日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

昭和49年村田クンの教え 9~英国音楽とアルフレッド・シスレー

2010-02-28 | その他あれこれ
ある日村田クンは授業が終わると「上野に行こう」と誘ってきました。

私「上野?なにかおもしろいものでもあるの?」
彼「いいもの見せてやるよ。いいからついてきな」
私「何?何?」
彼「いいから、いいから」
私「???・・・」
彼が目指した先は上野の森の美術館でした。上野の美術館なんて記憶では小学生の頃、親に連れられて一度来たっきり。それも子供心にはやたらに退屈な出来事で、確か館内で早々に飽きてしまってろくすっぽ展示物も見ずにその場で親父に怒られ、退屈で二度と行きたくないという思いだけが残ったという冴えない思い出でした。

私「えーっ、絵を見るのかよ?あんまり好きじゃねーな絵は」
彼「いいから見てみろよ。絵画も音楽も、アーティストの感性が作り上げた素晴らしい世界だぜ。音楽好きのお前が絵画を愛でないというのは、論外だぜ」
私「いゃー、違うんじゃないそれ。絵は音が出ないしさ」
彼「とんでもない、一番音が出てるだろ。頭の中でだ。どんな音がするかはその人間の教養次第だけどな」
私「…、何の展覧会?」
彼「シスレーだよ。印象派の大家だ。心洗われるぜ。いいからいいから、まず見てみ」

当時の私はシスレーはおろか印象派すら知らなくて、「海外の“絵描き”=油絵=花瓶に入ったバラの花の絵」みたいな十羽ひとからげの捉え方しかできない無知な状態でした(「花瓶に入ったバラの花」というのは、恐らく父に連れられて見た子供時代の展覧会の絵がそんなものが多くて退屈した思い出から来ていたのだと思います)。なのでその時の私は珍しく「俺、外で待ってるから、一人で行ってこいよ」などと、けっこう中に入るのを渋って抵抗したと記憶しています。当時でたぶん500円程度の入館料だったのでしょうが、限られた小遣いの使い道としてはもっと他に有益なものがあると思ったのでしょう。

仕方なく言われるままに中に入って見始めると、「花瓶に入ったバラの花」の類は全くなくて、ほとんどが風景画でした。それも、大半は「空と川と緑と人」。作風は全く違いますが、子供の頃の切手集めから派生した浮世絵趣味があった私には、この風景画はけっこう響くものがありました。大好きな広重の「東海道五十三次」に描かれた未知の風景とその中に生きる人たちの生活に関し想像を掻き立てられるのと同じ感覚を、その時感じていたのです。村田クンもあんなに入館を渋っていた私が、すっかりシスレーの絵に見入っているのを見て、けっこう不思議そうにしていました。

彼「なんだ、結局気に入ったか?」
私「うん、実は浮世絵が好きでさ、なんか共通点あるかなとか思ってね」
彼「浮世絵?そりゃ違うな。ま、いいけど、人それぞれだからな。どうだ音楽聞こえるだろ?」
私「そうだね。エルトン・ジョンかな」
彼「おー、それは正解かもよ。シスレーはフランス印象派だけど、イギリス人だからな。何気にイギリスっぽいところが良いわけさ。ブリティッシュ系の音が聞こえてきたら、けっこう分かっている感じかもな」
私「村田クンは、何が聞こえるわけ?」
彼「絵にもよるけど、今日はストーンズの「レット・イット・ブリード」とかだな」

絵の楽しみ方を知らなかった私にとっては、かなりエポック・メイキングな出来事でした。家に帰ってからパンフレットを買わなかったことを後悔して、その週末再度シスレー展に足を運んで、奮発して買い逃したオールカラーのパンフレットを調達しにいくほど気にいっていたのです。「お土産のパンフレットや絵ハガキは、色的に本物の再現ができていない金儲け商売だから、買うなよ!」と言われていたので、再度出かけてパンフを買ったことは彼には内緒でしたが。その後、高校、浪人時代は時々家でブリティッシュ・ミュージシャンのレコードをかけながら、横になってこの時のパンフレットを眺めてはあれこれ想像を巡らしてしたものです。


携帯電話の発展とも似たフィギュア・スケートの“新時代”

2010-02-26 | その他あれこれ
昨日までいろいろ書いたので、せっかくですからフィギュア・スケートの話を総括しておきます。

女子フィギュア・スケートは、韓国のキム・ヨナの完璧な演技力の素晴らしさ、浅田真央の前人未到のトリプルアクセル2回という驚異、その両者の激しい戦いの結果、総合力で勝るキム・ヨナの圧倒的な勝利で幕を閉じました。浅田選手側には若干の演技ミスもあり、この結果には日本国民も誰もが納得ではあったのでしょうが、全競技が終了した今よくよく考えてみると男子フィギュア・ケートも含めて、フィギュア・スケートという競技自体が今大会から全く新しいステージに突入したと言っていいのではないかと感じています。

女子フィギュアを例にとると、まず何よりその得点の上昇に驚かされます。4年前のトリノ・オリンピックで優勝した荒川静香の得点は190点台前半だったと言います。ところが今回、キム・ヨナ選手の史上最高得点である220点台はともかくとしても、上位3人はいずれも200点を超すハイレベルな戦いであり、単純な比較は意味がないのかもしれませんが、銀の浅田、銅のロシエットも前大会なら金メダルが取れていたレベルの演技だったのです。とにかくこの4年間での技術・演技の進歩は目覚ましいモノがあり、単に個々の高度な技術を競うだけでは総合的には評価されないという水準に達したと言う意味で、この競技の争いは別次元に入ったと思う訳です。

別の例を引いてみます。一番分かりやすいのは携帯電話の機能競争かもしれません。製品開発が発展途上にあった時代は、そのシェア争いの雌雄を決する要素がハード的な機能性の向上による部分が大きかったのですが、ある一定のハード技術レベルを超えたところからその争いのポイントはコンテンツも含めたソフト面、ハード面総合での評価が大きく影響をする時代になってくるわけです。すなわち、これをスポーツ界に引き直してみると、タイムトライアル的競技はどこまで行っても記録との戦いであり、その大会ごとに最大のハード的パフォーマンスを演じた選手が栄冠を手に入れる訳ですが、ことフィギュア・スケートのような肉体を駆使したハード的要素と表現力というソフト的要素を組み合わせた競技では、ハードとソフト両面からその商品水準を競う携帯電話と同じく、技術水準が一定に達した段階のどこかのタイミングで、ハード&ソフトのミクスチュアでの競合評価基準へのステージ転換が起きると思うのです。今大会がまさしくそのタイミングだったのではないでしょうか。

だからこそ、今後一層大切になるのは選手自身の身体的能力以上に、ハード面とソフト面をバランスよく加味したコーチによる戦略的プログラムの策定能力および指導力に移ってきたのです。この競技において技術的なアドバンテージ至上主義とする時代はもはや終わりを告げたとさえ感じさせられる訳で、その意味では男子フィギュアで4回転を入れずに演技したアメリカのライサチェック選手の後塵を拝した“4回転演技者”2位のロシアのプルシェンコ選手が、「4回転を正当に評価しないことは、フィギュア・スケート界の進歩を妨げるものであり納得がいかない」とする考え方は、もはや通用しない古い考え方であるとさえ思わせられます。

それにしても、キム・ヨナ選手の演技は素晴らしいモノでした。次回4年後のソチ大会に彼女が出場するか否かは分かりませんが、浅田選手が次の大会で金メダルを取るためには、技術的な練習の積み重ねだけではもはや届かないと感じさせられる、ある意味“別世界”の演技でした。すなわち、まず第一にすべきは、時代の変遷を理解した「戦略」をたてて指導できるコーチを探すこと。それが次回金メダルに向けた第一歩であると思います。蛇足ですが、今回メダルを期待されながら5位に終わった安藤美姫選手。今の時代を読める戦略的指導家であるニコライ・モロゾフ氏の指導の下での第5位入賞。前回15位からここまで持ってきた原動力はまさしくモロゾフ氏の力によるものでしょう。しかしながらメダルに及ばずの5位。オリンピック開会時に私が申し上げた「GⅠ理論」で言えば、彼女は明らかに「GⅡレベル」あるいは「GⅢレベル」であることが今回ハッキリしました。次回再度チャレンジしても恐らくメダルには届かないでしょう。「GⅠレベル」の浅田選手の次回には、コーチの見直しを大前提として引き続き期待したいところです。

フィギュア・スケートはコーチの闘い~「攻め」と「守り」の戦略バランス

2010-02-24 | その他あれこれ
昨日の続き的に…

本日はオリンピック、フィギュア・スケート女子のショート・プログラムが行われ、韓国のキム・ヨナ選手が歴代最高得点で1位を確保し、日本の浅田真央選手は久々に完璧に近い演技を披露しそれに続く2位につけています。フィギュア・スケートは、ややもすると選手の技や表現力などその力量がすべて勝敗を決すると考えがちでありますが、実は選手の力量以上に重要な位置を占めているのがコーチの役割なのです。

例えば先週行われた男子の競技、唯一4回転ジャンプを成功させたロシアのプルシェンコ選手は2位に甘んじ、4回転をプログラムに入れなかったアメリカのライサチェック選手が金メダルに輝くと言う結果になりました(プルシェンコは結果を不服として抗議の意向を示してはいますが…)。これはとりもなおさず大舞台での雌雄を決するポイントとして、選手の力量うんぬんだけではなくコーチによる戦略的な組み立てもかなり大きな部分を占めていることを示しています。すなわち、選手が練習を重ねて誰にもできない技を習得する「突出的強み創造プラン」よりも、自身の「弱み」を強化しかつ既存の「強み」をどう伸ばしていくかを心がけるいわば「リスク管理型バランスプラン」とも言うべき戦略が勝利へと導いた訳です。男子フィギュアの成否は、まさにコーチの「戦略」の立て方にかかっていたと言っていいでしょう。

競合相手の「戦略」を分析した上でよりマーケットに訴えかける力の強い「戦略」を策定し、かつ昨日のネタとしても取り上げた選手の「リスク管理戦略」をしっかりおこなうことこそが、フィギュア・スケートのコーチの役割であり、敵を意識した「攻め」と失策を最小限にとどめる「守り」のバランスのとり方は、企業戦略とも符合する部分であるようにも思われます。例えば、現安藤美姫選手のコーチ、ニコライ・モロゾフ氏は、前回のトリノ大会では荒川静香選手のコーチを務め、超難度の技を封印し彼女の良さである表現力のアピールに重点をおいた「戦略」(よく知られるように、あのイナバウアーは技的には点数の稼げるものではなかった訳です)で、超難度演技に失敗を重ねた他の有力選手を尻目に見事金メダルに導きました。まさしく「戦略」の勝利であり、先週の技の力量以上にコーチの「戦略」がものを言った一戦であったのです。昨日取り上げた織田選手のコーチは、リスク管理と言う「守りの戦略」が甘かった点で、選手の力を十分に出し尽くしてあげられなかった訳です。いかにコーチが重要な存在か、よく分かろうと言うものです。

さて、注目の女子フィギュア・スケート。明後日のフリー演技ではキム・ヨナ、浅田真央両選手の対決に注目が集まりますが、やはりこの二人のコーチも「戦略」面で明らかな違いがあるようです。キム選手のオーサー・コーチは、超難度の3回転半ジャンプを封印し彼女の丁寧な表現力に磨きをかける「戦略」で、彼女を現在の“絶好調”に押し上げてきました。一方の浅田選手、タラソワ・コーチは彼女の演技を超難度の3回転半ジャンプを軸に組み立てたものの、昨年秋にはこれが大スランプの原因にもなってきました。タラソワ・コーチは、それでも方針を変えることなく3回転半ジャンプを軸に据えたまま浅田の立て直しをはかって、オリンピック本番を迎えました。本日のショート・プログラムでは見事3回転半を成功させ、“復活”を印象付けた形ですが果たしてフリーではどうなりますか…。

キム・ヨナ対浅田真央は、オーサー対タラソワのコーチ対決でもある訳で、ショートに引き続きバランスと表現力重視のオーサーか、3回転半を2回で逆転を狙う攻めのタラソワか、そんな戦略対決の観点からも注目したい一戦です。

経営のトリセツ80~織田信成選手の“靴紐”に見る「危機管理」の誤り

2010-02-23 | 経営
バンクーバー冬季オリンピック男子フィギュア・スケートの織田信成選手、ショート・プログラム終了時点で4位につけメダルの期待もされていながら、フリー演技で演技中に靴紐が切れるアクシデントに見舞われました。結果彼は転倒の憂き目に会い、演技は一時中断。靴紐を変えて演技続行となったものの減点の影響は大きく無念の7位に終わりました。アクシデントの直後には、オリンピックという最大目標の舞台でなんとついていない不運であることかと思われたものの、試合後のインタビューで分かったことは「すでに一度切れてた靴紐を、無理に結びつなげて演技に臨んだ」という意外な事実でした。オリンピックという大舞台でなぜそのような選択を彼のコーチは許したのかということが、この話を聞いた私には大きな疑問として残されました。ここには、企業管理者であったならやってはいけない「リスク管理」に関する重大な教訓を含んでいると思うのです。

マネジメントにおける「リスク管理」とは、リスクの存在を察知した時に「いかにそのリスクを低減するか」であります。すなわち、ポイントのひとつは「リスクの存在を認識すること」であり、いまひとつは「そのリスクを(ゼロにできなくとも)できる限り最小化すること」なのです。織田選手のケースで言うなら、試合前にすでに彼のシューズの靴紐は一度切れていた訳であり「リスクの存在を認識すること」はできていました。しかしながら、切れた靴紐を無理に結びつなぎ合わせることは「そのリスクをできる限り最小化すること」にはなりませんでした。彼の弁によれば、「靴紐を新しいものに変えて結びなおすことで、靴を履いた時の感触が履きなれた感触から変わってしまうことを避けたかった」とのことですが、それはより小さな別のリスクに目を奪われて最も大きなリスクを最小化することができなかったことなのです。

演技をする選手自身の気持ちを考えれば、織田選手の靴紐を変えなかった選択はうなずける部分も多分にあるのですが、選手をマネジメントする立場のコーチの判断としては明らかに誤った「リスク管理」をしてしまったと言えると思います。織田選手は「ショックで言葉にならない。悔いが残る試合になってしまった。自分の責任です」と試合後、あふれる涙をぬぐいました。しかし本当の責任は彼にあるのではなく、リスク対処に関する彼の判断の誤りを正せなかった管理する立場のコーチにこそあるのです。スポーツの場面であれば「悔いが残る」の涙で済む話ではありますが、これが企業ビジネスの世界では企業の存続にかかわることもあるわけで「悔いが残る」では済まされないのです。

企業における織田選手のケースと同じような事例は、プレーヤーである担当者が、業績進展にばかり頭がいってしまい、マネジメントの立場から見た場合業務上のリスクを甘く見た行動を選択しようとするケースです。経営者および管理者は、業績を上げることにばかり気を取られることなく、常に担当者とは違うトータル・マネジメントの立場から考えて「リスクの存在を認識すること」「そのリスクをできる限り最小化すること」に腐心しなくてはならないのです。経営者や管理者が担当者と同じ立場でリスクを軽く見ることはもはや「ギャンブル」に他ならず、「ギャンブル」はビジネスの世界ではスポーツ界とは比較にならないレベルで取り返しのつなかいことになりうるということを、バブル期をはじめとしたビジネスの歴史は如実に物語ってもいるのです。

昭和49年村田クンの教え 8~三島文学との出合い

2010-02-21 | その他あれこれ
村田クンから教えてもらったのは、音楽、ファッションにとどまらず、文学や芸術の話も…。文学で言えば、彼は盛んに「本を読め」「本を読まない奴は馬鹿になるぞ」と言っていました。彼は日本文学でも、基本的な名作は皆読む価値があると言っていました。漱石、鴎外、太宰、藤村、芥川…、名作を読むことで先人の考えを知り自分の考えのヒントにすることこそ中学、高校時代には必要であると…。

彼「お前、ちゃんと本読んでるか?」
私「…時々ね…」
彼「日本の作家では誰が好きなんだ?」
私「……。み、三島かな…」
彼「三島?三島由紀夫か。三島もいいけど、その前に漱石とか鴎外とかの代表作は読んだのかよ?」
私「国語の教師みたいなこと言うなよ。三島じゃダメな訳?」
彼「文章は確かにうまいけど右翼の変態だからな、あれはさ。コンプレックス人間の典型だぜ。同性愛の話とか書いて本人もムキムキだろ。まぁギリギリ文学だな。お前の好きな作品は?」
私「……「春の雪」とかかな…」
彼「お前あんな難解なの分かるの?あれじゃ難しくて悩めねーだろ?」
私「…」
彼「同じ自殺作家の本を読むのなら、芥川を読んで悩めよ。芥川何読んだ?」
私「「蜘蛛の糸」?」
彼「バカ、それ中学1年の時の国語の課題だろ!ありゃ童話だぞ」

私がとっさに三島の名前を挙げたのは、三島を実際に読んでいたのではなくて、私が小学校5年生の時に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を図った彼にその時から大変興味を持っていて、機会があればもっと詳しく知りたいと思っていたからでした。ちなみに「春の雪」という私の答えは、「金閣寺」とか「仮面の告白」とか言ったらバカにされそうなのと内容的に突っ込まれそうだったので、父の書棚で覚えていた三島のマイナーそうな本の名前をとっさに言ったのです。翌日には何か1冊ぐらいまともに読んで村田クンに感想を話して驚かせてやろうと思ったので、その日家に帰って書棚の「春の雪」を開いてみたのですが、確かに難しくて何がなんだかよく分からずすぐ挫折しました。そこで、夕食後最寄り駅の目黒駅近くの夜もやっている本屋まで出かけて、三島のなるべく薄い文庫本を一冊買い求めました。その時買ったのが「青の時代」(新潮文庫160円)でした。

その本も中学3年生の私には決してやさしくはなかったのですが、彼の文体が今まで読んだことのない芸術的なものに感じられ、同時に村田クンが言ってた「コンプレックス人間」「変態」という言葉がやけに私に深く印象づけられてしまって、とても不思議な感覚のまま読み終えることができたのでした。今思えば、三島の内面的な弱さがその芸術性と相まって、とても愛おしく魅力的に思われたのだと思います。一夜漬けで一冊本を読んで村田クンに強がって感想を言おうと思っていたのですが、そんなことはどうでもよくなって翌日も次なる三島の本を探しに本屋に行きました。一夜にして俄か三島ファンになったのでした。実はちゃんとした形で三島作品を読んだのは「青の時代」が初めてでした(以前に父の書棚にあった「金閣寺」を読み流したことがあった程度でした)。それからすっかり三島にはまった私は彼の本を読みあさり、とりあえず三島に関しては文学のジャンルで村田クンよりも詳しい唯一の作家となったのでした。

今でも三島は私の大好きな作家であり、その独自の芸術性を感じさせる作風と主義主張をもった生き方には、いろいろ影響を受けて来たように思います(思想的な影響ではありません)。それも文学青年村田クンとのコミュニケーションがもたらしてくれた大きな財産であると思っています。


フェブラリーステークスGⅠ

2010-02-21 | 競馬
久々の競馬ネタ。真冬のGⅠレース、フェブラリーステークスです。

人気は④エスポワールシチー、⑥サクセスブロッケンあたりのようです。私の本命は無条件で、高校の後輩矢作芳人厩舎所属の⑫グロリアスノアです。④エスポワールシチー⑬ローレルゲレイロ⑭リーチザクラウンと逃げたい馬が多く、展開は差し馬のグロリアスに向きそうでもあります。

なんとか矢作調教師に初GⅠをプレゼントして欲しいものです。

⑫の単・複。⑫から⑥、④の人気2頭への馬連・ワイド。⑫-⑯のワイド。

NEWS雑感~トヨタ自動車・NHK

2010-02-19 | ニュース雑感
●止まらぬ米“トヨタ叩き”と日本政府の責任

トヨタ自動車の豊田章男社長が、24日開催の米国下院公聴会からの招致を受け入れることになった模様です。“安全性問題”を盾にどこまでもこの問題を長引かせ、少しでも米自動車産業の復権につなげたい米国政府の思惑が見え見えであり、沈黙を続ける日本政府の対応も含めて何とも釈然としない思いにさせられます。もちろん、全ての問題の発端はトヨタの米国内での安全性問題対応における初動の悪さにあることには違いありません。しかしながら、執拗に“トヨタ叩き”を続ける米国政府の異常ともいえる対応の裏にあるのは、「普天間問題」において日米合意を無視し「トラスト・ミー」と発言しながらも迷走を続ける鳩山政権に対する不信感に端を発する“報復措置”と見る向きもあり、この見方はあながち外れていないと思われるのです。

「普天間問題」における政府の主体性のなさには、目を覆いたくなるばかりです。米国領土内へ飛行場移転の打診行脚と言うおよそナンセンスな“パフォーマンス”を続ける超アホ政党の社民党や、唐突に「キャンプシュワブ陸上」をぶちあげた厚顔無恥な国民新党の言動を押さえることもできず、波間を漂うブイの如き浮遊状態の鳩山首相の対応に対し米国政府が怒り“心頭”であるのは至極当然の流れであると思います。米国政府が最も公聴会へ招致し、その見解をただしたいのは鳩山首相に他ならないのではないでしょうか。日本の景気回復に向けて大きな足かせになりかねないトヨタ問題の長期化を早期に断ち切る意味からも、今こそ鳩山首相の一国の首相としてのリーダーシップと決断力が、求められていると思うのですが…。


●「改革」は名ばかり、NHKの“臭いものに蓋”体質

NHKのニュース番組の技術ディレクターなる39歳の男性が、渋谷駅界隈で女性のスカートの中をビデオ撮影して逮捕されたそうです。なんでまた“プロの技術”をそんなバカげたことに使ったのか、しかも通勤途上の会社最寄り駅周辺での“出来心”だと聞いて二度呆れてしまいました。この事件に関するYAHOOニュースのコメント欄には、200以上のコメントが寄せられています。どんなコメントが多いのか見てみると、圧倒的に多いのが「またNHK?」というもの。私がすぐに思い出したのは、現場記者の同時多発インサイダー取引事件ですが、世間の人たちの感覚では職員のモラルを問われる事件が一定期間ごとに頻発しているという印象なのでしょう。

今回の事件における責任がNHK自身にもあるか否かて言えば、インサイダー事件のようにストレートに管理責任を問われる問題ではないでしょう。しかし、世間に「またNHK?体質に問題あるんじゃないの?」という反応がたくさん出ていることに関しては、重く受け止める必要があると思います。職員のモラルが問われる事件が頻発しながら収まらないというのは、毎度の組織の不祥事に対する受け止め方の“甘さ”が知らず知らず社内に伝播しているからかもしれませんし、その点は反省する必要があるのではないかと思うのです。

今回具体的な“甘さ”を表す事象としては、YAHOOのコメント欄にも複数指摘のある「自社の不祥事を報道しない姿勢」ではないでしょうか。自社の不祥事を報道しないことは、至って「報道の中立性」を著しく欠く行為でもあります。NHKは職員の不祥事に厳しく対峙する姿勢を社内にも示し風土改革を促す意味からも、他のマスコミ同様事件は事件として取り上げ、ニュースの中でも謝罪すべきはきちんと謝罪すべきであると思うのです。NHKは「事件を厳正に受け止めコンプライアンスの徹底をはかり再発を防止してまいります」とのコメントを出しているようですが、「改革」とは名ばかりで毎度同じ“甘い”対応の前にはただ虚しく響くばかりです。

またひとつ消えた“昭和の星”~藤田まことさんの訃報に思う

2010-02-18 | その他あれこれ
突然飛び込んできた藤田まことさんの訃報、とても寂しいですね。

役者として印象深いのはやはり「必殺仕事人」ですが、僕らの世代は「藤田さんと言えば日曜日のテレビ」という印象がとても強くて、「スチャラカ社員」や「てなもんや三度笠」は、白黒テレビを囲む昭和の一家団欒を象徴するような番組でした。今思えば何のことはないドタバタ喜劇でしたが、面長な顔をいろいろ変形させて笑いをとる人なつっこい表情が何とも印象的でした。若かりし頃の藤田さんは、「仕事人」の中村主水とはまた違った魅力に溢れていたのです。特に「てなもんや」は、番組冒頭の寸劇の後必ず「あたり前田のクラッカー」の決め台詞で落とすシーンが見たくて、子供の頃毎週欠かさず楽しみに見ていました。今も続く私のダジャレ好きのしょうもない性分は(もはや単なるオヤジ以外の何モノでもありませんが)、あの時のあの台詞に由来しているように思います。

忘れられない藤田さんのもうひとつの顔は、“歌手”藤田まこと。大阪の歓楽街十三(じゅうそう)ではたらく女性の日々を歌った昭和46年のヒット曲「十三の夜」(あまりに印象的なサビの歌詞からタイトルを「十三のねえちゃん」だと思っている人が多くいます)は名曲です。実は作詞も作曲も藤田さんご自身で、元祖シンガー・ソングライターの趣?ホントいい曲で、藤田さんのソフトな歌声がまた素晴らしいのです。子供心には「♪ねえちゃん、ねえちゃん、十三のねえちゃん~」というくだりが面白くて気に入っていたのですが、大人になってからよくよく聞いてみると、けっこう哀愁ただよう大阪の水商売の女性への応援歌だったりして、藤田さんのやさしさあたたかさが何気にうかがわれる点がなんとも素敵です。やさしい人だったのですね、藤田さん。またひとつ我々を育ててくれた昭和の“親父世代”が消えていく寂しさを禁じ得ません。

心よりご冥福をお祈り申しあげます。


★「十三の夜」 作詞作曲/歌  藤田まこと

梅田離れて中津を過ぎりゃ思い出捨てた十三よ
女一人で生きていく 娘ちゃん娘ちゃん十三の娘ちゃん
涙をお拭きよ 化粧くずれが 気にかかる
庄内離れて みくにを過ぎりゃ ネオンうずまく 十三よ
やけに淋しい夜もある 娘ちゃん 娘ちゃん 十三の娘ちゃん
くじけちゃいけない 星に願いを かけるのさ
園田はなれて神崎川過ぎりゃ 恋の花咲く 十三よ
やがていつかは結ばれる 娘ちゃん 娘ちゃん 十三の娘ちゃん
「モスリン橋」を今日は二人で渡ろうよ

なんとも寂しい「アビイ・ロード売却話」

2010-02-16 | ニュース雑感
短いNEWSネタをひとつ。

経営危機が表面化した英音楽大手EMIグループが、ビートルズなどがレコーディングしたことで知られるロンドン北部の「アビイ・ロード・スタジオ」を売却することが明らかになったと、英紙フィナンシャル・タイムズが報じたそうです。売却額は数千万ポンド(数十億円)となる見通しだそうで、これはかなり波紋を呼びそうです。

ビートルズ・ファンならずともその名は聞いたことがあるであろう「アビイ・ロード」。スタジオ前の横断歩道をビートルズの4人が一列で渡るアルバム・ジャケット写真とともに、その名は世界中に知れ渡っており、単なる一音楽スタジオの売却レベルでは語れない大事件であるのです。「ブランド名まで売却するかどうかは未定」とは言いながら、前面道路の名称を冠したスタジオ名を使わせない権利が果たして成立するのかいささか疑問ではありますし、名称よりもスタジオそのものにブランド価値があると思われるので、本当に数千万ポンド(数十億円)なら、それははかなり安い買い物なのではないかと思われます。

報道によれば現在EMIは経営難にあり、「2007年に買収した英投資会社テラ・ファーマは米金融大手シティグループから33億ポンド(約4650億円)を借り入れており、6月までに1億2000万ポンドの資金調達が必要」だそうで、資金繰り上止むに止まれず今回の「アビイ・ロード・スタジオ」売却を決めたそうです。既に入札の受付をはじめたそうですが、世の中、特に世界には桁違いの金持ちがいるものですから、熱狂的ビートルズ・ファンの入札合戦により予想をはるかに上回る落札金額になることも考えられます。でも、音楽ファンからすると、ビートルズの“魂が宿る場所”とも言える「聖地」の売り出しは、結構複雑な思いですね。個人的には、できることならポール・マッカートニーか、せめてプロデューサーのジョージ・マーチンに落札してもらい「聖地」を守ってもらいたいところですが、あり得ないでしょうか?おふた方ならお金は十分持っているハズですけど。

“国母選手~オリンピック代表の品格”議論に大いなる疑問!

2010-02-14 | その他あれこれ
オリンピック関連の話題をひとつ。

スノーボード、ハーフパイプ代表の国母和宏(21)選手の“アスリートの品格問題”、なんかすごい騒ぎになっていますが何なんでしょう?そもそもは「バンクーバー入りする時の服装がだらしない」という事が発端で、その後の記者会見で「態度が悪い」と。確かに記者会見でマスコミの質問に「ちっ!(うっ)せーな」というのは、二十歳を過ぎた大人としてどうかという問題はあるでしょう。本人にはその点は大いに反省をしてもらいたいと思います。がしかしそもそもの服装の問題で、「オリンピック代表の品格が問われる」というのはいかなる世間の(マスコミの?)見識でしょうか。

まず何より、服の着こなしというものは文化であって国によっても違いますし、同じ国でも年代によって違ってしかるべきと思います。もちろん、皇室行事等に招かれてドレスコード的な注意文言が言い渡される場面において参加者がそれに従う事は必要な対応であります(たとえばエグザイルがサングラスをはずすとかです)。しかし今回のような場合、オリンピック選手団としてのユニフォーム(ブレザー、スラックス、シャツ、ネクタイ等)が配布された際に着こなしのルールが伝達されたか否かですがそれは恐らくない訳で、だとすれば、着こなしの部分は各自の判断に委ねるべきであり、それをあれこれ言うのは昭和の頑固ジジイ・うるさ方ババァたちのいちゃもんであるとしか私には思えません。

歩行煙草で出てきたとか、唾を吐き散らしたとか公共マナーに反するものは別ですが、今回の国母選手の服装は全く今の若者の着こなしな訳で、それ自体を問題にするなら、今の若者の着こなしそのものを公共マナー違反であると言っているようなものなのです。好き嫌いはもちろんあります。私も若者のズボンのずり下げスタイルは決してカッコいいとは思いませんし、できれば「それ俺らの世代から見るとカッコ悪いよ」言ってやりたい口ですが、でも公共マナーに違反しているとは全く思わない訳です。好みはそれぞれですからね。

百歩譲って、あの国母選手の服装が「誰が見ても不愉快で品位を欠く」ものであったとしても、「オリンピック代表選手の品格を問われる問題である」というトーンはいかがなものであるかと思います。大相撲朝青龍関の“横綱の品格問題”というのは、横綱の資格要件としても「ふさわしい品格ある者」であること的なモノが盛り込まれていたから焦点となったのであり、オリンピック代表選手って選考の際に「品格」も基準になっていたんでしたっけ?論点が全然、間違っていると私は思っています。戦前派が指導者に残っていた昭和の時代には、そんな価値観もあったとは思いますが、今の時代にはとんだお笑いぐさではないでしょうか。むしろ“今の日本の若者のスタイル”を伝えているという意味では、よっぽど日本代表らしいとさえ言えるのではないかと思えるほどです。

全日本スキー連盟は「出場自粛だ」、橋本聖子団長も「私の責任問題だ」と大騒ぎしています。一方の国母選手本人は開会式も出席自粛を命ぜられて、マスコミに叩かれ放題の上に今度は謝罪会見だとまぁ競技どころじゃない様子です。JOCもスキー連盟も何を考えているのだか…。選手のコンディションづくりを守りベストな状況で競技に向かわせることがJOCやスキー連盟の役割なのではないのですか。橋本団長も含め揃いも揃って大人たちは自己の「保身」の集まりな訳で、こんなくだらないことで選手に余計な動揺を与えている有様で選手がまともにメダルを取れる訳ないじゃないですか。「日本のメダル数を減らしているのはあんたらだよ」と、声を大にして言ってやりたいとこです。

国母選手本人は雑音が多くて大変でしょうが、とにかく競技本番でメダルを取って狭い見識の世間を見返してやって欲しいですね。ただし先の記者会見での「無礼」に対する謝罪は、メダルをとった暁にしっかりすることも忘れずに。