「ひとっ風呂浴びに3日登山 高天原温泉 その4(雲ノ平から高天原山荘へ)」の続編です
内容が嵩んでしまったので、今回は7回に分けて記事をアップしております。
●高天原山荘
【13:45 高天原山荘】
この日は薬師沢から雲ノ平を遠回りして、美しい景色に包まれながらのんびり歩いてきたつもりが、それでも小屋に着いたのはちょっと早めの14時前。まぁ、早く着いたのだから、その分、湯浴み時間も長く確保できる。
小屋前の広場には、ヘリのピストン輸送によって運び込まれた工事資材がたくさん積まれていたのだが、これはバイオトイレを建設するためのもので、今年の営業期間内(※)には間に合わなかったが、来期の営業から使用が開始されるらしい。小屋の裏には小型のユンボが搬入されており、すでに基礎工事も終わっていて、柱が立て始められていた。北アルプスが抱える登山者のオーバーユースによって顕在化した問題のひとつがトイレの屎尿処理であり、一時は信濃毎日新聞の『北アルプストイレ事情』などによって深刻な実態が明らかにされるとともに問題提起がなされたが、その後は徐々にバイオトイレなど垂れ流しを避ける方式が導入されはじめ、今日では多くのトイレが環境負荷が少ないタイプへと更新されている。今回の行程でも工事中の高天原を除いた全ての施設でバイオトイレが採用されていた。自然環境へ与える影響が軽減されるのみならず、登山者にとっても従来の山のトイレでは常識であったおぞましき悪臭や不衛生な環境からオサラバできるのだから、ありがたい事この上ない。なお工事のおっちゃん曰く、来年からは食堂の拡張工事も行われるらしい。高天原山荘は徐々に進化を遂げている。
(※)高天原山荘は毎年9月末で小屋を閉める。
この日も事前に宿泊予約をしておいたので、受付ではスムーズに手続きが済んだ。小屋は2年前にリニューアルされており、奥地とは思えないほど綺麗な建物であった。
受付前の階段を上がった2階が客室。ありがたいことに更衣室が設けられていた。
畳の上には布団がたくさん並べられている。予約をしておいた御蔭か、私は一番端っこに位置する1番の布団があてがわれた。昨晩の薬師沢小屋と同様、この晩も収容人員に余裕があったため、隣の客とは布団1枚分を空けて利用することができた(つまり一人で布団2枚分のスペースを確保することができた)。
当然ながら電気は引かれていないので、日が暮れると山荘にはランプが灯る。柔らかなランプの光はとってもハートウォーミングだ。夕飯は17:30から食堂でいただく。北アルプスの最奥部に当たるエリアであるにもかかわらず、献立は結構手が込んでおり、ハムカツ・カボチャ入りのポテトサラダ・高野豆腐・佃煮の他、蕎麦やクリームシチューまで提供された。
この晩は中秋の名月。
夜の帳が下りると気温はひと桁まで下がったので、防寒具をしっかり着込み、バーナーでお湯を沸かして持参したコーヒーを淹れながら、工事のおっちゃん達と爽やかな環境にはそぐわない下ネタ会話で盛り上がっていたら、水晶岳の左手から皓々と輝く満月が浮かび上がってきた。青白い月明かりは、ライトが必要ないほど辺りを明るく照らしていた。いつまでも満月を眺めていたかったが、底冷えが厳しく、小屋の消灯時間(20時)も近づいてきたので、名月鑑賞はほどほどにして、いそいそと布団へと戻った。
●温泉
さて今行程の最大目的である温泉について触れよう。
日本最奥の温泉である高天原温泉は、山小屋から歩いて15~20分のところにある。20分程度だからと言って侮るかなかれ、この道程にはザレあり沢越えあり、しかも結構な距離もあるため、小屋に用意されているサンダルではかなり難儀するだろう。この旨は小屋でもちゃんと案内されている。なお温泉は立ち寄り入浴も可能で、その際には小屋の下足場に置かれている料金箱へ300円と投入すればよい。でも風呂に入った後に再び登山するのは相当体に堪えるので、余程体力に自信がある人以外は宿泊した方がベターかと思われる。
小屋に到着して荷物を下ろした後、私はすぐに温泉へと向かった。
小屋を出てまもなく、ちょっとしたザレ場を下る。小屋での案内に記されていたように、サンダルでは滑って歩きにくいだろう。
幾筋か沢を越えて15分ほど歩いていたら、温泉沢と称する沢に突き当たった。川原の岩には赤ペンキでマーキングされているので、それに従って沢をちょっと遡る。
やった!!
夢にまで見た高天原温泉に到着だ!。
この温泉には沢の両岸に3つの湯船が点在しており、右岸には女性専用の「美人の湯」とメイン浴槽の「からまつの湯」、左岸には「野湯」と称する露天風呂がある。「美人の湯」以外は混浴だ。なお上画像に写っている小屋は女性専用の「美人の湯」であり、どなたもいなければ見学させてもらう考えでいたが、常時利用者がいたようなので見学は自粛した。
まずはこの温泉のメイン浴槽である「からまつの湯」から入ってみることにした。画像には写っていないが、湯船の左側には脱衣小屋が設置されている。湯船自体は沢からちょっと岸を上がったところでセットバック気味に据えられており、周りは笹藪や木が茂っているため、視界的には期待していたほどの開放感が得られない。私のようにお風呂が目当てでわざわざここへやって来たら、肩透かしを喰らうかもしれない。
しっかりとしたモルタル造で、周囲を沢の岩で囲っており、容量としては8~9人サイズ。お湯は薄い灰白色に濁っており、湯中では白い湯華が浮遊している。味・匂いともに硫黄感が強く、渋みを伴う苦味や石膏的な甘さ、そして鼻孔を刺激刺激するような硫黄臭が感じられた。なお酸味はあまりなかった。お湯は上流より伸びる黒いホースから供給されており、温度計を突っ込んだら40.6℃という絶妙な数値が計測された。熱すぎずぬるすぎない、長湯にぴったりな最高の湯加減じゃないか。
ということで、スッポンポンになって入浴。景色はともかく、自分の足で、しかも登山素人のくせに単独行で、この上ない快晴の空の下、日本最奥の温泉に浸かることの出来た喜びに、つい感涙しそうになってしまった。感涙ついでに、沢水で冷やしておいた缶ビールを、喉をグビグビ鳴らしながら呑み込む。単なる市販の缶ビールであるが、無比の旨さであったことは言を俟たない。極上の贅沢だ。
裸のまんま川を渡って、対岸の「野湯」もハシゴした。
空の青、木々の緑、そしてお湯や岩の白というトリコロールが実に美しい。
「野湯」とはいえ、きちんと石を積んで浴槽が造られており、2人同時に入れる程度の大きさがある。れっきとした人工物であるとはいえ、右岸の2つの浴槽と違って沢が増水したら忽ち埋まってしまいそうだし、ほったらかし状態でもあるので、たしかに野湯っぽい雰囲気はある。そんなネーミングはともかく、この湯船のロケーションや開放感は素晴らしく、長い道のりを歩いてわざわざやって来たご褒美に相応しいクオリティーがある。私は「からまつの湯」よりも、こちらの方が遥かに気に入った。
高天原温泉には複数の源泉があるらしく、「野湯」へ引かれているお湯は白濁の度合いが強く、硫黄感も「からまつの湯」より際立っていたように感じられた。湯加減は38.8℃と、ぬる湯好きにはたまらない長湯仕様であった。
はぁ、極楽。
高天原とはよく名づけたものだ。白濁の湯に浸かりながら、そのネーミングに納得した。
あまりに気持ち良かったので、後から入浴しにやってくる登山者たちと喋りながら調子に乗って2時間も入り続けたら、すっかり湯あたりしてしまった。意識は朦朧とし、体は重だるく、一歩進むことすらままならない。情けないことに、風呂から上がって小屋まで戻る間の道が、2泊3日の全行程で最も疲労感が強かった。何事も過度は良くない。
その6に続く
内容が嵩んでしまったので、今回は7回に分けて記事をアップしております。
その1(折立から太郎平)
その2(太郎平から薬師沢小屋)
その3(薬師沢小屋から雲ノ平へ)
その4(雲ノ平から高天原山荘へ)
その5(高天原温泉)【←今回の記事はここ】
その6(帰路・大東新道を経て薬師沢へ)
その7(薬師沢から折立へ下山)
その2(太郎平から薬師沢小屋)
その3(薬師沢小屋から雲ノ平へ)
その4(雲ノ平から高天原山荘へ)
その5(高天原温泉)【←今回の記事はここ】
その6(帰路・大東新道を経て薬師沢へ)
その7(薬師沢から折立へ下山)
●高天原山荘
【13:45 高天原山荘】
この日は薬師沢から雲ノ平を遠回りして、美しい景色に包まれながらのんびり歩いてきたつもりが、それでも小屋に着いたのはちょっと早めの14時前。まぁ、早く着いたのだから、その分、湯浴み時間も長く確保できる。
小屋前の広場には、ヘリのピストン輸送によって運び込まれた工事資材がたくさん積まれていたのだが、これはバイオトイレを建設するためのもので、今年の営業期間内(※)には間に合わなかったが、来期の営業から使用が開始されるらしい。小屋の裏には小型のユンボが搬入されており、すでに基礎工事も終わっていて、柱が立て始められていた。北アルプスが抱える登山者のオーバーユースによって顕在化した問題のひとつがトイレの屎尿処理であり、一時は信濃毎日新聞の『北アルプストイレ事情』などによって深刻な実態が明らかにされるとともに問題提起がなされたが、その後は徐々にバイオトイレなど垂れ流しを避ける方式が導入されはじめ、今日では多くのトイレが環境負荷が少ないタイプへと更新されている。今回の行程でも工事中の高天原を除いた全ての施設でバイオトイレが採用されていた。自然環境へ与える影響が軽減されるのみならず、登山者にとっても従来の山のトイレでは常識であったおぞましき悪臭や不衛生な環境からオサラバできるのだから、ありがたい事この上ない。なお工事のおっちゃん曰く、来年からは食堂の拡張工事も行われるらしい。高天原山荘は徐々に進化を遂げている。
(※)高天原山荘は毎年9月末で小屋を閉める。
この日も事前に宿泊予約をしておいたので、受付ではスムーズに手続きが済んだ。小屋は2年前にリニューアルされており、奥地とは思えないほど綺麗な建物であった。
受付前の階段を上がった2階が客室。ありがたいことに更衣室が設けられていた。
畳の上には布団がたくさん並べられている。予約をしておいた御蔭か、私は一番端っこに位置する1番の布団があてがわれた。昨晩の薬師沢小屋と同様、この晩も収容人員に余裕があったため、隣の客とは布団1枚分を空けて利用することができた(つまり一人で布団2枚分のスペースを確保することができた)。
当然ながら電気は引かれていないので、日が暮れると山荘にはランプが灯る。柔らかなランプの光はとってもハートウォーミングだ。夕飯は17:30から食堂でいただく。北アルプスの最奥部に当たるエリアであるにもかかわらず、献立は結構手が込んでおり、ハムカツ・カボチャ入りのポテトサラダ・高野豆腐・佃煮の他、蕎麦やクリームシチューまで提供された。
この晩は中秋の名月。
夜の帳が下りると気温はひと桁まで下がったので、防寒具をしっかり着込み、バーナーでお湯を沸かして持参したコーヒーを淹れながら、工事のおっちゃん達と爽やかな環境にはそぐわない下ネタ会話で盛り上がっていたら、水晶岳の左手から皓々と輝く満月が浮かび上がってきた。青白い月明かりは、ライトが必要ないほど辺りを明るく照らしていた。いつまでも満月を眺めていたかったが、底冷えが厳しく、小屋の消灯時間(20時)も近づいてきたので、名月鑑賞はほどほどにして、いそいそと布団へと戻った。
●温泉
さて今行程の最大目的である温泉について触れよう。
日本最奥の温泉である高天原温泉は、山小屋から歩いて15~20分のところにある。20分程度だからと言って侮るかなかれ、この道程にはザレあり沢越えあり、しかも結構な距離もあるため、小屋に用意されているサンダルではかなり難儀するだろう。この旨は小屋でもちゃんと案内されている。なお温泉は立ち寄り入浴も可能で、その際には小屋の下足場に置かれている料金箱へ300円と投入すればよい。でも風呂に入った後に再び登山するのは相当体に堪えるので、余程体力に自信がある人以外は宿泊した方がベターかと思われる。
小屋に到着して荷物を下ろした後、私はすぐに温泉へと向かった。
小屋を出てまもなく、ちょっとしたザレ場を下る。小屋での案内に記されていたように、サンダルでは滑って歩きにくいだろう。
幾筋か沢を越えて15分ほど歩いていたら、温泉沢と称する沢に突き当たった。川原の岩には赤ペンキでマーキングされているので、それに従って沢をちょっと遡る。
やった!!
夢にまで見た高天原温泉に到着だ!。
この温泉には沢の両岸に3つの湯船が点在しており、右岸には女性専用の「美人の湯」とメイン浴槽の「からまつの湯」、左岸には「野湯」と称する露天風呂がある。「美人の湯」以外は混浴だ。なお上画像に写っている小屋は女性専用の「美人の湯」であり、どなたもいなければ見学させてもらう考えでいたが、常時利用者がいたようなので見学は自粛した。
まずはこの温泉のメイン浴槽である「からまつの湯」から入ってみることにした。画像には写っていないが、湯船の左側には脱衣小屋が設置されている。湯船自体は沢からちょっと岸を上がったところでセットバック気味に据えられており、周りは笹藪や木が茂っているため、視界的には期待していたほどの開放感が得られない。私のようにお風呂が目当てでわざわざここへやって来たら、肩透かしを喰らうかもしれない。
しっかりとしたモルタル造で、周囲を沢の岩で囲っており、容量としては8~9人サイズ。お湯は薄い灰白色に濁っており、湯中では白い湯華が浮遊している。味・匂いともに硫黄感が強く、渋みを伴う苦味や石膏的な甘さ、そして鼻孔を刺激刺激するような硫黄臭が感じられた。なお酸味はあまりなかった。お湯は上流より伸びる黒いホースから供給されており、温度計を突っ込んだら40.6℃という絶妙な数値が計測された。熱すぎずぬるすぎない、長湯にぴったりな最高の湯加減じゃないか。
ということで、スッポンポンになって入浴。景色はともかく、自分の足で、しかも登山素人のくせに単独行で、この上ない快晴の空の下、日本最奥の温泉に浸かることの出来た喜びに、つい感涙しそうになってしまった。感涙ついでに、沢水で冷やしておいた缶ビールを、喉をグビグビ鳴らしながら呑み込む。単なる市販の缶ビールであるが、無比の旨さであったことは言を俟たない。極上の贅沢だ。
裸のまんま川を渡って、対岸の「野湯」もハシゴした。
空の青、木々の緑、そしてお湯や岩の白というトリコロールが実に美しい。
「野湯」とはいえ、きちんと石を積んで浴槽が造られており、2人同時に入れる程度の大きさがある。れっきとした人工物であるとはいえ、右岸の2つの浴槽と違って沢が増水したら忽ち埋まってしまいそうだし、ほったらかし状態でもあるので、たしかに野湯っぽい雰囲気はある。そんなネーミングはともかく、この湯船のロケーションや開放感は素晴らしく、長い道のりを歩いてわざわざやって来たご褒美に相応しいクオリティーがある。私は「からまつの湯」よりも、こちらの方が遥かに気に入った。
高天原温泉には複数の源泉があるらしく、「野湯」へ引かれているお湯は白濁の度合いが強く、硫黄感も「からまつの湯」より際立っていたように感じられた。湯加減は38.8℃と、ぬる湯好きにはたまらない長湯仕様であった。
はぁ、極楽。
高天原とはよく名づけたものだ。白濁の湯に浸かりながら、そのネーミングに納得した。
あまりに気持ち良かったので、後から入浴しにやってくる登山者たちと喋りながら調子に乗って2時間も入り続けたら、すっかり湯あたりしてしまった。意識は朦朧とし、体は重だるく、一歩進むことすらままならない。情けないことに、風呂から上がって小屋まで戻る間の道が、2泊3日の全行程で最も疲労感が強かった。何事も過度は良くない。
その6に続く