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イタリアと私

2020年10月31日 | O60→70(オーバー70歳)
10月5日の読書は、塩野七生著『イタリアからの手紙』(新潮社、1972年5月2日発行)でした。



48年も前の本書は、私が福島県東白川郡塙町から上京してきた年で、19歳になろうとしていた頃です。

その後、私は20歳のときに1人旅でイタリアに3日ほど滞在したことがあります。ほぼ何も知らない中で、イタリアを通過だけでしたが、いくつかの名所旧跡は肌で感じてきました。

本書を読み終え、67歳、平均寿命から逆算すれば「一から勉強のやり直し」の時間はたっぷりあるぞ、と改めて思った次第です。なお、本書に登場したたばこ(葉巻を含む)の記述については、後日ご紹介させていただきます。
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出かけたら帰宅できないご老人

2020年10月31日 | O60→70(オーバー70歳)
9月23日、OB会事務所の入口に、突然、大柄な老人がコンビニの小さな袋を手に立ちはだかり、前触れもなしに「何で、この上の階にうちがないんだ?」と言うのでした。

さらに「ここはどこだ?うちのあるビルに違いないはずだが、どうなっているんだ?」と言うので、私たちの手に余ると判断してビルの管理事務所まで先輩がお連れしました。

OB会のお手伝いを終え、事務所を閉じてから、管理事務所の社員女子に「ことの顛末」をお聞きしました。本人とお話しを続けてもらちがあかないので、お巡りさんをお呼びし、無事に解決したそうです。

出かけたら帰宅できないご老人を、この目で、近くで初めて見ました。体はお元気でも「認知症」には抗しがたく、あの情けなさそうな表情に同情を誘われました。あながち他人事ではなくて----。
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アケビと切腹最中について

2020年10月30日 | O60→70(オーバー70歳)
10月4日、クコの苗を送ってくれた友人は、素人として育てるのが難しいとされるアケビを都内の自宅で育て、実がなるとSNSに画像を投稿しています。



「今年も完熟した」と、画像が投稿されました。



「割れている」という意味では、たまたま昨日、ずっと気になっていた割れている最中の「切腹最中」を初めて買って食べたので、偶然とはいえ面白いなぁと思いました。



なお、「切腹最中」はしっかりした最中生地と、手で食べやすような凹みの形態、ほどよい甘さのあんこにも感動しました。



さて、なぜ私が「切腹最中」を買ったかといえば、お手伝いをしているOB会の会報で、9月号にこれまでになく誤植や間違いが多く、「訂正とお詫び」の記事を掲載することにしており、「そうだ、切腹最中の写真を載せよう」と思ったからでした。
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明治文壇の振り返りについて

2020年10月30日 | O60→70(オーバー70歳)
嵐山光三郎著『書斎は戦場なり----小説・山田美妙』(中公文庫、2014年8月25日発行)を読みました。28ページに「紅葉は母不在の少年だった。美妙は父不在の少年であった」とあるように、ともに巴学校(のちの鞆絵小学校)で学びました。



鞆絵小学校といえば、廃校となった平成3年エコプラザとして活用されていた時期に、「港区美化活動」の集合場所になっていました。私も何度か参加して、二宮尊徳像や鉄棒、砂場などが記憶に残っています。本書には芝公園をはじめ、今に続く、自分にとって身近な地域が登場しており、とても楽しく読み終えました。

『金色夜叉』の尾崎紅葉をはじめ、『小説神髄』の坪内逍遥、『浮雲』の二葉亭四迷などの文人は覚えていましたが、山田美妙は名前さえ記憶になく、本書で初めて知りました。若くしてベストセラー作家となりますが、論敵も多く、スキャンダルにも巻き込まれながら、文人として生き抜いた山田美妙さんを通して、森鴎外や夏目漱石に続く文人たちや、明治時代の世相を重層的に理解できました。
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抜き書き『ルネサンスとは何であったのか』

2020年10月29日 | O60→70(オーバー70歳)
先日、塩野七生さんの『イタリアからの手紙』(1972年発行)を面白く読みました。(最近、私は塩野七生さん中毒かもしれません)
今回は、『ルネサンスとは何であったのか』(新潮文庫、平成20年4月1日発行)で印象深かった記述について、ページ順にいくつか抜き書きしましたので、それを投稿させていただきます。(◎印は私のコメントです)



◎ まずはカエサルの言葉です。常に戒めとして心がけておくべき考え方だと思います。私は加齢とともに、自分の無知を自覚する毎日ですが、そうしないと本性としての「強情」や「わがまま」が出てきますね。
【76ページ】
ユリウス・カエサルの言葉「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」という一句を、人間性の真実を突いてこれにまさる言辞なし、言って自作の中で紹介したのは、マキアヴェッリでした。

◎ 人類史上、パンデミックへの最初の対応(防疫システム)をしたのが、フィレンツェとヴェネツィアであったと書かれています。
【100ページ】
----疫病は、人口が集中する大都市ほど被害が大きくなる。当時のイタリアで最も人口が多かったのは、ローマでもなくナポリでもなく、フィレンツェとヴェネツィアでした。ヴェネツィア共和国では、ペストの伝染経路が東方からであるとわかった段階で、波う打ちぎわでの防疫システムを確立します。----検疫も、複式簿記や外交官の常駐制度と同様に、ヴェネツィア共和国からはじまったということですね。

◎ 二大政党制というのは、そもそも特殊な条件でしか成立しないことが記述されており、日本の政治をみるときの参考になります。
【105ページ】
政治の安定は、反対派を吸収することで国内統一を期す古代ローマやルネサンス時代のヴェネツィア方式か、二派に分かれて争った結果、勝った側が敗者を排除して国内を統一するという古代アテネやフィレンツェ方式かのいずれかしかありません。2大政党が選挙の結果入れ代わる方式は、20世紀に入ってから達成されたもので、しかも現代でもなお、数ヵ国でしか機能していない。

◎ なぜ、ダビンチのモナリザがフランスにたどり着いたのか、それが分かりました。
【141ページ】
----レオナルドは遺言で、これまではどこにでも持ち歩いていた「モナリザ」を、(フランスの)王に遺贈するのです。わずか(フランスに住んで逝去するまでの)3年間にすぎないのに、おかげで「モナリザ」はフランスに残り、今ではルーブルの至宝になっている。

◎ 現実直視の重要性について、きちんと述べられています。
【181ページ】
1千年以上もの長きわたって指導理念でありつづけたキリスト教によっても人間性は改善されなかったのだから、不変であるのが人間性と考えるべきである、ゆえに改善の道も、人間のあるべき姿ではなく、現にあるべき姿を直視しかところに切り開かれてこそ効果も期待できる、と。

◎ ルネサンスの動機は「見たい知りたい分かりたい」という探究心であった、という塩野七生さんの確信が語られています。
【192ページ】
----何度でもくり返しますが、あくなき探究心こそが、ルネサンス精神の根源です。これが花開いた分野は、芸術や学問にかぎらない。政治でも経済でも、そして海運の世界でも、まったく同じであったのです。

◎ 次の記述は、小林秀雄さんが『本居宣長』で「人は文である」と同様、文章には人柄に出るということかな、と私は受け止めました。
【240ページ】
表現とは、自己満足ではない。他者に伝えたいという強烈な想いが内包されているからこそ、力強い作品に結晶できるのです。レオナルド・ダ・ビンチの書き遺した文章に至っては、その多くが、キミという呼びかけを使って書かれている。

◎ 本書の最後に、三浦雅士さんとの対談が掲載されています。その中で、石原慎太郎さんの言葉が面白かったです。
【354〜335ページ】
[三浦雅士]----塩野七生にとって小林秀雄の存在はたいへん大きかったのではないかということです。----「歴史について」のなかの「歴史は神話である」という有名な一行です。----塩野さんは、それを言い換えて、大胆にも「歴史は娯楽だ」と書いている。『ローマ人の歴史』では、変な言い方かもしれませんが、要所要所で塩野さんは明らかに小林秀雄のお世話になっている。
[塩野七生]どうかしら。----のちに石原慎太郎さんと会った時に彼がこう言ったんです。「小林秀雄から聞かれたんだ。あの塩野七生というのは本物かね、と」。「それで石原さん。本物かねって、クエスチョンマークだったんですか」と聞くと、例によって、「おまえ、何でそんなに不安なんだよ。クエスチョンマークだって、ありがたいと思え。ダメだって言ったんじゃないんだぜ」と叱られて、終わりだったですけどね。
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うなぎと沼津港の食べ歩き

2020年10月29日 | O60→70(オーバー70歳)
GOTOトラベル第一回目は、JR東海道線と御殿場線を使って、初めての御殿場と沼津港でした。



9月21〜22日の午前中は、初冠雪の富士山がよく見えました。




21日の夜、かなり待たされたけど、御殿場の人気店「うなぎのひろた」さんで夕飯を美味しくいただきました。



翌日は朝昼食をかねて、沼津港で食べ歩きしました。日本酒をちょっと、さらに美味しくいただきました。



横浜から思っていたより、近くてお手軽に行けるぞ、と再認識しました。
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たまにはもんじゃとお好み焼き!

2020年10月28日 | 気ままな横浜ライフ
10月3日の夕飯を兼ねたちょい飲みは、ご近所・横浜の「宴家」さんで、こだわり酒場レモンサワーを飲みながらの「モンジャ(大)」「お好み焼き(大)」などを美味しくいただきました。







焼きそば大盛りも、すごいボリュームだったけれど、家族3人で「心配無用」の勢いで平らげました。
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ゴルフ場のステーキランチ

2020年10月28日 | O60→70(オーバー70歳)
うまい!



サッポロ静岡限定生ビール。
ランチはビーフステーキ&ガーリックライス。
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愛宕神社と白い猫〈英訳妻〉

2020年10月27日 | O60→70(オーバー70歳)
詩吟の港区理事会を終え、虎ノ門ヒルズを抜けて、愛宕山のなだらかな裏道の坂を登っていたら、キンモクセイの強い香りがしてきました。

After finishing Shigin's Minato-ku board meeting, I passed through Toranomon Hills and climbed the gentle slopes of Mt. Atago.

At that moment, I smelled a strong scent of osmanthus.


愛宕神社に着いたら、右側にキンモクセイの大木がありました。

When I arrived at Atago Shrine, there was a large osmanthus tree on the right.


足元に気をつけて出世の階段を下り、左手の狛犬をスマホで撮っていたら、後方になだらかな階段が見えました。

I took a picture of the guardian dog on my left with my smartphone, and saw a gentle staircase behind me.


えっ、何度も訪れているのに気づかなかったので、登ってみました。

Well, I didn't notice it even though I've been there many times, so I climbed it.


愛宕神社の社殿右側に着くと、白い猫と目が合ったので1枚撮りました。ずいぶんと地価の高い、いとも涼しげな所に住んでいる猫だこと。あっ、そうかお参りしていこう。

作法どおりに手を清め、2礼2拍手1礼で家内安全、交通安全、世界平和をお願いしました。コロナ禍終息と健康第一は失念したけど、まぁいいか。「あまり欲張ってもね」と、2度目の出世の階段下りをして新橋まで歩きました。

When I arrived at the right side of the main building of Atago Shrine, I saw a white cat and took a picture.

The cat lives in a very cool place where the land price is very high.

Ah, that's right, let's visit.
After purifying our hands according to the etiquette, we prayed for the safety of our families, traffic safety, and world peace with 2 bows, 2 applause, and 1 bow.

I forgot about the end of the corona misfortune and health first, but it's okay.

"I don't want to be too greedy," I walked down the stairs for the second time to Shinbashi.





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GOTOトラベル、いざ御殿場へ

2020年10月27日 | O60→70(オーバー70歳)
9月21日、日の出とともに家を出て、富士山、アザミ、ツユクサを愛でました。





御殿場駅の喫煙所。



後ろポケットに文庫本を入れて、電車で遠出するのも久しぶり。
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