日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

ユニクロの問題点を整理する

2013-05-28 | 経営
テレビ朝日さんからのお呼ばれで、CS朝日2の「ニュースの深層」という番組でお話をさせていただきました(同じBLOGOSブロガーの山口巌氏と共演させていただきました)。テーマはユニクロの「世界同一賃金構想」について。オンエアは明日29日(水)20時~21時です。事前の資料読み込みやら、自分なりの意見集約作業を通じて、ユニクロに関する自分の考え方を整理するいい機会でもあったので、少しまとめておこうと思います。

資料の読み込みとしては、ユニクロ関連の新聞記事や柳井氏のインタビュー記事、BLOGOSの関連エントリーなどを中心におさらいをしてみました。その中で感じた抑えるべき重要なポイントは、そもそも「ユニクロはブラックだ」という議論はどこから出てきているのかということ。”やめクロ”の人たちが自分を含めて社員はこき使われてボロボロになって使い捨てにされているという話がけっこう前から出回っていたのですが、最近の盛り上がりはその手の方々の著作や雑誌への登場が相次ぎ、離職率の高さと相まって急激に盛り上がったと再確認しました。

最初にハッキリ申し上げておきますが、3年で50%と言われる離職率は確かに高いですが、その点をもってユニクロは「ブラック」であると言い放つのは違うだろうと私は思っています。「世界同一賃金構想」にしても、「グローバルな舞台で戦っていく上では、社員の処遇もグローバルでなくてはならない」という論拠に何の論理破綻もみあたらないと思っています。では私が考える問題点はどこにあるのかです。

まず離職率の問題。問題は離職率の率の高さはなく、企業モラルを含め本来のコンプライアンスの観点で考えるなら、職場環境や離職に至るその過程に対して同社がどこまで労務管理の立場で責任ある対応をしている否かでしょう。その大前提として言っておかなくてはならないことは、中小企業ならば見過ごすことの出来る問題も、日本を代表するような大企業では自己に課された企業モラルを踏まえ、しっかりと責任を果たす必要があると言うことです。

具体的な問題点は、複数の” やめクロ”の皆さんが口をそろえる社員労働環境の管理姿勢の問題です。柳井氏は「サービス残業はない」と断言しているのですが、複数の” やめクロ”の皆さんの話では、店舗運営における人件費コストは店舗成績および個人評価において重要な位置を占めるがゆえに、膨大な量の業務に埋もれていながら残業をつけずに業務量を増やす担当者が跡を絶たず、最終的には残業がつかない管理者扱いの店長に未消化業務のしわ寄せが一気にくるという現場実態が浮かび上がっています。

そうなる理由はただひとつ、管理サイドの確信犯的管理です。本当にコンプライアンス違反のサービス残業を憎み絶対に許さないという姿勢があるのならば、店舗の無人セキュリティ時間の徹底管理によるサービス残業撲滅指導はできるはずなのですから。これは金融機関などではごくごく当たり前の管理として導入されており、IDカードの離店情報インプット後にPCが稼働していれば、自動的に本社で察知しサービス残業を発見排除するというシステムが組上がっています。気持ちがあればできるすぐにでもできる話であり、ユニクロの対応の緩さはハナから見て見ぬふりをするつもりなのだなと、私の目には映っています。

グローバル・スタンダードを標榜する柳井ユニクロですが、こういったサービス残業が発生するであろう業務管理をしていながら目をつぶるという管理体制は、至ってジャパニーズ・ローカル・スタンダードそのものです。少なくとも残業などとは無縁で過労死などという言葉が「KAROSHI」という言葉をもって好奇の目で見られる欧米においては、どう転んでもスタンダードであるはずがないのです。

次に「世界同一賃金構想」。初めにも申し上げたように、構想そのものの中身は整合性がとれていますしグローバル化への対応と言う目的も納得のものです。しかし私が問題にしたいのは構想の中身やその表向きの目的ではなく、なぜこのタイミングなのかという観点から浮かび上がる裏事情です。ユニクロはバブル経済崩壊後の我が国のデフレ経済を背景にして急成長を遂げてきました。すなわち、品質に比べて安い価格はデフレ下における抑えられた現場の賃金体系に支えられてきた感が強くあります。

ところがアベノミクス効果による経済政策的なベクトルは一斉に脱デフレを指し示す形で動き出したわけで、現時点では実体経済にまでは反映されてはいないものの、この先を見越していけば、近い将来に低水準に抑えられてきた現場の賃金体系が上昇に転じるリスクが顕在化してきたわけです。このタイミングで登場した「世界同一賃金構想」は、途上国や新興国の労働力と国内の労働力を競わせることで、国内現場の人件費を引き続き低く抑えデフレ型ビジネスモデルを維持しようと言う狙いが見て取れるのです。

結果はどうなるかと言えば、経済状況も歴史的文化的背景も全く異なる多国間のローカル・スタンダードが入り混じりあうことで、比較上もっとも先進的な我が国の労働環境と賃金のバランスに今まで以上に大きな歪を及ぼす恐れがあると思うのです。そう考えれば、この論理展開は決してグローバル・スタンダードなどと呼べる代物ではありません。この点こそ私が、デフレ型ビジネスモデル堅持のためのご都合主義的つまみ食いであり、柳井氏の言うグローバル・スタンダードが「柳井スタンダード」であると申し上げる最大の所以でもあります。

「世界同一賃金構想」が正式に動き出し、ユニクロの新ルールとして定着するようになるなら、歪はさらなる社員の労働環境を悪化させる要因になりかねず、今以上に国内での「ブラック」疑惑「ブラック」批判は大きくなるのではないでしょうか。もしユニクロがそれをよしとしないのなら、先に申し上げた一刻も早くサービス残業を絶対にさせない許さない管理体制を構築すること以外に選択肢はないと思います。

柳井氏は「ユニクロはグローバル企業を目指す」ということを盛んにぶちあげています。グローバル企業とはその名の通り日本を代表して世界と戦う企業であり、言ってみれば業界別日本代表です。日本代表たる企業が仮に事実ではないにしろ、「ブラック」と揶揄されているのはいかがなものでしょう。先ごろF1復帰のニュースが、国民的歓迎を持っていけ入れられたホンダ。同社はユニクロから見れば、町のバイク屋さんから飛躍的成長を遂げた日本を代表するグローバル企業の大先輩でもあります。何故ホンダのF1復帰が国民的歓迎を持って受け入れられたのかは、ホンダの発展が誰かの犠牲の上に立つものではなく、日本代表にふさわしいクリーンさを持った企業であると国民から認知されていればこそのことでだと思うのです。

ユニクロが真のグローバル企業を目指すのであれば、大先輩企業を手本にして今何をすべきかを自ら問い直してみる必要があると思っています。

乙武さんの一件に学ぶ、正しいトラブル・コミュニケーションのあり方

2013-05-23 | ビジネス
車いすでエレベータのないレストランに来店した乙武さんが店側に入店を拒否された一件が大変な話題を集めています。事件の経緯や障害者と健常者のやり取りのあり方をとやかく言うつもりは毛頭ありません。私はどちらが良い悪いではなく、自己の商売柄ビジネスにおけるコミュニケーション円滑化を扱う立場から、この一件から学ぶべきコミュニケーション上の教訓を記しておきます。なお、あくまでネット上で得た情報を元に一般論で教訓を記します。事実関係の成否確認はしておりません。

1. 相手に負担や迷惑をかける可能性は、分かった段階ですぐに伝える
相手に迷惑や想定外の負担を与える可能性がある場合は、その事実が発覚した段階で即座に相手に伝え事前の了解あるいは心構えをもってもらう必要があります。それがないと、相手は予期せぬ事実に「聞いてなかった」→「話が違う」→「知っていながらなぜ教えなかった」という驚きから怒りに変質することにもつながりかねません。相手に負担や迷惑がかかる恐れがある事実は、判明時点で必ず伝える必要があるでしょう。

今回の件では、乙武さんはそのレストランがエレベータの停まらない階にあることは事前に知らなかったそうではありますが、未知の店への来店であるなら、「もしかすると、お店にご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、車いすでも大丈夫ですか」と事前に申し出ておくのがベターであったとは言えるでしょう。

2.店舗側はどんな時もビジネスであるということを忘れてはならない
ビジネス・コミュニケーションでもっとも大切なことは、どんな場面においても「主客」の立場を忘れてはならないということです。要するに、自身が「主」相手が「客」であるのなら、どんなに不都合なことがあろうとも(犯罪行為の類は当然除きます)、お客様に接しているのだという態度を忘れてはならないということなのです。

乙武さんは今回で相手をブログで非難した理由について、店主の「上から目線」を最大の理由として挙げています。これがもし本当であるのなら、店主の「上から目線」がなかったなら、今回のような第三者を巻き込んでの大きな騒ぎにはならなかったと思われます。店主に「上から目線」があったか否かは、乙武さんの主観の問題ですから何とも言えませんが、それを思わせる「主客」を忘れた何かはあったのでしょう。

3.トラブル・コミュニケーションは第三者を介さない大原則
トラブル発生時によくある「火に油」の状況は、トラブルの口火となうような一言を、当事者ではなく代理人や取り巻きに対して発し、そのことが間接的に伝わることで当事者同士のコミュニケーション成立前に感情がもつれ、まともなコミュニケーションが成立しなくなることです。「××と言っておけ」と伝言形式で非難、批判、罵倒の類を口にすることは、相手に正確に意図が伝わらないばかりが、第三者を介することでその第三者の主観がそこに入り込み一層やっかいな感情のもつれを生む原因になるのです。

今回の件で店主は断りの第一声を乙武さんの同伴女性にしています。同伴女性はそれを受けてあまりのショックに言われたことを泣きながら乙武さんに伝えたと言いますが、ここがトラブルを大きくした最大の原因であると思っています。店主はその後階下に降りて乙武さんと直接話をしていますが、もう後の祭り。乙武さんは泣きながら戻った女性を見て、どんなにひどい言われ方をしたのかと、相手と直接相対する前に相手に対する怒りや嫌悪の感情を持ってしまうわけで、これではまともなコミュニケーションが成立するハズがありません。完全なる店主側の落ち度です。「トラブル・コミュニケーションは第三者を介さない」は大原則として記憶したいところです。

4.外に出すリスクの大きさを知り、時を改め再度コミュニケーションをとる
当事者間のトラブルを外に公言するということは、最大限避けなくてはいけない部分です。どんな形であれ、トラブル情報が外に出ると言うことは詳細な事情を知り得ない無関係な第三者の目に触れさせることを意味するわけで、相手への誹謗中傷の拡大に加えて予期せぬ自己への批判も起こりうることであり、相応にとってプラスは何もないということになります。今回の件のように、大企業や著名人がトラブルの当事者として絡んでいる場合はなおさらリスクが大きくなると考えるべきでしょう。著名人のツイッター炎上などは大半が、このようなリスクの行方を考えないトラブルの公言や他者批判に起因するものです。

もしトラブルを公言しようと思うことがあったなら、特に影響力の強い立場にある側は、まずは冷静さを取り戻すだけの時間をおいたうえで、直接相手に再度コンタクトをとり改めて事実関係を正してみた上で善後策を検討するという注意深さも必要であると思います。

トラブル・コミュニケーションはビジネスをおこなう上で避けては通れない問題でもあり、その上手な運び方に対する心得や事を深刻にしない工夫があれば、余計な労力や精神面のダメージを生むことなくやり過ごすことができるのです。今回の件を傍目で見ていて、ビジネス・パーソンはこの機会に改めてそのあたりを認識されてはいかがかなと思った次第です。

お知らせ~J-CASTさん拙連載「社長のお悩み相談室」更新されました

2013-05-20 | 経営
今回は、「節約」「倹約」ばかりを指示し自らも担当する社長のお話。先代から引き継いだ会社資産の守りに入りがちな二代目、三代目の「金庫番」的マネジメントでは、会社の先行きは決して明るくありません。

こちらからどうぞ。
http://www.j-cast.com/kaisha/2013/05/20175405.html

ソニーもパナもユニクロも、ホンダに続け!

2013-05-17 | 経営
ホンダのF1復帰のニュースは本当に素晴らしい。心より同社の英断に拍手を送りたいと思います。

私はF1ファンでも車マニアでもないのですが、日本を代表する国際企業がその企業文化を確認しつつ外に発信を続けていくことは、日本経済の発展にとっても大変重要なことであると思っています。08年にホンダがF1からの撤退を決めた時に我が国がおかれていた経済状況から企業の台所事情は痛いほど分かり、それを批判することはできませんでしたが、非常に残念な気持ちで一杯でした。

思えばリーマンショック後の不況下における日本企業の円高、デフレ、国際的な価格競争に引きずり込まれての大苦戦は、筆舌に尽くしがたいものがありました。その中で失われていったジャパン・スピリットが日本の元気をより一層奪っていったことは確かであり、ホンダのF1撤退は、まさしくその“沈みゆくジャパン・スピリット”の象徴であるかのように思えたものです。

先週、長嶋さんへの国民栄誉賞授与式にからんで国民的な盛り上がりを見せたことに、記録や成績に縛られることなく「明るく、楽しく、夢を感じさせる何か」を求める気持ち、すなわち「昭和の心」こそが、景気が上向きかけた今私たち日本人や日本企業に求められていることの象徴ではないのかと、書かせてもらいました。長嶋さんの再登場を国民の多くが称賛で迎えるムードから察知して、これからは「数値」よりも「夢」や「希望」を感じさせる動きを、日本をリードする大企業にはとって欲しいと思ったわけです。
◆「長嶋さんと景気回復」http://blog.goo.ne.jp/ozoz0930/e/4e8e27c58060b15e1702f5a6832db55a

思えば、ここ数年は国内の大手企業、特に「モノづくり日本」を支えてきた製造業界各社は不況とデフレと円高の脅威のさらされつつ、「夢」を負うことを後回しにしたことで競争に打ち勝つ以外に生き残りのすべを失い、国際価格競争の波にのまれつつアジアの低コスト労働力の前に完膚なきまでに打ちのめされてきました。結果、日本が世界に提示してきた「夢」や「希望」は消え失せ、ソフト面の発想に勝る海外企業の僕(しもべ)として円高下でコストダウンに苦しむ“大いなる負け組下請けモノづくり国家”の色合いを濃くしつつあったわけなのでした。

ホンダのF1返り咲きは、「夢」を追い続ける世界のホンダの復活を感じさせる本当に素晴らしいニュースであると思うのです。今度は一転「日本の陽はまた昇る」を象徴し、まだ本物とは言い切れない景気回復を確かなものにし「日本復権」に向けた大いなる狼煙となるのではないでしょうか。

あとはこれにどこ企業が続くのか、そこが重要。昭和の日本を牽引してきたソニーにもパナソニックにも、円安効果の業況好転に安住することなく頑張って欲しい。そして同時に、デフレ下の経済状況においてその業績を伸ばし、ついには国際化路線を歩み始めたユニクロあたりにも、先輩国際企業ホンダの姿勢からあるべき経営の方向を察知し、新たな時代を牽引するリーダーとして脱デフレに向けた「夢」や「希望」を利用者にイメージさせる戦略への転換をぜひお願いしたいところであります。真偽のほどはともかく、リーダー企業がブラックなどと言われていたのでは、「夢」も「希望」もあったものではないでしょうから。

今、日本企業が認識すべき合言葉は、「ホンダに続け!」ではないでしょうか。

日経新聞意味不明?“死に体企業”の人事より、破たん処理を提起せよ!

2013-05-14 | その他あれこれ
東京電力の役員人事が固まったとの記事が本日の日経新聞に掲載されておりました。「無風人事に浮かぶ危機感」という見出しを立てて六段もの大きな扱い、この記事に私はいささか疑問を抱いております。今、東電がらみの報道に関しては、もっと別の観点からメディアは政府に対して、国民の代弁者として問題提起すべき事柄があると思うのです。

昨年の今頃、東京電力実質国有化に向けた再建計画を通すためのシナリオの可否についてメディアは喧々諤々やっていたのは記憶に新しいところであります。その折における問題の焦点は、2点ありました。計画達成遂行の前提となっていた電気料金の値上げ問題と柏崎刈羽原発稼働問題との2点です。

1点目の電気料金値上げ問題は、当初の申請よりも若干値上げ幅が圧縮されたものの、とりあえず昨年7月に認可され、「料金値上=利用者負担」処理そのものの良し悪しは別にして、一応俎上乗ってここまですすめられてきたわけです。値上げとセットになっていた経費の削減努力に関しても、4月30日の決算発表を見る限りにおいては計画以上の実績がなされ順調に推移している模様がうかがわれてはいます。

しかし2点目の原発の再稼働問題はどうでしょう。3月期決算によれば営業利益ベースでは上記のような入り払いの改善が寄与したものの、最終利益ベースにおいては損害賠償見積額増加に伴う特損の積み増しが大きく影響し、赤字幅が予想を大幅に上回る着地となっています。この部分を取っても計画通が狂い今期以降に大きなツケが回るという問題が噴出しているわけですが、加えて今期以降の計画数字は13年4月からの原発再稼働を前提としたものであり、現状柏崎刈羽再稼働の見通しが全く立っていない以上、再建計画は2年度目以降は完全に“絵に描いた餅”と化したと言っていいと思います。

この問題に関しては、もはや東京電力が自力でどうこうできる問題ではありません。国としてどう考えるのか、すなわち宙ぶらりんな状態のまま“絵に描いた餅”の計画を放置するのか、こそが問題の最大の焦点なのであります。

ならばメディアは何よりもまずその点に着目し、株主である政府に対して現状打開に向けてどう対処しいかに打開策を打ち出していくのか力を込めて糾弾していくべきであり、昨年の計画がいかに甘かったのかを正す必要があるのではないでしょうか。さらに具体的に申し上げるなら、一部で昨年時点から言われ小職も訴え続けてきた被災者保護策を講じた上での破たん処理検討の必要性についての議論を、今一度盛り上げていくべきなのではないかと思うのです。

こうしてちょっと考えてみれば、このままでは自力で生きるすべすら持たない企業の役員人事問題を取り上げる価値がいくばくかでもあるのか否か、そんなことは自明の理だと思うのです。東電問題において今メディアが今すべきことは、政府の問題先送りの不透明な対応を容認することなく、当初から求められてしかるべき株主責任、貸し手責任を問うた上での破たん処理による明確な道筋の提示を、政府に対して求めていくことではないのでしょうか。

蛇足ではありますが、消費増税実施に関する観点から考えても、増税実施前に膿はすべて出し切るべきであり、その結果として一時的に経済が冷え込むのであるなら増税時期の見直しをすることの検討も必要でしょう。問題先送りのまま、増税後に破たん処理をおこない国民生活がより大きな経済的ダメージを被るような事態は避けるべきであると思います。

それにしても日経のこの記事はなんなのでしょうか。意味不明。メディアは東電問題に関して、この重要な局面を見失うことなくしっかりポイントを捉えた報道をしてほしいと思います。

長嶋さんと景気回復

2013-05-09 | 経営
長嶋茂雄さんのことを書いておきたいと思います。5月5日に東京ドームでおこなわれた国民栄誉賞の授与式とセレモニーは、現場であるいはテレビを通じて多くの人が感動を覚えた国民的イベントであったと思います。

やっぱり長嶋さんは特別だと、改めて感じさせられた瞬間でもありました。ミスター・プロ野球であった長嶋さんが国民栄誉賞を授与されるその姿に、懸命なリハビリから回復しまた今皆を湧かせる天性のパフォーマーの姿に、涙した人も多かったのではないでしょうか。あの感動や涙は何であったのか。私は「昭和の心」に違いないと思いました。明るく、楽しく、夢を感じさせる昭和。記録や具体的な性能を求めるのではない昭和。何事にも前向きだった昭和。そんな戦後昭和の象徴が長嶋さんだったのではないでしょうか。

長嶋さんは「記録の人」じゃない、「記憶の人」だとよく言われます。いつでも見る人を楽しませてくれるそんな人。ホームランだって本数は関係ない、ここぞという時に打ってくれる、まさかというところで打ってくれる、そんな人だからこそ人気抜群だったわけでしょう。好対照なのは王さん。もちろんここぞという時にも打ってはいるのでしょうが、派手なパフォーマンスを得意とするタイプでもなく、どちらが良いか悪いかではありませんがやはり記録の人。長嶋さんは、5日の授与式も間違いなく長く語り継がれるであろうものにしてくれました。持って生まれた国民的ヒーローなのです。

長嶋さんは、間違いなく「昭和」特に日本が元気だった高度成長期を象徴する人です。現場で、テレビを通じて、今改めて長嶋さんの元気な姿を見て、昔の雄姿を思い出して、つくづく長嶋さんみたいな存在が今の時代の日本に欠けているとは思わせられるわけなのです。今はなきものものだからこそなお、余計に寂しさを感じ、あーあの時代は良かったなと感慨深く思わされたりもするわけです。

企業もそうでした。例えばソニー。明るかったじゃないですか。もちろん技術力はありましたが、性能一辺倒で名を馳せたわけではありませんでした。トランジスタ・ラジオは、据え置きが当たり前だったラジオを外に持ち出せるという楽しさを生み出した画期的な製品でした。ウォークマンは外を歩きながら好きな音楽が聞けるという、これまた画期的な楽しさにあふれた製品でありました。娯楽も仕事も、明るく、楽しく、夢を感じさせる何かを皆が享受していた、そんな「昭和の心」あふれていたと思うのです。

いつからでしょうか、記録や性能に追い立てられるようになり、明るく、楽しく、夢を感じさせる、「昭和の心」がどこかへ消えてしまいました。実体なく浮かれているのは良くないことだと、バブル経済の崩壊以降そういったものは「悪」とされ、日本は次第にギスギスし、実態の見える記録や性能を追い求めることでどんどん自分の首を絞めていく。結果、デフレ経済が蔓延し、夢を語ることをやめたソニーを筆頭に家電メーカー各社は、軒並み国際化の荒波に飲まれて輝きを失ってしまったのでした

昨日は自動車産業がV字回復を果たしたという明るいニュースが飛び込んできましたが、これはまだまだ景気回復ではなく単なる円安の恩恵に他なりません。アベノミクス効果で本格的な景気回復を願う日本が「復活」を本物にするために必要なことは、国民一人ひとり、あらゆる組織のひとつひとつが、明るく、楽しく、夢を感じさせる「昭和の心」を思い出す事なのではないのかと、思うのです。長嶋さんはそれを皆に思い出させるための使者ではないのかなとさえ思えます。もちろん、安部首相の思惑がそこまであったとしたらたいしたものですが、そうは思いません。あくまで、流れです。流れがそうさせたのだと。

流れの話で申し上げるなら、明るく、楽しく、夢を感じさせるためには、2020年東京オリンピックの誘致も有効でしょう(猪瀬知事の失態で雲行きはかなり怪しくなりましたが)。時代や状況は64年当時とは大きく異なっていますが、今日本人が忘れている明るく、楽しく、夢を感じさせる何かを思い出させるための起爆剤として、オリンピック開催はきっと日本を元気づけてくれるに違いないと思えるのです。

国民栄誉賞にふさわしいか否かの議論に関係なく、景気回復のカギを握るこの時期における思いもかけない形での長嶋さんの登場はメッセージを確実に伝えてくれました。そのメッセージを受け取り長嶋さんに感動を覚えた世代は、まさしく日本経済をけん引する経営者世代でもあります。経営者の皆さん、長嶋さんが現役時代、監督時代を通じていつも実践していた、明るく、楽しく、夢を感じさせる「昭和の心」を胸に、景気回復に向け今こそ前向きな経済活動にまい進して欲しいと切に思うところです。

<余談>
始球式で松井くんが投げた球はインハイでした。それをなにくそと打ちにいったミスター。「内閣高め誘導(支持率)」での国民栄誉賞授与なんてクソくらえだ、楽しくなくちゃいかんのだ、というミスターのメッセージにも思えました。