日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

<音楽夜話>忘れじの「ミス・アメリカ」

2008-03-15 | 洋楽
このところ勝手に熱くなっている「全米TOP40フリークの70年代100枚」を、本気で選んでみようと決めました。忘れじの「全米TOP40」的アルバムを、心中にお持ちの方はぜひコメント欄でご推薦ください。お待ちしてます!まとまったら出版社に持ち込んでみますかね。けっこう、いけそうな企画という気がしますが・・・。

さて、私のそんな中の1枚、「シンプル・ドリームス/リンダ・ロンシュタット」です。77年の大ヒットアルバムで、このアルバムには、日本での最大のヒットでもある「イッツ・ソー・イージー」が入ってもいます。

この人のアルバムづくり、というかアーティスト・イメージづくりのうまさには脱帽させられます。先の「イッツ・ソー・イージー」は50年代の音楽ヒーローバディ・ホリーの作、さらに第二弾シングルのバラード「ブルー・バイユー」はロイ・オービソンの作ですが、まったくのオリジナル曲であるかのようなアレンジとカントリー出のロック・シンガー的歌いまわしで、聞く者を魅了したのでした。売られ方や作られ方から考えて、日本にはちょっといないタイプの女性アーティストです。その意味ではまさに、彼女の次作のタイトルのまんまの「ミス・アメリカ」そのものでありました。

カントリーの下地を持った女性ポップシンガーというと、同時期に売れていたオリビア・ニュートンジョンとの共通点をイメージさせますが、オリビア70年代の優等生的なイメージづくりに比べると、明らかに“すれた”印象を包み隠さず、またそれを“ウリ”にしていた点がリンダの独自性でもありました。

具体的には、何気に色気が漂う歌の魅力と、初期の彼女のバックメンだったイーグルスの面々やJDサウザー、さらにはミック・ジャガーなどとの浮名で知られる“恋多き女”ぶりが、そのパーソナリティづくりに大いに役立っていたもので、今となってはそれは綿密に計算されたイメージ戦略の一部だったのかもとさえ思えるほど、完璧な売られ方でした。本作のジャケット写真も、そんなプロモーション戦略の存在を裏づけとして考えれば、当時感じた内容との脈絡のなさも説明がつく訳です。

このアルバムからは、さらにストーンズのカバー「ダイスをころがせ」と横浜の地名が歌詞に登場する「私はついてない」もシングルカットされ連続全米ヒット。1枚のアルバムから4曲のシングルヒットを連発し、彼女のキャリアの中で間違いなくピークと言っていい作品です。

すべて3分前後の楽曲は、1曲1曲実によくヒットシングル的に作られています。全10曲、約30分という作り様もまた、アルバムでもったいぶったりどうこうこねくり回さない点にかえって潔さを感じさせ、当時のアメリカン・ショービズらしい“チャート・バスター”に徹底した作られ方であったと思います。

この後の彼女は、一時期スタンダード歌手的な展開で新境地を開いたりもしていましたが、その後はポップ王道路線に戻ったりさらにはジャズや中南米路線にも進出。日本ではあまり噂を耳にしない今日この頃ですが、今も全米を代表する国民的女性シンガーとして確固たる地位を保ちつつ大活躍中と聞いています。

★「デスペラード/リンダ・ロンシュタット(動画)」(なんとバックはイーグルス!)
http://jp.youtube.com/watch?v=fe2jQbvBDSs&feature=related
★「イッツ・ソー・イージー/リンダ・ロンシュタット(動画)」
http://jp.youtube.com/watch?v=1tBeqxKKseA