しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「芸北神楽」を見に『2024JFE西日本フェスタinふくやま』に行く 2024.5.12

2024年05月12日 | 令和元年~

場所・広島県福山市大門町津之下
名称・2024JFE西日本フェスタinふくやま
日時・2024.5.12 9:30~16:00

 

 


子どもの頃から、神楽(かぐら)=備中神楽だった。
九州や出雲の神楽は、ひとまず置いといても、近くの
広島県の「芸北神楽」は是非一度見てみたいものだと思っていた。


毎年恒例の『JFE西日本フェスタinふくやま』で、芸北神楽の上演があり、
見に行った。
今日は雨予報だったが、一時の小雨ですんだ。

神楽は午前10:10~10:50で、
琴庄神楽団「八岐大蛇」。

 

 

 


神楽の筋は神話の素戔嗚尊の大蛇退治で、備中神楽と同じだが
演じ方はまったく別ものだった。

芸北神楽は踊りが派手で、
芝居よりも見栄えを重視しているように感じた。
見て楽しい神楽。
絵になる神楽。

 


・・・

 


「JFEフェスタ」は、以前の「鋼管祭り」の時より、毎年豪華なゲストが来演する。
今年は、
広島県倉橋島の出身、島谷ひとみ。
広島県上下(じょうげ)の出身、アンガール田中が来る。
ラジオ中国で放送される。

 

 

歌は見ずに会場を去ったが、今年も盛りあがったことだろう。

 

・・・

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「下天は夢か」桶狭間  (愛知県桶狭間)

2024年05月12日 | 旅と文学

新聞小説は、たまに面白いのがある。
津本陽の「下天は夢か」は、その代表小説。
おもしろかった。

毎朝、出勤する前に読んだ。ゆっくり読んだ。
毎晩、帰宅後に二度目を読んだ。吞みながら読んだ。

作者の津本陽は作家になる前、「神島化学」に勤めていた。
それで、笠岡や神島のことを本や新聞によく書いていた。
そういう親近感もあった。


・・・

「桶狭間の戦い」の場所は、伝えられている場所が二ヶ所ある。
そのどちらもが
市街地化していて、戦国時代の面影はまったくない、という事も知っている。
知っていても、一度は訪ねてみたいと豊明市の「桶狭間」に行った。
行ってみると、雨中に今川義元が討たれたのはここか。
という満足を強く感じた。

・・・

 

旅の場所・愛知県豊明市栄町  桶狭間古戦場伝説地   
旅の日・2014年10月11日 
書名・「下天は夢か」Ⅰ巻  
著者・津本陽 
発行・日本経済新聞社 1989年発行

 

 

 

桶狭間

全身泥人形のようになった毛利新助は、ふるえる手で義元の首を掻きとり、
首袋に納めると味方のほうへ駆けもどった。

「お殿さま、今川殿が首級を、毛利新助頂戴いたしてござりまするぞ」
彼は声をふりしぼって信長に知らせた。
信長は新助の差しだす首級を見て、狭間にひびきわたる大音声で、敵味方に知らせた。
「今川治部大輔がみ首級は、ただいま頂戴いたしたるぞ」
義元の首級を取られたと知った今川勢は、戦意を失い八方へ逃れ去る。
「追え、追い討ちをかけよ。一人も逃がすな」
信長が声をはげまして下知をかさね、織田勢は切先が折れ、歯こぼれした刀槍をふるい、逃げまど
う今川勢に追いすがり、打ち倒す。

狭い窪地で、地獄絵のような殺戮がつづけられた。
信長は、いま敵を再起できないまでに叩きつけておかねば、逆襲されると攻撃の手をゆるめなかった。
気がついてみると、狭間のうちに動いている人影は、味方ばかりとなっていた。

「義元が首級を持て」
信長はふるえる膝を地につき、首実検の作法通り、首台にのせた首級をあらためる。
義元の首からは、沈香が馥郁と薫っていた。

 

 

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「宇治拾遺物語」中納言師時が法師の男根をあらためた事  (京都府宇治市)

2024年05月12日 | 旅と文学

「宇治拾遺物語」は、日本やインドや中国の面白い話を編纂している。
目的が「面白い話」なので、現代でも通用する面白い話が多い。

古典であるが、童話の方で知られる「こぶとりじいさん」や、
芥川龍之介の小説、「芋粥」の原典になっている。

今は死語になりつつある”わいだん”(猥談・Y談)も多く、
この”中納言師時が法師の男根をあらためた事”もソレで、
少年少女にはちょっと話しにくいお話。

 

旅の場所・京都府宇治市
旅の日・2010.4.8
書名・「宇治拾遺物語」
原作者・不明
現代訳・「今昔物語・宇治拾遺物語」 世界文化社 1975年発行 訳者・野坂昭如

 

 

 

中納言師時が法師の男根をあらためた事

これも今は昔の話だが、中納言師時という方がいらした。
その方のもとへ、ある時、しっ黒の墨染めの衣、丈みじかくまとい、山伏の用いる袈裟をかけ、大きな木練子の数珠をくりつつ、
一人の修行僧があらわれたのだ。 
「お前は、何者か」 中納言が、たずねると、修行僧はひどくあわれっぽい声で、
「この世にはかない生命長らえるのは、辛いことです。さらにまた、はかない生命の、
来し方行く末くだらぬ悩みいだいて、無明の闇にふみ迷うのは、無駄なこと。
そこで、悩みの大本を切り捨て、
浮世を超越しようと思い立った者でございます」と答え
「悩みの大本を切り捨てるとは、どういうことなのか」 中納言が、さらにたずねれば、
修行僧えたりとばかり「これ、この通りでございます」衣の前かき上げて、むさくるしいあたりをあらわとなし、
なんと八重むぐらしげるのみにて、男のしるしが見えぬ。


これはまた面妖なことだと、中納言はしげしげながめたあげく、どうも袋のあたりが怪しい感じなので、
「誰かいないか」と人を呼び、出て来た侍二、三人に、「この法師を引きすえろ」と命じた。
修行僧は、空とぼけた様子で、念仏など口にしつつ、
「さあ、どのようにでもお調べ下さい」足を投げ出し、
瞑目したのを、「もっと足を開けさせろ」中納言が命じ、
みんなで寄ってたかって、下半身をあらわにした。

そして、眉目美しい少年を呼び寄せ、
「あの法師の、いちもつのあたりを、やさしくなでさすってやれ」
といいつけ、少年は、おおせにしたがい、やわらかい掌を押し当て、上下にうごかす。
しばらくして修行僧は、なおとぼけたふりはそのままに、「もうよろしいでしょう」 と、許しを乞うたが、
中納言はきかず、「なにやらその気のきざしはじめたようだぞ、もっと念入りに、ほらほら」とそそのかし、
すると、八重むぐらの中から、むらむらと大きな松茸のような男根があらわれ、
あらわれただけでなく、腹にひょこひょこ打ちつける始末、
これには当の修行僧までが、手を打ちころげまわって笑い出した。

なんと男のしるしを、下の袋にもみ入れ、飯粒で毛をそれらしく張り、
あたかも去勢した如く装い、したり気なことをいっては、物乞いをしようとたくらんだので、
いやはや、とんでもない不埒な坊主であった。
(巻一 第六)

 

 

 

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