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EuroCity170 Hungária
←7:OPERA NIGHT ハンガリー国立歌劇場からの続き
2012年12月30日
ブダペストに滞在するのが一晩だけなのは何とも惜しいのですが、朝の列車に乗って次の街に向かいます。
ホテルをチェックアウトして、ブダペスト東駅にやって来ました。
これから乗車する列車は…
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ブダペスト東駅を9:25発、
ベルリン行きのEC(ユーロシティ:ヨーロッパ国際急行)170列車「Hungária(ハンガリア)」号です!
この列車に、途中経由するチェコの首都プラハまで乗ります。
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ブダペスト東駅の大ドーム下のプラットホーム、昨日ベオグラード行きの「Avala」号が停車していた6番乗り場には既に
ハンガリー国鉄所属の青い客車の編成が入線して据え付けられています。
Hungáriaという、ハンガリーの国名そのものを列車名として戴くこの列車。
東西冷戦の最中にヨーロッパ西側諸国で運行され、速さと豪華さを誇った欧州横断特急TEEに対抗すべく、
1960年に東側各国が威信をかけて運行を開始したヨーロッパ共産圏の国際特別急行列車として誕生したという、
由緒正しくも重苦しい“鉄のカーテン”の歴史を背負った、そんな名列車なのです。
…そして21世紀の現代。
ベルリンの壁が崩壊しソビエト連邦が消滅した今では、「ハンガリア」号はヨーロッパ各国を結ぶECのネットワークの一員となり、
誰でも気軽に乗れる便利な列車として活躍を続けています。
対立の無い、平和で安定した世の中の有り難さを感じずにはいられません。
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「ハンガリア」号の先頭には、
チェコスロバキア製で現在はスロバキア鉄道が所有する電気機関車が連結されています。
この列車が東側陣営の威信を背負って走っていた頃から、「ハンガリア」号を牽引していた古参兵なのでしょうね、きっと。
機関車の顔も拝んだので、そろそろ「ハンガリア」号に乗り込みましょう。
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今日もヨーロピアンイーストパスの1等車用を使って、優雅に1等車での旅となります。
「ハンガリア」号の1等車はヨーロッパの伝統的なスタイルである6人部屋のコンパートメントでした。
見知らぬ他人と相部屋になりますが、今日は僕以外には落ち着いた雰囲気の女性旅行者が1人しか乗っておらず、
お互いに笑顔で挨拶を交わした後は静かに過ごせそうなので、快適です。
定刻にブダペスト東駅を発車して、これでブダペストともお別れ。
必ずまたこの街に来るぞ、そしてまたハンガリー国立歌劇場でオペラを観るぞ…と感慨に耽っていると、
コンパートメントのドアがノックされ車内検札の車掌が入って来ました。
大丈夫!僕は乗り放題の切符を持っているんだぞ、と自信満々にヨーロピアンイーストパスを渡して
「I go to Praha!」と告げると、切符の券面を覗き込んでいた若い車掌は怪訝そうな顔をして
「ちょっと待ってて」と言い残してヨーロピアンイーストパスを持ってどこかに行ってしまいます。
あれ?何かあったのかな。ひょっとして彼、ヨーロピアンイーストパスを知らないんじゃないだろうななどと思って待っていると、
車掌長らしい初老の男を伴って戻ってきて英語でこう言います。
「この切符には、日付が書かれていない」
あっ、しまった!
ヨーロピアンイーストパスを使用する時は、列車に乗車する前に自分で券面に日付をペンで書き込まなければならない、
無記入で乗車すると不正乗車扱いとなるという決まりがあるのをすっかり忘れていました。
「sorry…今すぐ今日の日付を書くよ」とペンを取り出そうとすると、
「いや、お客さん、それはダメだ。チケットホルダーの注意書きにも書いてあるが、これは規則なんだ。
悪いが、あなたからペナルティを徴収しないといけない。ペナルティは10ユーロだ」
ええーっ!!
ああ、何てこったい…
ついうっかりのミスで罰金とはね…
でもまぁ、今回は確かに僕が悪いんだし、ペナルティの金額も約千円で済んだのでよかったよ
(契約社会のヨーロッパでは規則違反は「重罪」で、
不正乗車と見なされた場合は故意でなくても容赦無く馬鹿高い罰金を取られることも珍しくないと言いますからね)。
いい勉強になったと思って10ユーロ札を車掌長に渡すと、彼も申し訳なさそうに「ありがとう」と言いながら、
ヨーロピアンイーストパスの券面に今日の日付を書き込んでくれました。
出発早々に残念なアクシデントがありましたが、
ブダペストを離れた「ハンガリア」号はドナウ川に沿って走り続けています。
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ドナウ川の向こうはスロバキアの筈です。
やがて国境を越えて、ハンガリーともお別れ。
お昼にはスロバキアの首都ブラチスラヴァに到着しました。
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そう言えば、スロバキアに入国するのはこれが初めてです。
もっとも、入国と言っても列車で数時間かけて通り過ぎるだけで、入国審査もパスポートコントロールも何も無いので、
実際ほとんど意味は無いのですけれどもね。
それに、確かブラチスラヴァはウィーンのすぐ近所で僅か数十キロしか離れていなかった筈。
地図上で見ると昨日から隣近所を行ったり来たりしていることになるので、何だか面白いですね。
ブラチスラヴァで、列車の乗客も多く入れ替わりました。
東西冷戦期は東側陣営の2大首都ブダペストとベルリンを結んでいた「ハンガリア」号も、
ヨーロッパ上空を格安航空会社の飛行機が飛び交う現在は地方の都市間輸送が主体となっているようで、
10時間以上もかけて全区間を乗り通す乗客は殆ど居ないのでしょう。
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ブラチスラヴァ発車後も列車は地方の町の駅にこまめに停車しながら走っていきます。
そのうち、駅のプラットホームに停車中のローカル列車の車体のロゴがチェコ鉄道のマークに変わっているのに気が付きました。
いつの間にかまた国境を越えて、チェコの国内に入ったようです。
ほんの20年ほど前までは、同じチェコスロバキアという国だったので、国境に気が付かなくても当然かも知れません。
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食堂車で昼ご飯を食べているうちに、列車は峠越えの区間に入ります。
山には雪が残っていますね。数週間前にヨーロッパを襲った2012年冬の大寒波に伴う豪雪の名残のようです。
あの時はヨーロッパ全土の鉄道が雪で麻痺してしまい、乗客が止まった列車に閉じ込められて一夜を明かしたりして大変だったようです。
大寒波襲来のタイミングが少し後にずれたら、今回の僕の旅も危うくなるところだったと思うと思わずゾッとします。
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雪の峠道を無事に越えて、「ハンガリア」号はボヘミアの平原地帯を快調に飛ばしていきます。
冬のヨーロッパの短い昼が終わり、辺りは薄闇に包まれてきました。
そろそろプラハに到着です。
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午後4時10分、「ハンガリア」号はプラハ中央駅に到着。
途中の雪の峠越えもものともせず、定刻より10分程度の早着でした!
歴史ある中欧の名列車の誇りを見せつけるような、見事な走りっぷりでした。
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「ハンガリア」号はプラハで進行方向を変えるようで、
編成の最後尾にチェコ鉄道の電気機関車が連結され出発準備を整え始めました。
これから「ハンガリア」号はヴルタヴァ川(モルダウ)の流れに沿って走り、
また国境を越えてドイツに入り、ドレスデンを経由して、終着駅のベルリン中央駅を目指します。
ベルリンまではあと5時間弱、まだまだ長い道のりです。
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何だかこのまま一緒にベルリンまで行きたいような気もしますが、
「ハンガリア」号に別れを告げてプラハの街に降り立ちます。
「この先も、お気をつけて、ご安全に『ハンガリア』号。
いつか、ブダペストからベルリンまで全区間を乗り通してみたいよ。その日まで、さようなら!」
さあ、プラハにやって来ました。
この美しい街には僕も少なからず想い出があり、再訪を願い続けていた街でもあります。
それに今日はこれから、プラハ国立歌劇場でオペラを観るのです!
昨夜に続き、今宵もオペラの夢に酔いしれることにしましょう…!
…でもその前に、もう少しだけ「ハンガリア」号の旅路を振り返ってみます。
この列車には、美味い中欧料理を食べさせる食堂車が連結されていました。
→9:Speisewagen ハンガリア号の食堂車に続く
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