天燈茶房 TENDANCAFE

さあ、皆さん どうぞこちらへ!いろんなタバコが取り揃えてあります。
どれからなりとおためしください

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その23:帰国、ミラノ発アムステルダム経由福岡

2015-03-29 | 旅行記:2014-15 イタリア

その22:最後のミラノ散歩。二つの「最後の晩餐」からの続き

2015年1月4日

今日はいよいよ帰国の日。
帰りの飛行機はミラノ・リナーテ空港を早朝の6時半に飛び立つので、夜明け前の4時にはミラノ中央駅前のビジネスホテルをチェックアウト。当然まだ空港リムジンバスも動いていないので、前日のうちにホテルのフロントに頼んでおいたタクシーで空港へと向かいます。

…普通の大衆車の「taxi」を頼んでおいたつもりなのに、実際は黒塗りベンツの送迎ハイヤーが来てやたらと高い車代を払う羽目になってしまいましたが、イタリアではホテルで車を呼ぶと大抵ハイヤーが来るらしいので今更怒っても後の祭り。
「あ~あ、こんなことなら中央駅前で自分でタクシーを拾えばよかった」
でも、万一タクシーがつかまらず飛行機に乗り遅れるよりはマシか…

真冬の北イタリアでは朝6時台はまだ真っ暗。
明け方の月が煌々と照らす、早朝のリナーテ空港の滑走路を歩いて乗り込んだアムステルダム行きKL1618便ボーイングB737-800で飛び立ちます。




ところで、最近ヨーロッパや日本では航空機内での電子機器の使用規制が大幅に緩和されて、今までは離着陸中は電源を入れることが出来なかったデジカメやスマートフォンも電波を発しない状態にしておけば使用することが出来るようになりました。
そこで、KL1618便がリナーテ空港を離陸する一部始終を機内の窓からデジタル一眼レフカメラの動画モードでビデオ撮影してみました!
こんな感じです。離陸後しばらくミラノの夜景がきれいに見えていました。

さようならイタリア、ミラノ!






飛行時間がせいぜい2時間程度のヨーロッパ域内の近距離フライトですが、一応国際線なのでちゃんと機内食が出ます。
小さなサンドイッチが入ったスナックボックスとコーヒーで、アルプス山脈上空の朝ごはん。

たまごサンドを食べているうちに、機窓では夜が明けて…








朝8時、無事にオランダのアムステルダム・スキポール空港に到着。



スキポール空港では6時間ほど乗り継ぎ待ち時間があります。
空港の地下には鉄道駅がありアムステルダム中央駅までは簡単に行くことが出来るので、アムステルダムの街まで行ってみてもいいのですが…

寒いし眠いし、正直かなり、旅の疲れも感じていたので、空港内でおとなしく待つことに。
…それに、ここだけの話オランダには、どうせすぐにまた来ることになるしね…
(ΦωΦ)フフフ…


とは言え、スキポール空港は空港内の設備が非常に充実しているので待ち時間も退屈しません。
行きに乗り継ぎ待ちした時は雨が降っていたので行かなかった、ターミナルビル屋上の屋外展望デッキ(パノラマ・テラスと称しています)に行ってみましょう。


展望デッキ入り口には、やたらと丁寧な案内表示が。
離発着する航空機の時刻表はもちろん、なぜか空港周辺の滑走路見取り図とスポッター(筋金入りの航空写真撮影マニア!の意味か(笑))御用達ポイントの紹介まで!
「うぉぉ~…なんか知らんけど、ファンサービスも気合入ってるなスキポール空港!」


展望デッキに出ると、ちょうど滑走路の向こうから朝陽が差してきました。
「うわ~きれいな空港の日の出だ!」

そして、このスキポール空港の展望デッキには何と、本物の飛行機が駐機しています!
…やっぱ気合い入りすぎ!!





滑走路を見降ろす展望デッキに鎮座ましますこの飛行機、地元オランダの航空機製造会社フォッカー社が製造した「フォッカー100」という機体のようです。
どうやら退役後もスクラップになることを免れてスキポール空港にとどまり、展望デッキで余生を過ごしている模様。

フォッカー100は、機内も無料で開放されていて見学することが出来ます。


コックピットも覗き込めます。現役時代そのままの状態のようで、今でもパイロットが座って操縦桿を引けば飛べそうですね!


でも客室は座席が取り払われていて空っぽ(笑)
簡単なパネル展示があり、小さな航空博物館になっていました。



展望デッキ(パノラマ・テラス)でのんびり過ごしているうちに時間は過ぎて、そろそろ日本行き便の搭乗時刻。
イタリアからオランダまでのヨーロッパ域内フライトでは免除されていたパスポートチェックを改めて済ませて、搭乗ゲートへ。


帰りの飛行機はスキポール空港発の福岡行きのKLMオランダ航空KL869便。
搭乗案内表示ではコードシェアしているエールフランスのAF8368という便名が表示されていますね。それにしても、ヨーロッパの主要空港で世界各国の都市と並んで福岡(Fukuoka)という行き先を見るのはいまだに新鮮、というか違和感を感じるな…(笑)


こちらが、これからシベリアを飛び越えてアジア極東の地方都市まで飛ぶKL869便の機材。
ちょっと薄汚れてくたびれた、KLM asia(KLMアジアは台湾と中国の政治的軋轢を回避する為の名目上の別会社ですが、実際は機材は完全にKLMと共通で使い回している模様)仕様のボーイングB777-200。
…なんかKLMは機材の清掃にあんまり関心が無いのか、古びて汚れた機体が多いなぁ

乗客が満席で搭乗に手間取ったせいか、KL869便は定刻よりやや遅れて午後3時頃にスキポール空港を離陸。
一路、福岡を目指します。









今日はシベリアの大平原は厚い雪雲に覆われていて、その雲越しに処々に儚げに街明かりらしきものが見えます。
地上の街は恐らくブリザードが吹き荒ぶ酷い荒天のようですが、高度1万メートルを飛ぶKL869便の機内ではいつも通りの機内食の夕食。




夕食後は機内は消灯され、乗客が寝静まる中でこっそり食べる夜食。
ギャレーからもらってきたCup Noodleはやっぱり美味しい、これぞ日本の味(笑)


そして日本が近づくと機内食の朝食。
食べ終わる頃には、もう玄界灘の上空。すぐに福岡空港に着陸です!



2015年1月5日

KL869便の機内で日付が変わって、月曜日の朝9時に福岡空港に無事に到着しました。
ただいま、日本!平成27年、あけましておめでとう!!


福岡空港国際線ターミナルに駐機したKLMアジアのボーイングB777-200は、すぐに機体整備に取り掛かりオランダへの帰り支度を始めていました。
今回の機材はIguazu Falls「イグアスの滝」号。…福岡に飛んできたKLMアジアの機材が、何で南米のアルゼンチンとブラジル国境にある滝の名前なんだろう?KLMの機体愛称の命名基準は本当に謎だ。

僕も熊本県南部の自宅に早く帰りましょう。


という訳で、福岡空港から博多駅へ移動して熊本行きの新幹線「つばめ」号に乗車。


やっぱりいいですね、水戸岡鋭治先生デザインのJR九州の800系新幹線。今回の旅ではイタリアのファッショナブルな高速列車Italo (イタロ)のお洒落さを堪能しましたが、この800系のネオジャポニズムデザインも最高だよ!

さて、北部イタリアの三つの街~ミラノ、フィレンツェ、そしてピサ~を中心にゆる~くガリレオに関する場所を巡る緩やかなイタリアの旅はこれにて大団円。
読者の皆様は、暫しと言いつつ長きに渡るお付き合い、ありがとうございました!
…だがしかし。旅は終わらない、またすぐに新しい旅が始まるのです。

次の旅は、風薫る5月。再びオランダを経て初夏の中欧、チェコの古都プラハへと向かいます。
偉大なる天文学者ティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーが暮らし、夜毎に星空を見上げた“星の都”で、僕の愛するプラネタリウム全天周映像「HAYABUSA-BACK TO THE EARTH-」の上映が始まるという情報を掴んだのです!
まだ情報が少ないのでどんな旅になるかは分からないのですが、とりあえずプラハへの航空券を確保したので行ってきます!!

それでは5月に、プラハのプラネタリウムでお会いしましょう。
天燈茶房亭主mitsuto1976 拝

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その22:最後のミラノ散歩。二つの「最後の晩餐」

2015-03-28 | 旅行記:2014-15 イタリア

その21:ミラノ再び。夕暮れの高速列車Italo(イタロ)からの続き

2015年1月3日

今日は、我々ガリレオ追っかけツアー一行の中で一足先に早朝便で帰国するLeonaさんを見送りに、早起きして皆でマルペンサ空港へ。


ミラノにはマルペンサとリナーテの2つの空港がありますが、マルペンサ空港は主に国際線の長距離便が発着する巨大な国際ハブ空港でミラノの空の表玄関です。
ターミナルビルも大規模で、早朝から多くの旅行者が行き交い華やかな雰囲気。

そんなマルペンサ空港第1旅客ターミナルで、こんな巨大謎看板を発見!!

(;・∀・)え~っと…これがいわゆる一つのCool Japanってか!?
GUESSとしてはアジア極東にこういう謎と不思議の国ジパング が存在するって認識でOK?



朝7時半。マルペンサ空港の滑走路を真っ赤に染めて、北イタリアに冬の朝陽が昇ります。





Leonaさんの搭乗したルフトハンザ機が、ドイツへと向かって出発して行くのをターミナルビルから見送ります。
お疲れ様でした。この先、飛行機を乗り継いで日本到着までの長旅、どうぞお気をつけて!


Leonaさんが無事に帰途に就いたのを見届けてから、イタリア残留組の僕とアマフミさんは空港リムジンバスでミラノ市内へと戻ります。
今日は一日、名残のミラノ散歩です!


先ずは腹ごしらえ。
ミラノ中央駅裏の横丁にあるバールで、常連客がカウンターでエスプレッソを立ち飲みする様子を眺めながら焼きたてのパニーニを頂きます。
これぞ正統派のイタリアの朝ごはん!

朝食を済ませたら、メトロに乗ってドゥオーモへ。







続いて、ドゥオーモ広場からミラノ市内を少し歩いて…



やって来たのはサン・マウリツィオ教会

市立考古学博物の隣にある、街の中の小さな教会で建物は目立ちませんが、聖堂の中に入ると凄い!









小さな聖堂内の壁と天井を埋め尽くす、色鮮やかなフレスコ画の数々に圧倒されます!


小さいながらも立派なパイプオルガンも備えています。

ここは元々女子修道院だったそうで、そのせいか建物も装飾のフレスコ画も全体的に女性的でとても可愛らしい印象です。



これは“ノアの方舟” ですね!


そして、“最後の晩餐” を発見!!
ミラノといえば御存知レオナルド・ダ・ヴィンチの“最後の晩餐”が余りにも有名ですが、こんな可憐な“最後の晩餐”もあったんですね。

サン・マウリツィオ教会はつい最近フレスコ画の大規模な修復作業が終わったばかりだそうです。
ガイドブックにも載っていない小さな教会ですが、幸福感に溢れる素敵な絵画作品で満たされた素晴らしい場所でした。ボランティアで案内して下さる女性スタッフの方々もとても親切で、有名ではないけれど地元の人々に深く愛されている教会だということが伝わってきました。
ここはアマフミさんからの情報提供で訪れました。僕はサン・マウリツィオ教会のことは全く知らなかったのですが、おかげで良いものを観ることが出来ました。感謝!



サン・マウリツィオ教会を出てマジェンタ大通りをしばらく歩くと、今度は煉瓦色の立派な教会が見えてきます。


これがレオナルド・ダ・ヴィンチの“最後の晩餐”があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。

…ただし、ここの“最後の晩餐”は余りにも有名過ぎる為に(恐らく、多くの見学者が押し寄せることで作品がダメージを受けることを避けるために)見学は完全予約制で、個人旅行者が団体ツアー等に参加せず予約を確保するのは至難の業。
それでも念の為にと案内所に行ってみましたが、僕が何も言わないうちに日本語で「サイゴノバンサン、ノーチケット。リザーブオンリー!」とか言われる始末。
「あ~あ残念!でも、サン・マウリツィオ教会で綺麗な“最後の晩餐”が観られたから、まぁいいか。それに、ダ・ヴィンチの“最後の晩餐”を観るチャンスは今後もまたあるからね。またいつか観に来るさ!」


サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会から裏通りを抜けて一区画進んだ先にはレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館があります。
今日は最後の締めにここでダ・ヴィンチと科学技術についての展示を観て過ごそうと思ったのですが、どういう訳だか家族連れが押しかけて入場待ちの大行列。暫く行列に並んで待っていたのですが、当分中には入れそうにないので諦めて、これで今日のミラノ散歩は終了!

ミラノで最後にダ・ヴィンチ関連のものを二つとも観ることが出来なかったのは残念ですが、今回の旅は元々ガリレオの追っかけツアーと銘打っているし、ダ・ヴィンチはまた次の機会に追いかけるとしましょう。

という訳で、ミラノでの旅の最後は中央駅近くの有名ピザ店で豪快にピザ・パーティー!



豪勢に、デザートも頼んじゃうよ~
パンナコッタとティラミスは僕からの奢り、今日はお疲れ様でした!!


大いに食べたら、駅前のビジネスホテルに戻って解散。
僕は明日の朝、夜明け前にリナーテ空港に向かい早朝便でイタリアを離れます。

その23:帰国、ミラノ発アムステルダム経由福岡に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その21:ミラノ再び。夕暮れの高速列車Italo(イタロ)

2015-03-28 | 旅行記:2014-15 イタリア

その20:再びフィレンツェ。花の聖母教会、“天国の扉”からの続き

昼下がりのフィレンツェ、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から高速列車Italo (イタロ)に乗ってミラノへの帰路に就きます。
Italo9926列車、サンタ・マリア・ノヴェッラ14:25発ミラノ ポルタ・ガリバルディ行き。

Italoに乗り込んで気が付いたのですが、車端部のデッキに自販機が設置されたスナックコーナーがありました。
Italoのライバルである国鉄トレニタリアが運行する高速列車ユーロスター・イタリア“フレッチャロッサ”には本格的な食堂車が連結されているようですが、カジュアルさが売りの民営のItaloでは食事も手軽なセルフサービス式となっているようです。



スナックコーナーには車窓を眺めながら立食が出来るカウンターバーも設置されているのですが、この通り荷物置き場と化しています(苦笑)
こういう車内の簡素な立食バー的な設備、日本でもJR九州の特急「かもめ」「ソニック」等でコモンスペースと呼ばれる同じような設備が用意されているのですが、実際はあまり利用されておらず荷物置きとなってしまっている現状までほとんど同じ。こういった残念な事情は洋の東西を問わないのだなぁ(笑)









フィレンツェを発車したItalo9926列車は、傾き始めた冬の日差しを受けながらミラノを目指します。


車内の電光表示板に「時速300キロで走行中」の表示が出ました。
Italoに使用されているフランスのアルストム社製の高速電車AGVは営業最高速度時速360キロまで対応可能だそうですが、Italoでは最高速度は300キロに抑えられているようです。


時速300キロでイタリア半島北部を駆け抜けたItalo9926列車は定刻よりやや早い午後4時頃にミラノ ポルタ・ガリバルディ駅に到着。ヨーロッパの高速列車での早着はスペインのAVEでも経験がありますが、秒単位でタイトな運行ダイヤが組まれた日本の新幹線とは事情が異なり、全体的にかなりダイヤの設定に余裕を持たせてあるようです。



Italo9926列車が滑り込んだプラットホームの向かいからは、Italoの到着を待っていたかのようにフランス・パリへと直通する国際列車のTGV Duplexが発車していきます。僕がItaloから下車してプラットホームに降りた時には既に最後尾の機関車が構内を出て行くところだったので、ItaloとTGVのツーショットを撮影できなかったのは残念!(それにしても、よく考えたらItalo早着にあわせてTGVも早発してたんじゃないのか?こんなアバウトでいいのかヨーロッパの高速列車のダイヤ…)



さて、ミラノの街に戻ってきました。
ポルタ・ガリバルディ駅からメトロ(地下鉄)2号線に乗って、再びミラノ中央駅へ。



ミラノ中央駅前広場から望む大都市ミラノのビル街に、冬の夕陽が沈んでいきます。
さぁ、今夜は旅の終りも近づいたのでフェアウェルパーティーです!ミラノの街に繰り出して、ガッレリア辺りのレストランで皆でごちそうを食べましょう。
…でも、その前に今夜の宿にチェックインしないとね。

今夜泊まるのは、ミラノ中央駅前にあるビジネスホテルHotel Canova。

今朝まで滞在していたピサのアットホームなB&Bに比べたら、やはり随分と味気ないですね…
まぁ、清潔で機能的なので良しといったところ。


でも、バスルームに立派なバスタブがあったので大喜び!
「やったー!今夜はイタリアに来て初めてゆっくりお風呂に浸かれるぞー!!」
…ちなみに、後で聞いたら同行者の皆さんの部屋はバスルームにはシャワーだけしか無く、バスタブ付きの部屋は僕だけだったようです。皆さん僕一人だけいい思いをして申し訳ない(笑)
m(_ _)m


その22:最後のミラノ散歩。二つの「最後の晩餐」に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その20:再びフィレンツェ。花の聖母教会、“天国の扉”

2015-03-24 | 旅行記:2014-15 イタリア

その19:ピサ大聖堂と夜の斜塔~ドゥオモ広場散歩・後編~からの続き

2015年1月2日

今日はピサで滞在していたB&Bをチェックアウトする日。フィレンツェ経由で、ミラノに戻ります。


朝早くから皆で朝食の支度をして、キッチンにピサとの別れの御馳走が並びます。
イタリアの家庭料理らしく最後までパスタがメインの食事でした(笑)

事前にオーナーさんに言われていた通り、部屋に鍵を残したままドアを閉めたらチェックアウト完了。
ピサの斜塔近くの住宅地にあるB&B「Affittacamere Delfo」、いい宿でした。また今度ピサに来た時にもお世話になりたいですね。

住宅地の中にあるバス停から中央駅方面行きの循環路線バスに乗って、アルノ川を渡って駅へ。
ピサ中央駅からはここ数日ですっかり乗り慣れたフィレンツェ行きのイタリア鉄道トレニタリアの近郊列車に乗車。
あまりあてにならないトレニタリアの乗車券自販機ではなく、駅のタバコ屋で列車のきっぷを買うのにも慣れました。




フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅行き近郊列車は今日も「当たり」の新型車輌。
前に乗った時には気が付きませんでしたが、この新型車輌は何と各座席に電源コンセントまで用意されていました。
ローカル列車としては破格のサービスです。ただし残念ながら、車内Wi-Fiまでは用意されていないようでしたが。





フィレンツェに着いたら、粉雪が舞っていた一昨日とは打って変わって青空が広がる快晴のいい天気。
ミラノ行きの列車への乗り継ぎ待ち時間が数時間あるので、名残のフィレンツェの街を散策することにします。

サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から歩いて、向かった先はやっぱりフィレンツェの象徴、花の聖母教会 (サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)



大聖堂(ドゥオーモ)と並び建つ塔は「ジオットの鐘楼」
ピサの斜塔と同じく大聖堂に付属する鐘つき堂ですが、フィレンツェのこの鐘楼は傾いてはおらずキッチリと垂直にそそり立っています。

このジオットの鐘楼、その名の通りルネッサンス期の偉大なる画家にして建築家ジオット・ディ・ボンドーネが手がけ、その死後に弟子たちによって完成されたという建築物ですが、宇宙ファンとしては彼の名を戴いたESA欧州宇宙機関のハレー彗星探査機「ジオット」がすぐに脳裏に浮かんでしまいますね。
ルネッサンスの芸術家の名前を持つのに、ハレー彗星の本体核を目掛けての突入観測を敢行し、迫り来るダストとの衝突をものともせず600キロの近さにまで肉薄して人類史上初めて活動中の彗星核の姿を観測するのに成功したりと、やたらと激しい宇宙機だったなぁハレー艦隊の特攻野郎ジオット…





ジオットの鐘楼の隣、花の聖母教会の大聖堂(ドゥオーモ)は今日も大変な人だかり。




今日こそは天蓋(キューポラ)の下の大聖堂(ドゥオーモ)内部を拝みたかったのですが、入場待ちの行列に並ぶとミラノ行きの列車に間に合わないことが目に見えているので断念。
「…残念。この花の聖母教会の近くにあるガリレオが埋葬されているサンタ・クローチェ聖堂共々、次にフィレンツェに来た時には観たい場所がたくさん残ってしまったね。まぁ、また今度来るさ、必ず!」

大聖堂(ドゥオーモ)の正面ファサード前にある、養生シートに覆われた改修工事中の八角形の建物にも、何やら人だかりが。
人垣をかき分け、近づいてみると…




黄金に光り輝く扉。
ルネッサンス期の彫刻家ロレンツォ・ギベルティが手がけ、ミケランジェロが“天国の扉”と呼び讃えたサン・ジョヴァンニ洗礼堂の東の扉だそうです。
…もっとも、後日よく調べたところ現在の東の扉は日本人が寄進したレプリカで、実物の“天国の扉”は博物館に収蔵されているとか。



“天国の扉”も拝んだので、そろそろ下界を旅立ちましょう。
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から、ミラノ行きの列車が出る時間です。
さらばフィレンツェ、また来る日まで…


…フィレンツェを去る前に、ちょっと腹ごしらえ。
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅前のお菓子屋さんでショーケースに並んでいた中でも、一番甘そうなお菓子に挑戦!
固めたメレンゲにチョコをかけたような、ガツンと甘い一品でした(笑)

その21:ミラノ再び。夕暮れの高速列車Italo(イタロ)に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その19:ピサ大聖堂と夜の斜塔~ドゥオモ広場散歩・後編~

2015-03-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その18:ピサの斜塔~ドゥオモ広場散歩・前編~からの続き

世界遺産「ドゥオモ広場」の2015年、元日の昼下がり。





ピサの斜塔があまりにも有名なドゥオモ広場ですが、それだけではありません。
ドゥオモ広場にはピサが海洋国家として繁栄を極めた時代を象徴する数々の傑作建築群が建ち並び、それらの織り成す調和のとれた美しさから「奇跡の広場」とも讃えられているのです。

このちょっと可愛らしい丸い建物は洗礼堂



建物の上部と下部とでゴシック様式とロマネスク様式が融合した大変珍しい建築様式だそうです。
南ヨーロッパの濃紺の青空に映える白亜の大理石、そしてその大理石の壁面に施された緻密な装飾も見事ですね。

そしてドゥオモ広場の中心に鎮座ましますこの大伽藍が、ピサ大聖堂



今では大聖堂よりも有名になったピサの斜塔も、本来は大聖堂に付属する鐘つき堂(鐘楼)です。
…こうして大聖堂と並んでるのを見ると、ホントに傾いてるなぁピサの斜塔(笑)

ピサの斜塔に登る入場券を買うと、特典としてこの大聖堂にも無料で入場して内部を見学することが出来ます。
さっそく、本来は斜塔よりも主役の大聖堂に入ってみましょう!




大聖堂の中は、陽射しが入ってとても明るい雰囲気。

正面の最奥部に見えるキリストの姿を描いたモザイクで彩られたドーム天井の手前に、ガリレオがその揺れる様子を見たことで「振り子の等時性」を発見するきっかけとなったシャンデリア(ガリレオのランプ)が見えます!
そう、このピサ大聖堂も斜塔と共にガリレオ・ガリレイの重要な聖地の一つなのです。

…もっとも、このシャンデリアの逸話も斜塔での鉄球落下実験と同じく後世の創作のようです。
何しろ、実際にはシャンデリアが作られたのはガリレオが振り子の等時性を発見した後のことらしいので…(´・ω・`)


気を取り直して、シャンデリアの下に立ちキリストのモザイクを見上げます。
「きっと、ガリレオも生まれ故郷のこの大聖堂のこの場所に立って、自らが身を捧げた科学の勝利を高らかに謳いあげて神に祈った筈…」

クリスチャンではない僕も、ここで祈りを捧げて今年の初詣をしました。八百万の神を戴く日本人は、どんな神様にでも別け隔て無く二礼二拍手一礼して祈れるのです。

「今年も、少しでも世界が平穏に過ごせますように…」


ステンドグラス越しに陽射しが降り注ぐ大聖堂内には、油彩の宗教画も数多く掲げられていてまるで美術館のようです。

大聖堂内部をじっくり見て、外に出てくると2015年の元日の太陽は既に傾き始めていました。




巨大な日時計になったピサの斜塔が、ドゥオモ広場に時を刻んでいきます。

やがて夕陽が大聖堂と斜塔を美しく染め上げ始めました。






斜塔の回廊の横には、今夜の月が…




辺りはすっかり暗くなりました。
それでも、ドゥオモ広場は多くの観光客で昼間と変わらぬ賑わいです。

斜塔も相変わらず大勢の見学者が順番に並んで、頂上に登っています。



夜の斜塔は「童話の天文学者」が似合いそうな独特の雰囲気で、昼間とはまた違った魅力がありますね。
月に照らされた斜塔の回廊を登ると、鉄球ではなく望遠鏡を携えたガリレオに会えるような気分になるのかも知れません。


…今日は一日かけて、心ゆくまでドゥオモ広場を堪能しました。
でも正直まだ見足りない、出来ることなら一晩中でもピサの斜塔と大聖堂を眺めていたい気分なのですが、名残惜しいけれどもこれでドゥオモ広場に別れを告げることにします。

明日は、朝からフィレンツェ経由でミラノに戻ります。
さようなら、ガリレオが生まれたピサの町。人々は親切だし景色もきれいで、何より雰囲気が実に良くて安全な素晴らしい町でした。
「イタリアに来るまでは、治安が悪くてルーズな国かも知れないと思っていたけど、ピサは本当に素敵な町だったな…帰るのは寂しいよ。
またいつか必ず、僕はピサに来たいな…今度はドゥオモ広場だけじゃなく、もっとゆっくり旧市街やアルノ川の岸辺を散歩したり、そうだガリレオが生まれた家にも行ってみたいな」


ガリレオの足跡を追いイタリアの三都を巡った旅も、段々と終わりが近づいてきています…



B&Bへの帰り途、ドゥオモ広場近くの観光客で賑わう商店街でこんなものを発見。


日本が世界に誇るインスタントラーメン!
日清の出前一丁 です。商品名はDEMAE RAMENになるんだなぁ(笑)


パッケージには中国語も書かれていましたが中国製のニセモノではなく、日清食品のドイツ法人がEU圏内でライセンス生産している本物のようです。

かくして、ピサでの最後の晩餐は懐かしい日本のインスタントラーメン・出前一丁になりました(笑)
それにしても、B&Bのこのキッチンで炊事してると何だか日本の自宅の台所にいるみたいで、ホントに落ち着くなぁ…


その20:再びフィレンツェ。花の聖母教会、“天国の扉”に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その18:ピサの斜塔~ドゥオモ広場散歩・前編~

2015-03-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その17:フィレンツェ散歩。ミケランジェロ広場からの眺めからの続き

2015年1月1日

明けましておめでとうございます。
今年の元旦は、イタリアはピサのB&Bで迎えました。

さて、B&Bとはそもそも「Bed and Breakfast」の略称で、その名の通りベッドと朝食のみが提供される簡素な民宿…という意味合いを持つものなのですが、我々が滞在しているここピサのB&B「Affittacamere Delfo」は何故か朝食が提供されず、セルフサービスとなっています。その代わり、客室の設備は簡素ではなくとても豪華で、きれいなトイレと洗面所とシャワールームも各部屋に付いているんですけどね…ハッそうか!ここでは「Bed and Bathroom」という意味か(笑)

という訳で朝食は、昨夜旧市街のインド人夫婦がいる小さなスーパーマーケットで買っておいた食材を使って自炊です。
まぁこれはこれで楽しいんですよね。…それに、実は今朝の食事は「私達が作るから、いいから寝てて!」と女性陣から申し出があって全部作ってもらったんですよね。とうとう僕の不器用男料理が酷すぎると愛想尽かされたか(苦笑)



朝からキッチンに並ぶ温かい手料理は、やっぱり最高ですね!
パンとスクランブルドエッグとスープですが、今年最初に食べるので立派な「おせち料理」でもあります。

食事を済ませたら、身支度を整えてさぁ出かけましょう!
今日は日本晴れの(ここはイタリアだけど…)いい天気!元旦なので、初詣に行かなくちゃ…そう、ピサの斜塔があるピサ大聖堂に新年のお詣りに行きますよ!!


…と、B&Bを出たところで発見!
「おおっ傾いてる傾いてる!これがピサの斜塔か~!?って、僕の知ってる斜塔とちょっと違う(笑)
どうやらこれ、ピサの町らしい「街角オブジェ」…らしい。

なんちゃって斜塔を後に、さらに歩いて行くと…


「おっ!?」


「おおっ!?」


「おおおっ!?」


「おお~、これぞ本物のピサの斜塔だぁ~!!…本当に随分傾いてるねぇ(笑)






とうとうやって来ました、ピサの斜塔を擁する大伽藍・ピサ大聖堂の建つ世界遺産「ドゥオモ広場」です。

科学者ガリレオ・ガリレイの故郷ピサに彼の生前から存在していたドゥオモ広場、斜塔にも大聖堂にもガリレオゆかりの伝説伝承が数多く語り継がれているのは御存知の通り。
ガリレオの足跡を追う今回の旅の、ここは最も重要な目的地の一つです。

まずは、斜塔を近くからじっくり拝みましょう!




斜塔の基部は、塔の周りの地面を掘り下げた窪みの上に建っている事が分かります。

ピサの斜塔は12世紀後半の建築開始直後から傾き始めたそうですが、ピサの町の地質がアルノ川によって堆積した不均質で軟弱な砂地だったために塔の南側で地盤沈下が起きたのが原因とされています。
以来数百年間、斜塔の基部の地盤は沈み続けて傾きは徐々に進行し、とうとう傾き過ぎて塔全体が崩落する危険性が指摘されるようになったために1990年から10年間に亘って立入禁止となり大規模な改修工事が実施され、現在では塔の傾きの進行は停止しています。
改修工事の際に塔の北側の地盤を掘削して傾きをやや補正したそうなので、その際に永年地中に向かって沈み込み続けていた斜塔の基部を掘り返して基礎部全体をきれいに石で覆ったのかも知れませんね。


間近で見上げるピサの斜塔…こうやって見ると、傾いているのがよく分からないからつまらない(笑)

通常、建築物が傾いているのは大問題で「基礎工事の手抜きが原因の欠陥建築か!?」等と騒ぎになったりするものですが、“傾いている事が大事で、傾いているから歓ばれる” 建物というのも世界中でこのピサの斜塔だけだろうなぁ…

さて、斜塔を外から見ていると今度は実際にてっぺんまで登ってみたくなってきました。
ピサの斜塔は入場券を買えば頂上部まで登ることが出来ますが、何しろただでさえ危なっかしく傾いている塔を改修工事を施してどうにか支えている状態なので、塔に負荷を掛け過ぎないように配慮しているらしく入場券は時間を区切って人数制限付きで販売されています。
今日の分の入場券が売り切れていたり夜まで待たされたりしたらどうしようと心配でしたが、どうにか1時間半待ちで塔に登れる入場券を購入することが出来ました。


1時間半待って塔の中に入ると…何と、中は空洞です!
ピサの斜塔は内部が空っぽの、筒のような構造の塔だったんですねぇ。
元々、大聖堂に付属の鐘つき堂として建てられたそうなので、てっぺんに鐘を吊るす事だけを考えた設計になっているんですね。


よく見ると、塔の頂上から鉛錘が提げられています。
恐らく頂上では塔の中心部から吊り下げられているのでしょうが、基部ではこの通り完全に壁についてしまっていますねぇ…
現在、ピサの斜塔は南に向かって約4度、中心部からの距離にして約4メートル分傾いているそうですが、そのことを強く実感できます。

中空のピサの斜塔の「底」に、こんな装置を発見しました。



「おおっプレートに刻まれたこのロゴは…カール・ツァイス・イエナ!」
プラネタリウム投影機で有名なドイツのカール・ツァイス社の製品です。「NI002」という製品番号を帰国後に調べてみたところ日本の国土地理院でも使われている自動水準儀(オートレベル)だそうで、ピサの斜塔の正確な傾きを測定するのに使われているようですね。


さあ、いよいよ塔のてっぺんに登りますよ…
しかし、歴史的に貴重なピサの斜塔にはエレベーターなんてもちろん設置されておらず、この磨り減った螺旋階段をひたすら歩いて登ることになります。
高さ55mの塔の頂上まで約300段!「き、きつい…でも、この階段をかつてガリレオも落下の実験用の重い鉄球を担いで登ったんだ!まぁ実際には実験道具は助手に運ばせただろうし、そもそもこの実験の話自体後世の創作だって知ってるけどさ(笑)
でも、ガリレオは落下の実験は行わなくても、きっと子供の頃から町内に建っていたこの塔には何度と無く登っている筈…きっとそうだよね!

そして、ぼやきつつヒイヒイ言いながら登ったピサの斜塔の頂上には、この絶景が待っていました!






「うわ~いい景色だなぁ!きっとガリレオも苦労して登った甲斐があったと思っただろうなぁ」


遥か彼方の地平線には、ガントリークレーンらしきものが並んでいるのも見えます。アルノ川の河口にあるピサ港でしょうかね。
あの向こうには地中海が広がっていて、ピサの斜塔やドゥオモ広場が作られた頃に海運国家として繁栄を極めていたピサ共和国の人々はこの塔の上から大海原を想い、そしてその先の海へと漕ぎ出して行ったのでしょうね。




そして足元に目をやると、隣のピサ大聖堂を見下ろす迫力満点のこの眺め。
「アニメのル◯゜ン三世なんかだと、銭形警部に追われたルパンたちがここから大聖堂の屋根にジャンプして乗り移って逃げるシーンだよねこれは(笑)


ピサの斜塔は鐘つき堂なので、ちゃんと鐘が吊られていました。
今でも現役なのかは不明ですが…

ここで、塔のてっぺんの見学時間は終了。名残惜しいのですが、係員に追い立てられて螺旋階段を降り下界に戻ります。




地上から、改めて斜塔を眺めます。
「こうして見ると、本当に絶妙に傾いた塔だねぇ…傾きに趣があるような気がしてきた。それに、よく見ると途中で傾きに抗って何とか建築を鉛直に直そうと上層階に行くに従って角度を修正してる跡が分かるね。なんだか塔が“海老反り”になって踏ん張ってるみたいで、健気な感じさえするね!」

もうお昼です。
ドゥオモ広場の近くに並んだ観光客向けのカフェテラスで昼食にします。





イタリアンなトマトソースの肉料理とピッツァを食べて体力を取り戻したら、再びドゥオモ広場に戻りましょう。
午後は斜塔以外の建築物も見て回ることにします。

その19:ピサ大聖堂と夜の斜塔~ドゥオモ広場散歩・後編~に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その17:フィレンツェ散歩。ミケランジェロ広場からの眺め

2015-03-15 | 旅行記:2014-15 イタリア

その16:フィレンツェ、ガリレオの聖地。ガリレオ博物館からの続き

ガリレオ博物館から少しアルノ川沿いを上流へと歩き、ヴェッキオ橋の隣のグラツィエ橋を渡って向こう岸の丘を登っていくと…


この絶景が目の前に広がります!
フィレンツェの街並みを一望するここはミケランジェロ広場。フィレンツェ随一のビュースポットとして有名な広場だそう。ちなみに、その名の通り広場の中央には大きなダビデ像が建っていますが、これはレプリカだそうです。



ダビデ像はレプリカですが、風景は本物の素晴らしいフィレンツェの夕景です。
ガリレオ・ガリレイの息遣いとルネッサンスの薫り漂う花の都が、2014年最後の夕焼けに包まれていきます…






日が落ちて、辺りが暗闇になると真冬の寒さが身に沁みます。
そろそろ、帰りましょう…

ミケランジェロ広場から路線バスでフィレンツェの下町をうねうねと走ってサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に戻り、ピサ行きのローカル列車に飛び乗ります。
昨日イタロで到着した時にイタリア鉄道トレニタリアのきっぷ購入で散々苦労したのを教訓にして、今日は朝からピサを発つ時にしっかり往復きっぷを購入済みなので、難易度の高いサンタ・マリア・ノヴェッラ駅からのローカル列車への乗車も安心です(笑)

しかも、乗り込んだピサ行き近郊列車はLED照明を備えた新型車輌。車内は明るくて真新しいし座席もピカピカで快適!



デッキには液晶モニタの情報表示システムまで完備。
「おおっローカル列車なのにこれは凄い!やる時はやるなトレニタリア!!」
…でも、これを全列車でやることが出来ないのがいかにもイタリア鉄道トレニタリアなんだよね~(苦笑)




ピサの町に戻ったら、B&Bの近くに派手な看板を見つけていた大型ショッピングモールのカルフールに買い出しに出かけます。
今夜は大晦日、やっぱり年越しそばならぬ年越しパスタを作らないとね~などと言いつつカルフールに行ってみると、何と店内に煌々と灯りをつけているのに人っ子一人おらず既に閉店している模様…
「しまった、イタリアではショッピングモールは年末年始は早仕舞いするのか!?」

やむを得ず、旧市街に出かけて、昨日買い物をしたインド人夫婦の営む小さなスーパーマーケットへ。
若いインド人夫妻は我々日本人グループ客のことを憶えていて、「Discount!」と支払い会計の端数をおまけしてくれました。笑顔で「Thank You! Happy New Year!!」と手を振り、ちょっといい気分でB&Bに帰宅。


さぁ、今夜も皆で腕をふるって美味しい年越しパスタを作りますよ!

…でも、普段から「男の手抜き料理」しか作れない僕はすぐに女性チームの足手まといになって、結局「いいから座ってて、待ってて!」ということになってしまいましたが(´・ω・`)


という訳で、じゃじゃ~ん完成!本場イタリア、ピサの年越しパスタ!!
「いただきま~す」ああ、これでTVで紅白歌合戦でも見れば日本の大晦日の晩と変わらないや(笑)
そう言えば、紅白歌合戦なんてここ十数年見てないねぇ、ここんとこずっと外国をウロウロしてるうちに年が変わってたからねぇ…

まぁ実際には、イタリアと日本では8時間の時差があって日本では既に元日の朝になってるんですけどね。
年越しパスタも食べて眠くなったし、そろそろ各自の部屋に引き上げて寝ようか…おやすみなさい、明日は朝から斜塔に行くよ。良い新年を!

(P.S.…ああっしまった、せっかくだからこの時に眠くても頑張ってピサの斜塔まで行って、塔を眺めながら年越しの瞬間を迎えればよかった…と帰国後随分後悔しました(泣)

その18:ピサの斜塔~ドゥオモ広場散歩・前編~に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その16:フィレンツェ、ガリレオの聖地。ガリレオ博物館

2015-03-15 | 旅行記:2014-15 イタリア

その15:フィレンツェ散歩。花の聖母教会、ヴェッキオ橋からの続き

ヴェッキオ橋から程近いアルノ川の岸辺に、その博物館はあります。


museo galileo、ガリレオ博物館です!

2010年までは単に科学史博物館と称していたようですが、現在はフィレンツェで暮らしていた事もある地元ゆかりの偉人ガリレオ・ガリレイの功績を讃えその名を冠した博物館となっています。

ガリレオの足跡を追う今回の我々の旅で、ここが最も重要な訪問地です。
ガリレオの聖地である彼の博物館を、大晦日の午後一杯かけてじっくりと見学しました。











館内にはガリレオの時代からの歴史的な科学実験器具が並び、専門知識が無くても科学好きなら見ているだけで心躍ります。

数多い展示物の中でも、一際目を引いていたのが…



展示ホールの中央に鎮座まします、美しく巨大な渾天儀(天球儀)
天動説に基づく宇宙モデルを表す原始的なプラネタリウムである渾天儀としては世界最大級のもので、16世紀の終わりにフィレンツェの天文学者アントニオ・サントゥッチにより製作されたもの。





渾天儀の構造体の、あまりの美しさと不思議さに思わず引きこまれてしまいそう…
カール・ツァイスのプラネタリウム投影装置にも通じる、不可思議な世界へと通じている謎めいた機械の魅力が漂っています。



…ガリレオ博物館なのにガリレオの説いた地動説と真っ向から対立する天動説の渾天儀の美しさに感嘆してしまいましたが、もちろんガリレオが天体観測に用いた屈折望遠鏡の数々も展示されています。








さらに、天文学と並んでガリレオの名声の一つである物理学の落体の法則を証明した、球を斜めに転がす実験装置も。


ガリレオの落体の法則の証明といえばピサの斜塔の上から球を落としたという実験があまりにも有名ですが、これはガリレオの死後に弟子が創作した出来事で実際にはピサの斜塔の実験は行われておらず、ガリレオ自身はこの斜めに球を転がす実験で落体の法則を証明したというのが近年の定説です。

…まぁ、有名な歴史的建造物であるピサの斜塔で大科学者が世紀の実験を行った、とするほうがよりドラマチックですし、偉大な先生をより格好良く描きたいという弟子の想いが生んだ創作劇なのでしょうが、ガリレオが弟子から大いに慕われていたということがよく伝わってくるエピソードではありますね。

地動説の「ガリレオモデル」による太陽系模型の古典プラネタリウムもありました。



ちゃんと木星の「ガリレオ衛星」も回っていますよ…あれ?よく見たら3つしか無いな。
土星にも衛星がたくさん回っていますねぇ。生命に必要な要素が全て揃っていることが分かって今話題になっているエンケラドゥスはどれかな?







…かくして、ガリレオ・ガリレイのみならず中世以降からの科学研究史の全てを網羅していたフィレンツェのガリレオ博物館を満喫しました!
博物館の外に出ると、大晦日の夕暮れ時です。今年はガリレオと科学の偉大な歴史に浸りつつ、一年を終えることになりそうです…

夕暮れまでには、まだ少し時間があります。Leonaさんの提案で、フィレンツェの街を見下ろす丘に登って夕陽を眺めることにしました。

その17:フィレンツェ散歩。ミケランジェロ広場からの眺めに続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その15:フィレンツェ散歩。花の聖母教会、ヴェッキオ橋

2015-03-10 | 旅行記:2014-15 イタリア

その14:ガリレオの生まれた町、ピサに到着からの続き

2014年12月31日

昨日、ガリレオ・ガリレイの故郷ピサに着いたばかりでまだ超有名な斜塔も見ていませんが、ピサの町歩きはちょっとお預け。
今日は朝から再びイタリア鉄道トレニタリアのローカル列車に乗って、フィレンツェへと向かいます。大晦日の今日は、一日フィレンツェ散歩です!



一日ぶりに再びやって来たフィレンツェの街は、吹きすさぶ木枯らしに粉雪が舞う寒さ!
身を切る寒さに震えながらサンタ・マリア・ノヴェッラ駅から歩いて、まずやって来たのはここ。



フィレンツェの象徴、花の聖母教会 (サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)です!






巨大な球状の天蓋(キューポラ)が印象的な花の聖母教会の大聖堂(ドゥオーモ)は3万人も収容可能とされているそうで、その内部は見事なゴシック様式の装飾で彩られているそうなのですが…
今日は世界中からの観光客がドゥオーモの入り口に詰めかけていて長蛇の列が出来ており、入場するのに相当待たされそうな気配。

「…昨日のサンタ・マリア・ノヴェッラ駅の鉄道きっぷ販売窓口以来、フィレンツェで大行列に並ぶのは懲りてるんだよね。」

という訳で、花の聖母教会の大聖堂(ドゥオーモ)内部見学はあっさり諦めて(苦笑)、ランチを食べに行きましょう!
今日は、旅行出発前に見つけておいたサンタ・マリア・ノヴェッラ教会近くにあるトスカーナ料理の店を日本からメールで予約しておいたのです…って、予約しておいた筈のレストランに行ってみると何と年末年始休業中!!

ガ━━(;゜Д゜)━━ン!!そ、そんなぁ~休業日ならその旨、返事のメールなり何なり連絡してくれよぉ~
…ミラノで行った店と言い、なんでイタリアのレストランは予約の管理がこうもいい加減なんだorz

でも、休業中のレストランから通りを少し行った先に、雰囲気の良さそうな営業中のレストランを発見。
とりあえずここでいいかと飛び込んでみたら、このお店が大当たり!ウェイターさんも気さくで楽しいし、何より料理が美味しい!


トスカーナ風(だったかな…(笑))のビーフステーキ


チキンソテーと温野菜


特に絶品だったのが、前菜にと頼んだアーティーチョークのフリッター! (一番奥の小さい皿)
アーティーチョークは日本ではまだあまり馴染みのない食材ですが、それをカラッと揚げた料理なんて初めて食べました。これがホクホクとした野菜の旨味があって食べやすく、実に美味しい!
日本でもアーティーチョークを見かけたら、ぜひ試してみたい料理です。


食後には皆で優雅にお茶も頂いて…




ごちそうさま!
気に入りました、フィレンツェのトラットリア(トスカーナ料理店)La Carabaccia
…あっ、でも隣にあったインド料理のレストランGANDHIも気になるな(笑)



さて、腹ごなしに少し歩きましょう。
トラットリアから横丁を進むと、すぐにアルノ川の河畔に出ます。


このアルノ川は、このままピサの町まで流れて、その後は地中海へと注ぎます。


アルノ川を逆上るように歩いていると、何やら風変わりな橋が見えてきました。
アーチの連なる石橋の上に、建物がひしめき合っているあの橋は…ヴェッキオ橋です!




フィレンツェで最も古い橋であるというヴェッキオ橋、なぜか橋の上に宝石店や金銀細工の店が建ち並んでいることで有名ですね。
フィレンツェでも名高い観光地の一つなので、多くの観光客が綺羅びやかなショーウィンドウを眺めながら歩いています。


宝石にも金銀細工にも縁も興味も無い僕もショーウィンドウを冷やかしてみましたが、しっかり「日本語でどうぞ」ときたもんだ…
日本人観光客は今でもいいお得意様なんだろうなぁ。




宝石店の上には、かつてこの街に君臨していたメディチ家の専用通路だったという「ヴァザーリの回廊」が通っています。
やんごとなきメディチ家の一族は、下界の橋の上に降りること無くアルノ川を渡って両岸の宮殿を行き来することが出来たというのですが、実際はクーデターや反乱が発生したような非常時に追手に捕らえられること無く逃げ出すための緊急脱出ルートだったという話を聞いたような…?(※うろ覚えなので真意の程は不明)




ヴェッキオ橋からアルノ川を眺めて一息ついたら、さぁいよいよフィレンツェの街で一番行きたかった場所に行きましょう。

それは、メディチ家の宮殿でもウフィッツィ美術館でもありません。
我々は、科学者ガリレオ・ガリレイの足跡を追いかける旅をしているのです。そして、かつてガリレオが家族とともに暮らしていたこともあるここフィレンツェには、彼の博物館があるのです!


その16:フィレンツェ、ガリレオの聖地。ガリレオ博物館に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その14:ガリレオの生まれた町、ピサに到着

2015-03-08 | 旅行記:2014-15 イタリア

その13:紅の高速列車Italo(イタロ)からの続き

快適そのものだった高速列車Italo (イタロ)から降り立ったフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅で、乗り継いでピサまで向かうローカル列車のきっぷを買うのに一苦労、いや物凄い大苦労!!



何と、コンコースにたくさん設置されている乗車券の自販機が全てシステムエラーを起こしていてきっぷを買うことが出来ないのです。
こういう時は、確か近距離の列車のきっぷは駅構内のタバコ屋(キオスク)でも売ってる筈だと思いタバコ屋に並ぶと「きっぷは売り切れだよ!」とつれない言葉。
仕方なく駅の窓口に並ぼうとすると、我々と同じようにきっぷを求めて窓口に押し寄せた乗客たちが折り重なって大混雑…
しかも日本人と違って基本的に「順番通り並ぶ」ということが大の苦手のラテン系ヨーロッパ人の皆さんなので、いったいどこが行列の最後尾なのかも分からず、そもそも行列にもなっていないので収拾不能のパニック状態に…

「…あかん、こりゃ窓口に到達するまで何時間かかるか分からんな。この有り様だと今日中にきっぷが手に入るとは思えん。どうしたものか…」

その時ふと、
「そうだ、サンタ・マリア・ノヴェッラみたいに大きな駅だとタバコ屋は駅構内だけではなく、駅の外にも何軒かある筈だ。そこにはきっぷの在庫が残ってるかも知れないぞ!」と閃いて、同行のLeonaさんとアマフミさんに
「ちょっと駅の外にきっぷを探しに行ってみるので、このままここで僕の荷物を見張って待ってて下さいね。」と言い残して駅の出口へ。
出口のすぐ脇に見つかったタバコ屋に飛び込んで
「ボンジョルノ!ピサまで行きたいんだけど、きっぷはあるかな?」と聞いてみると…
果たして、タバコ屋の兄ちゃんは「はいよ、旦那」とすぐに近距離きっぷを差し出してくれました!

「やった~!思ったとおりだ。これでピサに行けるぞ!!」

かくして、イタリアの鉄道の最高の部分である「おしゃれで快適な高速列車Italo」と最低の部分である「買いたいのに買えないきっぷ」という“イタリア鉄道の天国と地獄”を味わってしまいましたが、気を取り直してフィレンツェからピサまでローカル線の旅の始まりです。




フィレンツェとピサを結ぶイタリア鉄道トレニタリアの近郊列車は、高速列車が次々に発着する華やかなサンタ・マリア・ノヴェッラ駅の片隅にある1番線プラットホームのローカル線のりばから発着します。
イタリアの田舎の生活臭が漂ってくるような、鄙びた趣きのあるローカル列車の旅路はどこからか映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ音楽が聴こえてくるようです(かなり陳腐なイメージですが(笑))




フィレンツェから約1時間半、列車はピサ中央駅に到着。
今回の旅の最大の目的地である、ガリレオ・ガリレイ生誕の町にとうとうやって来ました!



今日から年明けまで暫くピサで滞在する宿は、町を貫いて流れるアルノ川の対岸にあるB&Bを予約してあります。
僕はこれまで基本的に味気ない男の独り旅ばかりしてきたので、駅前のビジネスホテルのような機能性重視の宿にばかり泊まっていて、B&Bに泊まるのは初めてなので楽しみですね。
中央駅からバスでも行けるようなのですが、ピサの町には着いたばかりで勝手が分からないので駅前からタクシーに乗って向かいます。
これまた生まれて初めてピサのタクシーで乗った日本製のハイブリッド車「プリウス」の奇妙な乗り心地に感心したりしているうちに、アルノ川を渡ってB&B「Affittacamere Delfo」に到着。

住宅地にあるありふれた民家の建物をそのまま使用したようなAffittacamere Delfoの玄関前でタクシーから荷物を降ろして呼び鈴を押したりしていると、ちょうど犬の散歩中にB&Bの様子を見に来たオーナーさんと遭遇。
その場で笑顔で握手を交わし、そのままダイニングキッチンに案内されてレセプションの説明を受けます。



宿の設備の使い方から、近所にある店、そしてピサの町の名所案内まで、一通り詳しく説明を受けると「それでは、どうぞ楽しんで!」という感じで気さくなオーナーさんは自宅に帰り、後は我々で自由にしていいという感じ。

いいですね、B&B!ホテルと違って、なんだか「アパート借りて下宿する」って感じ。
ダイニングキッチンももちろん自由に使っていいので、後で何か食材を買ってきて皆で料理するのも楽しそうです。






そしてAffittacamere Delfoは客室もきれいで豪華。
部屋は広いしベッドもでかいし、水回りもバスタブは無くてシャワーのみだけど清潔です。
これは、かなり「当たり」の宿かも…


でも、なぜか客室に標準装備されていたのがこれ。
VAPEって蚊取りベープかいっ!?…残念ながら日本のフマ◯ラー製ではないようだが(笑)
オーナーさんも「ピサは冬でもモスキートが出るんだよ~。刺されないように、寝る時はベープ焚いてね」って言ってました。うむむ、イタリアの蚊は恐るべし…



B&Bが快適なので暫くダベっていたい気もしましたが、せっかくピサに来たのです!
一休みしたら、町に繰り出すことにしました。


B&Bのすぐ前の交差点にバス停があり、オーナーさんの説明によると全てのバスが環状運転で必ず中央駅に向かうので迷うことがなく便利!とのこと。
中央駅にはさっき着いたばかりだし、また行く用事もないのでバスには乗らず歩いて出発。
でも、バスを待っていたお婆ちゃんがイタリア語で「あんた達バスに乗るのかい!?どこに行きたいんだね!?」(と思われる事)をナチュラルなイタリア語で話しかけてきてくれたので、
「グラッチェ!時刻表見てるだけですよ」と英語で言うも全く伝わらない…
身振り手振りでどうにか意思の疎通を取るのも、かなり大変だけどこれも旅の愉しみの一つ。

バス停でお婆ちゃんと別れて、B&Bのオーナーさんが「アルノ川の岸辺のここら辺りは、夕陽を見る絶好のポイントだよ!」と教えてくれた場所に向かいます。
途中で道が分からなくなりピサ大学のキャンパスの裏手に迷い込んでしまったり、そこで通りがかりの親切な女性が「アルノ川の岸辺に行くには、旧市街を右折したり左折したりしてああ行ってこう行って…」と丁寧に教えてくれたり。
ピサには親切な人が多いということはちょっと歩いただけでよく分かりました。

そして辿り着いたアルノ川の夕陽の眺めは、なるほど絶景でした!






だんだんと暮れなずんでいくアルノ川とピサの町に、暫し見入ってしまいます…






ピサの旧市街の空に、宵の明星が輝き始めました。




やがて暗闇にピサの街並みが暖かく浮かび上がり、アルノ川の水面に街の灯が美しく映ります。
…そろそろ、帰りましょうか。

帰り途、旧市街の橋のたもとに若いインド人夫婦の営む小さなスーパーマーケットを見つけて、夕食の材料を買い込みます。
イタリアでの夕食といえば…




やっぱりパスタ!
小さなお店にも豊富な種類が揃っている乾麺のパスタと、トマトピューレと玉ねぎ、ハムを買って帰り、B&Bのキッチンに標準装備(笑)のオリーブオイルとバルサミコ酢を使えば簡単に本格的なパスタが完成!

それに何より、旅する仲間の皆んなで一緒に料理を作るとやっぱり楽しいよね!

その15:フィレンツェ散歩。花の聖母教会、ヴェッキオ橋に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その13:紅の高速列車Italo(イタロ)

2015-03-08 | 旅行記:2014-15 イタリア

その12:ジュリエットの墓と夜のヴェローナからの続き

2014年12月30日

今日はミラノから次の目的地への移動日です。


先ずは、ホテルのカフェレストランでしっかり朝食。
昨夜遅くにリナーテ空港で合流したアマフミさんを交え、Leonaさん共々3人で美味しく頂きます。ここミラノ中央駅裏のBio City Hotelの朝食は、コールドミールだけどハムもチーズも美味しくて良かった…特に自家製ヨーグルトがちゃんと用意されていたのには大満足!
ヨーロッパのホテルのヨーグルトは、きちんと手作りされた自家製だと文句無しの美味しさですからね。

腹ごしらえを済ませたら、Bio City Hotelをチェックアウトしてミラノ中央駅へ!
…でも、中央駅からは列車には乗らず、一旦地下街に潜ってメトロ(地下鉄)2号線に乗り、2つ先のガリバルディ駅へ。



メトロのガリバルディ駅に隣接して、イタリア鉄道のミラノ ポルタ・ガリバルディ駅があります。
この駅はミラノ市内の主要駅の一つなのですが、何故わざわざここまでやって来たのかと言うと…


ポルタ・ガリバルディ駅には高速列車Italo (イタロ)が発着しているのです!

Italo(イタロ)は、イタリアでの高速列車事業に新規参入した民間の鉄道会社NTVが運行する新しい高速列車。
「国鉄」を引き継いだイタリア鉄道トレニタリアが独占的に運行していた高速列車事業が自由化されるのに合わせて2012年に参入したばかりの、新進気鋭の高速列車です。
…そのためトレニタリアからは嫌われて妨害工作を受けてしまいミラノでは中央駅に乗り入れることが出来ず、やむを得ずポルタ・ガリバルディ駅を拠点にしているという噂があります。

かくの如く強固な国鉄勢力の牙城に民間企業が新規参入しただけあって、Italo(イタロ)はかなり気合の入ったイメージ戦略を展開して対抗しています。
とにかくデザインがCOOLでカッコイイのです!


列車の発着案内も、駅構内のItaloオフィスの壁に埋め込まれた液晶モニターに表示されるので分かりやすいしスマート!
基本的にItaloのサービスはLCC航空会社的で、乗車前の駅構内でもセルフサービスが徹底されています。


そしてこれが、Italoの列車!
真紅をまとった流線型の車体がとてつもないカッコ良さ!!これは鉄道好きならずとも思わず興奮します!!
この斬新過ぎるItaloの車体デザインは、かのジウジアーロが手がけたもので、Italoを運行するNTV社にフェラーリの会長が出資している関係でその意向が反映されたのか、何とフェラーリのスポーツカーと全く同じ真紅(ロッソ)が塗られているとのこと。
クルマ好きにもたまらない!?

さっそく、Italoに乗り込みましょう!
今日、ポルタ・ガリバルディ駅から乗車するのは10:27発の9923列車。チケットは事前にItaloの公式サイトで予約済みで、往復割引と早得割引が適用されているのでかなりお得に購入出来ました。こういった点もLCCと全く同じ感覚ですね。
もちろんチケットレスのEチケットなので、乗車前に列車のドア前で待機しているスタッフにiPadの予約確認画面を見せるだけでチェックインは完了!




Italoのデッキは宇宙船的な無機質感漂うデザインで、JR九州のSonic883に似た雰囲気。




透明ガラスの車端部デッキドアは近年のヨーロッパの高速列車の流行りですね。これもJR九州のSonic883や白い特急885系に印象が似ています。


こちらが車内インテリア。
Italoは座席のクラスもClub(ファーストクラス)・Prima(ビジネスクラス)・Smart(エコノミークラス)と飛行機のような3等級に分かれているのですが、今日は奮発してビジネスクラスのPrimaを予約購入してあります。まぁビジネスクラスでもかなり割引が効いているので助かったのですが(笑)


Primaの座席は横3列のゆったりした本革シート。座り心地は最高です!


車内ではWi-Fiが使えるし、座席にはちゃんと電源も用意されていて至れり尽くせりです。


さらに、ビジネスクラスらしく無料のウェルカムドリンクとスナックのサービスもあります。
ドリンクはどうやらワインやビール等のアルコール飲料も揃っている模様…
しかし2020年の「はやぶさ2」地球帰還まで酒断ちを誓っている僕はおとなしくコーヒーを頂きます。でもスタッフが入れ間違えたらしく、「あはは、間違えて紅茶も入れちゃった!よかったらこれも飲んでね」とサービス?してくれましたが(笑)

こんな感じで快適そのもののPrimaでくつろいでいるうちに、ポルタ・ガリバルディ駅を発車したItalo9923列車はミラノの郊外に出て、雪の残る田園地帯を快調に時速300キロで駆け抜けていきます。
Italoに使われている車輌は、フランスのアルストム社が開発した高速列車TGVの最新バージョンであるAGVと呼ばれる最新型車輌。乗り心地の良さはおそらく世界最高水準と思われます。時速300キロでも振動や騒音がほとんど気にならない素晴らしい走行性能です!










お昼の12時半、Italo9923列車はほぼ定刻にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着。
列車はこの先さらにイタリアを南下してナポリまで行くようですが、我々はここで下車。
実に快適で、そう、正直に言うと「まだ全然乗り足りない!もっと乗っていたい!!」と思うような素晴らしい高速列車Italoの旅でした!



さて、名高い観光都市フィレンツェに着きましたが、今日の目的地はここではありません。
そう、我々はガリレオ・ガリレイの足跡を追う旅をしているのです。
…フィレンツェからローカル線の列車に乗り継ぎ、さらに旅を続けます。ガリレオが生まれた、あの斜塔の町を目指して!

その14:ガリレオの生まれた町、ピサに到着に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その12:ジュリエットの墓と夜のヴェローナ

2015-02-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その11:ヴェローナ、ジュリエットの家からの続き

「ロミオとジュリエット」のジュリエットの家がある旧市街から、ヴェローナの街を貫き蛇行して流れるアディジェ川の畔にやって来ました。


暮れなずむ冬空はヨーロッパの高緯度帯特有のブルーモーメント。濃紺の空に真っ赤に染まった雲が流れていきます。





このアディジェ川に沿って歩いて、橋を二つ越えて進んだ先に「ジュリエットの墓」があるらしいのです。
青い夜のヴェローナを歩いていきます…





地図では川沿いの道から入れるように記載されていたのに、実際には川沿いの道は立入禁止区間になっていたりして少々迷いましたが、目印となる郵便局の建物を見つけて何とか辿り着きました、ここが「ジュリエットの墓」です。





濃紺の夜空の下にポツンと明かりを灯す「ジュリエットの墓」の入り口。
何とも印象的な光景です。



「ジュリエットの家」と共通の入場券で入ることが出来るこの「ジュリエットの墓」、実際にはフレスコ画博物館となっている古い修道院です。
館内には、特に「ロミオとジュリエット」とは直接関係無さそうなフレスコ画が展示されています。







観光客でごった返す「ジュリエットの家」とは違い、あまり人も居らず静かな佇まいのフレスコ画博物館の「ジュリエットの墓」、日暮れ時に落ち着いたひと時を過ごすにはとても良いヴェローナの隠れ家的な場所です。
僕はフレスコ画の鑑賞についてはよく解らないのですが、気に入りました!

ちなみに、「ジュリエットの墓」と名乗っているだけあって、ちゃんと墓がありました。




修道院の地下墓所(カタコンベ)のような場所に安置された棺…
なのですが中身は空っぽです。
実際、いったい誰の棺なのかはさっぱり分からないのですが、一応これが「ジュリエットの墓」なんでしょう多分!

でもこの棺、落書きだらけで実に悲惨で哀れな感じです。「恋人たちの聖地」の筈なのに、平気で落書きしていく不心得者のカップルがいるんでしょうかね。よくそんな不吉なことが出来るよな…恋愛がうまくいかない呪いをかけられても知らんぞ!

という訳で、最後に少々残念な気分になってしまいましたが、墓が無ければよっぽど良かった「ジュリエットの墓」のフレスコ画博物館の修道院を後にします。
もう夜も更けてきました。遅くなり過ぎないうちにミラノに帰りましょう。



ポルタ・ヌオーヴォ駅に戻る途中、夜のブラ広場を通りました。
アレーナ・ディ・ヴェローナもライトアップされ、何やら流れ星か彗星のようなものまで飛び出していますね(笑)





さらばヴェローナ、また来る日まで!
…今度は、夏にアレーナの野外オペラを観に来たいなぁ。


さて近郊列車でミラノに着いたら、今夜ローマ経由の最終便で到着する予定のアマフミさんをリナーテ空港まで迎えに行かないと。
明日には今回の旅の参加メンバー全員揃ってミラノを後にして、いよいよガリレオを追いかけてピサに向かって出発します!

その13:紅の高速列車Italo(イタロ)に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その11:ヴェローナ、ジュリエットの家

2015-02-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その10:アレーナ・ディ・ヴェローナからの続き

ブラ広場からヴェローナ旧市街の込み入った小路を歩くと、観光客でごった返す屋敷の門があります。


ここが、世界中の恋人たちの聖地(…なのだろうかやっぱり?)ジュリエットの家!!



…え~っと、いわゆる一つのシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の、そのジュリエットが住んでいた家なんですが、確かロミオもジュリエットも創作された架空の人物じゃなかったっけ??
実際には、「ロミオとジュリエット」のジュリエットのモデルとなったとされる女性の一族の住んでいた屋敷らしいのですが詳細は不明…まぁいいか(笑)


ジュリエットの家の玄関には、世界中からここを訪れた恋人たちが残したメッセージカードが壁一面に貼り付けられています。
…なんか、日本のどこかのローカル線にもこれによく似た、各地から訪れた鉄道ファンが駅舎の壁一面に名刺を貼り付けた無人駅があったような。肥薩線の大畑駅とか。


玄関をくぐって中庭に出ると、かの有名な「おおロミオ、あなたはなぜロミオなの?」 のシーンのバルコニーがあります!
シェイクスピア先生も、この屋敷まで取材に来てあの名シーンを思いついたんでしょうかねぇ…(と思ったら、シェイクスピア自身も実際には生涯一度もここヴェローナには来たことが無かったらしい。うむむ。。。)


ジュリエットの家の入場チケットを買うと、屋敷に入って実際にこのバルコニーに立つことも出来ます。
ここでカップル同士で「ロミオとジュリエットごっこ」に興じるのも、若気の至りでちょっと痛い思い出になるかも(笑)


ちなみにバルコニーの内側はこんな感じ。
「ロミオとジュリエットごっこ」をしたがるカップルの行列が出来てるし…


こちらはジュリエット一家のダイニングルームかな?


じゃーん! ジュリエットのベッドルームもあります。
このベッド、「ロミオとジュリエット」の映画撮影に使われたものだそうです。


ジュリエットの部屋からは、ヴェローナ旧市街に沈んでいく夕陽と夕焼け空が見えました。
…そろそろ行きますかね。あまり遅くまで居座ってると熱々カップルに申し訳ないし。


ジュリエットの家を出て、旧市街を歩いて次に向かう先は…
今度は悲劇の恋人たちの墓参りに行くことにしましょう。何とヴェローナには、ジュリエットのお墓まであるのです。

その12:ジュリエットの墓と夜のヴェローナに続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その10:アレーナ・ディ・ヴェローナ

2015-02-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その9:ヴェローナ散歩からの続き

ヴェッキオ城からヴェローナ旧市街の中心、ブラ広場を目指します。



お洒落なオープンカフェや移動遊園地もあり賑わうブラ広場に隣接して、コロッセウムのような円形闘技場がそびえ立っています。


ヴェローナの街のシンボル、アレーナ・ディ・ヴェローナです!
古代ローマ帝国アウグストゥスの時代に築かれたとされ、ほぼ完全な状態で構造が残されているためイタリアで最も保存状態が良い貴重な円形闘技場の遺跡とされており、このアレーナを含むヴェローナの旧市街一帯は世界遺産に登録されています。

さっそく入場チケットを買って、アレーナ・ディ・ヴェローナの中に入ってみましょう!
薄暗い地下通路を通り…



石積みアーチの門をくぐると…


アレーナの平土間、文字通りの“アリーナ席”に出ました!
アレーナ・ディ・ヴェローナは現在では夏の野外オペラ公演で知られており、地面から一段低く区切られたオーケストラピットも設けられています。従ってここはオペラ公演時には本当にアリーナ席となり、設営された舞台間近に観客席が並ぶ空間になるそうです。


アレーナをぐるりと取り囲む階段状の観客席は44段で最後部では30mの高さがあるそうです。
古代ローマ時代にはさらに高い外壁があったらしく、一部のみですがアーチ積みの窓を有する石壁が残されていますね。
ちょっと、あのてっぺんまで登ってみましょう。

かなり段差がある大理石の桟敷席を登っていくのは一苦労。息を切らしながら階段席をよじ登っていくと…



この絶景が眼前に広がります!!
ちょうどオペラ劇場の舞台真正面の天井桟敷から平土間を見下ろしている構図ですね。
ああ、僕もオペラ大好きだから、このアレーナで夏の野外オペラを観てみたいなぁ…


舞台と平土間の反対側に目をやると、外壁の下にはブラ広場の色鮮やかな家並みが続いています。
こちらもいい景色。


やがて冬の陽射しが、アレーナの天井桟敷の向こうへと傾いて沈んでいきます。


アレーナ・ディ・ヴェローナの青天井には太陽に代わって月が昇ってきました。
もうすぐアレーナの大ドームに壮大な自然のプラネタリウムが始まります…

…でも、真冬の風に吹き曝しのアレーナは日が暮れるととにかく寒い!
大理石の階段席は芯まで冷えきり、立っているだけで体温を奪われて凍えそうになります。
そろそろ退散することにしましょう。




アレーナから夕陽の射すブラ広場に降りてきました。

さて、古代ローマの劇場にオペラの夢を見た後は、ヴェローナ旧市街にあるシェイクスピア文学の愛の夢の舞台を見に行くことにしましょう。
そう、この街はあの一大恋愛悲劇の舞台なのですよ。

その11:ヴェローナ、ジュリエットの家に続く

2014-15 イタリア三都ガリレオ追っかけツアー その9:ヴェローナ散歩

2015-02-22 | 旅行記:2014-15 イタリア

その8:朝のミラノ中央駅からの続き



ミラノから近郊列車で2時間弱、午後1時半にヴェローナのポルタ・ヌオーヴォ駅に到着。


ヴェローナはミラノとヴェネツィアを結ぶ幹線の中間地点に位置するので、イタリアの周辺各国からやって来た国際列車が行き交う鉄路の要衝です。
僕たちがミラノから乗ってきたイタリア鉄道Trenordの近郊列車の隣にも、スイス鉄道が運行するヴェネツィア行き高速列車が颯爽と入ってきました。
…薄汚れてゴツいTrenordに比べて、スイス鉄道の高速列車はピカピカだし、スマートな流線型でいかにも速くて快適そうで羨ましいなぁ(笑)



ポルタ・ヌオーヴォ駅はヴェローナの市街地からは南側に少し離れた場所にあります。
ちょっと寂れた駅前から市街地を取り囲む城壁に沿って歩くと、旧市街への入り口であるパリオ門が見えてきました。



パリオ門から城壁の内側に入り、大通りを真っすぐ歩いて行くと赤煉瓦で築かれた古城がそびえています。
14世紀に建造されたヴェッキオ城です。現在は内部がヴェローナ市立美術館になっているとのこと。


ヴェッキオ城の辺りからがヴェローナ旧市街の中心です。
色鮮やかな外壁の建物が並ぶ通りを歩いて行きましょう!

その10:アレーナ・ディ・ヴェローナに続く

ヴェローナおまけ画像


ヴェローナ旧市街の通りを歩いていたら、露店の裏で見つけたこれは…
そう、ヨーロッパの観光地名物(?)コイン体重計です!(笑)
最近はあんまり見かけないのですが、ヴェローナにはしっかり生き残ってたんだなぁ…


1回50セントであなたの体重を計ります!!(笑)
しかし、標準体重表に記載されてる体重が日本基準よりかなり重いような…
僕の場合は身長176cmだから、え~っと標準体重は男性だと77.7kg!?
僕、そんなに重くありません!! さすが美食の国イタリア、標準体重も必然的に重くなるのね(笑)