小さな旅は、 やはり車と決めていた。 免許がないので管理人のご機嫌しだい。 母もrugbyも置いてゆけない。 ところがきょうは、 何もかもそろった。 皆の体調良く、天気まで味方につけて、こんな日はめったにない。 ようやく夢がかなった。
晩秋の信濃路をドライブした。 薄の群も歓喜して、浅間もあざやかに出迎えた。 3時間余りで堀辰雄文学記念館に着く。 門の辺りは改修中だ。 少しまえを、ちいさな赤い蛇が行く。 こわがると 「蛇は縁起がいいんだ!」 と、相棒はカメラを向ける。 なにかいいことあるのかな。
入り口にも前庭にもたくさんの水引草。
水引草に風が立ち… しづまりかへった午さがりの林道を… と 道造の声がした。
堀や立原が常宿していた 御宿 油屋 の看板もすぐ近く。 追分宿に吹きはじめた秋の風は、なにもかも懐かしく揺らした。 木漏れ日のなかにアララギの赤い実が熟れ、口にふくむと甘くせつない。
風立ちぬ 「二人の人間がその余りにも短い一生の間を、 どれだけお互に幸福にさせ合えるか… 」 と。
管理棟閲覧室は整理中でパネルも斜めに立てかけられたままだ。 書庫、 展示室、 旧宅で、手紙や自筆の原稿、 蔵書や遺愛品など興味ふかく見る。 愛用の机、椅子。 床の間に、川端康成から新築祝いとして贈られた直筆の書 「雨過山洗如」 がかけられている。
広い庭に出ると 風立ちぬ いざ生きめやも (ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」より) と また静かなそよぎが心を揺らす。
「それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に繪を描いてゐると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たへてゐたものだった。 (略)
そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧じっていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。
…まだよく乾いてはいなかったカンヴァスは、その間に、一めんに草の葉をこびつかせてしまっていた。」 (「風立ちぬ」より抜粋)
洒落た映画のようだ。 倒れたカンヴァスの描写は臨場感をもってせまり、 ふたりの前途を暗示するよう。 ぬれた絵の具と 草の匂い。 とくにスケッチは風のない日がいい。 実感している。
晩秋の信濃路をドライブした。 薄の群も歓喜して、浅間もあざやかに出迎えた。 3時間余りで堀辰雄文学記念館に着く。 門の辺りは改修中だ。 少しまえを、ちいさな赤い蛇が行く。 こわがると 「蛇は縁起がいいんだ!」 と、相棒はカメラを向ける。 なにかいいことあるのかな。
入り口にも前庭にもたくさんの水引草。
水引草に風が立ち… しづまりかへった午さがりの林道を… と 道造の声がした。
堀や立原が常宿していた 御宿 油屋 の看板もすぐ近く。 追分宿に吹きはじめた秋の風は、なにもかも懐かしく揺らした。 木漏れ日のなかにアララギの赤い実が熟れ、口にふくむと甘くせつない。
風立ちぬ 「二人の人間がその余りにも短い一生の間を、 どれだけお互に幸福にさせ合えるか… 」 と。
管理棟閲覧室は整理中でパネルも斜めに立てかけられたままだ。 書庫、 展示室、 旧宅で、手紙や自筆の原稿、 蔵書や遺愛品など興味ふかく見る。 愛用の机、椅子。 床の間に、川端康成から新築祝いとして贈られた直筆の書 「雨過山洗如」 がかけられている。
広い庭に出ると 風立ちぬ いざ生きめやも (ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」より) と また静かなそよぎが心を揺らす。
「それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に繪を描いてゐると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たへてゐたものだった。 (略)
そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧じっていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。
…まだよく乾いてはいなかったカンヴァスは、その間に、一めんに草の葉をこびつかせてしまっていた。」 (「風立ちぬ」より抜粋)
洒落た映画のようだ。 倒れたカンヴァスの描写は臨場感をもってせまり、 ふたりの前途を暗示するよう。 ぬれた絵の具と 草の匂い。 とくにスケッチは風のない日がいい。 実感している。