市街地を歩いてから坂の上の雲ミュージアムを訪問。
このミュージアムは昨2007年4月に開館した新しい施設。
司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」を主題としたミュージアムである。
NHKで同名の長編ドラマが来年末から放映されることで注目されている。
建物は安藤忠雄設計の鉄筋コンクリート造りの地上4階、地下1階、上から見ると三角形をしている。
松山城の城山を背負った地にあって大通りから入ってすぐなのでアクセスは容易。
入口に帝国海軍の制服のような意匠の人がいて呼び止められた。
どうやらボランティアで秋山兄弟など日露戦争時の解説をやっているらしい。
エントランスから各階へ緩いスロープを上っていく動線、一面に新聞に連載された紙面が並べられていて壮観この上ない。
展示は日露戦争時の史料を淡々と紹介するものであるが、地元出身の秋山兄弟を顕彰したい気分がどうしてもにじみ出ている。
近代の戦争を扱う展示は軍国主義の解釈と表裏一体となる定めがある。
小説「坂の上の雲」は勝利礼賛の物語というよりは西洋に遅れた明治日本がいかに亡国を免れたかを緻密かつ丁寧に解説した物語である。
世間でも司馬さんの作品の中で「坂の上の雲」はひときわ愛読者が多く経営者層には圧倒的な人気がある。
私は中学生の頃、司馬さんの作品を猛烈に読み、歴史をみる基礎を養った。
司馬さんが1996年に急逝されると新作が世に出ることがなくなり、また新たな史料が発見されたりすることで作品の背景に新解釈が加えられ続けることになる。
司馬さんは歴史学者ではなく創作家である。
にもかかわらず作品を歴史資料ととらえがちな風潮があることは大いなる誤解であろう。
司馬さんは「坂の上の雲」という作品を映像化することに葛藤があったという。
日露戦争が明治日本にとって大勝利だったというとらえ方は昭和の戦争がボロ負けに終わったことから、過去の栄光ととらえたがる風潮がある。
司馬さんはおそらく自身の作品がひとり歩きして、日露戦争賛美につながることを恐れたのであろう。
ミュージアムの展示などみても、また入口で明治の軍人賛美を盛大にやっていた人と話をしてみても、戦争を単独で扱うミュージアムの存在意義はあるのだろうか、はなはだ疑問である。