明神男坂のぼりたい
好きなフレーズに『てーへんだ!』がある。
しゃくばあ(石神井のお祖母ちゃん)が時代劇が好きで、行くと、たいてい『銭形平次』とか『暴れん坊将軍』とかを観ていた。『銭形平次』だったと思うんだけど、手下の岡っ引きが「てーへんだ親分!」とやってくる。あれが好きだった。真似すると、みんな「明日香はひょうきんだねえ(^▽^)」と喜んでくれたしね。
今日は、公式と非公式の「てーへんだ!」があった。
高校二年にもなると、世間の手前「てーへんだ!」と言わなくちゃならないことと、心では、そう思っていも口に出して「てーへんだ!」と言ってはいけないことの区別ぐらいはつく。
それが、一日に二つとも起こってしまった。珍しい一日だ。
世間の手前は、新しい校長先生が来たこと。
世間には、一回聞いたら忘れられない名前がある。例えば剛力 彩芽。苗字と名前のギャップが大きいんで、この人はテレビで一発で覚えた。これが、特別であるのは、たいていの人の名前は一発では覚えられないという常識的な話。
新しい校長先生は、都教委の指導主事やってた人。
指導主事と言うだけで、うちはガックリ。何度か触れたけど、うちの両親は元学校の先生。だから、よその子よりは、学校のことに詳しい。
指導主事というのは、学校現場では使いもんにはならない先生がなるもんらしい。で、校長先生の半分は、教師として生徒やら保護者と協調できない人がなってる。新しい校長先生は、その両方が被ってる。だから、着任の挨拶もろくに聞いていない。もっとも、本人が前の校長さん以上に話し下手いうこともあるけど。
「どうですか、新しい校長先生がこられて?」
学校の帰りに、テレビ局のオネエチャンに掴まってしまった。
「(溜め息)……今度のことは、生徒には大変ショックです。だから新しい校長先生に指導力を発揮してもらって、一日も早く学校を正常化してもらいたいと期待してます」
と、毒にも薬にもならない、いいかげんな答をしておいた。なんせ、その時には、新校長の名前も忘れて、顔の印象もおぼろ。だから、最初の溜め息は――どうしよう(;'∀')?――というだけの間。
それが、テレビ局には「傷ついた女子高生の苦悩」みたいに写ったみたいで、他の生徒にもインタビューしてたけど、ニュースで流れたのはあたしへのインタビュー。なんと云っても、こないだまでは演劇部だったから、悩める女子高生一般なんかチョロイ。
『学校の主人公であるべき生徒たちは、このように傷つき混乱しています。民間人校長のありようが問われ、なによりも一日も早い正常な学校生活の復活が望まれます』
と、レポーターのオネエチャンは締めくくってた。
どーでもいいニュースだったけど、学校の主人公が生徒だというのには引っかかった。主人公だなんて感じたことないしね。
学校いうところは上意下達。下々の生徒風情が主人公だなんて、日本の平和は憲法9条のおかげだというくらいに非現実的。マスとしての『生徒』は主人公なのかもしれないけど、一人一人の生徒は主人公としては扱われない。演劇日時代のあたしとか、ほら……佐渡くんとかね。
もう一個の「てーへんだ!」は、関根先輩からメールがきたことーーーー(# ゚Д゚#)!!
だって、あたし、先輩の番号知らないし、先輩もあたしの番号は知らないはず……それが、どうして!?
犯人は……さつきらしい。
こないだ、さつきのタクラミで、関根先輩に告白させられてしまった。だけど、さつきは、スマホなんちゃらいうもんは知らないから、番号の交換はしなかった。しかし、あたしに覚えがないいうことは、あたしの中に居るさつきしか考えられない。
「やっぱり、さつき?」
「ああ、日々学習してるからな。明日香が寝てる間に、チョイチョイとやっといた。三人ほど電話したら、すぐに番号分かったぞ」
「さ、三人て、だれ!? なに言ったの!?」
「人の名前って、すぐ忘れからね。最後の一人だけ覚えてるかな」
「だ、誰やのん!!?」
「田辺美保。こいつは明日香の恋敵でもあるみたいだから。牽制の意味もこめて電話しといたぞ」
「で、なに喋ったの……いや、なに喋らせたのよ、あたしに!?」
「忘れてしまったあ。まあ、いいではないか。これで二三歩は関根君に近づいたぞ。アハハハ……」
豪快な笑いだけ残してさつきは、あたしの奥に潜ってしまいやがった。
そして。
怖いから、なかなか関根先輩のメールは開けなかった……。