昨夜は、私が普段から厳格に守っている規則正しい生活の律動を、意図的かつ大幅に逸脱するという、極めて異例の事態に見舞われました。具体的に申し上げますと、時計の針が真夜中を優に過ぎ、さらに深い闇の中へと沈んでいくにもかかわらず、私は睡眠という人間にとって不可欠な生理的欲求を一時的に、そして意識的に後回しにし、常軌を逸するほどの夜更かしを敢行いたしました。 その結果として、今朝、私の意識がゆっくりと覚醒の淵から浮上した時、身体の隅々にまで鉛のように重い疲労感が深く、そして容赦なく染み渡っているのを、私は明確に自覚せざるを得ませんでした。通常であれば、夜明けとともに活動を開始し、清々しい一日の始まりを迎えるはずの私の習慣は、この尋常ならざる肉体的、精神的な疲弊感の前には、もはや遠い記憶と化していました。
このような前代未聞の疲労状態を鑑み、私は熟慮に熟慮を重ねた上で、極めて意識的かつ戦略的な決断を下しました。 それは、普段であれば決して許容しないであろう、「寝坊」という選択肢を、この日に限り全面的に受け入れるというものです。目覚まし時計の冷徹な電子音が響き渡ることもなく、外界の喧騒が遠のく中で、私はただひたすら、深く、そして際限なく続く眠りの世界へと身を委ねました。そして、疲労困憊した身体が目覚めを促すことなく、自然に目が覚めるまで、文字通り惰眠を貪り続けたのです。
しかしながら、この非常に長い眠りから目覚めた朝、私は自身の身体に、ある顕著な変化、あるいはむしろ「不在」を認識いたしました。通常であれば、健康な男性であれば誰しも経験するであろう、夜間から早朝にかけての生理的な現象である「朝の勃起」が、その時、私の身体には完全に観察されなかったのです。通常は意識することなく現れるはずのその現象が、この疲れるほどの夜更かしと、それによってもたらされた長時間の睡眠の後には、全くとしてその兆候を見せなかったのです。それは、疲労が身体の最も本能的な部分にまで影響を及ぼした証左であるかのようでした。