日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

居酒屋甲子園取材に思う“二十年一日”のNHKスタイル

2014-01-18 | その他あれこれ
14日放映の「NHKクローズアップ現代」の件です。話題ですね、「居酒屋甲子園」。
http://www.nhk.or.jp/gendai-blog/100/177451.html

私は番組を見ていないので詳しくは存じ上げませんが、事の顛末はJ-CASTさんに詳しく記されています。
http://www.j-cast.com/2014/01/15194211.html

見ていない以上、「ふーん、なるほど」としか言い様がないのですが、J-CASTさんの記載にある「居酒屋甲子園は15日、「沢山の方々に不快と感じられる報道がありました」として公式サイト上で放送内容に異議を唱えた。」という一文より、居酒屋甲子園のHPを見るに至りちょっと気になるくだりに出くわしました。
http://izako.org/releases/view/00124

私が気になるくだりは、ネットで話題になっている居酒屋甲子園のやり方の善し悪しとは無関係でことの本筋とは大きく離れますが、居酒屋甲子園のお詫び文の中にあるNHKからの取材依頼文の内容です。
<以下、居酒屋甲子園HPより引用>
いま日本社会の様々な現場で生まれている広告、条例、企業の社訓・クレド(信条)などの「熱い言葉」の現場を訪ね、その背景にあるものを探る特集を組みたいと考えております。そのなかで、従業員の離職率の高さに悩むサービス業界で、いま●●甲子園という大会が広がっていること、さらに各店舗さんの企業理念や個人理念でも詩的な言葉を導入されている様子を取材しております。低温世代といわれる若者たちのこころをどう動かすか、その取り組みの様子を取材しております。

そしてこれに対して居酒屋甲子園側は、
<以下、居酒屋甲子園HPより引用>
若者をごまかすための言葉遊び(「ポエムの力で説明放棄」「何かを隠蔽する」等々)であるような報道がありました。このような報道になったことは誠に残念であります。

としています。
居酒屋甲子園側が何が言いたいのかですが、要するに当初伝えられた取材趣旨を大きく逸脱し、自分たちに反論の機会すら与えられずに一方的に批判的な報道をされた、という事への抗議文であると読めます。

確かに、NHKの取材依頼文そのものは嘘は言っていないとは思います。しかし、どうなんでしょう。居酒屋甲子園のやり方に対する批判的な姿勢といった、最も重要な番組制作意図は隠されたまま取材が申し込まれ撮影がされ編集されたと考えられます。個人的にはマスコミの取材姿勢として問題ありなのではないかと思うのです。

NHKの取材に際しての懸念は、「初めから批判的な取材意図をあらわにすればきっと撮影を断られるだろう。そうなれば番組制作自体が成立しない」といったものが考えられます。そんな思惑から、あえて批判的な取材意図は隠し撮影を敢行したというのが正直なところではないでしょうか。私は最低限でも番組を制作する中で、撮影前には本当の意図を隠していたとしても、編集の段階までにはその意図を明かしてNHK側の受け止め方に対して、居酒屋甲子園側の言い分や考え方を追加取材し番組内に盛り込むべきだったのではないかと思うのです。

私は居酒屋甲子園の信奉者ではありませんし、どちらかに偏った物の見方で本件について意見を申し上げるつもりは毛頭ありません。実は、個人的に過去にこれと似た経験があって、そのことを思い出し申しあげてみたのです。

私の過去の経験とは、
銀行のプレス担当時代に、同じくNHKから「銀行における女子社員の活用」を取り上げたいとの取材を申し込みがありました。女子渉外行員の一日を追うということで、「とにかくがむしゃらに頑張っている女子渉外担当を取材したい」とのことでした。早朝から陽が落ちるまで、私は取材に立会いました。「いい絵が撮れました」と彼ら。翌週放送された番組を見ると、なんとテーマは「銀行女子行員の過労死を検証する」だったのです。他行で起きた過労死問題を取り上げ、その原因と思われる女子行員の激務実態として、私の銀行が言われなき悪者扱いを受けたのです。

すぐさま抗議しました。「なぜ本当の取材意図を伝えなかったのか」「少なくとも、取材意図に対して取材を受けた我々の意見を申し述べる機会を与えないのは卑怯ではないのか」と。彼らは自分たちの全面的な非は認めませんでしたが「落ち度はあった」という点は認め、今後の取材姿勢に反映させると局長名で約しました。私は映像取材の怖さを知りました。

映像がなければ番組が成立しない、だから映像を撮るために意図を隠した取材を敢行する。絵を撮るためにやむを得ない場面もあることは、好ましいとは思いませんがビジネスとして一定の理解はできます。しかし、例え被取材側に不利益になる取材意図であろうとも放映前には伝え、反論、意見を述べる機会は与えるのが最低限の取材のマナーなのではないかと思うのです。

私の嫌な経験はもう20年も前のことなのですが、今回のNHKの取材のやり方を見る限り、あの時の約束は果たされておらず、映像メディア取材におけるモラルはあの時代から何の向上もしていないのかと非常に残念な気持ちにさせられました。

お知らせ~J-CASTさん拙連載「社長のお悩み相談室」更新されました

2014-01-10 | 経営
経営者新年会の席上うかがった、社長方が考える「人を活かす企業」と従業員が考えるそれとのギャップのお話。このギャップの有無こそ、ブラック企業と揶揄されるか否かともかかわる部分だったりするのです。

こちらからどうぞ。
http://www.j-cast.com/kaisha/2014/01/08193613.html

アクリフーズとカネボウ化粧品に共通する「負の遺産M&A」の落とし穴

2014-01-09 | 経営
マルハニチロの冷凍食品製造子会社アクリフーズの農薬混入事件は、いまだ解決の糸口が見えてきません。何者かによる意図的な農薬混入が有力視されることで、マルハニチロおよびアクリフーズは被害者的な扱いでの報道をされているのですが、私はアクリフーズの業歴に別の視点からこの事件を考える必要性を感じています。

もともとアクリフーズは、名門旧雪印乳業の冷凍食品部門としてスタートしたものが、00年に起きた雪印集団食中毒事件と02年の雪印牛肉偽装事件という相次いだ雪印グループの不祥事により雪印食品の廃業に伴って当時のニチロに売却され、マルハニチログループの冷凍食品製造部門になったのです。雪印グループが中毒事件および牛肉偽装事件において、その高慢で濁った組織風土が当時マスコミにより次々と報じられたのは記憶に新しいところです。

アクリフーズも長年雪印グループ内で親会社の意向を受けて活動を続けてきた以上、組織風土は雪印グループのそれを受け継いでいると考えるのが組織論的には正当な考え方であろうと思われるところです。もちろん度重なる事件の反省を通じた改善や、マルハニチロ・グループに譲渡されたことによる環境の変化は組織にそれなりの変革を促してきたとは思います。しかし長年身に付いた風土は、合併や統合、あるいは人的な総入れ替え等を行わない限りにおいて、なかなか抜本的に変えることは難しいのです。

私は今回の事件は、例えそれが悪意ある個人の犯行であったとしても、それを生み出した原因は長年の旧雪印時代からの「負の組織風土」に起因するものであると考えるべきであろうと思っています。すなわち、不祥事を受けて組織ごと譲渡された企業を、風土面から浄化することなく運営を続けてきた親会社マルハニチロの経営責任は免れえないのではないかと思うのです。

同じようなことは、昨年大問題になったカネボウ化粧品の白斑事件でも指摘をされた部分でもあります。すなわち、度重なる粉飾決算という不祥事により創業以来100年以上にわたる名門カネボウの歴史は幕を閉じ、化粧品部門は04年に子会社としてそのままの独立した組織として花王グループの傘下に入りました。そして昨年発生した白斑事件は、利用者からの白斑発症の申し出を放置するという、マネジメントの優等生でもある超優良企業花王の組織風土ではおよそ考えられない事件でした。まさしく、カネボウグループから引き継いだ組織風土としての負の遺産そのものだったのです。

カネボウ化粧品とアクリフーズの共通点は、どちらも歴史ある名門企業の組織風土のもと長年組織運営がなされ、その後不祥事を受けて他企業ループに譲渡されるも抜本的な組織風土改革を施すことなく運営されてきたという点にあります。歴史ある企業グループは、組織風土面で素晴らしい点が多々あるのも事実ではありますが、その歴史に長さゆえに「伝統」に胡座(あぐら)をかきがちでもあり、そのことが思わぬ不祥事を招くこともあるのです。そして、そういった不祥事を受けM&A等の手法により他企業グループに組織の一部が移転するならば、組織移転を機に旧風土を抜本的に洗い直し名実ともに新グループの新会社に作り変える必要があるのです。不祥事を受けたM&Aの思わぬ落とし穴である、と言えるかもしれません。

アクリフーズの件は、早期の原因の究明とそれを受けての再発防止策の策定が求められることではありますが、アクリフーズそのものの旧雪印グループから引き継いだ「負の組織風土」の抜本改革に着手しないならば、問題の本質的な解決にはならないのではないかと思う次第です。

“リストラ頼り”ソニーに思う、今年の企業経営のあり方

2014-01-06 | 経営
あけましておめでとうございます。年末にソニーの追加リストラの話が報道されました。昨年の締めに書こうと思ったネタですがいろいろあって書けませんでしたので、新年にあたり企業経営者の皆様向けに、本年の経営指針へのヒントという切り口からこのネタに関連した話を書いておきます。

ソニーのリストラ報道は国内5工場で給与の高い中堅社員や管理職が対象。ここで重要なことは、同社は平井CEO就任初年度の2012年度にも1万人規模のリストラを実施しているという点です。この時のリストラとアベノミクス効果による円安の恩恵もあって、12年度決算は連結で5年ぶりの最終利益を計上。平井氏は昨年の株主総会で、「私の経営方針の成果。来期はエレキ部門を必ず黒字化させる」と胸を張りました。

しかし、海外戦略の見込み違い等により今年度に入ってなお主力のエレキ事業の赤字体質脱出が思うに任せず、今回の追加リストラに当面の企業の行く末を委ねざるを得ないという状況に陥ったわけです。要するにコストカットと相場の恩恵で一時期ピンチを脱したものの、企業全体としての次なる一手、すなわち大枠の事業戦略が正しく描けていなかったということに他ならないと言えるでしょう。

同じような話を別の業界でも見た気がしませんでしょうか。日産自動車です。カルロス・ゴーンCEOは、日産の経営危機を救った名経営者と持ち上げられることも多い方なのですが、本当にそうでしょうか。氏が手がけた日産リバイバルプランは、言ってみれば単なるリストラ策に過ぎません。確かに、それによって死に体の組織が息を吹き返したわけですから、企業再生家としての半分は大いに評価できると思います。

しかし、その後の日産は成長軌道を描けずに苦しみもがいています。アベノミクス効果により、トヨタ自動車をはじめ国内の自動車産業が軒並み復活に沸く中、一人蚊帳の外といった感が強く漂っています。最大の理由は成長戦略の描き違いでしょう。その代表例と言えるものが、EV車戦略。トヨタが90年代からいち早くより現実的なハイブリッド車戦略を具体化したのに対して、日産はよりエコロジーを追求したEV車開発にこだわり続けました。

しかしEV車は普及に向けて電源供給スタンド問題などまだまだ越えるべきハードルが多く、結果として「17年3月世界で150万台」とした量産型EV一号車リーフの当初販売計画は現時点で10万台にも達しない見込み違いとなり、達成期限を4年延長するという事態に陥っているのです。ゴーン氏は名コストカッターではあったものの、名経営者と言い難い状況にあります。日産は今、成長戦略について根本からの立て直しが迫られていると言っていいでしょう。

企業マネジメントの重要要素である「戦略」は利益増を目的として立てられますが、これには「仕組み戦略」と「仕掛け戦略」の2種類があります。リストラなどの支出削減は「仕組み戦略」あたり、売上増強等の成長軌道を描く戦略が「仕掛け戦略」なのです。「仕組み戦略」は言ってみれば景気悪化による業績低迷や予期せぬ経営危機などの際には不可欠な「戦略」ではありますが、それはあくまで急場しのぎ。そこに成長軌道を描く「仕掛け戦略」が伴ってはじめて、経営は長期安定的な運営を見込むことができるのです。

ソニーも日産自動車も結局のところ、「仕組み戦略」は首尾よくはまったものの「仕掛け戦略」にしくじったという状況にあるのだと思います。現状のような景気が回復基調にある局面では、景気低迷下における“我慢の経営”から“飛躍の経営”への転換点でもあり、「仕掛け戦略」の良否は残酷なぐらい明確に企業の回復度合いに現れてしまうのです。ハッキリ申し上げて、「仕組み戦略」は単に支出を絞ればいいので誰にもできるとも言え、「仕掛け戦略」の良否こそが経営者の本当の評価に関わる部分なのです。それができない企業の「負け組」入りは、容易に確定してしまうのです。

もちろんこれは大企業に限った話ではありません。中小企業とて同じこと。私の周囲でも、「景気回復なんて大企業だけの話。我々中小企業まで回ってきやしない」などと、ただただ指をくわえて恨み言を口にする経営者の方が見受けられますが、ハッキリ申し上げて景気回復が実感できるか否かはあなたの「仕掛け戦略」如何にかかっているのです。

長いデフレ不況を乗り切っていた経営者の皆さん、このままじっとしているだけで景気回復を実感できると思ったら大きな間違いです。高度成長やバブル景気など二度とやってこないのですから。とにかく成長軌道に導く「仕掛け戦略」を正しく描きそれを早期に推し進めることです。企業経営は本当に難しい時代に入りました。今年の企業経営は大企業、中小企業問わず「仕掛け戦略」の良否が問われる年になるであろうと、念頭に思う所存です。