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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

一枚、二枚、三枚、四枚・・・&沖縄

2009-06-18 04:28:30 | よしなしごと
 まるで番町皿屋敷のようなタイトルですが、何がいいたいかというとカミソリのことなのです。しかもこの話は沖縄からはじめねばなりません。
 単純な話が下手なストーリーテラーの手にかかると、回りっくどくてしかたがないという見本のようですね。

 私が学生の頃、まだ沖縄は日本ではありませんでした。
 1945(昭和20)年の敗戦以来、沖縄はアメリカの支配下に置かれ、その後、1952年に琉球政府が発足するのですが、それは形のみで、アメリカの支配は継続していました。

 私の知り合いにA君という沖縄からの「留学生」がいました。日本ではない国から来ていましたから留学で、ちゃんとパスポートをもっていました。
 当時、日本では、自民党から共産党まで、口を揃えて沖縄即時返還をアメリカに求めていました。

 ただし、A君やその仲間たちは日本への返還というより、沖縄(琉球)の独立を求めていました。もともと独立した王国だったのですが、1879年の琉球処分により、琉球王国が滅亡して沖縄県が設置されたという経緯があるからです。
 しかも、その日本支配のもと、すぐる戦争では唯一の地上戦が展開され、軍の楯にされた多くの島民が命を亡くしたばかりか、軍の撤退に際しては機密漏洩の防止のため島民に自決を強要したような事件もあり、そんな日本に復帰などしたくないという人たちが少なからずいたのです。

  
               レザー剃刀の軽便型

 もちろん、米軍の支配の継続を望んだわけではありません。また、蒋介石の台湾や、毛沢東の中国への隷属を選んだわけでもありません。彼らは敢然と琉球の独立を主張したのです。
 A君の熱意にほだされて、ビラ作りを手伝い、それを撒いたことがあります。なぜ私たちがやったかというと、もし、A君がそれに関わっていることが発覚した場合、彼は直ちに「国外退去」の処分を被ったからです。

 沖縄のアメリカ支配はその後も続き、私はとある会社へ就職しました(日本に編入されたのは、その会社を辞めて居酒屋を始めた1972年でした)。
 その会社は、沖縄へ繊維機械を「輸出」していて、あるとき、そのメンテナンスのために先輩社員が出かけることになりました。「海外出張」です。
 壮行会が催され、私たちが負担した餞別が渡されました。

 その先輩社員は律儀な人でしたから、土産を買ってきてくれました。「舶来品」ですよ。私には、Schickインジェクターの替え刃用カートリッジ付きの片刃の安全カミソリでした。
(どうです、やっとカミソリの話になったでしょう・・・自慢することはない!)

 どうして片刃の安全カミソリを強調するかというと、ここでカミソリの歴史というか、私のひげそりの歴史を語らねばなりません。

 私が髭を剃り始めた頃、一般的だったのはいわゆるレザーカミソリで、それは、今でも伝統的な床屋が用いる二つ折りの鞘付きのものをもっと簡単にしたものでした。
 床屋で頭や顔をいじくり回されるのは嫌いですが、このカミソリを皮の板で「タッ、タッ、タッ」と研ぐ軽快な音は好きでした。


  
            現在使用中の使い捨てT 型剃刀

 それに対して、安全カミソリというものがありましたが、これは最初は両刃で、ホルダーの上部がねじ式で開閉したりしてそこに両方に刃がついた幅の広い刃を取り付けるものでした。ようするに、現在のT字型のカミソリを背中合わせにくっつけたような形状でした。

 それに対して私がもらったのは片刃のいわばT字型のそれで、しかもカートリッジによって刃の交換が効くものでした。当時としてはとてもハイカラで実用性も高いものでした。私はこれをとても気に入って、刃がなくなればカートリッジを購入し、本体(ホルダー)の方はなんと30年にわたって使い続けたのでした。

 しかしやがて、TVのコマーシャルなどで二枚刃とか三枚刃とかが宣伝されるようになりました。私にはそれが理解できませんでしたし今も理解していません。なぜそんなに仰々しく刃を並べて髭を剃らねばならないのでしょうか。
 それはその方がよく剃れるかも知れません。しかし、親の敵ほどに髭を憎悪してそこまでやっつける必要があるのでしょうか。

 私にはそれは、潔癖性の強迫神経症への誘導としか思えません。
 TVが何をがなり立てようが、それに人々が乗ろうがわたしにはそれはどうでも良いことでした。しかしです、しかしあるとき、その潔癖性強迫神経症が大勢を占めたのか、その被害が私にも及びはじめたのです。


  
                新旧のクロス

 例によって替え刃のカートリッジを買いに行きました。
 「Schickのカートリッジを下さい」
 「何枚刃用でしょうか」
 「一枚用ですが」
 そのとき私は、その若い売り子の表情を見逃しませんでした。そこには、近代合理主義者が古い呪術的世界に住むものを見下す驚愕と憐憫の情があふれていました。
 「二枚刃用以上のものしかもうありませんが・・」
 
 呆然とした私は、またしても売り場を彷徨いました。
 そしてその結果、私は奇跡の発見をしたのでした。というのは、フェザーのカートリッジがほぼSchickに似ていることに気づいたのです。ものは試しと購入しました。私の勘はドンピシャリで、しばらくはSchickのホルダーにフェザーのカートリッジという組み合わせで使用することが出来ました。

 しかし、それもつかの間でした。フェザーのそれも店頭から消える日が来たのです。店員さん曰く、いまやカートリッジもホルダーも二枚刃、三枚刃、四枚刃の時代だというのです。

 私にはよく分かりません。一枚刃でも、よほど濃い人でない限り一日はもちます。よしんば、アフター・ファイブに青いそり跡がかすかに浮かんだとしてもそれは働く男の魅力のうちではないでしょうか。
 一年中つるつるした顔の潔癖強迫神経症はどこか気味が悪いのです。ひょっとして、マッチョなマザコンだったりしないかなどと思ってしまうのです。

  
            なんやらゴチャゴチャと

 ところで、困った私のとった手段は、T字型の使い捨てを使うことでした。さいわい、以前使っていたSchickのそれを見つけることが出来ました。もちろん一枚刃ですが、使い捨てといっても一度や二度では切れ味は衰えません。けっこう何度も使えます。しかも価格は、半ダースで数百円なのです。
 私にはこれで充分なのです。

 もしあなたの横で、横顔にかすかに浮かぶ翳りのような髭のそり跡を浮かべた男が、バーテンダー相手に、
 「ヤー、ジミー。相変わらず競馬場に馬の餌を寄付しにいってるかい。
 ところで、とびっきりのマルガリータを一杯くれないか」
 などといっていたら、それは私です。






コメント (3)
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