行雲流水

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愚かな人

2021年04月16日 | 法句経
愚かな者は生涯賢者につかえても、真理を知ることが無い。匙が汁の味を知ることができないように。 聡明な人は瞬時のあいだ賢者に仕えても、ただちに真理を知る。舌が汁の味をただちに知るように。(中村元訳『法句経64 65』)ここで言う愚かな者は自分の考えていることが絶対に正しいと頑固に信じて他の意見を受け入れようとしない人。聡明な人は自分の思考を素直に検証して修正できる人。

あさはかな愚人どもは、自己に対して仇敵に対するようにふるまう。悪い行ないをして、苦い果実をむすぶ。(中村元訳『法句経66』)欲望のまま、本能のままに生きていると体も心もボロボロになる。お金もなくなる。まるで強盗に襲われて暴行を受け、お金を奪われるように。愚かな人は自分で自分に強盗をはたらくのだ。

もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。 もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い。(中村元訳『法句経67 68』)私達の行動は歪んだ感情に裏付けされた間違った知識によることが多い。陰謀論やカルトにはまっている人はなかなかそれに気付かないが、覚めてみるととてつもない苦しみを味わうのだ。

(『法句経67 68』)事実を確認しようとせず自分の頭の中で勝手なことを妄想して行動するから苦しむことになる。正しく事実を見て、事実を発言したり事実に基づいて行動していこう。


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