◎ 集英社文庫『子どもが子どもだったころ』の23ページに、たばこに関して胸をうつ描写があったので紹介しておきたい。たばこが備えている「区切りをつける」機能や「合図」を意味する記号の役割について、ほのぼのとした日常的なシーンなのであるが、その後に母と父を相次いで喪うことになる。だから、かえってこのシーンが本書を出版した当時、69歳であった著者の心の中に強く残り続けているのだろう。
---- 八畳ほどの畳の部屋。母、父、姉、ぼくと、川の字になって寝るのが習慣だった。病気の母は物音をたてない。もう女学生の姉も静かだ。父は、寝付く前に、腹這いになってタバコをやる。ぼくは、いつも、 豆電灯に薄暗い天井を見つめて、父の様子をうかがっている。
タバコが灰皿にもみ消され、ドシンと寝返りをうつ音がする。もうすぐだ!
ぼくは、掛け布団をまくって、起きあがる準備をする。ややあって、「ぼう、こい」。声がかかる。いまやおそしと、ぼくは跳ね起き、姉をまたいで、父の布団にもぐり込む。父は、ぼくの頭の下に右腕を入れて、枕にしてくれる。左腕で、枕頭のスタンドを灯し、新聞か雑誌を読み始める。
ぼくは、布団の中で、父にへばりつき、匂いを嗅ぐ。寝巻きをはだけ、お腹をなする。父のお腹は丸い。布袋さんみたいに、でっぷりと肥っている。撫で回すと、とても気持ちがいい。父は、されるままでいてくれる。ぼくは、安心して、まどろむ。
◎ 私にも同じような記憶があった。ただし、いま思い起こせるのは母と祖母に関することである。そのことについては、「母の赤いネルの腰巻」「祖母の涼しいわきの下」などのタイトルで、いずれはエッセイにしてみたい。(Monday.24.September.2001)
---- 八畳ほどの畳の部屋。母、父、姉、ぼくと、川の字になって寝るのが習慣だった。病気の母は物音をたてない。もう女学生の姉も静かだ。父は、寝付く前に、腹這いになってタバコをやる。ぼくは、いつも、 豆電灯に薄暗い天井を見つめて、父の様子をうかがっている。
タバコが灰皿にもみ消され、ドシンと寝返りをうつ音がする。もうすぐだ!
ぼくは、掛け布団をまくって、起きあがる準備をする。ややあって、「ぼう、こい」。声がかかる。いまやおそしと、ぼくは跳ね起き、姉をまたいで、父の布団にもぐり込む。父は、ぼくの頭の下に右腕を入れて、枕にしてくれる。左腕で、枕頭のスタンドを灯し、新聞か雑誌を読み始める。
ぼくは、布団の中で、父にへばりつき、匂いを嗅ぐ。寝巻きをはだけ、お腹をなする。父のお腹は丸い。布袋さんみたいに、でっぷりと肥っている。撫で回すと、とても気持ちがいい。父は、されるままでいてくれる。ぼくは、安心して、まどろむ。
◎ 私にも同じような記憶があった。ただし、いま思い起こせるのは母と祖母に関することである。そのことについては、「母の赤いネルの腰巻」「祖母の涼しいわきの下」などのタイトルで、いずれはエッセイにしてみたい。(Monday.24.September.2001)