明神男坂のぼりたい
「ただいまあ」
「おかえり……」
めずらしい、お父さんが二階のリビングに居る。
と、思ったら、もうお昼。
「明日香。生協来たとこだから、パスタの新製品あるよ」
「あ、食べる!」
あたしは、自分の意志じゃないのに応えてしまった。どうやらさつきがお腹を空かしているらしい。
レンジでチンして、和風キノコバターとペペロンチーネを二つも食べてしまう。
「ああ! メチャクチャおいしい!」
「明日香が、そんなに美味しそうに食べるのん久々だなあ」
「ああ、育ち盛りだから。アハハ(^_^;)」
まさか、自分の中でさつきが美味しがってるとは言えない。
「ごちそうさま!」
自分の部屋に戻ってから、どうしょうかと思った。
「さつき、ずっと、こうしてあたしの中に居る気?」
『仕方ないだろ。どうやら、この時代では、明日香の中からは出られないみたいだ』
「だけどねえ……」
『狭いけど、いろいろある部屋だなあ。おお、あの生き写しみたいな絵は明日香だな!』
馬場先輩に描いてもらった絵に興味。
『うわあ、この絵にはタマシイ籠もってるぞ! ううん……残念なことに、これ描いた男は、明日香のことを絵の対象としか見てない。いや……しかし……まあ、大事にしろ。何かにつけて明日香の助けになってくれるぞ』
それは、もう分かってる。
『そこの仕舞そこねた雛人形も大事にしろよ。もう少し、この部屋に居たいらしいから。その明日香の絵とも相性良さそうだぞ』
「分かってる。それより、少しでもいいから、あたしの心から離れてない。落ち着かないよ」
『明日香は依り代だからな……うん? その日本史いう本はなに?』
「ああ、教科書。日本でいちばん難しい日本史の本」
『おもろそうだなあ……しかし、日本史という言い方はおかしくない? まるで日本という異国の歴史みたい。日本国の歴史だったら国史だろうが……』
さつきが呟くと、心が軽くなったような気がした。
「さつき、さつき姫……」
―― なに? ――
なんと、山川の詳説日本史の中から声がした。
「さつき、いま教科書の中に居るの!?」
―― あ、そうみたい ――
「大発見。本の中にも入れるじゃん! 本だったら、けっこうあるから、本の中に居てよ!」
―― おお、わたしも興味津々だしな ――
一安心、のべつ幕なしで心の中におられてはかなわない。
ベッドにひっくり返ると、スマホを取り出してググってみる。
さつきひめ ⇒ 五月姫
おお。
椿の苗木の名前で出てきた。
大振りのキッパリした赤い花。
シャッキリしてて感じがいい。ちょっと好感度があがった。
スクロールすると、すごい名前が出てきた。
滝夜叉姫
え、なにこれ?
……平将門の娘、父の無念を晴らすため、毎夜、白装束で鞍馬の貴船神社に通いった。頭にロウソクを括り付け、藁人形を五寸釘で打ち付けて、父を陥れた者たちを呪い続け、ついには、呪力を身に着け、滝夜叉姫となって様々に人を呪い殺し、害をなした。
え……?
丑の刻参りの元祖と言われる。
ええ!?
聞いてないんですけど!
『明日香、おまえ、なかなかええ体してるなあ』
次に声が聞こえたのは、お風呂に入ってるとき!
「ちょ、教科書の中にいるんじゃないの!?」
『風呂は、さつきも好きだぞ』
「て、あなた、実は丑の時参りの滝夜叉姫なんでしょ!?」
『あ、もうバレたか?』
「妖術とか呪術とかで、鬼みたくなって、最後は大宅中将光圀てのに退治されたんでしょ!」
『アハハ、昔の話だよ、気にするな』
「いや、だって……」
『しかし、明日香、おまえ、まだおぼこ(処女)だったんだな』
「グ(# ゚゚#)」
顔のニキビを発見したほどの気楽さで言われたが、言われた本人は、真っ赤になった……。