ファブリーズのCMも春ヴァージョン。「そうかーカズオくん恋してるのかー、恋のことならオジさんに何でも訊けよー」と寺島進さん。「やめたほうがいいよー」と坂井真紀さん。
何が可笑しいって、「でもさぁ…」と制服の臭いを指摘するのが小学生の息子だということより、タンポポがほころぶ土手でのカズオくん一世一代の告白にナガシマ一家全員ついて来てることより、カズオくんの想う相手の彼女が典型的な風紀委員タイプでビタ一文可愛くないこと(爆)。
もちろんカズオくんも、身体はまあまあだけどデクノボウっぽくて見事にカッコよくない(更爆)。
春→出会い→恋心の芽生え→告白というベタなロマンティックを、思いっきりベタに引っくり返してパロった感じ。これでもかってぐらいのモテカワ・キレカワ女性、イケメン男性の満開プロモなCMが多い中、シチュエーションとキャラのこのギャップはナイスです。
ところで“ファブリーズ”という商品名、もちろん“Fabric(織物、生地)”からの派生命名でしょうが、どうもスタンダールの名作『パルムの僧院』と、これを原作にした同タイトル映画(1947年)、ジェラール・フィリップが演じた主人公の名前を思い出してしょうがないんだな。
さて、このファブリーズのほか、ジョイくん、消臭パフパフなどのCMを繰り返し見るはめになっているのはもちろん『花衣夢衣』のためです。
やはり主役の双子ヒロインより、脇役の人たちの奥深い人間表現に釘付けになってしまうなあ。アバンタイトル、それぞれの職場からにぎやかに帰宅した姉妹に「しーーっ」と指をクチに当てる母・和美(萩尾みどりさん)。継ぎ接ぎだらけの唐紙の奥には久々にたすきを掛け絵筆をとった夫・圭二郎(長谷川初範さん)の背中が。
病に負けまいと気力を奮い起こし才能を燃焼させんとする夫のこんな頼もしい姿を、和美がどれだけ待ち望んでいたか、愛する夫をここまで挫けさせず生き延びさせるために自分が踏んできた、いまも踏んでいる不倫の溝板を、どれだけ疚しくやりきれなく思っているかが、この1シーンだけで伝わってくる。
母を自殺に追い込んだ父・万平(斉木しげるさん)と和美の不義を憎むあまり、澪(尾崎由衣さん)を陥れてアメリカ兵の嬲り者に仕立てようとする万平長男・俊彦(吉岡毅志さん)の心理も見れば見るほど興趣尽きない。
夫の裏切りで屈辱のうちに首をつった母親を哀れと思うなら、和美ひとりを恨めばことが済みそうなものなのに、彼の行動には利にさとく金銭の力で青春の想い人をものにしている父への嫌悪感、和美の娘のひとりである真帆(尾崎亜衣さん)に男として心惹かれる自分自身へのいまいましさも混じっている。
真帆&澪姉妹が推定年齢17~8歳なら、幼い頃一緒に遊んでくれて「お兄ちゃん」といまも親しむ俊彦は4歳以上年長とは思えず、たぶんハタチか、せいぜい少し越えたぐらい。ならば昭和20年、敗戦の年には中学生。伸び盛りのさなか食糧難で腹を空かせ、「男の子なんだから大きくなったら立派な兵隊さんになって命を捧げてお国を守るべし」と教育され、尊敬する先輩や恩師、上級生の出征を見聞きして覚悟を決めていたのに、8月15日を期してすべては墨に塗られた。双子姉妹はたぶん小学生だったでしょう。
大切に思ってきたもの、思わされてきたもののすべてが無に帰し、無意味とされ、目の前で崩れ去る体験を、頑是ない子供のときにしたのか、人に目覚め自尊心を知る思春期にしたのかで、その後の人間形成は大きく違ってくると思う。
俊彦にとっては親世代の万平や和美は汚らわしく、戦争に心身打ちひしがれて負け組となりながらその惨めさに気づいていない圭二郎も苛立たしい。そしてこんな時代に無垢で純真でいられ、真っ直ぐに生きようとしている真帆や澪は、ときに眩しく慕わしく(真帆)、ときに無性に汚し泥にまみれさせてやりたくなる(澪)、相反するふたつの感情を掻き立てられる存在なのでしょう。
元ウルトラマンガイアの吉岡さん、子供たちのヒーローの殻を破る見事な屈折演技。男というものは、青年というものは、ヒーローにもなり得るけれど、おおかたはむしろ悲しく、カッコ悪く、恥ずかしい存在なのです。
この青年が混乱期をどう生きて大人の男になっていくのか、熱い高度成長の波をつかんで上昇するのか、葛藤する自我をもて余して転落するのか、ぜひ見届けたい。ヒロイン姉妹に傷を負わせたのみで退場する役だとしたらあまりにも惜しいなあ。