松之山温泉の温泉街中心部、観光案内所の真向かいに位置している旅館「ひなの宿 ちとせ」で立ち寄り入浴を楽しんでまいりました。松之山温泉の中でも規模が大きくてグレードも高いお宿であり、吝嗇者の私にとっては縁遠い存在なのですが、日中は立ち寄り入浴を受け入れてくれますので、その時間帯を狙って訪問することにしました。ガレージの一角に設けられている小さな足湯を目にしながら、アプローチを上がってフロントへ。
裏山まで見通せるラウンジは、現代的な開放感と伝統的な和の趣きを共存させています。またラグジュアリ感を醸し出しながらも、フロア一面に敷き詰められた畳により、日本人が日々の生活で慣れ親しんできた郷愁を感じさせてくれ、足元から伝わるその感触にホッと心が安らぎます。
フロントにて日帰り入浴をお願いしますと、快く対応してくださいました。館内には男女別の大浴場「ほんやらの湯」と、男女入れ替え制の露天風呂「月見の湯」、そして2室の貸切風呂があり、日帰り入浴の場合は「ほんやらの湯」と「月見の湯」(※)が利用できますので、今回はその両方に入浴しました。なお貸切風呂は別途料金が必要ですので、今回は利用しておりません。
(※)「月見の湯」は10:00~12:00が女湯、12:00~15:00が男湯となります。
今回の記事では大浴場「ほんやらの湯」について取り上げます。
フロント斜め前に位置している湯上がり処を通りすぎて浴室へ。女湯には「あねちゃ」、男湯には「あにちゃ」の札が掛かっていました。生涯青春を謳う元気な老人が多い近年では、どんな爺さん婆さんに対しても、こうして兄さん姉さんと称した方が相応しいのかも。
脱衣室の造りも和の趣きたっぷりで上品。隅々まできっちりお手入れされて清潔感が漲っており、備品類も整っていてとても快適です。浴室と接している部分はガラス窓になっており、中の様子を窺えるばかりでなく、明るさや開放感をもたらす一助にもなっていました。
この脱衣室で面白いのが籠を納める棚の枠一つ一つに付けられた札。遠くから目にした時には単なるナンバリングかと思ったのですが、近づいてみると、それぞれの札には「温故知新」「灯台下暗し」など異なる四字熟語や諺などが記されているのです。私のような数字に弱い人間は、単なる番号ですと「あれ? 何番だっけ」とうっかり忘れてしまいがちですが、こうした成句でしたら忘れる心配もありませんね。もっとも、どんな成句を選ぶかによって、その人の人柄が露呈してしまうリスクもありますが(笑)。
私は自戒の念を込めて「井の中の蛙大海を知らず」の籠をチョイス。
落ち着いた雰囲気の内湯。どっしりとした姿でお湯を湛える木の浴槽が、堂々たる存在感を放っています。室内には湯気とともに松之山温泉独特の匂いが充満していました。洗い場はふた手に分かれており、計8基のシャワー付きカランが設置されていました。
内湯には3m×5mサイズの大きな浴槽がひとつ据えられており、槽内こそタイル貼りですが、縁には立派な木材が用いられいます。深さもちゃんと確保されていて入り応え十分。一部分は寝湯ゾーンとなっており、仰向けになって入浴できるよう上げ底がスロープ状にゆるく傾斜している他、腰が当たる部分にはストッパー代わりの丸太が設置され、横になっている時でもお尻がズリ落ちずに安定して寝湯が楽しめる配慮がなされているのでした。
こちらのお風呂に引かれているお湯は、鷹の湯1号・2号・3号。湯船のお湯は薄い黄色を帯びた微濁を呈しています。館内表示によれば内湯では循環させているそうですが、直に触れたら火傷しそうなほど激熱の源泉も窓側の湯口から投入されており、この影響なのか、浴槽のお湯の状態は決して悪くなく、お湯から漂うアブラ臭も実に強力です。人間の嗅覚は同じ匂いを嗅ぎ続けていると、やがて慣れてしまって匂いを感じなくなってしまいますが(いわゆる順応)、不思議なことにこの浴室では匂いに麻痺することなく、何度嗅いでも松之山温泉ならではの個性的な匂いが嗅ぎ取れました。また、湯口の筒の周りには塩分と思しき白い結晶がビッシリこびり付いており、温泉成分の濃さをビジュアル的に実感できました。析出が現れやすい硫酸塩泉と違って、食塩泉の析出がここまでコンモリこびりつくのは珍しいかもしれません。
源泉投入と循環の塩梅がちょうど良く、私が入った時は(体感で)42~3℃という絶妙な湯加減。あまりに心地よいお湯だったので、肩まで浸かった瞬間に思わず「ふぅぅ」と大きな溜め息が出ちゃいました。なお壁に立てかけられている大きな板は湯もみ板。熱い時に活躍するのでしょうけど、今回登場の出番はありませんでした。
内湯のガラス窓を一枚隔てた屋外側は露天風呂。5~6人サイズの岩風呂で、底面は鉄平石敷きです。頭上は屋根で覆われており、すぐ目の前には裏山が迫っているため、開放感はあまり期待できませんが、外気に触れながらの爽快な湯浴みを楽しむならちょうど良い感じです。
奥の壁に掲示されている説明には、お湯の表面が熱ければ湯もみ板を使ってほしい、それでもダメなら加水調整をしてね、という旨が記されており、実際に浴槽手前の蛇口傍には小さな湯もみ板が置かれていましたが、お湯の投入量が絶妙であったためか、湯もみをしなくとも問題なく入浴できました。
積み上げられた岩の湯口から熱いお湯が注がれており、お湯が流れる岩の表面は濃いグレーに染まり、そのまわりには白や黄色などの結晶が現れています。内湯では循環が行われていましたが、この露天は源泉100%の放流式。お湯の濁り方は内湯より薄い一方で、湯中では千切れた膜のような暗い山吹色の湯の華が浮遊しており、お湯自体もトロっとしていて湯鈍りも少なく、湯船に体を沈めると、濃い塩分によって肌へピリっとくる刺激が走りました。なんとも言えない魅惑的な感触のトロミといい、絶妙な湯加減といい、実に気持ちの良いお風呂でしたが、貪欲な私はこれだけに満足せず、続いて露天の「月見の湯」へと向かったのでした。
鷹の湯1号・2号・3号
ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉 85.5℃ pH7.5 掘削自噴 溶存物質14978mg/kg 成分総計14979mg/kg
Na+:3500mg(60mval%), NH4+:31mg, Ca++:1900mg(38mval%),
Cl-:8900mg(99mval%), Br-:25mg, I-:10mg,
H2SiO3:110mg, HBO2:250mg,
ほんやらの内湯:循環あり(体毛・糸くず等の除去と温度管理のため)、ヨウドパワーによる滅菌実施(衛生管理のため)、塩素系薬剤や入浴剤の使用なし、加水あり(源泉高温のため、清掃後の浴槽張り込み時に加水実施)
ほんやらの露天:掛け流し、ただし加水あり(源泉高温のため、清掃後の浴槽張り込み時に加水実施)
後編に続く