山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

大津、石山寺、京都、仁徳陵紀行 ⑥

2008-12-12 23:28:51 | 郷土史
京都の瑞泉寺で駒姫は紅一点 ・・・前回の続編・・・
 
 関白の豊臣秀次は秀吉に追い詰められて高野山で自害したが、秀次の後継ぎとなる可能性のある秀次の子どもたち及び後継ぎ懐妊の可能性のある女性たちの合計39人(中には60代の婦人たちもいた)は京都の三条河原ですべて斬殺され、一緒に同じ穴に投げ込まれて埋められた。
 現在の瑞泉寺はその処刑場があった所に後世建造された寺院であり、豊臣秀次と39人の菩提所となっている。
 その中の1人が山形城主の愛娘の駒姫であり、彼女は瑞泉寺の合同墓域(昨日の写真)の紅一点になっている。
 むろん、この合同墓域で供養されているのは大半が女性である。
 でも、この墓前に掲示されている被供養者の一覧表(上の写真の右側)にただ一つ赤い印がついている箇所があったので、ようく見たら駒姫の箇所であった。「於伊万の前」と記載されているが、駒姫のことである。
 また、同寺院発刊の冊子にも秀次の肖像画と並んで駒姫ともう1人の女性の肖像画が口絵として掲載されているから、大きく扱われている。
写真説明「左上」瑞泉寺山門 門前左手の石柱に「豊臣秀次公之墓」と刻まれている
「左下」秀次墓の右側に並ぶ五輪塔の列 右側から4番目で左から5番目が駒姫の墓標としての五輪塔 
「右」被供養者一覧の一部 赤マークがついているのが駒姫「於伊万ノ前」
コメント
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