Okanagan's Twilight Days

人生の黄昏を迎え、日々の出来事を徒然のままに綴っています(*^_^*)

我、無二の合唱好き従姉を失う! 2018年9月24日

2018-09-24 20:58:27 | 日記・エッセイ・コラム

秋の運動会シーズンを迎え、我等がKBCも、来たる10月7日9時45分より稲美中央公園にて、野外日曜礼拝を兼ねた“秋っぱれSunday”と称する運動会が予定されている、その“あきっばれ”に備えて身体をほぐすため、一昨日の22日土曜日朝10時から正午まで、礼拝堂の向かいにあるチャペル棟で“誰でも出来るヨガを交えた簡単健康運動”が実施された、小生も含め集まった中高年シニアを中心とした40名ほどが、いい汗をかいて運動を楽しんだ!・・・

その日の夜遅く、1年前から胃ガンとの闘病生活を続けていた従姉(いとこ)が、とある大阪の緩和ケア病棟(ホスピス)で、静かに最後の息を引き取り78年間の生涯を終えた、そして7年前73歳の時にくも膜下出血がもとで亡くなった旦那さんのもとへ旅だった!彼女は小生より1歳年上で我が妻の実の姉である、彼女は住み慣れた加古川を離れ、ここ和田山に嫁いで二男を設け家庭を築き、長年地元の合唱団に籍を置き、こよなく合唱を愛して来た一人の女性だった、かつて地元の和田山ジュピターホールで、京都フィルハーモニー交響楽団による第九の定期コンサートがあった折、第九好きの小生は、彼女が誘ってくれてた但馬第九合唱団に加わり同じステージで共に第九を歌ったことがある、あの日のことが昨日(きのう)のことのように懐かしく思い出される!・・・

昨日23日朝から、親戚同士が互いに連絡を取り合ったあと、ガソリンスタンドに行きガソリンを満タンし、洗車と座席設定したり車内の掃除などして大忙しであった、午後2時過ぎ、小生が運転するセレナに(家内、次男、義姉)の4名が乗り込んで和田山に向かった、そして久しぶりに懐かしの我が家に帰り、居間で美しく化粧されて永眠する従姉に対面した、とても穏やかな顔をしていた、6時30分より、地元の紫雲閣のメインホール“望雲”と云うセレモニーホールにて、地元を統括する御寺、浄土宗・圓龍寺の大司さんを招いてお通夜がしめやかに執り行われた、そのあと桔梗(ききょう)の大広間に移り、親戚一同と共に用意された夕食をいただきながら彼女の思い出話しに花を咲かせた🌸その夜、喪主の長男と我等4名はその大広間で寝床を敷いて眠りに就いた・・・

 

24日の今朝、東の空を仰ぎ見ると朝日が薄雲の背後から明らんでいた、喪主として立派に務める甥と共に6人ほどが、近くのカフェでモーニングセットを御馳走になった、9時10分頃、小生はセレモニーホールを出発して、岡山から到着した姪親子をJR和田駅まで迎えに行った、午前10時から圓龍寺の3人のお大師さんによって葬儀が重々しく執り行われた、何と葬儀には彼女が所属した和田山混声合唱団の皆さんが駆けつけ下さった、その団長が彼女との思い出話しを織り込んだ弔辞を涙ながらに宣べて下さった、そしてお棺(ひつぎ)の出棺の際には、彼女が長年愛した合唱団の皆さんが美しく奏でる『野に咲く花のように』の感動のコーラスに見送られて式場をあとにした、そして、郊外の森の中にたたずむ火葬斎場へ向かっていった・・・

 

一同が香炉の中に棺が納められるのを見届けた後合掌してから、紫雲閣に戻り2時間近くの間に昼食を済ましてから、朝来市公営斎場へもどり収骨式を終えた、そして紫雲閣に再度戻ってから初七日の儀を終えてから散会となった・・和田山の町をあとにして、JR姫路駅南口まで岡山の姪親子を送り届けたあと、3連休最終日で混み気味の高速道路・姫路バイパスに乗り、懐かしの加古川への帰路に着き愛車を走らせていった、運転しながら天に召された従姉の冥福を祈った・・・

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