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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

道草行状記 途中の景色

2009-06-26 18:23:56 | よしなしごと
 写真はすべて母の病院への道草によるもの

 季節が変わるとはいっても、同じ場所の風景ばかり見ていると飽きが来るものです。
 なんの話かというと、母の病院への経路です。

 今のところへ移ってもう一年近くになりますから、ひと月に20回として、100回以上往復しているわけです。急いで事務的に行き来したり、天候などで車で往復するときはともかく、そうでないとき、とりわけ自転車の時などは往復の風景など楽しみたいものです。

  
        鴨「こっちへ来るなって、うっとおしいなぁ」
 
 とくに帰途はそうです。やはり、病んだ母を見ているのはそれなりに精神的負荷がありますから、何か変わったものでも見て写真に収めたりして気を紛らわせます。
 もちろん、往復の経路を変えてみたり、遠回りを覚悟で寄り道や道草を食ったりしてしてきました。その成果(?)をここに載せたりもしました。しかしそれも、母の病院と自宅の間を直径とした円周内にを収まってしまいます。そしてそれらはほぼ行き尽くしたのです。しかも季節も一巡しようとしていますから、すでに見たものを繰り返し見ることとなります。

  
                檻の中の花

 ではどうしたらいいのでしょう?方法は二つあります。
 まずひとつは、母の病院を変えることです。
 風光明媚で、周りにいっぱい寄り道できそうなところがあるそんな病院へ移ることです。
 
 でもこれは不可能なのです。
 母のような容態は、普通、三ヶ月で入院先を追い出され、次の病院へ移動しなければなりません。母は、最初の病院を三ヶ月で追い出され、今の病院へ移ってからも最初の三ヶ月を過ごした病棟から今のところへ移され、やっと落ち着いたのです。三ヶ月ごとに病院を放浪することは、病人にとっても家族にとっても負担なのです。

  
           錆びちゃってもこんなに鮮やか

 というわけで、これは不可能なのです。
 で、もうひとつというのは私自身が引っ越すことです。
 出来れば病院を中心として一八〇度方角の違う辺りです。
 地図で確認するとその辺りは、もう長良川にも近く、サラマンカホールや県立図書館、美術館にも近いところです。
 寄り道のし甲斐があるところがたくさんありそうです。

  
      高さ三メートルもあろうかという大樽 水が張ってある

 よっし、きめたッ!といいたいところですが、カタツムリではあるまいしそんなに簡単に引っ越せるものではありません。
 といったことで、この地に縛り付けられ、限られた経路で母の元へ通うわけですが、もうひとつだけ方法があります。
 森羅万象を見る私の眼差しそのものを変えることです。
 出来れば、今見えているものたちのうちに、あるいはそれらを越えて、不可視のものを見ることが出来る眼差しをもつことです。

  
       里芋の畑です 気持ちいいくらいに整列しています

 で、最終的にはこれに決めたのですが、ところで、どうやったらそれが可能になるのか、どなたか知ってるひと教えて下さい。
 え?ナントカ教団に入ったら目からウロコがとれる?
 あ、いや、ウロコはですね、まあ、眼の中のまんまでいいんです。
 


    抑留の父に「異国の丘」重ねともに歌いし母は病床    六







コメント (2)
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