にありがちな自然な茶パツ。この自然な茶パツが、とてもワイルドで、その下には信じられないくらいの可愛い顔。むろんプロポーションは抜群。

「暫定的に、学究委員長は安室。副委員長は南。学年始めはいろいろあるから、二人とも、しっかり頼む」

 ガンダムが、口数少なに言う。みんなも「さもありなん」と納得顔。

 なんで、イケメンとモテカワで納得やねん!? 

「これで、シャアがおったら、完ぺきだぞ」

 横の席の男子が呟いた。

 ガンダムには詳しくないので、終わってからスマホで検索した。アムロが主役で、ララァいうのが、永遠のヒロイン。シャア言うのんがシオン軍のボス。で、担任がガンダム。

 確かに出来すぎ。ちゅうか……波乱の予感。

 

 波乱というと、午後の入学式。

 

 二年生に出席の義務は無いんだけど、さつきが興味を示したので、体育館のギャラリーで見ることにした。

「ただ今より、令和三年度入学式を挙行いたします。国歌斉唱、一同起立!」

 司会の教頭先生が言ったとたんに、あたしは気をツケして、直立不動で『君が代』を音吐朗々と歌い出した!

―― え、あたし、こんなに歌上手かった!? で、むっちゃ恥ずかしい(#'∀'#)! ――

 みんながギャラリーのあたし見上げてる。言っときますけど、歌わせているのはさつき!

―― 和漢朗詠集の読み人知らずの名歌よね。これを国歌にしてるとは、なかなかよ! ――

 一人で感心してる。

 式のあと、校長室に呼び出された。

「あんな立派な独唱は、甲子園ぐらいでしか聞けない。大したものだね!」

 来賓の指導主事さんに誉められた。

「チェンバレンが、こんな英訳しております」

 さつきが、勝手に言わせる。

 A thousand years of happy life be thine!
 Live on, my Lord, till what are pebbles now,
 By age united, to great rocks shall grow,
 Whose venerable sides the moss doth line.

 いつのまに勉強したんだ? はた迷惑な!

 あたしの新学年も波乱の兆し……。

 

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明神男坂のぼりたい・46〔天ぷら〕

2022-01-19 08:19:24 | 小説6

46〔天ぷら〕 

       


 気がついたら電話していた。

 誰にって……関根先輩に。

「明日、10時に外堀通りのテラスに来て……訳は、来れば分かります」

 この言葉も、あたしの意志とは無関係に出てきた。

『無関係ではない。明日香の心の底にあるものをちょっと後押ししただけだ』

 と、さつきは心の中でニヤニヤしている。我ながら、変なものをを住まわせたものだ。

 リビングで『天晴れレストラン』見ていたら、石神井朝市の野菜を使った料理をやっていた。

『おお、あれはなんというのじゃ? あの油の中でパチパチいってるのは?』

「天ぷらだよ」

『てんぷら? 妙な名前の料理だな……どんな味がする!?』

「えと……江戸前の天ぷらだから、これは、石神井の朝市の野菜が中心だけど、白キス、穴子、車海老とかに小麦粉を溶いたのを付けて、180度くらいのごま油で揚げて……ほら、あんな風に、天つゆに漬けて食べるのよ」

『なるほどぉ……』

 姿は見えないけど、目を輝かせて、ヨダレを垂らしそうになっているさつきの顔が浮かぶ。

 気が強くてイッちゃった感じ(なんたって元祖丑の刻参り)の女の子なんで、ちょっと意外。

 石神井の朝市は、しゃくじいにも連れて行ってもらったことがある。

 それこそ、天ぷらとかも作ってくれた(野菜天が多かったけど)。しゃくじいは男のくせに料理が上手かった……すき焼き……おでん……手巻き寿司……ギョウザも皮から作って……そうだ、しゃくじいは、家族みんなが食卓囲んで作るところから楽しめる料理が好きだった。

『いいお祖父ちゃんだったようだな』

「ちょ、勝手に心を覗かないでよ(;'∀')」

『覗くまでもない、明日香の心は、あれこれダダ洩れだぞ』

「え、そうなの?」

『明日香は素直な女子(おなご)だ』

「え、あ、そかな……」

『ああ、料理を作っている時に見せる笑顔が、しゃくじいは好きだったみたいだぞ』

「あ、うん、しゃくじい好きだった」

『なあ、天ぷら食べたいぞ』

「もう晩ご飯食べたから、今度!」

『じゃあ、明日にしろ。その代わり、明日香の悩みは解決してやる』

「え、それは……」

『遠慮するな、これでも恩に着ているのだぞ』

「あ、それは、どうも(^_^;)」

 嫌な予感を抱えながら、うちは自分の部屋に戻った。

 

 さつきとは、簡単な協定を決めた。

 

 お風呂とトイレ入るときはあたしの中から抜け出すこと(ウォシュレットで嬌声をあげたので、風呂だけじゃなくって、トイレまで付いてきてることが分かった。家族への説明に困ったよ) 

 ことわり無く、あたしの人生に関わるような大事なことには関わらないこと。

 しかし、さっきの電話の件でも危ないものなんだけどね。

 

 さつきが住み着くようになってから、昔の戦の夢をよく見る。

 たいてい少人数の家来を連れて奇襲攻撃する夢、さつきはすばしっこくって、将門軍の遊撃部隊長という感じ。

 山肌を駆け上ってくる国府軍にグラグラに煮えたウンコ混じりのオシッコを柄杓で撒く(女の子がやることか!?)とか。わら人形にヨロイを着せて、敵に矢を撃たせて、不足気味な矢を敵からいただいたり。意表を突く戦法みたいだけど、これは『三国志』の中の赤壁の戦いで、諸葛孔明がとった戦法の応用だということが分かった。

 ガラの悪さに似合わず勉強家だということも分かった。

 あれだけ言ったのに、すぐお風呂やトイレに付いてくる。まあ、女子同士だからいいけども。

 そのくせ、部屋に居るときは、どうかすると何時間も本の中に居たりする。

 どうかすると、本を読みながら泣いている気配もする。

 

 あ、それからね、明神さまに挨拶するときは居る気配が無い。

「ねえ、自分の親なのに挨拶もしないの!?」

『もう、千年もいっしょなんだから、いい』

 やっぱ、ちょっちひねくれ者?

「ひ、ひねくれ者言うな!」

 巫女さんが、びっくりしてこっちを見てる。

「アハハ、夕べ見た夢思い出しちゃって」

「うちはやってないけど、神社の中には夢違(ゆめたがえ)って、悪い夢払ってくれるところもあるから……」

「アハハ、大丈夫です(^_^;)」

 あたしの口を借りて叫んだりしないでよね。

『すまん、ついな』

 どうやら、さつきにとって、父親は、ちょっと煙たい存在のようだ。

 

 で、日が改まって、日曜日。

 昨日の雨を引きずったような曇り空。テラスで関根先輩に会った。

 

「花見には、ちょっと残念な空模様だな」

「これくらいがいいんです。人も多くないし。ゆっくり語り合うのにはピッタリです」

 ここまでは、あたしの意志。あとはさつきが、あたしの口から勝手に喋ったこと。

「……今日の明日香は、まっすぐオレのこと見るんだなあ」
「だって、先輩のこと好きだから。うん、大好き」
「よ、よせ、こんなところで、人が見てる」

 確かにテラスは二人だけじゃなくて、お年寄りが三人居。めちゃくちゃきまりが悪い。

「美保先輩には負けないから。あたしのハジメテをあげるのは先輩だと決めてます。だから、先輩も……いや、学君も言ってほしい、本当の気持ちを!」

「お、おい。明日香ぁ、人の目があ(#'∀'#)」

 先輩は、大きなヒソヒソ声。三人の年寄りはニヤニヤと成り行きを見ている。

「人の目があっても、好きは好き。これくらいに!」

 ペチョ

 あたしは、先輩に胸を押しつけて抱きついた。

「あ、明日香……!」
「答え聞くまで、離れない!」
「お、オレも明日香のことは……」
「好き!?」
「あ、ああ……」

「よっしゃ、今日は、ここまででいいわ! じゃ、ちょっと御茶ノ水まで歩きましょうか」


 先輩にベッチャリひっついて東の方、川沿いを歩いた。

 先輩の当惑と、あたしへの好意が重なって感じられた。御茶ノ水へは10分ほどで着いた。

「じゃあ、新学期になってもよろしく!」

「あ、ああ」

 聖橋に着いたら、あっさりと先輩と別れた。

 

『色恋は、戦と同じ』

 あ、でもね。

『駆け引きが大事。今日は、ここであっさり引いて、あいつの中に明日香を温もりの記憶として染みこませる』

 それはいいけど……。


『なんじゃ?』

「天ぷらは、しばらくおあずけ!」

『え、それはないだろ! わたしも、天ぷらの恩義に感じてだなア』

 大鳥居から随神門を潜った時には、さつきの気配が無い。

 明神様にお辞儀して回れ右……すると、大公孫樹(おおいちょう)に隠れるようにしていた。

「なんで、そんなとこに……」

 追いかけると、スルスルと男坂の石段を下りて家に入ってしまった。

 

 

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明神男坂のぼりたい・45〔御茶ノ水幻想・4〕

2022-01-18 06:03:10 | 小説6

45〔御茶ノ水幻想・4〕 

        

 

「ただいまあ」

「おかえり……」

 めずらしい、お父さんが二階のリビングに居る。

 と、思ったら、もうお昼。

「明日香。生協来たとこだから、パスタの新製品あるよ」
「あ、食べる!」

 あたしは、自分の意志じゃないのに応えてしまった。どうやらさつきがお腹を空かしているらしい。

 レンジでチンして、和風キノコバターとペペロンチーネを二つも食べてしまう。

「ああ! メチャクチャおいしい!」

「明日香が、そんなに美味しそうに食べるのん久々だなあ」
「ああ、育ち盛りだから。アハハ(^_^;)」

 まさか、自分の中でさつきが美味しがってるとは言えない。

「ごちそうさま!」

 自分の部屋に戻ってから、どうしょうかと思った。

「さつき、ずっと、こうしてあたしの中に居る気?」

『仕方ないだろ。どうやら、この時代では、明日香の中からは出られないみたいだ』

「だけどねえ……」

『狭いけど、いろいろある部屋だなあ。おお、あの生き写しみたいな絵は明日香だな!』

 馬場先輩に描いてもらった絵に興味。

『うわあ、この絵にはタマシイ籠もってるぞ! ううん……残念なことに、これ描いた男は、明日香のことを絵の対象としか見てない。いや……しかし……まあ、大事にしろ。何かにつけて明日香の助けになってくれるぞ』

 それは、もう分かってる。

『そこの仕舞そこねた雛人形も大事にしろよ。もう少し、この部屋に居たいらしいから。その明日香の絵とも相性良さそうだぞ』

「分かってる。それより、少しでもいいから、あたしの心から離れてない。落ち着かないよ」

『明日香は依り代だからな……うん? その日本史いう本はなに?』

「ああ、教科書。日本でいちばん難しい日本史の本」

『おもろそうだなあ……しかし、日本史という言い方はおかしくない? まるで日本という異国の歴史みたい。日本国の歴史だったら国史だろうが……』

 さつきが呟くと、心が軽くなったような気がした。

「さつき、さつき姫……」

―― なに? ――

 なんと、山川の詳説日本史の中から声がした。

「さつき、いま教科書の中に居るの!?」

―― あ、そうみたい ――

「大発見。本の中にも入れるじゃん! 本だったら、けっこうあるから、本の中に居てよ!」

―― おお、わたしも興味津々だしな ――

 一安心、のべつ幕なしで心の中におられてはかなわない。

 ベッドにひっくり返ると、スマホを取り出してググってみる。

 

 さつきひめ ⇒ 五月姫

 

 おお。

 椿の苗木の名前で出てきた。

 大振りのキッパリした赤い花。

 シャッキリしてて感じがいい。ちょっと好感度があがった。

 スクロールすると、すごい名前が出てきた。

 

 滝夜叉姫

 

 え、なにこれ?

 ……平将門の娘、父の無念を晴らすため、毎夜、白装束で鞍馬の貴船神社に通いった。頭にロウソクを括り付け、藁人形を五寸釘で打ち付けて、父を陥れた者たちを呪い続け、ついには、呪力を身に着け、滝夜叉姫となって様々に人を呪い殺し、害をなした。

 え……? 

 丑の刻参りの元祖と言われる。

 ええ!?

 聞いてないんですけど!

 

『明日香、おまえ、なかなかええ体してるなあ』

 次に声が聞こえたのは、お風呂に入ってるとき!

「ちょ、教科書の中にいるんじゃないの!?」

『風呂は、さつきも好きだぞ』

「て、あなた、実は丑の時参りの滝夜叉姫なんでしょ!?」

『あ、もうバレたか?』

「妖術とか呪術とかで、鬼みたくなって、最後は大宅中将光圀てのに退治されたんでしょ!」

『アハハ、昔の話だよ、気にするな』

「いや、だって……」

『しかし、明日香、おまえ、まだおぼこ(処女)だったんだな』

「グ(# ゚゚#)」

 顔のニキビを発見したほどの気楽さで言われたが、言われた本人は、真っ赤になった……。

 

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明神男坂のぼりたい・44〔御茶ノ水幻想・3〕

2022-01-17 09:21:53 | 小説6

44〔御茶ノ水幻想・3〕 

 

 

 将門……って、明神さまの?

 

「神田明神は、大黒、少彦名、と、この儂、平将門三人の共同経営だ」

「え?」

「すまん、思い浮かべただけで、明日香の考えは分かってしまう。ここからは、人同士の会話ということにしよう」

「え、あ、はあ……」

「五歳の時に越してきて以来、明日香の事は、よく知っておる」

「えと、越してきたのは四歳なんですけど」

 あ、チェック細かすぎた(;'∀')?

「つい、数え年で言ってしまった。生身の人間と喋るのは何十年もやっておらぬのでな。許せ」

「あ、いや、そんな(^_^;)」

 思わず両手をパーにしてワタワタと振ってしまう。

「神田明神と称してしまうと、共同経営の大黒、少彦名まで、含んでしまうのでな。最初に明らかにしておく。平将門として話をしておる。ここまでは、よいか?」

「あ、はい」

「ここはな、明日香風に申すと異世界だ」

「えと、勇者とか魔導士とか出てくる?」

「少し違うが、おおよそは、そうだ」

「わたし、ここから冒険とかするんですか?」

 どうしようRPGとか苦手だよ。魔法とか技とか錬金術とか、なかなか覚えられなくて、トロコンどころか、最後までいったゲーム少ないし、ドンクサイからオフラインのしかやったことないし……

「早まるな……すまん、またフライングしてしまった」

「いえ、いいんです。話、早いし(^_^;)」

「そうか、ここはな、儂のセカンドハウスなんだ」

「セカンドハウス?」

「調子がいい、横文字が出て来たな」

「神田明神以外に家を……あ、ひょっとして御旅所ですか?」

「おお、明日香は御旅所を知っているんだ」

「お祭りの時に、小さな神社みたいなとこで、お神輿置いて休むじゃないですか。お祖父ちゃんが『御旅所っていうんだ』って教えてくれました」

「うん、その一つだよ。祭り以外でも、時々やってきては、休憩したり散歩したり、けっこう自由にやってるんだよ」

「周囲は、なんだか時代劇がかってますけど(^_^;)」

「ああ、武蔵野という感じが好きなんでな……なんせ、本性は平安時代の田舎武士だからね」

「でも、オープンワールドかってぐらいに広いんですね」

「ああ、太田道灌と共用してるんでね、チャンスがあれば、あちこち案内してあげるんだが」

「あ、はい……」

「ここに呼んだのは、頼みがあるからなんだ」

「頼みですか?」

「娘を預かってほしいのだ」

「将門さまの娘さんですか?」

「ああ、さつきっていうんだ」

「さつき……いいお名前ですね」

「うん、五月生まれだからつけたんだけどね、『となりのトコロ』のさつきと同じだから、父親としても気に入ってるんだ」

 なんだか、利発で家族思いの女の子って感じ。

「ああ、親思いのいい子なんだけどね、儂と違って、めったに外にも出なくてね」

「引きこもり……」

「親思いのあまり、さつきは鬼になってしまって、あちこちで暴れまわったあげくに、大宅中将光圀ってのに退治されてしまって、以来、引き取って、ここに住まわせている」

 そか、その娘さんが心配で、ちょくちょく寄ってるんだ……親子の情なんだねえ。

「あれから千年……このまま、この世界に籠らせておくと、また鬼になってしまいそうでな。明神のひざ元、男坂でもあるし、明日香の世話になりたい」

「ひょっとして、わたしの従姉妹とかって設定になって、いっしょに暮して、学校とかもいっしょになるパターン?」

「そこまでは考えていない。明日香以外の人間には見えないし、声も聞こえない。一緒に暮らすことで明日香を煩わせることはない。明日香に付いて回ることで、さつきの世界を広げてやりたいだけなんだ。そういう刺激があれば、あれも、鬼になることはなくなるだろう。そうすれば、さつきは、また儂の所に戻って来る」

「え、あ、そか」

「頼まれてくれるか?」

「まあ、そういうことであれば……で、さつきさんは?」

『ここに居るよ、よろしくな、明日香』

「え!?」

 驚いて振り返るけど、人の姿は無い。

『ここよ、ここ』

「え?」

「すまんな、さつきは、もう明日香の中に居る」

『アハハハ、そういうことだ、よろしく頼むぞ!』

「ちょ、あんたが笑うと、体がガクガクするんだけど!」

『それだけ相性がいいということだ、さ、それでは行くぞ!』

「あ、ちょっと!」

 自分の意思とは無関係に体が動き出して、板橋のおじさんに連れてこられた道を逆に走り出した!

 いっしゅん振り返ると、将門さまが気楽に手を振っているのが見えた……

 

 

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明神男坂のぼりたい・43〔御茶ノ水幻想・2〕

2022-01-16 07:57:18 | 小説6

43〔御茶ノ水幻想・2〕 

       


「じ、地元の者です!」

 叫ぶと、どう見ても大河ドラマの第一回目に出てくる脇役みたいな(のっけに主役出てこない)オッサンが、刀かまえたまま聞いてくる。

「……地元とはどこだ!?」
「えと、外神田二丁目、神田明神の男坂下ったとこです」

「神田明神ならば、いかにも地元ではあるが……それにしても、異様なる風体……」

 オッサンが刀を抜いて尋問してるもんだから、人だかりができてしまう。

「面妖なやつ……」「女か……?」「何ごと?」「きつねか?」「タヌキか?」「どん兵衛か?」

「板橋さま、そやつは?」

 野次馬の一人がオッサンに尋ねる。オッサンは板橋というらしい。

「これこれ、見世物ではないぞ。仕方がない、付いてまいれ」

 よかった、さらし者になるところだった。

「それ!」

「うわ!?」

 板橋のオッサンは、わたしを軽々と持ち上げると、自分と一緒に馬に載せて走り出した。

 水道橋近くだと思うんだけど、くねくね曲がって、切り通しや林を過ぎたので見当がつかない。

「よし、下りろ」

「うわ!」

 襟首を掴まれたかと思うと、地面に着地して、目の前には板塀で囲まれたお屋敷の門がある。

「付いてまいれ」

 大きいけれど瓦も載ってない、粗末な門。

「どこを見ておる、こっちだ」

 てっきりお屋敷の中に入るのかと思ったら、柴垣っぽい垣根の向こうを指さす板橋さん。

 ブン!

 ヒ!?

 垣根の向こう、いきなりおっきいアサカリの頭が振り上げられる。

 セイ!

 振り下ろされたかと思うと、ガシっと音がして、薪の切れが飛び上がった。

「連れてまいりました」

「おう、ごくろうであった」

 ズサ

 ひねた金太郎みたいなオヤジがマサカリを切り株に突き立てて振り返った。

「……鈴木明日香であるな」

 え?

「そこに掛けろ」

 ひね金オヤジは、あっさり、あたしの名前を言って、もう一個の切り株を指さし、自分は薪束の山に腰を下ろした。

「言っておくが、ひね金ではないぞ」

 え、声に出てた? てか、目つき悪くって、めっちゃ怖いんですけど(;'∀')

「儂は平将門である」

 え……ええ!?

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・42〔御茶ノ水幻想・1〕

2022-01-15 08:57:36 | 小説6

42〔御茶ノ水幻想・1〕 

       


 箱根から帰ってからはボンヤリしてる。

 なんせ、明菜のお父さんの殺人容疑を晴らして、離婚旅行だったのを家族再結束旅行にしたんだからね。

 あたしとしては、十年分のナケナシの運と正義感を使い果たしたようなもの。ボンヤリしても仕方ないと思う。

 思うんだけどね、三月も末だよ。

 そろそろ新学年の準備というか、心構えをしなくっちゃ。

 中学でも高校でも二年生と言うのは不安定でありながら一番ダレる学年。お父さんの教え子の話聞いてもそうだ。少しは気合い入れなきゃ。

 そう思って、教科書の整理にかかった。国・数・英の三教科と、将来受験科目になるかもしれない社会、それに国語便覧などは残して、あとはヒモで括って捨てる。
 そして、空いた場所に新二年の教科書を入れる。二十四日に教科書買って、そのまんま放っておいた。

 包みを開けると、新しい本の匂い。たとえ教科書でもいい匂い。これは、親の遺伝かもしれない。

 だけど、手にとって眺めるとゲンナリ。

 教科書見て楽しかったのは、せいぜい小学校の二年生まで。あとは、なんで、こんな面白いことをつまらなく書けるのかなあと思う。

 日本史を見てタマゲタ。山川の詳説日本史! 

 みんな知ってる? これって、日本史の教科書でいっちゃんムズイ。うちの先生たちは何考えてんだろ。わがTGHは偏差値5ちょっと。近所の○○高やら△△学院とはワケが違う。ちなみに、あたしが、こんなに日本史にうるさいかというと、お父さんが元日本史の先生だったということもあるけど、あたし自身日本史は好きだから。

 で、ページをめくってみる。

 最初に索引を見て「平将門」を探す。

 将門は江戸の総鎮守神田明神の御祭神だからね! 

 で、読んでガックリきた。


―― 一族の抗争から承平天慶の乱を起こし、一時関東を支配、新皇を称するが押領使藤原秀郷らに滅ぼされる ――


 たったそれだけ。江戸の守り神も神田明神も出てこない。

 とたんに、やる気を無くした。

 ガサッと本立てにつっこむと、ようやく暖くなってきた気候に誘われて、男坂を上る。

 大公孫樹(おおいちょう)のところで巫女さんが参詣のお年寄りグループに説明の最中。

 男坂口に入ってすぐの所なので見落としがちなんだけど、一見枯れ木みたいなのが立っている。むかしは江戸湾に入って来る船の目印にもなったという巨木で、災難除け・厄除け・縁結びに霊験あらたかなご神木。

「大公孫樹の足元にございますのが『さざれ石』でございます。国歌『君が代』に出てきます『さざれ石』は、まさにこれを差しておりまして、岐阜県の天然記念物で……」

 え……これは知らなかった。

 神田明神のことは端から端まで知っているつもりだったのに!

 大公孫樹は、一見枯れ木だし、男坂門の標柱の裏っかわなので、気が付かない人も多い。

 それをキッチリ知っていることが、ちょっと自慢でもあったんだけど、その足元にあるコンクリートの欠片みたいなのが、そんな由々し気なものだったとは気が付かなかった。

 いやいや、灯台下暗しというやつです。

 ニコ(^-^) アハ(^_^;)

 しゅんかん巫女さんと笑顔の交流。

 拝殿の前で、二礼だけして、随神門から出撃!

 だんご屋の『アルバイト募集』に少しだけ心を奪われる。おばちゃんが、ポスターを指さす。

 う~~~

 心は動くけど、だんご屋さんは江戸時代、ひょっとしたら、もっと前からあったのかも。

 だったら、いつでもバイトできるだろう……アハハと愛想笑いで横断歩道を渡る。

 湯島の聖堂を横目に外堀通り。

 やっぱ、散歩というと、このコースになる。

 神田川の川面は見えないけど、そこそこ大きな川なので、川の気配は感じる。

 ポチャン

 たぶん鯉やら鮒だかが跳ねたんだ、時々白鷺やらカモメっぽいのが飛んでいるのを見ることもある。

 ゴトンゴトン ゴトンゴトン

 御茶ノ水駅に入って行く、あるいは出ていく電車の音。

 キキキキ……ピピピピ……

 種類も分からない野鳥の鳴き声。

 飛び立った野鳥が川に沿って飛んでいる。

 なんだか、野鳥の方も、わたしを見ているみたいで、ちょっと嬉しい。

 川面を吹く風が向かい風なのか、野鳥は、わたしの足に合わせるくらいのゆっくりで飛ぶ。 

 ピピ!

 鋭く啼いたかと思うと、野鳥はグンと高く飛び上がって、つられて首を上げると、クラっと来た。

 あ、立ち眩み……(@_@;)

 めったにないことなんだけど、目をつぶってしゃがみ込んでしまう。

 

 パッカポッコ……ズチャ

 

 なんだか、馬の蹄、で、馬から下りる音。

 えと、このへんの大学に乗馬部ってあったっけ……それとも警視庁騎馬隊? だいぶ前、皇居の近くで見たな……でも、ここは御茶ノ水だし。

「おまえ、具合が悪いのか?」

 上から目線だけど気遣う声、お巡りさん、なんでタメ口?

 見上げると直垂(ひたたれ=相撲の行司さんの格好)姿のオッサンが見下ろしている。

 そして、景色が一変してる。

 神田川と道を隔てる柵とかは無くなって、天然の谷みたくなって、その向こうのJRも駿河台あたりも見慣れたビルは一つもなくって、一面神宮の森って感じ。

 あれ?

 反対側に四車線の道路も無くって、田んぼと林が入り組んで、なんだかトトロでも出てきそう。

「見れば異様なる風体、その方、このあたりの者ではないな……?」

 え、時代劇の撮影か何か?

 いや、どこにもカメラないし、そもそも風景違いすぎるんですけど。

「え、えと……」

「きさま……押領使の手の者か!?」

「お、横領!?」

「顔色が変わったな……押領使の乱波め!」

 シャリン!

「ヒエ!」

 オッサン、刀を抜いた!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

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明神男坂のぼりたい・41〔離婚旅行随伴記・6〕

2022-01-14 06:35:47 | 小説6

41〔離婚旅行随伴記・6〕 

   

 


 パーーーーーーーン

 え また銃声?


 旅行になんか、めったにいかないので、いっぺんに目が覚めてしまった。

 殺人事件やら、明菜のお父さんが逮捕されたりで、興奮していたこともある。

 明菜は、寝床に入っても悶々としていたが、明け方にようやく寝息を立ててグッスリ寝ている。

 やっぱり、あたしは野次馬だ。

 顔も洗わずにGパンとフリースに着替えて、音のした方へ行ってみた。

 パーーーーーーーン

 旅館の玄関を出ると、また鉄砲の音がした。

 

「やあ、すんません。起こしてしまいましたか」


 旅館の駐車場で、番頭さんらが煙突みたいなものを立てて鉄砲の音をさせている。

「いえ、旅慣れてないから、早く目が覚めて……何してるんですか?」
「カラス追ってるんです。ゴミはキチンと管理してるんですが、やっぱり観光客の人たちが捨てていかれたたものやら、こぼれたゴミなんかを狙って来ますからね」

「番頭さん、カースケの巣が空だよ」

 スタッフのオニイサンが指差す。

「ほんとか!? カースケは、これにも慣れてしまって効き目なかったんだぞ」
「きっと、他の餌場に行ってるんですよ。昨日の事件のあと、旅館の周りは徹底的に掃除しましたからね」
「カースケって、カラスのボスかなんかですか?」

 単なる旅行者であるあたしは気楽に聞いた。

「ハグレモノなんだけど、ここらのカラスの中では一番のアクタレでしてね。行動半径も広いし、好奇心も旺盛で、こんな旅館の傍にに巣をつくるんですよ」

 スタッフが、長い脚立を持ってきた。

「カースケが居ないうちに撤去しましょ。顔見られたら、逆襲されますからね」
「ほなら、野口君上ってくれるか」
「はい」

 若いスタッフが脚立を木に掛け、棒きれでカースケの巣をたたき落とした。

 バサ

 落ちてきた巣はバラバラになって散らばった。木の枝やハンガー、ポリエチレンのひも、ビニール袋、ポテトチップの残骸……それに混じって大小様々な輪ゴムみたいな物が混じっていた。

 輪ゴムは、濃いエンジ色が付いて……ピンと来た。

 これは手術用のゴム手袋をギッチョンギッチョンに切ったもの……それも、事件で犯人が使ったもの。

「ちょっと触らないでくれます。これ、殺人事件の証拠だと思います!」

 あたしは知っていた。殺人にゴム手袋を使って、そのあと捨てても、内側に指紋が残る。お父さんが、それをネタに本を書いていた。

 やった!

 幸いなことに、指先が三本ほど残っている。

 番頭さんに言うと、直ぐに警察を呼んで、お客さんたちのチェックアウトが始まる頃には、見事に鑑識が指紋を採取した。

「出ました、椎野淳二、前があります!」

 今の警察はすごい。指紋が分かると、直ぐに情報が入って現場でプリントアウトされる。写真が沢山コピーされて、近隣の警察に配られ、何百人という刑事さんが駅やら観光施設を回り始めた。

 そして、容疑者は箱根湯本の駅でスピード逮捕された。

 椎野淳二……杉下の仮名を使っていた。そう、明菜のお父さんの弾着の仕掛けをしたエフェクトの人。表は映画会社のエフェクト係りだけど、裏では、そのテクニックを活かして、その道のプロでもあったらしい。

 明菜のお父さんは、お昼には釈放され、ニュースにもデカデカと出た。

 たった一日で、娘と父が殺人の容疑をかけられ、明くる日には劇的な解決。

 この事件がきっかけで、仮面家族だった明菜の両親と明菜の結束は元に……いや、それ以上に固いものになった。

 春休み一番のメデタシメデタシ、明神さまのご利益……え、まだあるかも? 

 あったら嬉しいなあ!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・40〔離婚旅行随伴記・5〕

2022-01-13 06:23:24 | 小説6

40〔離婚旅行随伴記・5〕 

   

 


 明菜のお父さんが逮捕されてしまった!

 逮捕理由は、お父さんが杉下さんいう効果係の人といっしょになって、拳銃殺人のドッキリをやったときの血染めのジャケット。

 ジャケットに付いていた作り物の血に、なんと大量の被害者の血が混じって付いていた。

 話は、ちょっとヤヤコシイ。

 ドッキリを面白がった番頭さんが、そのジャケットを借りて、休憩時間中の仲居さんたちを脅かしていた。

 それで、最初、警察は番頭さんを疑った。しかし、番頭さんにはアリバイがある。お客さんを客室へ案内して仕事中だった。

 お父さんは、この旅館には泊まり慣れていて、番頭さんとも仲がいいし、旅館の構造にも詳しい。

 殺人事件のあった時間帯は、旅館の美術品が収められている部屋で、一人で、いろいろ美術品を鑑賞してたらしい。事件に気づいて部屋の鍵を返しにロビーへ行ったけど、警察は、これを怪しいと睨んだ。

 美術品の倉庫に入るふりをして、番頭さんに貸したジャケットを着て被害者を殺し、殺した直後ジャケットを番頭さんのロッカーにしまった。そう睨んでる。

 ただ一つ誤算があって、第一発見者が明菜で、明菜が犯人にされてしまい。お父さんは必死で正当防衛だと……叫びすぎた。

 警察は逆に怪しいと睨んだ。調べてみると、アリバイがない。その時間、美術倉庫の鍵は借りていたけど、入ってるところを見た人がいない。

 そして、なによりも、お父さんが触ったと言う美術品からは、お父さんの指紋が一切出てこない。

「美術品触るときは、手袋するのが常識じゃないですか!?」

 なんでも鑑定団みたいなことを言ったけど、警察は信じない。お父さんは、ドッキリ殺人のあと、一回この美術倉庫に来ている。だから、ドアなんかに指紋が付いていても、一回目か二回目か分からない。お父さんは一回目で、いい茶碗を見つけたので、もういちど見にいった……これは、いかにも言い訳めいて聞こえる。

 

「うちの主人は、そんなことをする人間じゃありません。わたし、美術倉庫の方に行く主人を見ています」


 身内の証言は証拠能力がない。

 例え離婚寸前でも夫婦であることに違いはない。

 まずいことに、お父さんの会社は資金繰りが悪く、ある会社から融資をしてもらっていたが、その資金の出所が、殺された経済ヤクザの関係する会社。


「そんなことは知らなかった」
「知らんで通ったら警察いらねーんだ!」

 と言われ、ニッチモサッチモいかなくなった。

「明菜、あんたの疑いは晴れたけど。今度はも一つえらいことになってしまったね」
「いいのよ、これで」
「なんで? お父さん逮捕されちゃったのよ!」

「今度はドッキリとちがう」

「明菜、まさかお父さんが……」
「バカらしい。お父さんは、そんなことできないわよ。ねえ、お母さん」

「そう、だけど、警察は身内の証言は信用しないし……」

 さすがに、お母さんも、それ以上の言葉が無い。

「でも……お父さんの疑いが晴れたら、全部うまくいく、家族に戻れる。そう思ってる」

 親友明菜は、しぶとい子だ。あたしは、そう感じた。

 そのためにも真犯人を見つけなくっちゃ……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・39〔離婚旅行随伴記・4〕

2022-01-12 06:36:18 | 小説6

39〔離婚旅行随伴記・4〕  

        

 

 殺されていたのは新興暴力団の男。

 見た感じは、普通の会社員みたいだけど、いわゆる経済ヤクザというやつで、うちのお父さんなんかより。よっぽど株やら経済に詳しいインテリさん。

 で、なんで、このインテリヤクザが、明菜のお父さんの部屋で死んでいたか?

 どうやら、対立の老舗暴力団とトラブって、温泉に潜んでいたらしい。そして、見つかって逃げ込んだのが、明菜のお父さんの部屋。本人の部屋は隣りなので、どうやら、逃げるときに間違ったらしい。激しく争って奥の部屋はメチャクチャ。で、お父さんのジャケットが窓から外に飛び出した。

 ここから誤解が始まる。

 警察は、逃げてきた男と明菜が部屋で出くわして、明菜が騒いでトラブルになった。そして、なにかのはずみで、男が持っていたナイフで刺し殺してしまった。

 

 そして、ここからが大問題。

 正当防衛か過剰防衛かでもめた……。

 あたしは、必死で説明したけど、警察は女子高生が友達を助けるために庇っていると思ってる。

 いっそ誰かが露天風呂覗いて盗撮でもしてくれていたら、証拠になったのにと思ったぐらい。

 証拠というと、血染めのナイフ。

 てっきり撮影用の偽物と思ったから、明菜は気楽に握った。ベッチャリと明菜の指紋が付いている。それから、慌てふためいてるうちに明菜の浴衣には、血が付いてしまってるし、状況証拠は真っ黒け。

 さらに悲劇なのは、明菜のお父さんもお母さんも、警察の説明を信じてしまって「正当防衛!」と叫んだこと。もう、信じてるのはあたししか居ない。めちゃくちゃミゼラブルな状況。がんばれ、女ジャンバルジャン!

 無い頭を絞った。明菜のためにガンバルジャンにならなくっちゃ!

 

 お父さんの売れない小説を思い返した。

―― プロの殺しは、一目で分かるような証拠は残さない ――

 小説一般のセオリー。反社同士のイサカイに、今どき古典的な鉄砲玉は使わないだろう。

 プロを雇ってやるだろうし。だからこそ足の着きやすいチャカ(ピストル)は使っていない。ホトケさんには防御傷がない。部屋の中を逃げ回ったあげく、ブスリとやられている。警察は逆に明菜が逃げ回った時に部屋がメチャクチャになったと思っている。

 そして、もう一つ気がついた。

 プロの殺しだったら、すぐに逃げたりはしない。目立つからね。犯人は予定通り泊まって、気楽に温泉に浸かって帰るだろう。プロの仕事は目立たないことが第一だから。

 明菜のお父さんとお母さんはテンパってしまってる。例え正当防衛にしても明菜が殺したという事実は残る。明菜の心には癒しがたい傷が残るだろうと思っている。

 あたしは、なんとしても明菜の無実を証明したいと思った……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

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明神男坂のぼりたい・38〔離婚旅行随伴記・3〕

2022-01-11 05:34:05 | 小説6

38〔離婚旅行随伴記・3〕   

        

 

 フグッ(๐◊๐”)!!


 放っておいたら「キャー!」と叫ぶ寸前の明菜の口を塞いだ!

 覗き見男と思われたのは、よく見ると、芝垣の向こうの木の枝に引っかかった男物のジャケットだ。

「危うく、ドッキリになるとこだった(;'∀')」

「……あの上着……?」

 明菜は、湯船をあがると芝垣に向かって歩き出した。同性のあたしが見てもほれぼれするような後ろ姿で、お尻をプルンプルンさせながら。

「上の階から落ちてきたんだろうね……」

「あ、あれ、お父さんのジャケット!?」

 見上げると、明菜のお父さん夫婦の部屋の窓が開いてた。

「なんかあったんじゃない!?」
「ちょっと、見てくる!」
「待って、あたしも行く!」

 あたしたちは大急ぎで、旅館の浴衣に丹前ひっかけ、ろくに頭も乾かさないで部屋を飛び出した。

 正確には、飛び出しかけて、手許の着替えの中に二枚パンツが入ってるのに気づいた。あたしはパンツ穿くのも忘れていた。

「ちょ、ちょっと待って(#'∀'#)」

 聞こえてないのか無視したのか、先に行ってしまう明菜。

「くそ!」

 慌てて穿くと、こんどは後ろ前。脱いで穿き直して、チョイチョイと身繕いすると一分近く遅れてしまった。

「どうしたの、明菜!?」

 部屋の中の光景に呆然とする明菜。

 続き部屋の向こうの座敷から、男の足が覗いて血が流れてる。

 そして、明菜の手には血が滴ったナイフが握られていた……。


「……今度は、えらく手がこんでるね」

「うん、あれ、多分お父さん。今度のドッキリは気合いが入ってる……この血糊もよく出来てるよ。臭いまで血の臭いが……」

「って……これ、ほんもの血だよ!」

「ヒ(๐◊๐”)!」

 明菜は、電気が走ったように、ナイフを投げ出した。

「まあ、鳥の血かなんかだろうけど……お父さん?」

 ドッキリだと思いながらも、恐るおそる部屋の中に入っていく。

「エキストラの人だろうか?」

 血まみれで転がってたのは見知らぬ男だった。

 キャー!

 振り返ると、仲居さんが、お茶の盆をひっくりかえして腰を抜かしている。

「あ、あの、これは……」

「ひ、人殺しぃ!!」

 なんだか二時間ドラマの冒頭のシーンのようになってきた。

 そして、これは、ドッキリでも二時間ドラマでも無かった。

 数分後には、旅館の人たちや明菜のご両親、そして警察もやってきた。

 そして、明菜が緊急逮捕されてしまった……!

 手にはべっとり血が付いて、明菜の指紋がベタベタ付いたナイフが落ちてるんだから、しかたがない……。


「え、あたしも!?」
 

 あたしも重要参考人(ほとんど共犯)ということで、箱根南警察に引っ張られていくハメになった!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・37〔離婚旅行随伴記・2〕

2022-01-10 06:45:58 | 小説6

37〔離婚旅行随伴記・2〕   

        

 


 明菜のお母さん、稲垣明子だったんだ!

 ドッポーーン!

 そう言いながら露天風呂に飛び込む。

 一つは寒いので、早くお湯に浸かりたかった。
 もう一つは、人気(ひとけ)のない露天風呂で、明菜からいろいろ聞きたかったから。

「キャ! もー明日香は!」

 悠長に掛かり湯をしていた明菜に盛大にしぶきがかかって、明菜は悲鳴をあげる。

「明菜、プロポーション、よくなったなあ!」

 もう他のことに興味がいってしまってる。我ながらめでたい。

「そんなことないよ。明日香だって……」

 そう言いながら、明菜の視線は一瞬で、あたしの裸を値踏みした。

「……捨てたもんじゃないよ」

「あ、いま自分の裸と比べただろ!?」

「そ、そんなことない(#'∀'#)」

 壊れたワイパーのように手を振る。なんとも憎めない正直さ。

「まあ、温もったら鏡で比べあいっこしよ!」
「アハハ、中学の修学旅行以来だね」

 このへんのクッタクの無さも、明菜のいいところ。

「お母さん、女優さんだったんだね!」
「知らなかった?」
「うん。さっきのお父さんのドッキリのリアクションで分かった」
「まあ、オンとオフの使い分けのうまい人だから」
「ひょっとして、そのへんのことが離婚の理由だったりするぅ?」
「ちょっと、そんな近寄ってきたら熱いよ」

 あたしは、興味津々だったので、思わず肌が触れあうとこまで接近した。

「あ、ごめん(あたしは熱い風呂は平気)。なんていうの、仮面夫婦っていうのかなあ……お互い、相手の前では、いい夫や妻を演じてしまう。それに疲れてしまった……みたいな?」

「うん……飽きてきたんだと思う」

「飽きてきた?」

「十八年も夫婦やってたら、もうパターン使い尽くして刺激が無くなってきたんじゃないかと思う」

 字面では平気そうだけど、声には娘としての寂しさと不安が現れてる。よく見たら、お湯の中でも明菜は膝をくっつけ、手をトスを上げるときのようにその上で組んでる。

「辛いんだろうね……」
「うん……えと……分かってくれるのは嬉しいけど、その姿勢はないんじゃない?」

「え……」

 あたしは、明菜に寄り添いながら、大股開きでお湯に浸かっている自分に気が付いた。どうも、物事に熱中すると、行儀もヘッタクレもなくなってしまう。

「アハハ、おっきいお風呂に入ると、つい開放的になっちまうぜ」

「明日香みたいな自然体になれたら、お父さんもお母さんも問題ないんだろうけどなあ」

 そう言われると、開いた足を閉じかねる。

「さっきみたいな刺激的なドッキリやっても、お互いにやっても冷めてみたいだし……」

 しばしの沈黙になった。

「あたしは、娘役じゃなくて、リアルの娘……ここでエンドマーク出されちゃかなわない」

「よーし、温もってきたし、一回あがって比べあいっこしよか!」

「うん!」

 中学生に戻ったように、二人は脱衣場の鏡の前に立った。

「明菜、ムダに発育してるなあ」

 無遠慮に言ってやる。

「遠慮無いなあ……じゃ、明日香のスリーサイズ言ってやろうか」
「見て分かんの?」
「バスト 80cm ウエスト 62cm ヒップ 85cm 。どう?」
「胸は、もうちょっとある……」
「ハハ、ダメだよ息吸ったら」
「明菜、下の毛、濃いなあ……」
「そ、そんなことないよ。明日香の変態!」

 明日香は、そそくさと前を隠して露天風呂に戻った。

 今の今まで素っ裸で鏡に映しっこしてスリーサイズまで言っておきながら、あの恥ずかしがりよう。ちょっと置いてけぼり的な気分になった。中学の時も同じようなことを言ってじゃれあってたので、すこし戸惑う。

 あたしは、ゆっくりと湯船に戻った。今度は明菜のほうから寄り添ってきた。

「ごめん明日香。あたし、心も体も持て余してるの……あたしの親は、見かけだけであたしが大人になった思ってる。もどかしい……」
「ねえ、明菜……え?」

 明菜の頭越し、芝垣の向こうの木の上から覗き見している男に気づいた!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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