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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・36〔離婚旅行随伴記・1〕

2022-01-09 07:04:08 | 小説6

36〔離婚旅行随伴記・1〕   

 

        


「ちょっと冷えそうだな」

 明菜のお父さんは、開けたドアを締め直し、ジャケットを掴んで助手席から車を降りた。

 仲居さんや番頭さんたちが、案内や荷物運びのために車の周りに寄って来る。

 予約はしてあったんだろうけど、かなりの常連さんのよう。

「あ、タバコ切らしたから買ってくる」

「タバコだったら、フロントにございますが……」

「ありがとう。でも、先月から銘柄変えてね。なあに、店はとっくに調べてあるから。じゃ、ちょっと」

「すみませんね、お寒い中、お待たせしちゃって」

 お母さんが恐縮する。

「ちょっと庭とか見てっていいかな?」

「ええ、いいわよ。玉美屋さんの庭はちょっと見ものよ。そうだ、あたしもいっしょに行こう」

「では、お荷物はロビーに運ばせていただきます」

 仲居さん達は甲斐甲斐しく荷物を運ぶだけではなく、何人かは、お父さんとあたしたちを玄関前で待ってくれて、ひとりは案内に付いてきてくれる。客商売とは言え、なかなかの気配り。

「ほんとに、きれいなお庭」

「回遊式庭園では箱根で一番よ」

「温泉旅館て、傾斜の多いところに立ってるから、これだけの庭を作るのは大変みたいよ」

 なるほど、振り返ると、建物は傾斜の上に段々になっていて、この庭を見下ろす形になっている。

 梅が満開。寒椿なんかも咲いていて、ほんとにきれい。まだ春浅いのに庭の苔は青々としている。

 カコーーン

 え?

 小さく驚くと「鹿威しが、あちらに」と仲居さんが説明してくれる。神田の街中で暮らしているので、こういう雅なものには縁が遠い……っていうか、こんなに高級な旅館は初めて。

 奥へ進むと、ほんのりと温泉の匂い。

「そこの芝垣の向こうが露天風呂になっています」

「じゃ、そこの岩の上に上ったら覗けるかもね」

「ホホ、身長三メートルぐらいでないと、岩に上っても見えないでしょうね」

 と、お付きの仲居さん。

「見えそうで見えないところが、情緒あっていいのよね」

 明菜のお母さんは面白がる。

 パン パン パン

 え!?

 鹿威しの一種?

 いや、仲居さんの顔も訝しんでる。

「パンクかしら?」

 立て続けに三回もパンクが起こる訳がない。

 

『大変だ! 人が撃たれた!』

 

 どこかのオッサンの声がして、あたしたちも、声のする旅館前の道路に行ってみた。

「キャー! お、お父さん!」

 明菜が悲鳴をあげた。明菜のお父さんが胸を朱に染めて倒れていた。

「さ、殺人事件!? け、警察! 救急車!」

 旅館の人たちも出てきて大騒ぎになった。

「みなさん、落ち着いてください!」

 お母さんは、つかつかとお父さんに近寄ると、お父さんの横腹を蹴り上げた。

「ゲフ……痛いなあ、怪我するだろ」

 ぶつぶつ言いながら、血染めのお父さんが立ち上がった。

 え…………?

 みんな、あっけにとられた。


「こんな弾着の仕掛けで、あたしがおたつくとでも思ったの。しかし、あなたもマメね。いまどき潤滑剤の付いてないコンドームなんて、なかなか手に入らないわよ」

 お母さんがめくると、お父さんの上着の裏には、破裂したコンドームがジャケットを真っ赤にしてぶら下がっていた。

「おーい、失敗。カミサンに見抜かれてた」

 向こうの自販機の横から、いかにも業界人らしいオッサンがカメラを抱えて現れた。


「これ、年末のドッキリ失敗ビデオに使わせてもらえるかなあ」

「やっぱ、杉下さん。あなたの弾着って、クセがあるのよね」

「アキちゃんにかかっちゃ、かなわないなあ」

 そのときの、お母さんの横顔で思い出した。梅竹映画によう出てる稲垣明子だ!

 当惑を通り越して、憮然としてる明菜には悪いけど、あたしはワクワクしてきた。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・35〔なんで付いていかなきゃならないの?〕

2022-01-08 06:49:54 | 小説6

35〔なんで付いていかなきゃならないの?〕          

 

 なんで付いていかなきゃならないの?

 思わず聞き返した。

 明菜が、離婚旅行に付いてこいと言ってきたから。

 明菜のいいところは、人との距離が近くて、接し方が前向きなこと。

 たいていの人なら1メートルは開ける距離が50センチ、話に身が入ると、それさえ超えてくることがある。

 それが、モテカワ美人の笑顔だよ。参ってしまう。

 普通メールで済ますことでも、ちゃんと電話してくる。でも、長話することはなく、要点を述べると『じゃあ、失礼します』とか親しい仲でも礼儀正しい。

 でもね、それが人によっては煩わしく感じるかもしれないとは思った。

 なんだか、ドラマの中の演技に付き合わされてるみたいな圧と窮屈さ。

 そう思われてしまうと、逆に明菜の方から距離を取ってしまう。そうなると、セレブのモテカワ美人であることが裏目に出て『お高く止まってる』的に見られて、人が離れていく。

 実は、不器用な子なんだと、久々に会って思うよ。

 自分のパターンが通じなくなると、どうしていいか分からなくなるんだ。

 それが、おそらくだけど、家族に対してもそうだったんじゃないかって、テラスに並んで腰かけて思ったよ。

 

 そして、結局は、いっしょに付いていくことになった。あたしも変わり者ではあるよ。

 まあ、アゴアシドヤ代持ってくれるって言うんだから、離婚旅行の付き添いいうことを除けばいい話。

 目的地はハワイ……とまではいかないけど、箱根温泉。

 明菜のお父さんのセダン……左ハンドルだから外車だというのは分かるけど、メーカーまでは分からない。革張りのシートにサンルーフ。後部座席には専用のモニターテレビに、バーセットまで付いてる。なんでか、うちの日常では見慣れたリアワイパーは付いてなかった。

「ああ、リアワイパーが無いのが不思議なんだね?」

 お父さんが、うちの不思議を見破って、バリトンのいい声で聞いてくれる。バックミラーに映る斜め横のお顔が爽やか。

「なんで付いてないんですか?」

 かわいく素直に聞いておく。

「国産のワンボックスなんかだと、車のお尻とリアウィンドウが近くて、泥が付きやすいんでね。セダンはお尻が長いから付いてなんだ」

「そうなんですか」

 感心していたら、前を走ってる日産のセダンには付いてた。

「フフ、分かり易いけど、知ったかぶりでしょ」

 お母さんが、鼻先であしらう。

「僕のは一般論だよ。むろん例外はある。日本人にとっては、バックブザーと同じく親切というか行き届いていることのシンボルなんだね。ま、民族性といってもいい」

 お父さんは、構わずに話をまとめた。

 

「前の車、邪魔ね。80制限の道を80で走るなんて、ばかげてる」

 

 サービスエリアで、休憩したあと、運転をお母さんが替わって、第一声が、これだった。

「始末するか……」

 ゴミを片づけるような調子で、お母さんが呟くと、ウィーンと機械音がした。明菜もなんだろうって顔をしている。

 地獄へ堕ちろお! ドドドドドドドド!

 スパイ映画の主人公みたいなことを言うと、いきなり機関銃の発射音と、衝撃、そしてスモークが車内に満ちた。

 で、前を走っていた車は……あたふたと道を譲った。

 あたしは、思わず明神さまのお守りを握りしめてしまった。

 

「おまえ、おれの車いじったのか?」

「離婚記念にね。大丈夫、映画用のエフェクトだから弾は出ないわ。ここ押すとね、車内だけのエフェクトになって、外には聞こえないの」

「今は、押さなかっただろ?」

「今のは若いニイチャン二人だったから、ちょっとイタズラ。まちがってもヤクザさんの車相手にやっちゃいけません」

「こういうバカっぽいとこ、好きだな」

「こんなことで、離婚考え直そうなんて、無しよ」

「それと、これとは別」

「だったら、結構」

「おかげで、時間通りに着けそうだな」

 お父さんは時間を気にしているようだった……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・34〔ナポレオンの結婚記念日〕

2022-01-07 10:20:57 | 小説6

34〔ナポレオンの結婚記念日〕 

      


 今日は、ナポレオンの結婚記念日。

 なんで、そんなこと知ってるか……明菜が電話してきたから。

 なんで、明菜が電話してきたら、ナポレオンの結婚記念日と分かるか。

「ナポレオンの結婚記念日だから、会わない?」

 と、明菜が誘ってきたから。

 なんで、こんな、妙な誘いかたをしてきたか言うと、明菜とは、しばらく疎遠だったからだと思う。

 明菜は中学の同級生。

 高校は同じTGHだった。で、ほどほどの友達だった……けれど、明菜は一学期だけで、学校辞めてしまった。

 ウワサでは、先生(誰とは分からないけど)と適わなかったから。高校では、クラスも違ったし、話す機会も無かったので、それっきり。絵に描いたような『去る者は日々に疎し』だった。

 その明菜が電話してきて「会って話がしたいんだけど……」だよ。

 あたしは、なんの気なしに「なんで?」と聞いてしまった。

 すると、その答が「ナポレオンの結婚記念日だから」だった。

 ネットで調べたら、ホンマにナポレオンの結婚記念日だったからビックリした。

 もともと勉強できる子だったけど、とっさに、そんなのが出てくるのは、さすが明菜だと思った。

「ねえ、なんで明菜会いたがってんだろ?」

 馬場さんの明日香に聞いても、お雛さまに聞いても、アンネに聞いても答えてくれない。やっぱり、この三人が、喋ったり動いたりするのは、特別な時だけみたい。

 

 明菜の家は、神田川を挟んだ南側にある。

 

 聖橋を渡って、ちょっと行くと、このあたりのランドマークのニコライ堂。

 そのニコライ堂の裏にある、千代田区では珍しい日本家屋のお屋敷。

 友だちなんかに「うちはニコライ堂の裏です」と言うと、それを知ったお爺様が「ニコライ堂が、うちの裏だ」と注意するくらい、古くから……たぶん、江戸時代から続いてるお家。

 一回だけ遊びに行ったことがあるけど、敷地だけでうちの八倍以上。お家も、それに見合う豪勢さ。庭だけでもうちの家の敷地の倍ぐらいありそうだった(^_^;)。

 明菜との疎遠は、この豪勢さにある。

 うちは、もうそのころは両親共々仕事辞めて、定期収入が無くなっていた。お父さんは「明日香は作家の娘なんだぞ」なんて言うけど。収入が無かったら、経済的には無職と同じ。

 それで気後れして、あたしの方から連絡することは無かった。

 だから、明菜が学校をOGHに決めたときはビックリした。あの子の内申と偏差値、それに経済力なら、もっといい高校行けたはず……。

 パンパン

 いつもより、念入りに明神さまに二礼二拍手一礼のご挨拶して、聖橋のたもとで明菜と待ち合わせ。

 

「ボチボチの天気ねえ……」

「そだね……」


 ほぼ一年ぶりの友達の会話としては、なんともたよりない。

 しばらくは、黙って外堀通りを歩いた。


「もう、半月もしたら、桜も咲いていいのになあ……」

 あたしの何気ない一言が明菜を傷つけた。           

 明菜は、唇を噛みしめたかと思うとポロポロと涙を流した。

「ごめん。あたし、なにか悪いこと言ったかな……」

「ううん、明日香は、なんにも悪ない。わたしが、切り出せないから……」

「……ちょっと、座ろっか」


 気が付くと学校の前まで来ている。道を挟んだ、こっち側には生徒たちの間で『テラス』と呼ばれている川沿い公園みたいなのがあって、そこの花壇の端に並んで腰かける。

「うちの親、離婚するんだ」

「え……」

 イキナリなにを!?

「事情は、よく分からない。ケンカしたわけでもないし、浮気でもない。なにか、発展的な離婚だって、お父さんも、お母さんも涼しい顔してる。そして、気楽に『明菜はどっちに付いていく?』だって。あたしのこと置き去りにして……バカにしてるわ!」

 最後の一言が大きい声だったので、ご通行中の学生さんがビクッと振り返る。

 それに愛想笑いして間を持たせると、明菜が続ける。

「どっちに付いていっても、あの家は出ていかなくちゃならない……せっかく過年度生で千代田高校受かったのに」

 複雑に驚いた。

 明菜は、東京で偏差値ベスト3の千代田行けるほど頭良かったんんだ。そして、羨ましいことに関根先輩と同じ学校。なんで、去年は格下のTGHなんか受けたんだろ。そして、なんで、学校辞めたんだろ。なんで、あたしなんかに相談するんだろ……。

「わたし、一番気の合ったのは明日香なの。友達少ないから、相談できるんは明日香しかいなくて……」

 

 もう一度ビックリした。

 

 こんなに恵まれて、美人で、勉強もできて……で、友達があたし?

 わたしは、自分のことが、よく分からない。馬場さんが、あたしをモデルに絵ぇ描いたことよりもびっくり!

「明日から、うちの家族……もう家族て言えるようなもんじゃないけど。離婚旅行に行くの」

「り、離婚旅行!?」

 頭のテッペンから声が出てしまった……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん

 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

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明神男坂のぼりたい・33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕

2022-01-06 04:53:02 | 小説6

33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕 

 

 

 関根先輩の話によると、こうらしい。

 先輩が昼前に二度寝から目覚め、リビングに降りると、リビングに続いた和室の襖が密やかに開いた。何事かと覗くと、和室の奥に十二単のお雛さまのような女の子がいて、目が合うとニッコリ笑って、こう言った。

「おはようさんどす……言うても昼前どすけど、お手水(ちょうず)行かはって、朝餉(あさげ)がお済みやしたら、角の公園まで来とくれやす……なにかて? そら、行かはったら分かります。ほなよろしゅうに……」

 そう言うと、女の子は扇を広げて、顔の下半分を隠し「オホホホ……」と笑い、笑っているうちに襖が閉まったそうな。

「……なんだ、今の?」

 そう呟いて襖に耳を当てると、三人分くらいの女の子のヒソヒソ声が聞こえる。そろりと二センチほど襖を開けてみると、声はピタリと止み、人の姿が見えない。

 そこで、ガラリと襖を全開にすると、暖かな空気と共に、いい香りがした。

 訳が分からず、ボンヤリしていると、ダイニングからトーストと、ハムエッグの匂いがした。

「じれったい人なんだから。ほら、朝ご飯。飲み物は何にする。コーヒー? コーンポタージュ? オレンジジュース?」

「あ、あの……」

「その顔はポタージュスープね。いま用意するから、そこに掛けて。それから、あたしは誰なのかって顔してるけど、名前はアンネ・フランク。時間がないの、さっさとして。着替えは、そこに置いといたから、きちんと着替えて、公園に行ってね」

 先輩がソファーに目を向けると、着替えの服がキチンとたたんで置いてあった。

「あの……」

 アンネの姿は無かった。

 のっそり朝食を済ませ、トイレに行って顔を洗うと、なぜか、もう着替え終わっていた。

 なにかにせかされるようにして外に出ると、桜の花びらが舞って四月の上旬のような暖かさ。桜の花びらは公園の方からフワフワと飛んでくる。

 

 桜に誘われるようにして、公園に行くと、満開の桜を背にし、ベンチにあたしが座っていた。

 

「なんだ、明日香じゃないか。公園まで来たら何か有るって……いや、説明しても分からないだろうな……」
「分かるわよ。あたしのことなんやさかい」

「え……」

「今日は、啓蟄の日。土に潜ってた虫かて顔を出そうかって日なんよ。心の虫かて出してあげんと」

「明日香、難しいこと知ってんだな」

「先輩、朝寝坊やさかい時間がおへんのどす。先輩が好きなんは一見美保先輩に見えるけど、ほんまは、うちのことが好きなんとちゃいます?」

「え……?」

「ちなみに、うちは保育所のころから先輩が……マナブクンが好きなんどす。どないどっしゃろ、答を聞かせておくれやす!」
「そ、それは……てか、なんで京都弁?」
「どうでもよろしおす。それよりも時間がおません、ハッキリ言うておくれやす!」

「え……どうしても、今か?」

「もう……時間切れ。明日返事を聞かせとくれやす!」

 で、桜の花びらが散ってきたかと思うと、あたしの姿はかき消えて、いつもの公園に戻ってしまっていた。桜はまだ固い蕾で、梅がわずかにほころんでいる春の兆しのころだった。


「なんかバカみたいな話だけど、夢なんかじゃないんだぜ」

 そうだろ、そうでなかったら、わざわざあたしを御茶ノ水の喫茶店に呼び出したりしなだろう……お雛さまと馬場先輩の明日香と、アンネの仕業だと思った。でも、それは言えない。

「それは、やっぱり夢ですよ。卒業して気楽になって、三度寝して見た夢です。だいいち、うちが京都弁喋るわけないし」

「そうか……でも、明日香、演劇部だから、京都弁なんか朝飯前だろ」
「そんなことないですよ、だいいち演劇部は辞めてしまったし」

「そうか……オレ、一応考えてきたんだけど」

 先輩が真顔で、あたしの顔を見つめた。

 心臓が破裂しそうになった。

「そ、そんなの、無理に言わなくてもいいです!」

「……そうか、じゃあ、やめとくわ」
「ア、アハハハ……」

 赤い顔して笑うしかなかった。

 

 家に帰ると、敷居にけつまづいてしまった。その拍子に本棚に手が当たって『アンネの日記』が落ちてきて頭に当たった。

「あいたあ……」

『アンネ』を本棚に仕舞て、ふと視線。お雛さんと明日香の絵が怖い顔してるような気がした。

「睨むことないでしょ。花見の約束だけはしてきたんだから」

 それでも、三人の女の子はブスっとしている。

 あたしと違って、ブスっとしてもかわいらしい……。

 そこで思い出した。

 めったにないことなんだけど、今日は、明神さまに挨拶するのを忘れていたことを。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
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明神男坂のぼりたい・32〔魂が抜けるような開放感〕

2022-01-05 06:34:14 | 小説6

32〔魂が抜けるような開放感〕 

         


 試験が終わった!!

 なんという開放感!

 最後の数学の終了を告げる鐘が鳴ったとき、クラスが、いや学校中が魂が抜けるような開放感に満ちた。


 教室のあちこちで、溜息や歓声。中には、三日ぶりぐらいに便秘が治って、ドバっと出たときの感触とか的確な、でも品のない例えを言ってる女子。さっそくスマホを出してスクロールしている男子。監督の先生もニコニコと肩を回しながら出ていく。

 いや、一週間ぶり! 十日ぶり! いや、難産で子どもを産んだあと! 

 開放感の例えが過激になってきている(^_^;)

 せめてパリの解放とか『三丁目の夕日』で観た東京オリンピックの開会式の抜けるような青い空……ぐらいにしてよ。

 

 ま、瞬間思った『魂が抜けるような開放感』が、我ながら秀逸。

 

 とにかく、あとは二十日の終業式に来たら、四月の八日まで、学校に来なくてもいいし、宿題もなし。

 完全無欠の「お・や・す・み!」

 クラブも辞めたし、なんの義理もないけど、直ぐに帰るのも惜しい。

 で、図書室に行ってみた。

 ざっと新刊本の背中を眺める。去年の十二月に入った本が、まだ新刊に並んでいる。

 予算のせいもあるんだろうけど、なんか興ざめ。

 あたしは、一つだけ確認しときたい本があった。

 

 アンネの日記

 

 関東地方の図書館で『アンネの日記』を破る悪戯が続いて、国際問題にまでなりかけているってテレビで言ってた。バカな生徒が真似して、破っているかも知れない。

 文学書の棚に行って、たった一冊だけ有る『アンネの日記』を手に取る。

 大丈夫、まっさら同然。

 あたしは、そのまま『アンネ』を借りてしまった。安全を確認したら、そのまま書架に戻すつもりだったんだけど、発作的に借りてしまった。

 まあ、いいわ。もう二回も読んだ本だけど、高校生になってからは読んでない。

 そう言えば、アンネは十五歳で死んでしまった。

 時分は十六だけど、まだ死ぬつもりも予定もない。ささやかだけど、あたしなりにアンネを守ってあげる。
 
 パソコンのコーナーに行ってみる。これには特に目的はない。習慣で東京都高等学校演劇連盟を引いてみる。第七地区のO高校の演劇部のブログが目に止まる。クラブでブログを持つことはいいことだと思う。

 しかし、うちの演劇部はブログどころか、クラブそのものが実質がない。美咲さんに、もうちょっとやる気があったらなあ……と、思う。

 O高校のブログは、一見充実してるように見えた。

 きれいだし、アクセスカウントもできるようになってて、あたしが53465番目。いつから始めたのか分からないけど、大したものだ。

 でも、中味がショボイ。公演やら、クラブやって楽しかったことばっかり書いてある。演劇部だったら、もっと芝居のこと書けよなあ……本読んでる形跡もない。閉じよう思たら、審査のことが書いてあるのが目に入った。

――よその地区では審査をめぐって混乱があったところもあるらしい。確かに、なんでと思うようなことも無いではない。しかし、コンクールを競技会のように捉えるのはどうだろう。勉強の場ととらえれば、もっと見えてくるものがあると思う……審査基準を作れという話もあるらしい。そんなことをやったら、審査基準狙いの芝居が増えるだけだろう……――

 おいおい……。

 地区の高校演劇は、創作劇を奨励しすぎて、創作率が90%を超えている。すでに、審査受け狙いは始まってるんだよ。審査基準がないから浦島太郎みたいな審査員が出てきて、期せずして、地区総会で演説するハメになってしまった。

 よその地区で混乱……あたしのことか?

―― 審査員は連盟が選んだのだから、立派な人たちで、キチンと審査をされているのに違いない ――

「バカか!」

 思わず声が出てしまった。

 そのとき後ろで気配がした。振り向くと……なんと自分が笑っていた。

「あ、あなた……?」

「鈴木明日香」

「……明日香はあたし」

「まだ気づかない? あ・た・し……馬場先輩の明日香よ」

「え……!?」

 あの絵から抜け出してきた……。

「怪しまれないように、ポニーテールじゃなくてロングにしてきたから。ま、ときどきしか出てこないから安心して」

 そう言うと、馬場明日香は図書館から出て行った……ドアも開けずに。司書のオバチャンがびっくりしてる。

 

 外堀通りを通って帰る途中、また馬場明日香が現れた。


「あんたね、司書のおばさん、びっくりしてたよ。部屋出るときは、ちゃんとドア開けなくっちゃ」

「まだ、慣れないもんで。アハハ」

 なんだか、春休みはけったいなことになりそうよ……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
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  •  香里奈          部活の仲間
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  •  馬場先輩         イケメンの美術部
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明神男坂のぼりたい・31〔今日は卒業式〕

2022-01-04 06:40:49 | 小説6

31〔今日は卒業式〕 

       

      

 正式に言うと卒業証書授与式

 卒業式の方がしっくりくるし、正式は看板と、開会式の時の開会宣言のときぐらいで、先生も生徒も、ごく普通に「卒業式」とよんでいる。

 入学式は、ただの入学式。バランスから言っても、やっぱり「卒業式」の方がぴったりくるよ。

 なんで、こんなしょーもないことにこだわってるかというと。あたしたち一年は式に出られないから。

 あたしは馬場先輩から絵をもらうので、式の間は学校に居なくちゃならない。

 で、担任の毒島先生に式次第もらって、そのタイトルを見て疑問に思ったわけ。

 調べてみると、文科省では卒業式になっている。まあ、細かいことなので、どう呼ぶかは、学校やら教育委員会任せらしい。


 ことは、明治の昔に遡る。


 当時は、小学校は年齢関係なく、試験(筆記と口述)の結果によって進級が決まるシステムだったんだって。

 新しい時代になり、優れた人材を育てることが日本を成長させると考えられたから。そんな中、子どもをがんばらせるために、試験は保護者や一般の人たちに公開されていた。

 ただ、試験を見てるだけでは一般の人には優劣がわからない。

 そこで「誰がよくできる子なのか」が最もわかりやすい方法として、及第点を取って進級した子へ、試験後に証書の授与が行われるようになった。

 当時は進級が「卒業」と呼ばれてたから、これこそが卒業証書の授与だったってわけ(以上、お父さんから聞いた内容)


 おもしろいなあと思った。

 古い日本のことはなんでも否定しにかかってる先生たちが、こともあろうに明治時代の否定すべき名称を平気で使っている。


 それだったら、君が代やら日の丸やら仰げば尊しやらを否定してるのと矛盾する。

 そう思わない?


 寒かったら、どうしょうかと思ったけど、今日は三月中旬なみの暖かさ。式場の外で待っていても、そう気にはならなかった。

 気になったのは、先生たち。

 三年と二年の担任は生徒が式場に入ってるので、自分たちも式場に入っている。

 わけ分からないのは、それ以外の先生。

 誘導やら受付は分かるけども、何するでもなく、校内やら、どうかすると職員室でブラブラしてる先生が居る。

「そういう先生たちを撮ってみ。きっとおもろい反応するぞ」


 で、式が始まってから、そういう先生らを写真に撮ってみた。

 おもしろかった!

 式が始まるまでは、ニコニコ写ってた先生らが、式始まると、スマホ向けると顔を背ける。


 ピンときた。この先生らは、式場で君が代歌うのがイヤやなんだ。


 最近は、都教委から参列したエライサンが、先生たちの口元までチェックしてるらしい。

 ケチクサイ話だけど、君が代歌わないために、式場の外ブラブラしてる先生たちもおかしい。


 ヒマだから、組合の分会長やってるA先生に聞いてみた。


「なんで、卒業証書授与式ていうか知ってますか?」

「え……」


 完全に虚を突かれた顔になる。

 で、その由来を説明して、反応を見る。


「これって、明治絶対主義の残滓やと思うんですけど。なんで日の丸、君が代みたいに反対しないんですか?」

「そ、それはだな……」

「組合の上の方から言うてけえへんからですよね」

「そ、そんなことは……」

「それて、戦時中に上の言いなりになってた教師と同じとちゃいますノン……なんちゃって(^_^;)」


 と、ニコニコ顔で、さらに写真を撮る。


「鈴木、まさか、その写真、ブログに使ったりしないだろうな!?」

「それは、あたしの表現の自由でーす(^▽^)/」


 そうやって、先生をおちょくってるうちに式が終わった。


「ほい、約束の絵だ。十年もしたら、すごい値段が付くかもしれないぜ」

 馬場先輩は、お茶目な顔で、大きな袋に入った肖像画を渡してくれた。

「ありがとうございます。一生の宝物にします……これ、ささやかだけど、お礼と、卒業のお祝いです」

 用意していた花束を渡す。

「いやあ、礼を言うのはオレの方だよ。いい勉強させてもらったよ」

 
 予感がしたので、家に帰ってから『TGH卒業式』で検索したら……やっぱりあった。


――麗しい卒業のお祝い。二人はラブラブ――

 キャプション付きで写真が載っていた。

――第二ボタンをもらうような関係ではありません。第一に肖像権の侵害!――

 と、コメントを付けといた。


 描かれた絵を部屋に飾る……ため息一つついて何にも言えない明日香でした。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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明神男坂のぼりたい・30〔プチプチ〕

2022-01-03 06:46:13 | 小説6

30〔プチプチ〕 




 授業が次々に終わっていく。

 三学期の最終週だから、ほんとうに二度と帰ってこない授業たち。


 と……特別な気持ちにはならない(^_^;)。

 強いて言うなら「サバサバした」いう表現が近い。

 学校で、うっとうしいものは人間関係と授業。

 両方に共通してんのは、両方とも気を使うこと。つまらないことでも、つまらない顔をしてはいけない。

 学校でのモットーは、休まずサボらず前に出ず。

 一番長い付き合いがクラス。完全にネコっ被り。

 おかげで、一年間、シカトされることも、ベタベタされることもなかった。

 

 授業も同じ。

 板書書き写したら、たいがい前を向いて虚空を見つめている。

 それが、時に大人しい子だという印象を持たれ、こないだの中山先生みたいに「白木華に似てるねえ」なんちゅう誤解を生む。

 あの月曜日の誤解から、あたしはいっそう自重している。

 だから昨日はなんともなかった。

 ただ虚空を見つめてると意識が飛んでしまって、関根先輩と美保先輩は夕べ何したんだろ……もっと露骨に、ベッドの上で、どんなふうに二人の体が絡んでいるのか、美保先輩が、どんな声あげたんだろうかと妄想してしまう(#^0^#)。

 ああ、顔が赤くなってくる。適度に授業聞いて意識をそらせよう。

 で、これが裏目に出てしまった。

 現代社会の藤森先生が、なんと定年で教師生活最後の授業が、うちのクラスだった。


「ぼくは、三十八年間、きみたちに世の中やら、社会の出来事を真っ直ぐな目で見られるように心がけて社会科を教えてきました……」

 ここまでは良かった。

 適当に聞き流して拍手で終わったらいい話。

 授業の感想書けとか言われたら嘘八百書いて、先生喜ばせたらいい話。

 

 ところが、先生はA新聞のコラムを配って、要点をまとめて感想を書けときた。

 

 コラムは政府の右傾化と首相の靖国参拝を批判する内容……困ってしまった。

 あたしは政府が右傾化してるとも思わないし、靖国参拝も、それでいいと思ってる。

 明神さまには毎朝挨拶してるし、靖国には行ったことないけど、行けば、同じように二礼二拍手すると思う。

 だいいち、新聞読まないしね。

 困ってしまって、五分たっても一字も書かけない。そんなあたしに気がついたのか、先生が見てる。

『藤森先生は、いい先生でした!』

 苦し紛れに、後ろから集める寸前に、そう書いた。

 先生は、集め終わったそれをパラパラめくって、あたしの感想文のとこで手を停めた。

「鈴木。誉めてくれるのは嬉しいけど、先生は、コラムの感想書いてって言ったんで……ま、いいわ。で、どんなな風に『いい先生』なんだ? よかったら聞かせてくれないか」

「そ、それは……ですね……えと…………」

 だめだ、みんなの視線が集まり始めた。

「なにを表現してもいい、だけど、これでは小学生並みの文章だ」

 ちょっとカチンときた。だけど、教師生活最後の授業。丸くおさめなきゃ……あせってきた。

「先生は、どうでも……」

 あとの言葉に詰まってしまった。どうでもして、生徒に批判精神をつけてやろうと努力された、いい先生です……みたいな偽善的な言葉が浮かんでたんだけど、批判? 批評? 言葉へん? どうでも? どうとしてでも? あ、えと……

 

 プチパニック!

 

「先生は、どうでも……」

 先生が、促すようにリフレインしてくる。切羽つまって言ってしまった。

「先生は、どうでも……いい先生です!」

 この言葉が誤解されて受け止められたことは言うまでもない。

 藤森先生は真っ赤な顔をして、憮然として授業を終わった。

 放課後、担任の毒島(ぶすじま)先生に怒られた。

 しかし、言われたように謝りには行けなかった。

 ブスッとして帰ったら、御茶ノ水の駅前、くたびれ果てた関根先輩に会った。

「どうしたんですか?」

 思わず聞いてしまった。

 心の片隅で美保先輩と別れたいう言葉を期待した。

「自衛隊の体験入隊はきついわ……」

「え?」


 プチゲシュタルト崩壊。


「美保は、お父さんが車で迎えにきた……オレは、しばらくへたってから帰るわ」

 

 プチプチプチ……

 音を立てて脳細胞が死んでいくような気がした……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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明神男坂のぼりたい・29〔月曜はつまらない〕

2022-01-02 07:00:16 | 小説6

29〔月曜はつまらない〕 

 

 


 月曜はつまらない。

 
 理由は、学校がおもしろくないから。

 言わなくても分かってる?
 

 みんなもそうだもんね。

 あたしは、このつまらない月曜を、大学を入れたら六年も辛抱しなくちゃならない。

 え、働いたらもっと……ごもっとも。

 そこいくと、うちの親は羨ましい。

 お父さんも、お母さんも早く退職して、このつまらない月曜からは、とっくに解放されている。

 だから、月曜の「いってきまーす」「いってらっしゃーい」は複雑な心境。

 お父さんなんか、自称作家だから、時に曜日感覚が飛んでしまってる。

 今朝の「いってらっしゃーい」は、完全に愛娘が痛々しくも悲劇の月曜を迎えたいうシンパシーが無かった。

 

 お父さんが仕事してたころはちがった。

 保育所の年長さんになったころには分かってた。

 お父さんは、あたしを保育所に送ってから仕事場に行っていた。仕事場がたいがいだというのも分かっていた。都立高校でも有数のシンドイ学校。子供心にも大変だなあって思てた。

 小学校に行くようになってから、お父さんが先に出ることになった。

 七時過ぎには家を出ていた。仕事熱心だということもあったけど、半分は通勤途中に生徒と出くわさないため。

 登校途中の生徒といっしょになるとろくな事がない。タバコ見つけたり、近所の人とトラブってるとこに出くわしたり。だから、そのころのお父さんは可哀想だと思ってた。

 それが、あたしが中学に入ると同時に退職。

 可哀想は逆転した。

 お父さんは、早やくから起きて「仕事」。

 で、あたしは小学校よりもつまらない中学校に登校。そして、いまは高校。

 

 今日は、いつもより数分早く出た。

 

 いつものように男坂を駆けあがる。

 ほんとはね、いつかは友だちと駆け上がるようになりたかった。

 だって、男坂は四五人が横に手をつないだまま上がれそうなくらい幅が広いし、朝日が上から降って来るし、一人じゃもったいない。

『明神男坂のぼりたい』の『のぼりたい』には上り隊の意味もある。

 ほら、むかしアイドルグループで流行りだったじゃん。

『雨上がり決死隊』とか『渡り廊下走り隊』とかさ。

 でも、その夢はいまだにかなわずに、今朝も一人で駆けあがる。

 

 パンパン

 

 時間に余裕があるので、二発だけだけど小さく手を打ってお辞儀をする。

―― 今朝は、いろいろ人に会えるよ ――

 明神さまの声が聞こえたような気がした。

 

 よし!

 

 小さくガッツポーズして、随神門から出ることにする。

 巫女さんと笑顔の交換して、だんご屋のおばちゃんに手を振って、外堀通りを目指すべく湯島の聖堂を左に見ながら本郷通を南下。

 横断歩道を渡ってビックリした。

 向こうの歩道を関根先輩と美保先輩が私服姿で御茶ノ水の駅を目指してる。

 二人ともなんだか落ち着きがない。そして、あきらかに一泊二日程度の旅行の荷物と姿。


 卒業旅行? 

 

 だけど二人は学校が違う……こういうバージョンの卒業旅行は特別……バッグの中味が妄想される。コンドーさんに勝負パンツ……うう、鼻血が出る!

「どうぞ、楽しんできてください!」

 バカの明日香は外堀通りに下りる階段のところで声を掛ける。 

 キャ!

 美保先輩が可愛く悲鳴。

 これは、もう確実……挨拶も交わさないで階段を駆け下りる。

 医科歯科大を過ぎて郵便局が見えてくると、隣接してる地下鉄の地上出口から美咲先輩が出てくるのが見えた。

 なんか髪の毛いじって、右手で制服伸ばしてる……スカートが、真ん中へんで横に線が入ってる。今の今までたたんでましたという感じ。

 で、紙袋から、私服らしきものが覗いてる。

 気づかれないようにように距離を詰めると、明らかに朝シャンやった匂いがした。

 美咲先輩お泊まりか……慌てて距離をとると、また、頭の中で妄想劇場の幕が上がる。

 

 しょ しょ 処女じゃない 

 処女じゃない証拠には 

 つんつん 月のモノが三月も ないないない♪

 

 父親譲りの春歌が思わず口をついて出てくる。

 春歌で調子づいたので、いろいろ歌いながら学校を目指す。

 主にアニソン……なんだかやけくそ。

「こら、アスカ!」

「キャ!」

 こんどは、後ろ歩いてた東風先生におこられて飛び上がる。

「ボーっと歩いてんじゃないわよ、信号赤だぞ」

「すみません」

 先生は、そんなにセカセカしてたら早死にしますよってぐらいの速足で、わたしを抜かしていく。

 

 なんで、今日はこんな人らに会うんだろ。

 明神さまのお蔭?

 いらないお世話。

 いっしゅん思って打ち消す。

 神さまに文句を言ってはバチが当たります(^_^;)

 教室についたら、一番だった。

 

 で……違和感。

 

 直ぐに気づいた。

 金曜日まで花が載っていた佐渡君の席が机ごと無くなっていた。

 朝からのつまらないことが、いっぺんに吹き飛んだ。

 閉じかけていた心の傷が開いて血が滲み出してきた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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明神男坂のぼりたい・28〔そんなことないです!〕

2022-01-01 06:09:56 | 小説6

28〔そんなことないです!〕 

       

 


「そんなことないです!」

 

 思わず言ってしまった。

 国語の時間、中山先生が思わないことを言った。

「鈴木さん……あなた白木華に似てるね!」

 クラスのみんなが振り返った。中には「白木華て、だれ?」言う子もいたけど、たいがいの子は知ってる。

 金熊賞を取って大河ドラマとか出てる新進気鋭の女優さん。『埴生の宿』に初主演して賞を取った。

 中山先生は、さっそく、その映画を観てきたらしい。授業の話が途中から映画の話に脱線して……脱線しても、この先生の話はショ-モナイ。

 だいたい日本の先生は、教職課程の中にディベートやらプレゼンテーションの単位がない。つまり、人に話や思いを伝えるテクニック無しで教師になってる。なにも中山先生だけがショーモナイわけではない。

 あたしは、授業中は板書の要点だけ書いたら、虚空を見つめていることが多い。

 それが時に控えめな日本女性という白木さんと同じ属性で見られてしまう。

 中山先生は、その一点だけに共通点を見いだして、映画観た感動のまま、あたしのことを言っただけ。

 目立たないことをモットーにしてるあたしには、ちょっと迷惑なフリだ。

「そう言えば、明日香ちゃんて、演劇部だよ」

 加奈子がいらんことを言う。

「ほんと!? 演劇部って言ったら、毎年本選に出てる実力クラブじゃんか!」

「去年は落ちました……」

 こないだの地区総会のことが頭をよぎる。あれがあたしの本性だ。

「だけど、評判は評判。鈴木さんもがんばってね」

 で、終わりかと思ったら……。

「そうだ、ひとつ、その演劇部の実力で読んでもらおうか。167ページ、読んでみて」

「は、はい……隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃たのむところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった……」
 
 よりにもよって『山月記』だ。

 自意識過剰な主人公が、その才能と境遇のギャップから、虎になってしまうという、青年期のプライドの高さと、脆さを書いた中島敦の短編。

 あたしは、読めと言われたらヘタクソには読めない。まして、クラスで教科書読まされるのは初めて。で、白木華の話題を振られたら、やっぱ意識してしまう。

 お~~

 溜息のような歓声がおこる。

「やっぱ、上手いもんじゃないの。TGH高校の白木華よね!」

 パチパチパチパチ

 クラスのバカが調子に乗って拍手する。

 ガチでめんどくさい!

 

「明日香、やっぱりあんたは演劇部の申し子だよ」

 

 授業が終わって廊下に出ると、東風先生に会うなり言われてしまう。

 しまった、先生は隣のクラスで授業してたんだ。

「一昨日の地区総会のことも聞いたよ。大演説やったんだね。アハハ、先々楽しみにしてるよ」

 

 トイレに行って鏡を見る。

 

 なんだか、知らない自分が映っていた。

 あたしは、女の子の割には鏡を見ない。

 家出るとき、たまに髪の毛の具合をチラ見するぐらい。

 こんな顔した明日香を見るのは初めて……ということは、自分でもちがう自分しか見せてなかったいうこと……。

 ちがう!

 プ

 我が孤高の叫びに個室の先住者、先刻の明日香の朗読のごとき明晰な屁を放った。

 …………………

 聞かなかったことにしてトイレを出る。

 しかし、なぜに感想が山月記風?

 鈴木明日香というのは、つくづく影響されやすい女だ……(-_-;)。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
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明神男坂のぼりたい・27〔思い出した!〕

2021-12-31 06:22:46 | 小説6

27〔思い出した!〕 


        


 ねえ、頼むよ!

 もう朝から三回目。
 東風先生に、顔会わすたびに言われる。

「地区総会、行ける者がいないのよ」
「美咲先輩に言えばいいでしょ!」

 三回目だから、つい言葉もきつくなる。

「美咲は休みだから、言ってんの。三年にも頼んだけど、もう卒業したのも同然だから、みんな断られた」

「……美咲先輩、見越してたんとちゃいます。今日のこと?」

 そう、今日は連盟の地区総会がある。四時半から平岡高校で。

 だれが好きこのんで、夕方の四時半に平高まで行かなきゃならないのさ。春の総会にも行ったけど、偉い先生のつまらん話聞いておしまいだった。演劇部の顧問が、なんで、こんな話ベタなんだろうと思っただけ。

 二度と御免!

「明日香、あんたクラブに籍はあるんだよ……」

 とうとう先生は、奥の手を出した。二年先の調査書が頭をよぎる。

「グヌヌ……」

「ごめん、じゃお願いね。ほれ、交通費。余ったらタコ焼きでも食べといで!」

 先生は、野口英世を二枚握らせると『前期入試準備室』の張り紙のある部屋へ入っていった。先生は入試の担当だ、仕方がないと言えば仕方がない。なんせ、試験は明日だ。

 平岡高校。

 去年、浦島太郎の変な審査で、あたしたちを抜かして本選に行った学校よ。忘れかけてたムナクソ悪さが蘇る。

 ……まあ、終わったこっちゃ。

 大人しく一時間も座っていたら済む話。交通費をさっ引いた野口君でタコ焼き食べることだけを楽しみに席に着く。

 案の定、地区代表の先生のつまらん総括の話。いつもの集会と同じように、前だけ向いて虚空を見つめる。少し自腹を切ってタコ焼きの大盛りを食べようと考える。

「……というわけで、今年度のコンクールは実り多き成果を残して終えることができました」

 地区の先生の締めくくりの言葉あたりから、タコ焼きの影が薄くなって、消えかかってた炎が大きなってきた。

「では、各学校さんから、去年を総括して、お話ししていただきます。最初は……」

 このあたりから、タコ焼きの姿は完全に消えてしまった。みんな模擬面接みたいな模範解答しか言わない。

「え、次はTGH高校さん……」

 で、まず一本切れた。

「あんなショボイコンクールが、なんで成功だったのか、あたしには、よく分かりません。観客は少ないし、審査はいいかげんだし……」

 会場の空気が一変したのが分かった。

 驚き、戸惑い、怒りへと空気が変わっていくのが、自分でも分かった。だけど止まらない。

「いまさら審査結果変えろとは言いません。だけど、来年度は、なんとかしてください。ちゃんと審査基準持って、数値化した審査ができるように願います。あんな審査が続くようだったら、地区のモチベーションは下がる一方です」

「それは、無理な話だなあ。全国の高校演劇で審査基準持ってるトコなんかないよ」

 連盟の役員を兼ねてる智開高校の先生がシャッターを閉めるみたいに言う。

 あたしは、ものには言いようがあると思ってる。

 一刀両断みたいな言い方したら、大人しい言葉を思っていても、神経が逆撫でされる。

 頭の中でタコ焼きが焦げだした。

「なんでですか。軽音にも吹部にも、ダンス部の大会でも審査基準があります。無いのは演劇だけです。怠慢じゃないですか!?」

 言葉いうのはおもしろいもので、怠慢の音が自分のなかで「タイマン」に響いた。あたしは、ますますエキサイトした。

「そんな言われ方したら、ボクらの芝居が認められてないように聞こえるなあ……」

 平岡の根性無しが、目線を逃がしたまま言った。

「だれも、認めないとは言ってない! それなりの出来だったとは思う。ただ審査結果が正確に反映されてないって言ってるんです!」
「そ、それは、ボクらの最優秀がおかしい言うことか!?」
「そう、あれは絶対おかしい。終演後の観客の反応からして違ったでしょうが!」
「なんだって!?」
「思い出してみてよ! 審査結果が発表されたときの会場の空気、あなたたちだって『ほんとうか?』って顔してたでしょうが!」
「だけど、ボクたちが選ばれたんだ!」
「あれのどこが最優秀よ! 台詞は行動と状況の説明に終始して、生きた台詞になってない。ドラマっちゅうのは生活よ! 生きた人間の生活の言葉よ! 悲しいときに『悲しい』て書いてしまうのは、情緒の説明。落としたノート拾うときの一瞬のためらい。そういうとこにドラマがあるのよ。あんたたちのは、まだドラマのプロットに過ぎない。自己解放も役の肉体化もできてない学芸会よ!」

 お父さんが作家のせいか、語り出したら、専門用語が出てくるし、相手をボコボコにするまでおさまらない。

「そんなに、人を誹謗するもんじゃない!」

 司会の先生が、声を荒げた。

「なにを、シャーシャーと言ってるんですか! もともとは、こんな審査をさせた連盟の責任でしょうが!?」

「き、きみなあ……!」

「さっさと、審査基準作って、公正な審査しないと、毎年こうなるの、目に見えてるじゃないですか!」
「あ、あんまりよ、あなたの言い方は!」

 ○○高校の子が赤い顔して叫んだ。

 こいつは本気で怒ってない。ほんとうに怒ったら、涙なんか出ない。顔は蒼白になって目が座るもんだ。

 ドッカーーン!

 タコ焼きが爆発した。

「あんたねえ、この三月に、ここに居る何校かと組んで合同公演やるんだってね。ネットに載ってたわよ。嬉しそうに劇団名乗って、学校の施設使って何が劇団よ! 合同公演よ! なんで自分のクラブを充実させようとしないの! 演劇部員として技量を高めようとしないの!」

 ……あとは修羅場の愁嘆場だった。

 これだけもめて、公式の記録には――第六地区地区総会無事終了――

 

 帰りに明神さまに手を合わせたら、なんだかソッポを向かれたような気がした。

 

 ごめんなさい、ちょっとやり過ぎてしまいました。

 ちょっと?

 あ、いえ、かなり……え、今の声は?

 

 見回しても、近くに人影は無い。随神門のあたりを掃除している巫女さんが見えるだけ。

 拝殿に一礼して、巫女さんにも小さくお辞儀して男坂を下りて帰りました。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい25〔あ、忘れてた〕

2021-12-30 07:54:53 | 小説6

26〔あ、忘れてた〕 


                       


 バレンタインデーを忘れてた!

 バレンタインデーは、佐渡君が火葬場で焼かれた日だったので、完全に頭から飛んでいた。

 もっとも覚えていても、あたしは、誰にもチョコはあげなかった。

 うちは、お母さんがお父さんにウィスキーボンボンをやるのが恒例になっている。だけど、ホワイトデーにお父さんがお母さんにお返ししたのは見たことがない。

 あたしに隠れて? それはありえない。

 お父さんは、嬉しいことは隠し立てができない。

 年賀葉書の切手が当たっても大騒ぎする。まして、自分が人になにかしたら言わなくてはすまないタチ。

 結婚した最初のお母さんの誕生日にコート買ったのを、今でも言ってるくらいだしね。

 実のところは、ウィスキーボンボンの半分以上はお母さんが食べてしまうから、そう感謝することでもなかったりするんだけどね。

 佐渡君には、チョコあげたらよかった思ったけど、後の祭り。

 それに、あたしが見た佐渡君は、おそらく……幻。

 幻にチョコは渡しようがないよね。

 

 あ、一人いた!

 

 学校の帰りに思い出した。

 絵を描いてもらった馬場さんにはしとかなくっちゃ。

 で、帰り道、御茶ノ水のコンビニに寄った。

 さすがに、バレンタインチョコは置いてなかったので、ガーナチョコを買った。

 包装紙はパソコンで、それらしいのを選んでカラー印刷。A4でも、ガーナチョコだったら余裕で包める。

「こういうときって、手紙つけるんだろなあ……」

 けど、したことないので、いい言葉が浮かんでこない。

 べつに愛の告白じゃない、純粋にお礼の気持ちだ……感謝……感謝、感激……雨アラレ。

 馬鹿だなあ、なに考えてんだろ。


「マンマでいい!」
「わ、ビックリした!」

 お父さんが、後ろに立っていた。

「珍しいな、明日香が周回遅れとは言え、バレンタインか……」

「もう、あっち行って!」

 

 ありがとうございました。人に絵描いてもらうなんて、初めてです。

 チョコは、ほんのおしるしです。

 これからも、絵の道、がんばってください。

             鈴木 明日香

 

「あ、バカだあ! 便せんに書いたら、チョコより大きいよぉ。別の封筒に入れるのは大げさだし……」
「これに、書いときな」

 お父さんが、名刺大のカードをくれた。薄いピンクで、右の下にほんのりと花柄……。

「お父さん、なんで、こんなん持ってんの!?」

「これでも作家のハシクレだぞ、こういうものの一つや二つは持ってる」
「ふ~ん……て、おかしくない?」
「おかしくない。オレの書く小説って、女の子が、よく出てくるからな……」

 頭を掻きながら出ていった。とりあえずカードに、さっきの言葉を書き写す。

「あ……これ感熱紙だ」

 パソコンでグリーティングカードで検索したら、同じのが出てた。

「まあ、とっさに、こんなことができるのも……才能? 娘への愛情? いいや、ただのイチビリだ」

 

 で、今日は三年生の登校日。

 

 メール打つのにも苦労した。

 何回も考え直して「伝えたいことがあります」と書いて、待ち合わせは美術室にした。

「え、もらっていいの? オレの道楽に付き合わせて、それも、元々は人違いだったのに(^_^;)」

 嬉しそうに馬場さん。

 だけど、最後の一言は余計……。

「明日香……なにかあったな、人相に深みが出てきた」
「え、そんな、べつに……」

「これは、ちょっと手を加えなきゃ。そこ座って!」
「は、はい!」

 馬場先輩は、クロッキー帳になにやら描き始めた。

「ほら、これ!」

 あたしの目と口元が描かれてた。それだけで明日香と分かる。やっぱり腕だなあ。

「なにか胸に思いのある顔だよ。好きな人がいるとか……」

 とっさに、関根先輩の顔が浮かぶ。

「違うなあ、いま表情が変わった。好きな人はいるようだけど、いま思い出したんだ」

 なんで、分かるの!?

「なんだか、分からないけど、寂しさと充足感がいっしょになったような顔だ」

 ああ、佐渡君のことか……ぼんやりと、そう思った。

 

 帰り道、七日ぶりに明神さま。

 佐渡君の事故やら葬式やらがあったんで、明神さまの境内を通るのを遠慮していた。

 正確には、もっと控えなきゃいけないんだろうけどね。

 

 きちんと、二礼二拍手一礼。

 お賽銭も200円(お正月でも100円だから、奮発してる)

 

 お参りしてから思った。

 神田明神チョコとかあったら、ぜったい売れる!

 

 思ったことは表情に出る、馬場先輩も言ってたよね(#^_^#)

 

「あら?」

 授与所の巫女さんに見られてた。

 でも、巫女さんは余計なことは言わない。「あら?」だけ。

 奥ゆかしい。

 でも、なんだか恥ずかしいところを見られたようで、収まりが悪い。

「明神チョコってないんですか?」

 照れ隠しにバカなことを口走る。

「あ、それアイデアね!?」

 ポンと手を叩いて意外の反応。

 むろん、バカな明日香に合わせた冗談なんだけど、清げな巫女服姿で当意即妙で返されると、もう尊敬。

 一週間のご無沙汰やら周回遅れのバレンタインやらの事情と、明日香の気持ちと、そういう諸々を、ポンと手を叩いて親しみに変えてしまう。

 やっぱり、あたしの明神さまだ。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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明神男坂のぼりたい24〔それはない!〕

2021-12-29 06:45:38 | 小説6

25〔心に積もりそうな雪〕  


       

 生まれて初めて学校をズル休みした。

 ズルだというのは、お父さんもお母さんも分かってるみたいだったけど、なにも言わなかった。

 夕べ、ネットで近辺の葬儀会館調べまくった。

「そちらで、佐渡さんのご葬儀はありませんか?」

 六件掛けて、全部外れ。

 自宅葬……いまどき、めったにない。

 それに佐渡君の家の様子を察すると絶対無い。あとは、公民館、地区の集会所……これは、調べようがない。

「ほとけさんは、必ず火葬場に行く、あのへんだったら、○○の都営火葬場だろなあ」

 お父さんが、呟くようにして言った。時間も普通一時から三時の間だろうって呟いた。

「行ってくる……」

 お父さんは、黙って一万円札を机の上に置いた。

「最寄りの駅からはだいぶある。タクシー使え」
「ありがとう。でも、いい」

 そう言うと、三階から駆け下りて、坂の上にペコリ。

 チャリにまたがると、火葬場を目指した。

 佐渡君は、あんな死に方したんだ。タクシーなんてラクチンしちゃダメだ。

 家から一時間も漕いだらいけるだろう。

 スマホのナビで、五十分で着いた。

 補導されるかもしれないけど、ウィンドブレーカーの下に制服を着てきた。

 いつもルーズにしているリボンもちゃんとしてきた。

 こんなたくさんの人て死ぬのかっていうほど、霊柩車を先頭に葬儀の車列がやってくる。

 むろん通勤電車並ではないけど、感覚的にはひっきりなし。

 あたしは霊柩車とマイクロバスに貼ってある「なになに家」いうのをしっかり見ていた。


 ……八台目で見つけた。

 

 霊柩車の助手席に、お母さんが乗っている。事故の日とちがって、ケバイことは無かった。

 霊柩車の後ろのマイクロバスは、半分も乗っていない。ワケありなんだろうけど寂しいなあ。

 窓ぎわに佐渡君に似た中坊が乗っている。弟なんだろうなあ……。

 火葬場に着いたら、だいたい十五分ぐらいで火葬が始まる。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの葬式で見当はつくようになった。


「十五分。いよいよ……」


 数珠は持ってけこなかったけど、火葬場の煙突から出る湯気みたいな煙に手を合わせた。待ってる間は自転車漕いできた熱と、見逃してはいけないという緊張感で寒くなかったけど、足許から冷えてきた。

 焼けて骨になるのに一時間。一時間は、こうしておこう思った。

 佐渡君は、たった一人で逝ってしまたんだから……。

 

「ありがとう、鈴木」

 

 気がついたら、横に佐渡君が立っていた。


「佐渡君……」

「学校のやつらに来てもらっても嬉しくないけど、鈴木が来てくれたのは嬉しい」

「あたし、なんにもできなかった」

「そんなことないよ。破魔矢くれたし、救急車に乗って最後まで声かけてくれた。女子にあんな近くで名前呼んでもらったの初めてだ。それに、手を握ってくれてたよなあ」
「え、そうだった?」
「そうだよ。鈴木の手、温かくて柔らかくって……しょうもない人生だったけど、終わりは幸せだった。ナイショだけどな、夕べ、オカンが初めて泣いた。オカンはケバイ顔とシバかれた思い出しかなかったんだけどな。オレ、あれでオカンも母親だというのが初めて分かった」

「佐渡君……」

「だけど、ほんの二三秒だよ。オカンらしいよ…………じゃ、そろそろ行くな」
「どこ行くの?」

「さあ、天国か地獄か……無になるのか。とにかく鈴木にお礼が言えてよかった……」

 佐渡君の姿は急速に薄れていった。あたしの意識とともに……。

 

「おう、やっと気がついたか」

 気が付いたら、火葬場の事務所で寝かされてた。

「なんか、ワケありの見送りだったんだね。冷たくなってただけだから、救急車も呼ばなかったし、学校にも連絡はしなかったよ。まあ、これでもお飲み。口に合うかどうかわからんけどな」

 事務所のオジサンが生姜湯をくれた。

 暖かさが染み渡る。

「ありがとう、美味しいです」
「もっとストーブの傍にに寄りな。もう、おっつけご両親も来られるだろうから」

「え、親が?」

「ほっとくわけにもいかんのでなあ、生徒手帳とスマホのアドレス見せてもらった」

「いえ、いいんです。あたしの方こそ、お世話かけました」

 オジサンは、それ以上は喋らず、聞きもしなかった。佐渡君も、いろいろあったんだろうけど、それは言なかった。

 そして、だんご屋の軽ワゴンで、お父さんとお母さんが迎えに来てくれた。

 車の窓から外見たら、心に積もりそうな雪がちらほらと降ってきた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい24〔それはない!〕

2021-12-28 08:21:44 | 小説6

24〔それはない!〕  

     


 それはない!

 クラスのみんなが口々に言う。

 このクソ寒いのに体育館で緊急の全校集会だと副担任のショコタンが朝礼で言ったから。

 担任の副島(そえじま)先生じゃないことを誰も不思議には思わない。

 この冬一番の寒波の朝に体育館に集まれということに怒りの声をあげている。

 

 あたしは知ってる。

 だけど言えない。

 体育館は予想以上に寒かった。

 だけど防寒着の着用は認められない。

 校長先生が前に立った。

「寒いけれど、しばらく辛抱してください…………今朝は、君たちに、悲しい知らせがあります」

 ちょっとだけざわついた。

「こら、静かにせんか!」

 生指部長のガンダム(岩田武 で、ガンダム)が叫んだ。

 叫ぶほどのざわつきじゃない。三年生が登校してないので人数的にもショボイ。

 ガンダムの雄叫びは、逆にみんなの関心をかき立てた。

「なにか、あったのか?」的なヒソヒソ声もしてきた。

「昨日、一年二組の佐渡泰三君が交通事故で亡くなりました」

 

 えーーーーーーーーーーーーー!

 

 ドヨメキがおこったけど、これにはガンダムも注意はしなかった。

「昨日、石神井の駅前で暴走車に跳ねられ、一時間後に病院で死亡が確認されました。跳ねた車はすぐに発見され、犯人は逮捕されました……しかし、逮捕されても佐渡君は戻ってきません。先生は、今さらながら命の大切さとはかなさを思いました。ええ…………多くは語りません。皆で佐渡君に一分間の黙祷を捧げます……黙祷!」

 黙祷しながら思った。

 校長先生は、佐渡君のこと個人的には何も知らない。仕事柄とは言え、まるで自分が担任であるみたいに言える。これが管理職の能力。

 裏のことはだいたい分かってる。お父さんも、お母さんも元学校の先生だった。

 学校に事故の一報が入ると、校長は管理職全員と担任を呼ぶ。そして言うことは決まってる。

「安全指導は、どうなっていた!?」

 と、担任は聞かれる。

 慣れた担任は、学年始めや懇談の時に必ず、イジメと交通安全の話をする。

 これが、学校のアリバイになる。

 やっていたら、例え本人の過失でも、学校が責任を問われることは無い。

 で、佐渡君みたいに完全に相手に過失があった場合は、信じられないけど、管理職は胸をなで下ろす。中には「ああ、これで良かった」ともろに安心するようなやつもいるらしい。

 佐渡君も、陰では、そう言われたんだろう。

 そんなことは毛ほどにも見せないで、それはないだろというのが正直な気持ち。

 別に前に出て佐渡君の最後のを話したいことはないけど。ただ石神井で当て逃げされて死んだ。それだけでは、佐渡君がうかばれない。

 改めて佐渡君の最後の姿が頭に浮かんで、限界が近くなってきた。

 だけど、ここで泣き崩れるわけにはいかない。きっと、みんな変な噂たてる。こぼれる涙はどうしょうもなかったけど、あたしはかろうじて、泣き崩れることはしなかった。

 しらじらしい黙祷と、お決まりの「命の大切さ」の話。これも学校のアリバイ。辛抱して聞いて教室に戻った。

 

 佐渡君の机の上には、早手回しに花が花瓶に活けてあった。

 

 あたしは、もう崩れる寸前だった。誰かが泣いたら、いっしょに思い切り泣いてやる。

 当てが外れた。

 みんな、いつになく沈みかえってたけど、泣くものは一人もいない。

 担任の副島先生が入ってきて、なんか言ってるけど、ちっとも頭に入ってこない。

「……なを、ご葬儀は、近親者のみで行うというお話で、残念ながら、ボクも君らもお通夜、ご葬儀には参列できません。それぞれの胸の中で、佐渡泰三のこと思ってやってくれ。この時間、クラスは……泰三を偲ぶ時間にする」

 そう言うと、副島先生は廊下に出てしまった。

「先生!」

 あたしは、廊下に出て、先生を呼び止めた。

「なんだ、鈴木?」

「あたし、佐渡君の救急車に乗ってたんです。佐渡君が息を引き取るときも側に居ました。あたし、せめてお線香の一本も供えてあげたいんです。葬儀場……教えてください」

「……ほんとか。そんな話知らんぞ!」

 予想はしていた。あのお母さんが、事情も説明せずに葬式に来るのも断ったんだ……。

 

 それはないだろ。

 

 そう思ったのが限界だった。

 廊下で泣くわけにはいかない。トイレに駆け込んで、ハンカチくわえて、あたしは過呼吸になりながら、ずっと泣いた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

 

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明神男坂のぼりたい23〔佐渡君……〕

2021-12-27 08:19:11 | 小説6

23〔佐渡君……〕  

        


 今日は休日。

 何の休日?……建国記念の日。

 カレンダー見て分かった。英語で言うとインディペンスデー。昔観たテレビでそういうタイトルの映画やっていた。

 あたしの乏しい「知ってる英単語」のひとつ。

 建国記念というわりには、それらしい番組やってないなあ……そう思って新聞たたんだらお母さんのスマホが鳴った。

「お母さん、スマホに電話!」

 そう叫ぶと、お母さんが物干しから降りてきた。

 

 で、またお祖母ちゃんの病院へ行くハメになった……。

 

「病院の枕は安もので寝られやしない!」

 ババンツのわがままで、石神井のババンツ御用達の店で、新品の枕買って病院に行くことになった。

 今日は、一日グータラしてよって思たのに……。

 お母さんが一人で行く言ったんだけど、途中でどんなわがまま言ってくるか分からないので、あたしも付いていく。

 あたしがいっしょだとババンツは、あんまり無理言わないから……行っても、インフルエンザの影響で、会えるわけじゃない。ナースステーションに預けておしまい。それでも「明日香といっしょに行く」いうだけで、お祖母ちゃんのご機嫌はちがうらしい。

 商店街で枕買って、表通りで昼ご飯。回転寿司十二皿食べて「枕、食べてから買ったほうがよかったなあ」と、母子共々かさばる枕を恨めしげに見る。枕に罪はないんだけどね。

 西へ向かって歩き出すと、車の急ブレーキ、そんで人がぶつかる鈍い音!

 ドン!

「あ、佐渡君(S君のことです)!」

 佐渡君はボンネットに跳ね上げられていた。

 あろうことか車はバックして佐渡君を振り落とした!

 あたしは、夢中で写真を撮った。車は、そのまま国道の方に逃げていった!

 佐渡君は、ねずみ色のフリースにチノパンで転がっていた。まわりの人らはざわめいてたけど、だれも助けにいかない。

 昨日のことが蘇った。

 どこ行くともなくふらついてた佐渡君に、あたしは、声もかけられなかった。

 偽善者、自己嫌悪だった。

「佐渡君、しっかり! あたし、明日香、鈴木明日香!」

 気がついたら、駆け寄って声かけている。

「鈴木……オレ、跳ねられたのか?」

「うん、車逃げたけど、写真撮っといたから、直ぐに捕まる。どう、体動く?」

「……口と目しか動かねえ」

「明日香、救急車呼んだから、そこのオジサンが警察言ってくれたし」

 お母さんが、側まで寄ってくれた。

「お母さん、うち佐渡君に付いてるから。ごめん、お祖母ちゃんとこは一人で行って」

「うん、だけど救急車来るまでは、居るわ。あなた、佐渡君よね。お家の電話は?」

「おばさん、いいんだ。オカン忙しいし……ちょっとショックで動けないだけ……ちょっと横になってたら治る」

 佐渡君は、頑強に家のことは言わなかった。

 で、結局救急車には、あたしが乗った。

「なあ、鈴木。バチが当たったんだ。鈴木にもらった破魔矢、弟がオモチャにして折ってしまった。オレが大事に……」

「喋っちゃダメ、なんか打ってるみたいだよ」

「喋ってあげて。意識失ったら、危ない。返事が返ってこなくても、喋ってやって」

 救急隊員のオジサンが言うので、あたしは、喋り続けた。

「バチ当たったのはあたし。昨日……」

「知ってる。車に乗ってたなあ……」

「知ってたん!?」

「今のオレ、サイテーだ。声なんかかけなくていい……」

「佐渡君、あれから学校来るようになったじゃん。あたし、嬉しかった」

「嬉しかったのは……オレの……方…………」

「佐渡君……佐渡君! 佐渡君!」

 あたしは病院に着くまで佐渡君の名前を呼び続けた。

 返事は返ってこなかった……。

 病院で、三十分ほど待った。お医者さんが出てきた。

「佐渡君は!?」

「きみ、付いてきた友だちか?」

「はい、クラスメートです。商店街で、たまたま一緒だったんです」

「そうか……あんたは、もう帰りなさい」

「なんで!? 佐渡君は、佐渡君は、どうなったんですか!?」

「お母さんと連絡がついた。あの子のスマホから掛けたんだ」

「お母さん来るんですか?」

「あの子のことは、お母さんにしか言えないよ。それに……実は、きみには帰って欲しいって、お母さんが言うんだ」

「お母さんが……」

「うん、悪いけどな」

「そ、そうですか……」

 そう言われたら、しかたない…。

 あたしは泣きながら救急の出口に向う、看護師さんがついてきてくれる。

「跳ねた犯人は捕まったわ。あとで警察から事情聴取あるかもしれないけどね」

「あ、あたしの住所……」

「ここ来た時に、教えてくれたよ。警察の人にもちゃんと話してたじゃない」

 記憶が飛んでいた。全然覚えてない。

 あたしは、救急の出口で、しばらく立ちつくしていた。

 タクシーが来て、ケバイ女の人が降りてきた。直感で佐渡君のお母さんだと感じた。

「あ……」

 言いかけて、なんにも言えなかった。ケバイ顔の目が、何にも寄せ付けないほど怖くって、悲しさで一杯だったから。

 ヘタレだからじゃない、心の奥で「声かけちゃダメ」という声がしていたから……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
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明神男坂のぼりたい22〔お祖母ちゃんの骨折〕

2021-12-26 06:45:27 | 小説6

22〔お祖母ちゃんの骨折〕  


       


 お祖母ちゃんのお見舞いに行った。

 お風呂場でこけて右肩を骨折。いつもは元気なお祖母ちゃんがしょんぼりしている。

「もう一人暮らしは無理ねえ……今日子、どこか施設探してくれないかい」

 ベッドに腰掛けて、腕吊って、情けなさそうに言うお祖母ちゃんは、かわいそうと言うよりは可笑しい。

 まあ、今年で八十五歳。で、人生初めての骨折。弱気になるのは分かるけど、今回の落ち込みは重傷。

「あんな落ち込んだら、一気に……弱ってしまうなあ」

 インフルエンザが流行ってるので、十分しか面会できなかった。

 で、帰りにお祖母ちゃんの家に寄る途中で、お父さんがポツンと言った。

「そうだ、冷蔵庫整理してやらなきゃ」

 お母さんは現実的。

 入院は二か月と宣告された。やっぱり冷蔵庫の整理からだろうね。

 昼からは、伯母ちゃん夫婦も来た。もう病院の面会はできなかったみたい。

「ババンツ、いっぱい野菜買って……」

 伯母ちゃんとお母さんは、お祖母ちゃんのことババンツと言う。

 乱暴とかわいそうの真ん中の呼び方。

「あたしも、大きくなったら、お母さんのことババンツて呼ぶの?」

 小さい頃、そう言ったらお母さんは怖い顔した。

「そうだ、パーっとすき焼きしよう!」

 伯母ちゃんの一言で、にわかにすき焼きパーティーになった!


 なるほど、肉と糸コンニャク買ってきたら、すき焼きができるぐらいの材料だった。

 お祖母ちゃん苦しんでるのに大丈夫って言うくらい盛り上がった。

「しんどいことは、楽しくやらなきゃね」

 お母さんと伯母ちゃんの言うこともわかるけど、あたしは、若干罪悪感。それが分かったのか、こう返してくる。

「明日香は、ババンツのいいとこしか見てないからなあ。そんなカイラシイ心配の仕方できんのよ」

 そうかなあ……そう思ったけど、すき焼き食べてるうちに、あたしもお祖母ちゃんのこと忘れてしまって、二階でマリオのゲームをみんなでやってるうちに、お祖母ちゃんのこと、それほどには思わなくなった。

 明日香は情が薄いと思う自分も居たけど、伯母ちゃんとお母さんの影響か、コレデイイノダと思うようになった。

 帰りは、掃除して、ファブリーズして、おじさんの自動車に乗せてもらって家まで帰った。

 

 途中、信号待ちでクラスのS君を見た。


 ほら、十日戎のとき、あたしがお祖母ちゃんのために買った破魔矢をあげて、それから学校に来るようになったS君。

 歩道をボンヤリ歩いていた。一目見て目的のある歩き方じゃないのが分かった。

 そう言えば、先週は学校で見かけなかった。

 あたしってば気にも留めてなてなかった。

 破魔矢あげたのも親切からじゃない。間がもたないから、おためごかしに、あげただけ。S君は、それでも嬉しかったんだ。その明くる日からは、しばらく来てた。それから、あたしはS君のことほったらかし。


 ヤサグレに見えるけど、S君は、あたしなんかよりもピュア。

 おじさんの車は、あっという間にS君を置き去りにして走り出した。

 当たり前だ。あたし以外はS君のこと知らないもん。

「ちょっと、車停めて!」

 その一言が言われなかった。

 あたしは偽善者だなあ……なんだか、S君の視線が追いかけてくるような気がした……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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