退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「老年と未来のリアルあるいは『未知の出会い』」について

2018-11-19 01:32:30 | Weblog
くもり。過ごしやすい。

橋本治「九十八歳になった私」を読む。

著者の面目躍如たりといった趣き。
女子高生を描いたデビュー作からここまで来たのかという感慨など。

有吉佐和子ではないけれど
ある種の老年の姿をこのようにきちんと描いた作品が今まであったかと思った次第。

そこに著者自身の「歴史」と「教養」が含まれているのが素敵。
「アストロモモンガ」「恋するももんが」「シネマほらセット」が売れなかった事実よ。

要するに「ちょいと本領を発揮する」と評価されなくなる事実があり。
それにしても「完治しない難病」を抱えてまだこれだけ「体力」があるとは驚き。

どうやら借金返済は終わったようで目出度いけれど。

本書が「近未来空想科学小説」であることを忘れずに。
描写だけでなく設定が「リアル」であることも知っておこう。

「昔からのファン」には実に楽しい内容。
エッセイや評論だけでなく小説を是非といったところ。

それにしても著者の「遊び」はなぜもっと受け入れられないのだろう。
「民度が低いせい」だと言っておく。

それとは別に。

図書館で「鷗外歴史文學集 第八巻」を借りようと中身を見たところ。
何と再び「伊沢蘭軒」の文字を目にすることに。

主人公が死んだ記述があったからてっきり終わりなのかと思っていたら。
またボケてしまいました。

まあ「老人力」が増したということで。
本シリーズを読み終えることだけが確か。

引き続き漢詩に触れる環境があることは悪くない。
詳細は読了後に。

さて。

何であろうと「義務」から解放されると人は異なる姿を見せるもの。
だって「無理をしてた」んだもの。

それぞれにあれこれあるとは思われるけれど
繰り返すが「好きに生きたらいいだけ」。

そこに「楽しい出会い」があれば幸い。
「ご縁」があったらよろしく。
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