恩田陸という作家の作品を読むのは初めてで、第156回(2016年下半期)直木賞受賞作品ということで手に取ってみました。私が読んだのは電子書籍ですが、紙書籍の方では507pのようです。読み応えのある量です。
読み終えた最初の感想は「なんかすごいものを読んだような気がする」でした。なんというか、ミューズに愛された綺羅星のごときピアニストの卵たちの奇跡的とも運命的とも言える出会いと成長を芳ヶ江国際ピアノコンクールという舞台とその舞台裏を通して描かれた青春群像みたいな?
なんか言葉にしてしまうとちょっと陳腐な感じがしてしまうのですが。
私はこれほどまでに音楽を語る小説を読んだことありませんでした。クラシック音楽を語るマンガなら、「のだめカンタービレ」を読みましたけど、マンガなら「絵」という視覚媒体がありますので、ある程度感覚的に音楽的雰囲気というのを表現できると思いますし、読者が曲を知っていればより「ピンとくる」何かが視覚的刺激を通して感覚を共有できることが可能だと思います。でも、小説だと媒体は文字・言葉だけです。だから余計にすごいな、と。言葉に力があると言ったらいいのでしょうか。音を、音楽を、そして曲にあるイメージとその物語を強く感じることができ、「ああ、自分も(ピアノじゃないけど)弾きたい」と思ったり、「あの曲を聞きたい」という衝動に駆られたりするのです。
それと同時に彼ら彼女らの悩みや苦しみがひしひしと伝わってきて。コンクールの不条理さとか、残酷さとか。
その中で異色を放つのが「爆弾」と評された天才少年風間塵、16歳。養蜂家の息子で、ピアノを持ったことがなく、旅する先々でピアノを弾かせてもらう生活を送ってきて、正規の音楽教育を受けたことも、もちろんコンクール経験もない彼。でも遠縁にあたり、多くのピアニストが師と仰ぐ巨匠ユウジ=フォン・ホフマン(作中ではすでに死亡)が推薦状を書いたために、風間塵はコンクールに参加でき、父親に「入賞したらピアノを買ってやる」という約束を励みに彼なりの個性的な頑張りを見せます。彼は色々規格外で、思考も行動も全く読めないのですが、そこがまたワクワクします。次にどんな彼なりの理屈をつけて、何をやらかしてくれるんだろう、と。この子の最大の悩みは、ホフマン先生と約束した「(今箱詰めになっている)音楽を外に連れ出すこと」をどうやって実現するか。そう、唯一この子だけが純粋に音楽的な悩みしか持ってないんです。そしてだからこそ、他のピアニストの卵たちの感覚・感情を揺さぶり、いい触媒になることができるんだろうと妙に納得してしまうのです。
この少年に最も影響を受けるのが、天才少女として数々のコンクールに出演し、CDデビューもしていた栄伝亜夜20歳。13歳の時の母の死を機に長らくピアノを弾かなかった彼女。ずっとジャズバンドとかで活動はしていたが、クラシックからは離れていた彼女をかつての母の友人で大学の学長でもある人が会いに来て、彼女の才能を確信し、彼女を音大に誘いました。そこから彼女は徐々にクラシック音楽の世界に戻って行くのですが、迷いも相当のもの。コンクールへの出場も恩師の顔を立てるためだけに決めた感じで、本人はそれほど納得していなかったのが、風間少年の演奏に出会い、自分の中に眠っていた音楽的本能とでもいうようなものを再発見していく、そういうドラマ。
もちろんこの彼女に幼い頃に出会ってピアノに入ったという少年、通称マー君もこのコンクールで偶然の再会を果たし、この二人のドラマというのも面白いですし、他に楽器店勤務28歳、既婚で1児の父という人の参加も興味深いです。
さらに興味深いのは審査員たちの視点ですね。特に風間少年の「規格外」さに彼ら彼女らの音楽性が問われ、挑戦されている、というところでしょうか。
音楽の蘊蓄を語る人というのは結構いると思います。「あの楽章のなんたらが~」とか「あそこの和音が~」とかそういう感じの。私は音楽は好きでも、音学は苦手で、従ってそういう蘊蓄も聞くに堪えません。でもその分、音楽を聴いて感じたことを言葉に表現することにも不自由を感じるというのもあるかもしれません。
しかし、この恩田氏はすごい。この小説は本当に音楽を、音楽のドラマを「語って」います。蘊蓄じゃなくて。
この作家の他の作品も読んでみたくなりました。