温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

ひとっ風呂浴びに3日登山 高天原温泉 その3(薬師沢小屋から雲ノ平へ)

2013年11月19日 | 富山県
「ひとっ風呂浴びに3日登山 高天原温泉 その2(太郎平から薬師沢小屋へ)」の続編です。

内容が嵩んでしまったので、今回は7回に分けて記事をアップしております。


 
【6:15 薬師沢小屋 (1920m) 出発】
5:30に朝食をいただき、目ぼけ眼で出発準備をしていたら、トイレや洗面など同じ行為を何度も繰り返すマヌケな失態を犯して時間をロスし、頭がすっかり混乱したまま、6:15に小屋を出る。この日の富山市街の最低気温は16℃であったが、山深い谷地の薬師沢はヒト桁まで冷え込んでおり、小屋前のウッドデッキは霜で白くなっていた。普段は薄着の私もこの時ばかりは上半身に3枚ほど着込んで出発することにした。


 
まずは小屋目の前の吊り橋を渡って黒部川の右岸へ。足場が狭くてそれなりに揺れるので、高所恐怖症の人だと渡れないかもしれないが、まぁ、そんな人は登山なんかしないか。


 
吊り橋を渡ったらすぐに鉄のハシゴで河原へ下りる。振り返ると、吊り橋と薬師沢小屋が一つの画角に収まっていた。



小さな滝の前を通過して…


 
【6:20 雲ノ平と大東新道の分岐点】
大東新道との分岐点。ここは「雲ノ平」方向へ進む。単純に高天原へ行くのならば、「原」の字の一部が温泉マークになっている道標に従って、川沿いの大東新道を選べば良いのだが、それではあまりに早く着きすぎてしまうため、この日は日本最後の秘境と呼ばれている雲ノ平へ遠回りすることにしたのだ。道標に「直登」と書いてあるように、分岐点の目の前には上へ真っ直ぐ伸びる長いハシゴが掛かっていた。


 
谷底から雲ノ平まで標高差約550mを一気に登る。ネットで予め調べておいた情報によれば、どの登山記を拝読しても、この坂道は非常に急でみっちり絞られる、かなり辛い、と泣き言にまみれていたので、覚悟の上で登りにとりかかった。しかしながら、たしかにトバ口では長いハシゴで脅かされ、またロッククライミングしているような箇所があり、坂を登り終えるまで延々と樹林帯の中の苔むした岩が続くのであるが、端緒のよじ登るような区間を過ぎたら、その後は岩の上をぴょんぴょん渡っていけば、そう苦労することなく登ることができた。この程度の登りならば、日本各地の登山道でも見られるので、さほど大騒ぎするほどではないように思われる。尤も、悪天候時だとあの岩はかなりスリッピーだから、特に登りよりも下りの方が難儀しそうだ。また、薬師沢小屋で泊まらずに太郎平方面から直接この登りへとりかかったら、まさに長丁場の終盤で地獄のような苦しみを味わうことになるのだろう。


 
【7:24 小さな道標】
鬱蒼とした森林の中、ジメジメとした登山道が続く。途中でこのような小さな道標を見つけた。周囲の薄暗い雰囲気に合わせているのか、この道標も存在感は控えめ。ここで3分間休憩して息を整え、水分を補給し、上着を脱いでいたら、上の方から一人の登山者と行き違った。


 
登り始めて1時間半で視界の先がうっすら明るくなり、いくつかの小さな道標を通過。徐々に勾配が緩やかになり…


 
【7:52 木道末端】
小屋を出発してから1時間40分で、雲ノ平の端っこに当たる木道末端に辿りつけた。標準タイムは2時間10分だから、30分短縮できた。もう急な登りは無い。多少の起伏はあるものの、雲ノ平の溶岩台地の上に敷かれた木道を快適に歩くことになる。木道はハイマツ帯の中を縫うように伸びており、両側から繁るマツの朝露が前進する私の脚に触れて、トレッキングパンツがビショビショに濡れてしまった。


 
台地上まで来ればもうジメジメした樹林帯とはオサラバかと思っていたが、ちょっと進むと木道は再び鬱蒼としたシラビソの森へ突っ込んでいき、その中では木道が途切れて泥濘が断続的に現れた。


 
【8:15/8:40 アラスカ庭園 (2463.9m)】
25万平米に及ぶ溶岩台地上の高山植物の楽園「雲ノ平」には、各群生地に対して8つの庭園名が付せられているんだとか。薬師沢から上がってくると、まず始めにお目にかかるのがこの「アラスカ庭園」である。別にグリズリーがサーモンを咥えているわけでもなく、なにがどのようにアラスカなのか、名前に込められたメタファーがいまいちよくわからないが、下部にハイマツやササが広がり、ところどころにシラビソが高く生え、そして短い夏には高山植物の花々で覆われるというその景色が、命名者にとっては寒帯であるアラスカの大地を彷彿とさせたのかもしれない。


 
周りには高い木があまりないため、樹林で視界が遮られる北東方向を除けば、ほぼ全方向で眺望が楽しめた。特にこの日は上空に雲が皆無で、しかも数日前に台風が空の塵を吹き飛ばしてくれたため、視界はこの上なく良好であった。
画像左(上)は三俣蓮華岳。画像右(下)は三俣蓮華の山裾から黒部五郎岳を眺めた様子。雄壮な黒部五郎は圧巻だ。



こちらはどっしりと構える薬師岳。左肩にちょこんと載っている薬師岳山荘も目視できた。


 
登山道の先(東)に聳える鋸の歯のような稜線は水晶岳、その右側の至近で盛り上がる小さな山は祖母岳、そして更にその右の彼方にはワリモ岳・鷲羽岳が続いている。一箇所で4つの百名山(薬師・黒部五郎・水晶・鷲羽)が眺められるところも珍しい。
あまりに美しい絶景に息を飲み、なかなか歩みが前へ進まない。ここでは25分間休憩し、後ろ髪を引かれながらも、8:40に重くなった腰を上げた。


 
【9:10 奥日本庭園】
この日は移動距離が短く、淡々と先へ進んでしまっては目的地に早着しすぎてしまうから、五十五年体制下の社会党も真っ青な牛歩で、景色を愛でながらゆっくりゆっくりトレッキングしていたら、アラスカ庭園から30分のところで、薬師岳をバックにして「奥日本庭園」と書かれた標柱が現れた。この界隈はハイマツ帯と岩がモザイク状に分布する中に小さな池塘が点在している。アラスカから30分で、アリューシャン列島も千島列島も経ること無く、こうして日本の奥部に来られるのだから、ボーイングもエアバスも目を丸くしてしまうだろうけど、やはりここでも何を以て奥日本庭園を称しているのか、鈍感な私には理解が及ばなかった。もしかしたら岩が枯山水で、池塘が日本庭園の池泉と見立てているのか。


 
画像左(上)は黒部五郎岳から赤木岳へ続く稜線。手前の池塘がアクセントになって実に麗美だ。
画像右(下)は辿ってきた道を振り返ったところ。大きな鞍部に見えるところはおそらく太郎平だろう。その彼方で水平に広がる淡い水色は、日本海なのか、あるいは洋上に漂う雲なのか。


 
道は雲ノ平の中央部に向かってニョロニョロと伸びている。チングルマの穂がいろんなところでそよ風に揺れていた。太陽も上がって気温も上昇してきたので、Tシャツ一枚になって歩く。


 
【9:20 アルプス庭園(祖母岳)分岐】
まだまだ時間がたっぷり余っているので、この分岐を右へ進み、アルプス庭園(祖母岳)へちょっと寄り道してみよう。


 
高山植物の世界において、9月中旬は花の端境期みたいなシーズンだが、よく探せばこのように可憐な花があちこちで咲いていた。


 
【9:30 アルプス庭園(祖母岳)】
アルプス庭園(祖母岳)への木道は分岐から10分ほどの祖母岳ピークで終端となる。登山道本道にとっては盲腸みたいなもんだ。今回の山歩きでは、登山のくせにピークハントしないルートを辿るのであるが、強いていうなら、ここが今回のルート上において唯一のピークを踏んだポイントである。
木道の末端にはベンチが設けられていたので、せっかくなので腰をおろしてみたら、ヤブの中から雷鳥の鳴き声が聞こえたのだが、じっとその場で声が聞える方を観察しつづけたものの、その姿を目撃することは出来なかった。



アルプス庭園(祖母岳)は一応周囲よりも高いピークだから360度の大パノラマが得られる。雲ノ平は日本最後の秘境と呼ばれるだけあって、現実の景色とは思えない絶景が果てしなく広がっていた。そんな美しい景色の中に自分の足で立っていることにも感慨ひとしおだ。
東の方角には、水晶岳を背景にして、台地上に「雲ノ平山荘」がポツンと佇んでいた。まさに「大草原の小さな家」状態である。


 
画像左(上)が三俣蓮華岳で、画像右(下)が黒部五郎岳。さっきから同じ山ばかりを撮っているが、ちょっとでも撮影場所を移すと、こちらへ迫ってくる山の風景の力も色も、その全てが変貌してゆくので面白い。三俣蓮華の左にちょこんと姿を覗かせている、てっぺんが尖った山は槍ヶ岳だろうか。



ここに至るまで、薬師岳は見上げる形で眺めていたが、ここにおいては視点が高くなったので、その頂きを水平位置で望むことができ、また後背で重畳する立山方面の稜線も遠望できた。


 
盲腸のような短い支道を戻って登山道本道に返り、先ほど眺望した雲ノ平小屋を目指す。路傍にはバイケイソウの花の跡がたくさん残っていた。シーズンには白い花で埋め尽くされていたことだろう。



【10:03 雲ノ平山荘】
最近リニューアルされたばかりの「雲ノ平山荘」に到達する。でも特に用事はないので通過してしまった。高天原へ下る道はこの小屋の前で分岐しているのだが、絶好の日和であるし、もう少し雲ノ平の絶景に包まれていたかったので、分岐を通りすぎてちょっと先まで行ってみることにした。


 
【10:15 キャンプ場への分岐】
浅く擂り鉢状にえぐれたところに雲ノ平のキャンプ場がある。さすがにこの時間帯でテントを張っている人は少なく、ぱっと見た限りでは3張のみであった。


 
【10:22 スイス庭園分岐】
アルプス庭園(祖母岳)への道と同様に、スイス庭園への道も盲腸のような短い行き止まりである。この短いトレイルに入ってみた。


 
【10:25 スイス庭園】
笹原の中で池塘やハイマツが斑に分布する高原がスイス庭園。道のどん詰まりにはベンチが設けられているのだが…



雲ひとつ無い爽やかな蒼い空、そこに展がっている深山幽谷の山紫水明を目にするや、言葉を失い、呆然としてその場に立ち尽くしてしまった。左には薬師岳から続く稜線、右には水晶岳から赤牛岳へと伸びる稜線が、それぞれ彼方へと伸び、正面には二筋の稜線に挟まれた黒部川の上の廊下が奥へと渓谷を刻んでいる。おそらく画像の右奥あたりで黒四ダムが漫然と湖水を湛えているものと思われる。そして更に遠方で茫洋たる山巒が左右に立ちはだかっている。この絶景を何と表現したら良いのだろうか。美麗なる圧巻のパノラマと対峙して、私は己の貧相な語彙を悔やんだ。



大展望の下方、ちょっと凹んだ湿原の真ん中(画像の中央)に、赤い屋根が小さくポツンと見えるのだが、これこそこの日の目的地である「高天原山荘」である。見渡す限り、人工物はこの山小屋以外に無い。これから一気に台地を下って、あのささやかな山小屋へ向かうのだ。



この大絶景を目にしながら、今朝薬師沢小屋で受け取ったお弁当のちまきを頬張った。竹の皮に包まれた4つのちまきは中華風の味付けがなされており、パックのウーロン茶が付いている。山で中華風の味付けは珍しく、しかも肉や筍の食感が良くて美味かったので、あっという間に4つとも胃袋へ消えていってしまった。いや、この景色こそ他では決して足すことの出来ない最高の調味料だったのだろう…あぁ、なんてキザで陳腐な表現が思い浮かんでしまったのだろう。猛省しきり。


その4につづく
コメント (2)
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