母さん、覚えていますか?ぼくのあの帽子、どこへいったのでしょうね。
風に飛ばされて、谷間に飛んでいく麦藁帽子。映画「人間の証明」で有名になった場面でもある。ジョー山中の歌が印象的な、あの場面。実は似た様な経験が私にもある。
あれは大学一年の夏合宿だった。石狩岳から入ってトムラウシを経由して旭岳までの2週間あまりの、大雪山系登山の最中だった。
トムラウシ山は先月の大量遭難事故で有名になってしまったが、本来はとても優美で素敵な山だ。高山植物が豊富で、ヌタウカムシュウペ川などの美しい渓流を抱え、いろんなコースから登ってみたい山でもある。
ただ、その日は天気がイマイチだった。登頂したものの展望はほとんどなく、三角点を蹴っ飛ばしてテントに戻る最中のことだ。次第に強い風が吹き荒れ、小雨交じりの悪天だった。濡れた山道を下って鞍部に出た。下流の沢の源流と思えるなだらかな斜面が一面に望める絶好の景色だが、その日はガスと強風が光景をくすませていた。
しかし、ガスの切れ間から覗けるお花畑が輝いて見えたのには感動した。あまりの美しさに、ついつい余所見していたら突風が吹き、私の帽子が飛ばされた。映画の場面のように帽子は空を舞い、次第に高度を低めながら、谷を下っていく。私は呆然としながらも、その光景に目を奪われた。まるでスローモーションのように谷間を飛ぶ私の赤い帽子。
次の瞬間リーダーの怒鳴り声が静寂を破った「気合を入れろ~~~~!!!」
帽子を失くした上に怒鳴られた私は憮然とした。私の後ろを歩くKがぼそっとつぶやいた「気合を入れても帽子は飛ばされる・・・」
一年生と二年生は笑いをこらえるのに必死だった。あの強風だ、いくら気合入れたって帽子が飛ばされるのはいたし方ないと思う。気合と根性は我がクラブの常用語だが、それで万事が解決するわきゃない。
ちなみに帽子は赤いフェルト生地のチューリップ帽で、登山店の放出品であり、安さに釣られてKと一緒に買ったものだ。私にはあまり似合わないと思うが、使い勝手はよく気に入っていただけに残念だ。Kはしっかり最後まで被って下山した。
後で聞いたら、あの美しい場面を怒声でぶちこわしたリーダーにむかっ腹を立てていたらしい。Kは小柄だが暴走族上がりでもあり、かなり短気だ。根性論はあまり好きでない奴でもある。Kが先に怒り出してしまったので、私は怒るタイミングを失して、殊更憮然としていた。
ただ、そんな状況であってもパーティとして、整然と維持されていた。暴風吹き荒れる危険な状況下であっても不安はなかった。個人の感情よりも、パーティとしての秩序が優先されるのは、登山者として当然である。
それにしても、あの赤い帽子はどうしたのだろう。キタキツネの玩具にされたのか、はたまた当時あのあたりを徘徊していたヒグマの親子に持ち去られたのか。もしかしたらナキウサギのベッドにされているかもしれない。
目を閉じれば、ガスの漂うお花畑の谷間の上空を飛んでいく、あの赤い帽子の場面が、今でも思い起こされる。好きな帽子だっただけに残念でならない。
余談だが「気合を入れても帽子は飛ばされる」は名言(迷言)として長く記憶され、未だに酒の肴として笑いを提供してくれる。だから、まぁいいかな。笑いで済むなら、それで善しだね。
風に飛ばされて、谷間に飛んでいく麦藁帽子。映画「人間の証明」で有名になった場面でもある。ジョー山中の歌が印象的な、あの場面。実は似た様な経験が私にもある。
あれは大学一年の夏合宿だった。石狩岳から入ってトムラウシを経由して旭岳までの2週間あまりの、大雪山系登山の最中だった。
トムラウシ山は先月の大量遭難事故で有名になってしまったが、本来はとても優美で素敵な山だ。高山植物が豊富で、ヌタウカムシュウペ川などの美しい渓流を抱え、いろんなコースから登ってみたい山でもある。
ただ、その日は天気がイマイチだった。登頂したものの展望はほとんどなく、三角点を蹴っ飛ばしてテントに戻る最中のことだ。次第に強い風が吹き荒れ、小雨交じりの悪天だった。濡れた山道を下って鞍部に出た。下流の沢の源流と思えるなだらかな斜面が一面に望める絶好の景色だが、その日はガスと強風が光景をくすませていた。
しかし、ガスの切れ間から覗けるお花畑が輝いて見えたのには感動した。あまりの美しさに、ついつい余所見していたら突風が吹き、私の帽子が飛ばされた。映画の場面のように帽子は空を舞い、次第に高度を低めながら、谷を下っていく。私は呆然としながらも、その光景に目を奪われた。まるでスローモーションのように谷間を飛ぶ私の赤い帽子。
次の瞬間リーダーの怒鳴り声が静寂を破った「気合を入れろ~~~~!!!」
帽子を失くした上に怒鳴られた私は憮然とした。私の後ろを歩くKがぼそっとつぶやいた「気合を入れても帽子は飛ばされる・・・」
一年生と二年生は笑いをこらえるのに必死だった。あの強風だ、いくら気合入れたって帽子が飛ばされるのはいたし方ないと思う。気合と根性は我がクラブの常用語だが、それで万事が解決するわきゃない。
ちなみに帽子は赤いフェルト生地のチューリップ帽で、登山店の放出品であり、安さに釣られてKと一緒に買ったものだ。私にはあまり似合わないと思うが、使い勝手はよく気に入っていただけに残念だ。Kはしっかり最後まで被って下山した。
後で聞いたら、あの美しい場面を怒声でぶちこわしたリーダーにむかっ腹を立てていたらしい。Kは小柄だが暴走族上がりでもあり、かなり短気だ。根性論はあまり好きでない奴でもある。Kが先に怒り出してしまったので、私は怒るタイミングを失して、殊更憮然としていた。
ただ、そんな状況であってもパーティとして、整然と維持されていた。暴風吹き荒れる危険な状況下であっても不安はなかった。個人の感情よりも、パーティとしての秩序が優先されるのは、登山者として当然である。
それにしても、あの赤い帽子はどうしたのだろう。キタキツネの玩具にされたのか、はたまた当時あのあたりを徘徊していたヒグマの親子に持ち去られたのか。もしかしたらナキウサギのベッドにされているかもしれない。
目を閉じれば、ガスの漂うお花畑の谷間の上空を飛んでいく、あの赤い帽子の場面が、今でも思い起こされる。好きな帽子だっただけに残念でならない。
余談だが「気合を入れても帽子は飛ばされる」は名言(迷言)として長く記憶され、未だに酒の肴として笑いを提供してくれる。だから、まぁいいかな。笑いで済むなら、それで善しだね。