徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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ドイツ:貧富の格差はヨーロッパ最大

2016年02月07日 | 社会

ARDの報道番組MONITORで2016年2月4日、広がるドイツの貧富の格差が取り上げられました。これは1月25日にパッサウアー・ノイエ・プレッセが「上位10%の世帯は2013年度のドイツの全資産の51.9%を所有していた。1998年度のこの割合はまだ45.1%だった。同時に下位50%の世帯は2013年度にドイツ資産のたったの1%を占めるに過ぎなくなっている。1998年にはまだ2.9%であった。」と報じたことに対しドイツ連邦政府が2008年度と比べれば上位10%の占める資産の割合はむしろ減っている(マイナス1ポイント)、と反論したことがきっかけとなっています(参照記事:ロイター通信、2016.01.26日付けの記事、「政府見解:貧富の差は広がっていない」)。

データ自体はドイツ連邦労働厚生省のインターネットポータルに昨年の5月から公開されていますが、同省は未だに予告した「貧富白書」を完成させていません。今年発表されるとのことですが。

それはともかく、そのデータを見ますと、問題の2008年度との比較で、確かに上位10%の資産占有率が52.9%で、2013年度の占有率よりも1ポイント高かったのですが、下位50%の世帯の資産占有率は1.2%あり、0.2ポイントとは言え、2013年度よりも高かったのはおざなりにすべきではないでしょう。つまり、2008年から2013年にかけて、上位10%及び下位50%の世帯から上位10%以下・下位50%以上(すなわち中の上)の世帯への資産シフトが起こったことになります。

しかも、MONITORの質問に対する労働厚生省の回答で、このデータには月18,000ユーロ(約235万円)以上の世帯収入のある世帯は入っていない、ということが明らかになっています。つまり、貧富の格差は公開されている政府公式データよりもずっと大きいということになります。そもそも最富裕層を含まない統計に意味があるのか、なぜそこが含まれていないのか、何か政治的圧力がかかったのか否か気になるところですが、それに対する回答は残念ながらこの番組中では追求されていません。

番組中で紹介されている下位50%世帯の一例:ザシャ・パストヴァ、10年来のレムシャイトのごみ処理業者。税込み月給2,757ユーロ(約33万5700円)、資産811ユーロ(約10万5700円)、資産収入86セント/月。

上位50%世帯の一例:ディーター・レームクール、定年退職した精神科医で財産相続人。年金月額3,904ユーロ(約50万9000円)、資産約150万ユーロ、資産収入5,291ユーロ/月(約68万9800円)、上昇傾向。

レームクール氏曰く、「資産というのは素晴らしい特性があって、余程馬鹿な真似をしない限り勝手に増えるんです。」彼は資産収入のほとんどを寄付しています。
一方パストヴァ氏の方は資産はないに等しく、またそれを築くこともほとんど不可能。なぜなら税金、保険料、家賃などの固定支出を除いた後の可処分所得が月700ユーロ(9万1263円)しか残らないからです。今あるのは月20ユーロ(約2600円)の定期積立預金だけで、それも子供が将来運転免許を取るためのもので、自分たちのための貯金ではないという。
ただし、パストヴァ氏の経済状況はそれでもまだ随分ましな方です。月収2,700ユーロはだいたいドイツの平均収入に相当します。 MONITORのコメント欄には「月収2757ユーロあれば喜ぶ専門工や熟練労働者はたくさんいるだろう。私は金属機械工として派遣で働いているが、月せいぜい1,600ユーロ(約20万8600円)の月収(税込)にしかならない。休暇手当もクリスマス手当も出ない。20-24日の休暇。正社員に認められているような有給の休憩もない。給料明細は私に不利になるような間違いばかり。事実上スト権はなし。病気になればすぐに解雇。(有給で)従業員総会に参加することもできない等々。年金の予想受給額は500ユーロ(6万5188円)だ。」という書き込みがありました。金属機械工の熟練労働者なら普通なら確かに月収2,500ユーロあってもいいところなのですが、派遣だから1,600ユーロという理不尽な思いをしているのですね。ちなみに理容師や飲食店の給仕などは派遣でなくても月収1,400ユーロとかです。

原因は過去20年間の様々な政策にあります。中間層や貧困層の負担を増加させるものとして、年金レベルの削減、期限雇用や派遣などの不安定雇用の拡大、そして付加価値税(消費税)の増税が挙げられます。

対して、富裕層の負担を軽減させるものは資産税の廃止、相続税の実質廃止、最大税率の引き下げ、法人税の引き下げ、投資収益に対する所得税率引き下げなどの政策です。

具体的には、労働収入を得ている人は最大45%までの所得税を払わなければいけませんが、株式投資などの資産収益のある人はたとえ数百万ユーロの収入であろうと25%の一括税を払うだけで済みます。だから資産は何もしなくても勝手に増えるわけです。

せめて相続税を復活させれば、資産分配上の不公平は多少是正されるので、数年前から度々議論されていますが、一度得た既得権益を喜んで手放す人はいません。しかも、その既得権益を持っている人たちは残念ながら経済的ばかりでなく政治的な影響力も持っているため、そう簡単に元に戻せないという事情があります。その実情を描き出しているのが上のイラストです。

「最低賃金を上げろ」
「お前たちの貪欲さは経済に損害を与える!」と札束の山の上で叫ぶ資本家。

この状況を固定化し、札束の山を更に大きくするシステムが新自由主義です。

ドイツでは特にFDP(自由民主党)が連立政権に参加していた時代に富裕層を優遇する政策が次々に採られました。今期の連邦議会に5%の得票率が得られずに参入できなかったのはある種の僥倖だったと思います。来年の連邦議会ではどうなるか分かりませんが。

社会状況的に危険なのは、貧富の格差が広がり、貧困率が増加していく中で広がる不満が本来の元凶である資本家に向かわず、別の「優遇されている」と思われるグループに向かうことです。日本で言うなら生活保護受給者への「不正受給」バッシングですが、ドイツでは少し前まで、「ハルツ4」と呼ばれる第2種失業手当受給者に向かっていました。「ハルツ4」はゲルハルト・シュレーダー首相時代に行われたアジェンダ2010という政治改革の一環として導入された就労可能な人向けの生活保護です。管轄が福祉課ではなく職安になるため、受給者の再就職のための施策がよりやりやすくなるというのが導入目的でした。ハルツはアジェンダ2010の構想にコンサルタントとしてかかわっていたVWの元重役(人事担当)のハルツ氏からとっています。この改革後、いわゆる生活保護(Sozialhilfe、ゾチアールヒルフェ)は高齢者や身体障害者や未成年者などの就労不能な人だけが受給できるものとなりました。そのため不正受給バッシングの対象となるのは生活保護受給者ではなく、もっぱらハルツ4受給者となったわけです。
しかしながら、現在はバッシングあるいは妬みの対象が難民に向けられています。 MONITORのインタヴューに答えている下位50%世帯代表のザシャ・パストヴァ氏は、同僚たちが「自分たちには何もしてくれないのに、難民たちには税金を投入して住まい・食料・子供の教育が与えられている」と難民を敵視している実情を語っています。この考え方は、生活にあまりあるいは全然余裕のない層にかなり広がっているようです。これが右翼ポピュリズム政党であるドイツのためのオルタナティブ(AfD)支持率の上昇につながっているのでしょう。旧西ドイツではそれほどでもありませんが、旧東独ではかなり高い支持率を獲得しています。州議会選挙を控えたザクセン・アンハルト州の世論調査では支持率15%でした。ドイツ全国での世論調査(2016年1月29日)では11%となっています。


問題の根底には、ドイツ統一から四半世紀を過ぎた現在でもまだなくなっていない東西の経済格差があると言えるでしょう。下のグラフは2013年度の州ごとの貧困率の統計です。貧困率とは全世帯の所得を多い順に並べて真ん中に来る【メディアン所得】の60%以下の所得しかない世帯の割合です。数字の横の矢印は前年度比で上昇したか減少したかを表しています。旧東独の州はブランデンブルク州、メクレンブルク・フォアポンメルン州、ザクセン州、ザクセン・アンハルト州、チューリンゲン州の5州です。ベルリン州の一部ももちろん旧東独に属していましたが、現在は東西ベルリンは統合されてベルリン州となっているので、統計上で区別することはできません。下のグラフを見ると、下位を占めるのはブレーメンを例外としてすべて旧東独の州で占められています。貧困率の全国平均は15.5%ですが、ザクセン・アンハルト州、ベルリン州、メクレンブルク・フォアポンメルン州、ブレーメン州では20%を超えています。

このグラフの引用元であるディー・ヴェルトの2015.2.19日付の記事「ドイツの貧困についての真実」では、経済成長に伴い平均収入が上がっているのに、ハルツ4受給者や低賃金労働者の所得がそれと同率には上がっていないことが貧困率の増加に繋がっていると指摘されています。曰く、「貧困が広がっているのではなく、貧富の格差が広がっている」というわけです。なんだか詭弁のようにも思えますが、そういう見方ができるのも事実です。というのはこの期間のインフレ率は殆どゼロで、増税もなかったので、低所得層の生活がより苦しくなったということはないからです。ただ、世間の経済成長の恩恵にあやかることができなかったということなので、格差が拡大したのは事実と言えます。従って、低所得層の不満が増大するのも無理のない話です。こうして不満のくすぶっているところに反難民や反イスラムの扇動が入ると、それに惑わされてしまう人たちが残念ながら多くなってしまうのです。
現在のメルケル政権は、FDPと連立していたころと違ってとりわけ富裕層優遇する政策も貧困層に打撃を与える政策も採っていませんが、難民対策として連邦政府は今年度難民一人当たり月670ユーロ(約8万7400円)の助成金を交付することになっており、難民80万人の場合約30億ユーロ(約3900億円)の難民助成金が必要となると見られています。この助成金は各州が難民対策のために拠出しなければならない費用の約2割に当たります。 国と州の負担の総額は約150億ユーロ(約2兆円)となります。また各州は低価格住宅の建設のために、国から5億ユーロ(約651億円)の助成金を受け取ることになっています。難民のための支出は膨大な額です。「自分たちの税金でなぜ?」と生活に余裕がない人ほど不満に思うのも無理もないことです。ドイツに来た難民たちがいい生活をしているわけではなく、登録待ちの難民に至ってはいわゆる「お小遣い」も支給されないため食料も買えない状況ですし、労働も許可されていないので、自分でお金を稼ぐこともできません。そういう状況の人たちを羨ましいと思う人は居ないと思いますが、彼らを受け入れて社会統合するには相当の負担があるというのは否定できない事実です。まして、難民申請希望者の半分近くが認定を受ける可能性がない(バルカン出身者やモロッコやアルジェリアなどの北アフリカ出身者など)となればなおさらです。特に北アフリカ出身者は難民認定拒否されても実際に国外追放・祖国送還になることは稀です。彼らの出身国が彼らを再入国させることを拒むからです。改善策は交渉中ですが、交渉成立するまでは認定拒否された北アフリカ出身者たちはドイツにとどまることができます。「滞在容認(Duldung)」と呼ばれる滞在地位ですが、この場合ドイツ国内での労働は許可されていません。そのことが彼らを犯罪に走らせる要因にもなっていることは明らかです。労働ができなければまともな収入源がないのですから、薬物売買や窃盗などの違法な収入源に頼るしかなくなります。

難民の犯罪については拙ブログ記事「難民の犯罪、右翼の犯罪」をご覧になってください。

少し話がそれてしまいましたが、貧困と難民の問題が切り離せないのも事実なのです。低所得層の中にはホームレスも入ってます。BAGホームレス支援協会の2014年度統計ではドイツの路上生活者は約3万9000人です(前年比50%増)。しかしホームレスの定義はもっと広く、自分の住居を持たない、施設住まいや、親戚や友達のところに身を寄せている人たちが含まれますが、その数は33万5000人となっています(前年比18%増)。この中には難民認定を受けた後も臨時収容所で生活している人たちも含まれています。難民認定を受けた人たちの社会統合成功率は残念ながらあまり高くはありません。もともと英語もでき高い教育及び職業資格を持っている人たちはドイツの労働市場でも成功する可能性が高いですし、若くしてドイツに難民として来て、ドイツの学校教育を受けた人たちの社会統合率も高いのですが、就学年齢を超えてからドイツに入り、祖国での教育レベルも低かったという人たちがドイツで就業するチャンスはまずありません。1960・70年代に大量にドイツに受け入れられた労働移民とは状況がまるで違います。当時は教育レベルが低くとも、求められていたのが大量の単純労働者だったので、ドイツでの就業が可能で、就業を通してドイツ社会への統合も割とスムーズに成功したわけですが、生産工程のほとんどがオートマ化・ロボット化された現在は単純労働者の需要はほぼ皆無です。ですから、熟練労働者や高学歴者を積極的に受け入れるためのブルーカード移民制度とは違い、人道的な基準のみで決断される難民受け入れは貧困層の拡大に繋がるリスクが高いのです。BAGホームレス支援協会は2015年から2018年にかけてホームレスが更に20万人増えると予想しています。

ホームレスの前段階として失業が先行する場合が少なくありません。労働庁の2016年1月の失業者統計によると、1月の狭義の失業者は292万421人で、失業率は6.7%。前年同月比マイナス3.7%。労働庁による就業対策事業の参加者などを含む広義の失業者(不完全雇用)は368万727人で、不完全雇用率8.3%。不完全雇用と言葉を変えてありますが、要するに実質上失業ですので、実際の失業率は8.3%です。この統計の取り方は失業者隠しと揶揄されていますが、それでも一時期の失業者500万人超えに比べれば、現在のドイツ経済が堅調であることを示しているようです。ただし、失業率の低下だけでは雇用の質は分かりませんので、派遣などの不安定雇用の統計も併せてみる必要があります。

労働庁の2016年1月26日に発表された最新の派遣労働に関する統計では2015年7月現在で派遣労働者は96万1000人で、全労働者の3%を占めています。日本の非正規労働者370万人というレベルとは比べものになりませんが、ドイツでも年々増加傾向にあります。2014年比で5%増です。派遣労働者に占める外国人の割合は約25%で、全労働者に占める外国人労働者の割合である10%を大きく上回っています。つまり、外国人が正社員になれる可能性がドイツ人に比べて低く、派遣労働という不安定雇用に甘んじる確率が高いということです。派遣会社は、いわゆるミニジョプ(Minijob)と言われる月450ユーロまでの微細労働でない限り、派遣労働者の社会保険加入義務を負っているので、日本の保険加入すらしていない非正規労働者に比べればましな状況なのですが、同一労働同一賃金の原則から逸脱していることは確かで、正社員と派遣社員の賃金格差は否めません。大抵の派遣契約が3か月以上ですが、派遣先との契約が切れた後に新しい派遣先が見つからなければ派遣会社からも解雇されることは珍しくありません。いわゆる「派遣切り」が直接労働者の失業に繋がるわけではありませんが、次の派遣先がなければ失業する可能性はあります。ただ、社会保険が義務付けられているので、失業したら失業手当(失業前の過去5年間の平均所得の60%)が最高1年まで受給できるという意味で、日本の無保険の「派遣切り」程過酷ではありません。派遣→失業→派遣→失業を繰り返している人も少なくありません。

厳しい生活環境で鬱屈するのは分かりますが、ワーキングプア対就労不可能の難民あるいはワーキングプア対ハルツ4受給者の戦いほど無意味なものはありません。元凶である税金パラダイス国と、そこへ資産逃避させる最富裕層。それを可能にさせる法律の穴。不満をぶつける正しい対象はこちらの方だと思います。


ドイツ:5人に1人の子供が継続的に貧困 ベルテルスマン財団調査報告(2017年10月23日)

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