監督 是枝裕和
出演 リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、
城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、
片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
[上映時間:120分 ]
あらすじ
高層マンションの谷間、今にも壊れそうな平屋に治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。足りない生活費は、万引きで稼いでいた。冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが明らかになっていく。
是枝監督の作品は心がひりひりするような物語が多いですが、この作品には「誰も知らない」と同じ、救いようのない痛さを感じました。
どうしようもない大人たちと、どうしようもない親の元に生まれてしまった子ども。もしかしたら、どうしようもない大人たちの方は、もう何も捨てる物も守る物も持たない者の純粋さや真直ぐさだけはあるのかもしれません。だから、世の中の多くの人が持つ常識的な行動とは異なった方法で、どうしようもない親の元に生まれてしまった悲惨な状況にある子どもたちを救い上げ、束の間の幸せを共に味わおうとしたのかもしれないなあ。。というのが素直な感想です。
世の中で頻発している児童虐待やネグレクトがこの映画以上にリアルな現実としてあることを考えれば、もしかしてこれは一種のファンタジーなのかもしれないし、束の間みんなは「幸せ」を感じたのかもしれない。
でも、私は、おばあちゃんが「幸せな一日の翌朝、目覚めることなく逝った」という、ある意味大往生を迎えた後、擬似家族がその死を隠しておばあちゃんの存在を単なる「お金」にしてしまったあたりから、吐き気を感じてしまいました。怪我した子どもを病院に置き去りにして夜逃げしようとしたことも。「ごめんな」のひと言じゃすまないでしょうよ。「責任」という感覚を持たないことの危うさと脆さを象徴するできごとなわけで。
そして子どもは成長していく。どうしようもない大人たちは、どうしようもないまま生きていく。一度どん底から救い上げられたと思った子どもは再びどん底に戻されるけれど、そこはもう「這い上がれないどん底」ではないかもしれないという希望は感じました。
死体遺棄で逮捕された信代に、婦警が「あなたは何と呼ばれていたの?」と問いかけた時の信代、安藤サクラさんが素晴らしかったです。もう、信代自身にしか見えませんでした。母親の資格なんかひとかけらもないのを知っているけれど、もしかしたら嘘でもいいから「お母さん」と呼ばれてみたかったんだろうな。「愛してるから叩くなんてうそ。大好きならこうするよ。」と、りんちゃんをぎゅっと抱きしめる信代さんには真実を感じました。
虐待でやせ細ったりんちゃん(本名じゅりちゃん)が素晴らしかったです。怯えるような心細い瞳が、うそっこのお兄ちゃんを頼り、やがて「おにいちゃん!」と、力強く叫んで元気よく手を振る姿に涙がでそうでした。そしてそのうそっこのお兄ちゃん祥太くんがすごい。「学校は家で勉強できない奴が行くところ」「スーパーにあるものは、まだ誰のものでもないから盗ってもいい」とめちゃくちゃなことを吹き込まれながらも、一方でスイミーを愛読し、「スイミーたちはなんでマグロと戦ったんだろう」と思いをめぐらす。この映画では読まれませんでしたが、「はなればなれにならないこと、みんなもちばをまもること。」というスイミーの一節が、この家族を象徴しているようにも思えました。万引きを知りながらお菓子をくれて「妹には、やらせるなよ」と諭してくれた駄菓子屋(雑貨屋?)の老店主の言葉に心を動かし、事態を打開しようと行動する。子どもの力って素晴らしい

狭苦しい家にぎゅうぎゅう詰めでも何者にも束縛されず、自由で何でもありで、豊かでなくても苦労しないでお金を手に入れられる、みんなで笑って優しい毎日を過ごす、それをファンタジーと呼ぶのかな。でも、そんな生活が永遠なはずもなく、運命を切り拓こうとする祥太くんの成長を目の当たりにして「もう、あたしたちじゃ無理なんだよ」とつぶやく信代さんが悲しかったです。
お金持ちじゃないけど普通に生活できている自分にほっとしたりして。親に感謝



エンドロールに絵本作家のミロコマチコさんのお名前を見つけ、え?どこ?と思って調べたら、題字とイラストを描かれたそうです。

ミロコマチコさんのファンなので、思わぬところで作品に出会えてうれしかったです。色遣いも素敵だけど、味のある字だわ~